パーティに見捨てられた罠師、地龍の少女を保護して小迷宮の守護者となる~ゼロから始める迷宮運営、迷宮核争奪戦~

お茶っ葉

八話 罠師の力

「うぇ……苦い」
「苦いです……」


 ブルースライムが持ち帰った植物を一つずつ口に含んでいく。
 そうして水で無理矢理流し込む。味は悪いけど栄養はあるらしい。
 毒はしっかり中和されていた。今のところお腹が痛くなることはない。


「お腹も多少は満たせたところで、これからどうしようか。フォンは何か考えはある?」
「……とにかく現状、私たちには戦力が足りません。他の守護者に見つかる前に魔石を集めたいです。そうすれば、ブルースライム以外の魂無き獣を召喚できます」


 口を動かしながらフォンは枝を使って地面に絵を描いている。 
 人間の顔だった。彼女はこっそり僕を見ている。食後の暇潰しかな。


「うーん。魔石は小迷宮で手に入るからなぁ。つまりこちらから敵陣営に乗り込む必要がある。今までは意識していなかったけど、かなり危険かも」
「全ての小迷宮に守護者が潜んでいるわけではないです。成長した迷宮核は複数の小迷宮を同時に管理できるようなので。それに、迷宮核を失っても小迷宮はすぐには消滅しません、魂無き獣も同様です」
「つまり守護者不在の小迷宮を狙うと? 判別手段がないし、どちらにしろ賭けではあるね」
「一応、迷宮核には守護者を探知する機能もあります。有効範囲は狭いですけど……」


 新人守護者であるフォンは少しばかり自信がなさげだった。僕の絵も涙を流していた。
 効率的なのは魔石の摂取とはいえ、最初から無謀な挑戦はしたくない。
 ここは地味だけど、確実に稼げる方法を使いたい。僕はポケットから種を取り出す。


「リーン、それは一体……?」
「僕の唯一の取り柄だよ」


 罠種トラップシードを地面に落とす。
 すると、矢が装填された弩が誕生する。ユグドラシルではよく見かける矢罠だ。
 最大装填数は一~三本、使い切ると自然消滅する。威力は敵の戦闘力を多少は落とす程度。


「これが神が人に与えし異能――スキルですか」
「スキルはスキルでもユニーク唯一無二なんだ。一から生み出している訳じゃなくて、ユグドラシルで拾ったものを種に変換して、再召喚しているだけだけど。まっ、地味だよね?」
「いえ、そんなことはありません。とても凄いです」


 フォンは素直に感激していた。僕の絵も笑っている。
 ここまで喜んでもらえたのは久しぶりで、少しばかり照れる。
 大抵の人はユニークスキルと聞いて過度な期待を掛け、勝手にガッカリしてくるから。


 罠は基本待ちの戦術だ。
 それが迷宮探索においては致命的に相性が悪い。探索は常に移動を続けるものだから。
 戦闘なんて避けるべきものは避けるし、わざわざ罠を仕掛ける状況が訪れにくい。
 足止めが必要な強敵に限って罠の効果が薄かったりする。味方を巻き込むことだってある。


「迷宮核でも罠を召喚できますが、使い捨てで一つ一つにコストがかかります。現状では、そこまでの余裕がないので……リーンの能力は拠点防衛ではとても強みになると思います」


 フォンにそう言ってもらえると、役立たずと見捨てられ荒んだ心も癒される。
 迷宮異世界と違って通路が狭い小迷宮内であれば、僕の罠も効果を発揮するだろう。
 敵を迎え撃つだけだから、事前に幾らでも罠を仕掛ける事ができるし。


「よし。これを使ってユグドラシルの魔物を小迷宮に誘い込み、魔力を集めよう。罠で動きさえ封じてしまえば、ブルースライムの力も合わせて難なく倒せるはずだよ!」
「わかりました。それでは魔物を誘き出す餌を用意しますね」


 フォンが迷宮核に振れて静かに念じる。
 すると、光が収束して目の前に動物の肉が誕生していた。
 魔力さえ手に入れば、魂無き獣以外にも色んな物を生み出せるようだ。


「……あれ、最初からそれを食料にすればよかったんじゃ?」
「……ごめんなさい。私も今、それに気付きました……!」


 ◇


 小迷宮の入口近辺に肉を置いて遠くから様子を伺う。
 しばらくして獣型の魔物の群れが集まって来た。【幻影ノ森】に住み着くマッドウルフだ。
 牙と爪に神経毒があり、噛まれると幻覚症状に襲われる。第二層にはこういった毒を持つ魔物が多い。
 連中の餌となるものも毒物ばかりなので、ここの魔物は食材にするのは危険なのだ。


 単体の能力は低めだが、毒があるせいで油断すると一気にパーティが壊滅する。
 常に群れで行動するのもあって、危険度はかなり高めだ。しかも繁殖力もあり数が多い。


「よし……そろそろかな」


 あらかじめ仕掛けておいた罠を確認する。
 罠にはそれぞれ発動条件があり、僕の《罠師》は条件をある程度操作できる。
 どこまでの距離で反応するか、どれだけの対象数で発動するかなど。かなり重要な要素だ。
 本来の条件から逸脱した調整はできないものの、これでなるべく味方を巻き込まないようにする。


「狼さん、こっちです。こっちですよ」


 フォンがマッドウルフたちの前に出る。
 大きく片腕を振って、目立つように声を出していた。
 異変に気付いたマッドウルフたちは、彼女を狙って少しずつ小迷宮内に足を踏み入れていく。 


 ユグドラシルの魔物は、地上と違って魔族だろうと容赦なく襲う。
 始祖の魔王と現代の魔王がそもそも別物なのか、魔物も性質が異なるらしい。 
 現代の魔族も多くがユグドラシルに移り住んでいると聞くし、派閥争いがあるのかもしれない。  


「リーン、誘い出しました!」


 フォンが目印の岩のある通路を突破した。続けて魔物たちも。
 それを合図に地面が沼に変化する。追ってきたマッドウルフたちの足を捕らえた。
 泥沼の罠だ。獣数匹分の重量で作動するように調整した。逃れた魔物にはトラバサミの追い討ち。
 敵が身動きできなくなったところで、潜んでいたブルースライムたちが飛びかかった。


 ブルースライムたちは獣の鼻と口を覆い、空気を遮断する。
 悶え苦しむ連中に矢の雨が降り注ぐ。二十を超える矢罠の効果だ。
 一撃は弱くても、無防備で急所を晒した相手には通用するだろう。数撃てばどこかには当たる。


 これまでにユグドラシルで拾った罠は、専用袋に詰めている。
 主に第一層、第二層で採れる罠たちだ。第五層の罠までは揃っている。
 もっと上層に行けば強力な罠を拾えるかもしれないけど、現状は矢罠が主力だ。
 他には毒矢や麻痺矢などもある。こちらは大変貴重な品なので慎重に使いたい。


 気が付くと魔物の群れが全滅していた。
 フォンが亡骸から丁重に魔力を回収している。
 周辺に散らばった矢は邪魔だから沼に沈めておこう。


「……驚きました。こうも簡単にマッドウルフの群れを壊滅させるなんて。私、移動しただけです」
「うーん。一回の狩りだけで結構罠種を消費するなぁ。いずれは魔石集めに切り替えないと」
「今回手に入った魔力で、ブルースライムを三匹追加できます」
「えっと、スライム以外はないの……?」
「ご不満でしたら、もう少し稼げばウルフを召喚できますよ?」
「さっき狩ったマッドウルフよりランクが落ちてる……!」


 迷宮核の交換レートはかなり渋いようだ。
 あとは等級が低いのも関係しているのかもしれない。
 フォンの迷宮核は多分、地上の市場では屑扱いだろう。迷宮核の時点で屑でも高価だが。
 頑張って稼いだところで召喚できるのが低ランクの魂無き獣なら、あまり意味がない気がする。


「他に魔力の使い道は? スライムばかり増やしても戦力としては微妙かな」
「それなら、小迷宮を拡張しましょうか?」
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 ◇矢罠
 第一層から出現する罠であり、迷宮探索では親の顔より見かける羽目になる。
 一定の範囲に侵入した者へ最大で三発の矢が直線に射出される。最大射程は五十メートルほど。
 とにかく種類が豊富であり、上層になるにつれて矢の質も向上していく。 
 下層の矢罠は装備を貫くだけの攻撃力はなく、余程当たり所が悪くなければ軽症で済む。
 ただ油断しないに越した事はない。毒や麻痺、属性付与された矢もごく稀に混ざっている。
 これらは忘れた頃に飛んでくるので、迷宮探索に慣れてきた中級者ほど痛い目に遭いがちだ。


 リーンの所持罠種    


 矢罠 68→45(-23)
 矢罠(麻痺) 3
 矢罠(毒) 1
 トラバサミ 6→2(-4)
 落石罠 4
 爆発罠 2
 泥沼罠 5→3(-2)
 移動床 2
 ワープ罠 1
 落とし穴 2
 警報罠 2

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