井戸の中【完】
10
翌日、告別式の受付が開始される中、やっと手の空いた俺は煙草を吸う為外へと出た。
煙草に火を着けようと何気なく受付を流し見ると、その懐かしい人物の姿に思わず手が止まる。
十年経っても記憶の中の姿と変わらないその可憐さに、俺は思わず見惚れてしまったのだ。
この田舎で俺に優しく接してくれた人と言えば、祖父母と母親以外では彼女だけだった。
……河原美香。そう、彼女は俺の初恋の人。
俺の視線に気付いた彼女は、その場で軽く会釈をすると俺の元へ歩み寄った。
「この度は、誠にご愁傷様さまです。……久しぶりだね、公平くん」
「……うん、久しぶり河原さん」
親父の事などどうでも良かった俺は、それだけ言うとニッコリと微笑む。
「ーーきゃあーっ! 」
ーーー!?
突然聞こえてきた悲鳴に、何事かと騒ぎの方へと視線を向ける。
人など殆どいない受付の横で、一人の女性が何やら騒いでいる。
「……ごめん、ちょっと行ってくる」
「あっ……うん。また後でね」
何なんだよ一体……。
俺は面倒に思いながらも、河原さんを残して受け付けへと向かった。
未だに騒いでいる女性に近付くと、「猫が、猫が」と地面を指差している。
その指先を辿って少し先の地面へと視線を向けてみる。
ーーー!!
何だよこれ……っ。
頭から血を流して横たわる黒猫を見て、俺は気持ち悪さに思わずたじろいだ。
その顔は原型をとどめぬ程にグチャグチャで、見ているだけで吐き気がする。
なんて最悪なんだ……。
どうすんだよ、この死体。
俺が片付けなきゃいけないのか?
上から落ちて来たと言う女性の言葉に、目の前の大木を眺めた俺は大きく溜息を吐いたーー。
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