勇者はなぜチーレムなのか?~剣と魔法の異世界白書~

木塚かずき

第22話 なぜ勇者の幼馴染は後を追ってくるのか

「あ! ペルセポネさん――」

 勇者を労わっていたモニカが戻ってきたペルセポネに気が付いた。勇者に何があったのかと問う。
 しかしモニカもアメリアも知らなかった。2人が広場に来たときは既にこの状態だったという。

「何があったのか聞いても、何も話してくれないですし……」
「うーんと、何も話してくれないのはいつも通りね」
「お二人はどこへ向かわれていたのですか~?」

 アメリアの問いにペルセポネはこれまでの経緯を説明した。自由行動になった瞬間から駆け足で『ぱーらー』へ向かったこと、そこにしかないレアアイテムが賞品としてあること、調子よく遊戯していたことを。それを聞いたアメリアの表情が曇る。すべてを察したようだった。常に穏やかな表情をしている彼女なだけに、その表情の変化だけで大変なことが起こったのだとペルセポネとモニカには伝わった。連動して曇るペルセポネとモニカの表情。息を飲む音が聞こえてきそうだ。

「アメリアちゃんは勇者様がこうなってしまった理由に、何か心当たりがあるのかしら……?」

 ペルセポネが恐る恐る問いかける。

「はい~……。このセンドラインの隣、私がいたカレイス教会の近くに、ダーネルというスラム街があるのはご存知ですよね?」

 突然のスラム街というワードにきょとんとし目を合わせた2人だったが、すぐに同時に頷いた。

「実はあのスラム街の住人は『ぱーらー』に通った人々の成れの果てなんです~……」

 またもや2人の頭の上に疑問符が浮かび上がる。アメリアは、『ぱーらー』は悪魔が住む場所なのだと言う。もともと神職に従事していたため、『悪魔』という単語は2人にとっては説得力抜群だ。

「つまり、『ぱーらー』に通った人はもれなく貧しくなり、道徳観が欠如するということなのかしら?」
「そうですね~。勇者様も例外ではないかと~……」
「あ、でも道徳観はもともと無いようなものだからこれ以上減ることはありませんね!」
「モニカちゃんのそのさらっと盛大にディスる技術、凄いと思うわ。アメリアちゃんの話によると、勇者様は全財産を『ぱーらー』につぎ込んでしまったということなのね?」
「それは間違いないと思います~……」

 ペルセポネは勇者に向けていた視線を移した。モニカの背中には明らかに新品の弓矢が見える。アメリアが纏う修道服からゴールドが出てきそうな気配はない。そしてペルセポネ自身は勇者にゴールドを預けた。とどのつまり……

「今のアメリアちゃんの話を聞いた感じ、勇者様も私と同じように剣を買えばよかったと思うんですけどね」
「いやね、モニカちゃん話ちゃんと聞いてた? その剣は『ぱーらー』にしかなくて、ゴールドではなくメダルで交換しなければ手に入れられないのよ」
「いや、そうですけどそうでなくて、遊ばずにそのままゴールドをメダルに替えていけばよかったじゃないですか」
「……ん?」
「1,000ゴールドでメダル50枚に替えられるんですよね? 剣に必要なメダルが10,000枚ならその交換を200回繰り返せばよかったんじゃないですか?」
「……んんん?」
「200回交換するには200,000ゴールド必要になりますけど、多分それくらいは手に入れてましたよね?」
「なんでそれをもっと早く言わなかったの!」
「その怒り方は理不尽じゃないですか!」

 ペルセポネは深い溜息をつき無言で3人に背を向け、そのまま立ち去ろうとした。何をやってもダメな勇者と要領の悪い仲間たちにとうとう愛想を尽かしたのかもしれない。モニカとアメリアが引き留めに来たが、どのような言葉もペルセポネの心には届かなかった。袖を掴むモニカを振り払って、ペルセポネはその場を離れていく。勇者は引き留めることもなく、ただただうなだれているだけだった。

「ペルセポネさん、行ってしまいました~……」
「これからどうしましょうか……」
「勇者様がこれでは~……」

 取り残された3人の間の空気が重くなる。勇者だけでなく、モニカとアメリアも固まってしまった。行き交う人々の足音も次第に消えていき、噴水からあふれ出る水の音だけが虚しく3人の間に流れていく。
 日が完全に暮れたとき、モニカが沈黙を破った。

「私たち、ペルセポネさんに頼りすぎていたのかもしれません」

 モニカの言葉に、いつの間にか俯いていたアメリアが顔を上げ、モニカの顔を見た。

「アメリアちゃんは仲間になってまだ間もないですから知らないとは思いますが、ここまで来られたのはすべてペルセポネさんのサポートがあったからだと思うんです」

 モニカはアメリアにこれまでの経緯を説明した。それを聞いたアメリアはたしかにペルセポネに迷惑をかけることが多く、負担になってしまっていたのではないかと思うようになった。

「勇者様もこんな状態ですし、この旅はここでお終いでしょうか~……」

 アメリアのその言葉にまた空気が重くなる。旅の見通しが立たない。ここで諦めるという選択肢も彼女らの心の中には少なからずあっただろう。自分たちでなくても誰かが成し遂げてくれる。手に入れた徽章は信頼できる誰かに預けてもいいのではないか。そもそも主人公はこの勇者なのであって、自分たちはついてきただけなんだから――

「あっ、いた! 今までどこをほっつき回っていたの!」

 モニカとアメリアに知らない声が聞こえた。そもそも自分たちに向けられた言葉だとは思っていなかった。しかし勇者だけはその声に反応し、灰になった色を取り戻していた。

「アンタのことだからどうせ周りに迷惑ばかりかけながらここまで来たのでしょう?」

 声をかけてきた赤毛の女の子は、エメラルドグリーンの綺麗な瞳を真っすぐに向けてきた。オレンジ色の今にも中が見えそうな短いスカートと微妙に足りない裾のカーディガンを身にまとい、紺の二ーソックスを履いていた。「いかにも」といった魔法使いの格好だ。箒を手にし、青色の三角帽とマントを着用している。

「あの、勇者様のことをご存知のようですが、あなたは……いったい?」

 登場時の話しぶりから、勇者と何らかしらの関係にあることはモニカとアメリアの2人はわかっていた。その見た目から、魔法を使うであろうことも。やはり皆と同じくらいの年齢だろうか。

「私はソフィー。魔法使い。隣にいるその男の婚約者よ」
「「婚約者!?」」

 モニカとアメリアが声を揃えて驚いた。その隣で勇者は、首がはち切れんばかりに全力で首を左右に往復させていた。それを見たふたりが聞き直したところ、ソフィーはただの幼馴染のようだ。

「先ほど勇者様のことを『探してた』のように言っていましたが、何かあったのですか?」
「こいつとの約束を守る……いや、守ってもらうためかな」
「約束?」

 モニカとアメリアの2人が同時に勇者を見た。勇者は非常に困惑した表情で、脂汗が滲み出ている。

「まさか忘れたなんて言わないでしょうね?」

 口角があがり、穏やかな口調でその言葉を発してはいるが目は笑っていない。さらにはどこからか杖を取り出し、勇者に向けた。勇者は慌ててモニカとアメリアの後ろに隠れる。

「ところで貴女たちこそ、この男のなんなのよ」
「申し遅れました~。私たちは勇者様の冒険のお供をさせて頂いております、アメリアと……」
「モニカです!」
「旅のお供ぉ? 夜のお供の間違いではなくて?」

 ソフィーが目を細めて2人に詰め寄る。その問いに対して真っ先に否定したのは2人の後ろに隠れていた勇者だ。先ほどと同じように首を横に何度も全力で振る。

「ふん、まぁいいでしょう」

 勇者はゴクリと息を飲みアメリアの服を掴んだ。
 ソフィーが3人に背中を向けると、誰も聞こえないような小声でつぶやいた。

「まったく、すーっごく探したんだから……。出発する前に一言くれれば私がサポートしたのに……。夜のお供だって……」
「あの、ところでソフィーさん」
「ひゃい!」

 モニカの声掛けにソフィーが驚き、甲高い声をあげて振り向いた。若干、顔が紅潮しており平静を装うのに必死の様子である。勇者は相変わらず2人の後ろで縮こまり、ブルブル震えていた。

「『約束』というのは、聞いてもいいものですか?」
「あら、構わないわ。ちょっと長くなるけど」

 冒険を共にしてきたとは言え、両親が魔王城に攫われていったということくらいしか勇者のことをしらない2人にとってこの話は興味津々だった。本人が言葉を発しないため今までは何も気にせずにやってきたが、いざ、過去を知る機会がやってくると興味がわき出てくるものである。

「じゃあ……簡潔に話すわね」
「よろしくお願いします~」
「前略」

「手紙か!」

 物陰から思わず突っ込みを入れた者がいた。そう、ペルセポネだ。一旦勇者たちの元を離れたペルセポネだったが、いつの間にか戻ってきていた。しかし戻ってきた時に見知らぬ顔の人間が加わり話をしていたので、こっそりと隠れて様子を伺っていたのだ。そしてリアルタイムで、ヴァンパイアに報告も行っていた。しかし突っ込みを入れてしまったことにより気づかれてしまったので、インカムは一度OFFにして勇者たちの前に姿を現した。

「ペルセポネさん!」

 モニカが顔をぐしゃぐしゃにして、もの凄い勢いで走り抱き着いた。アメリアも遅れてペルセポネに駆け寄る。

「ちょ、ちょっとどうしたのよ2人とも。少しこの場を離れてただけじゃない」
「もう帰ってこないかと思いましたー!!」

 モニカの声が震えている。自身の機転の利いた発言が遅すぎたことがペルセポネ離脱に繋がったのではないかと感じていたようだ。そのため喜びもひとしおであった。ペルセポネは自分の登場に2人が沸いた理由がわからなかったためか一瞬戸惑ったが、表情は満更でもなさそうだ。そんなやりとりを見ていた勇者の「やれやれ」といった表情にペルセポネは握り拳を作ったが、ぐっと堪えて目線をソフィーに移した。

「少し話を聞かせてもらっていたのだけれど、ソフィーさんでしたっけ。私もその『約束』の話、聞いてもいいかしら」
「構わないわよ。じゃあ改めて簡潔に話すから、耳の穴かっぽじってよーく聞きなさい」
「ええ、お願いするわ」
「前略」
「だから手紙じゃないって!」

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