勇者はなぜチーレムなのか?~剣と魔法の異世界白書~

木塚かずき

第8話 なぜ勇者はまようのか

 セイレーンとの戦いを終えた翌日。勇者とペルセポネは清々しい朝を迎えていた。

「おはようございます、勇者様。準備が出来たらさっそく森へ向かいましょうか」

 まだ完全に開き切っていない眼をこすりながら、けだるそうな表情で勇者が頷いた。
 出発の準備が終わると2人は宿屋を後にし町を出て、森へ続く道を歩いた。やがて次の町と森への分かれ道にたどり着く2人。分岐の真ん中に看板が立っており、左が次の町。そして右が”まよいの森”アンクワンへと続くことが記されている。

「森が町と反対側ってのが面倒だわ。『森を抜けたらそこは次の町でした!』ってのが楽なのに。あ、でももし前の町に戻るとなったらまた森を経由しないといけなくなるから、逆にこっちの方が良いのかもね」

 ペルセポネが勇者に話しかけたが反応がないのでまるで独り言のようだった。
 ふたりは横に並んで森へ続く道へと歩を進めていった。少し歩いたのち、木々が鬱蒼と生い茂る森の入り口にたどり着く。そこには白いもやが立ち込めており、不気味さを感じさせる。

「ここね……」

 緊張が走ったのだろう。勇者の顔が強張る。それを見たペルセポネも同じような顔をした。
 ペルセポネが促し、勇者と同時に足を踏み入れた。しかし特に何かが起こる訳でもなかった。たしかに木々が生い茂ってはいるが、特段迷うというほどではない。360度木に囲まれるということもなく、後ろを振り返れば今来た道がはっきりと残っている。
 少し歩いたのち、ペルセポネが先導を買って出た。勇者はそれを了承し、それからはペルセポネが先頭に立って森の奥へと進んで行く。しばらくすると、勇者たちが進む先に人影が見えてきた。

「待って、勇者様。この先に何か影が見えないかしら?」

 靄がかかっていて見えづらいが、たしかにペルセポネの指さす方向が黒ずんでいる。勇者は今にでも戦闘態勢に入れる構えだ。
 罠を警戒してペルセポネは迂回を提案した。勇者は少し考える仕草をし、首を横に振った。

「わかりました……では行きましょう。戦闘の準備をお忘れなく」

 白い靄の中にある人影が徐々に大きくはっきりと見えてくる。
 現れたのは……人間だった。勇者と同じくらいの年齢の、身長が低い女の子である。上下ともベージュ単色で継ぎはぎだらけの衣服を纏っていた。身軽さには定評のありそうな格好だが、寒いところは向かなそうだ。

「あなた達は……?」

 先に話しかけてきたのはその女の子の方であった。

「あなたは……どう見ても人間ね。私たちは敵ではないわ。この森の奥にいるアカマナフを討伐しにきたの。私はペルセポネ。この勇者様のお供よ」
「アカマナフを討伐しに?」

 その少女は目を細め、勇者とペルセポネを敵対視するかのような視線を向ける。

「ええ、そうよ。アカマナフが持ってると言われているアイテムを手に入れるためにね」
「それなら私も一緒に連れて行ってくれませんか!?」
「え?」

 不振がっていた少女の表情が一気に和らぐ。

「私もぜひその冒険に同行させてください!」
「えーと……理由を聞いても?」
「この森から無事に脱出できれば……その時に必ずお話いたします。それではダメですか?」
「このあと私たちはさらに森の奥へと進み、アカマナフと戦うことになるのよ。危険が伴うわ。それでもいいのかしら?」
「私は構いません!」
「……みたいだけれども、どうしますか? 勇者様」

 勇者は腕を組み仁王立ちしながら一連の流れを聞いていた。そしてペルセポネの問いに対して、ゆっくり首を縦に振った。
 その少女は自己紹介をした。名はモニカ。弓矢のウデに自信があるそうで、背負っていた弓と矢をペルセポネに見せた。

「それじゃ危険が迫ってきたら遠距離攻撃を頼んでもいいかしら? モニカちゃん」
「はい、もちろんです!」

 勇者とペルセポネはモニカをパーティに加え、森を歩き始めた。3人が進めば進むほど、白いもやが一層濃くなってくる。
 すると突然、勇者がペルセポネに向かって剣を振るった。

「ちょ、ちょっと危ないじゃないの勇者様!」

 ペルセポネは完全に油断していたようだ。まさか味方であるはずの勇者が自分に剣を振るうなど思ってもいなかっただろう。勇者は決して素早い攻撃では無かったが、ペルセポネはかろうじて避けきった。
 そして間髪入れずに、次はモニカがペルセポネに向かって矢を放ってきた。

「くらえ! アカマナフ!!」
「私はペルセポネよ!!」

 勇者とモニカ、2人が出会った時までは澄んで輝く目をしていたが、今は瞳が濁ってうつろになっている。
 ペルセポネはようやく様子がおかしいことに気づいたようだ。勇者とモニカにはペルセポネのことがアカマナフに見えている。妖術の効果が出始めているようだ。その2人は自身が妖術にかかっていることなど気づくはずもなく、攻撃を続ける。

「さて……と。不意さえ突かれなければ私自身あの子たちの攻撃をよけるのは容易いけれど、どうしたものかしら。このままじゃラチがあかないじゃないの」

 勇者が振る剣、モニカが射る弓、それぞれいともたやすくかわしていくペルセポネ。その姿を見ていた魔物が声をかけた。

「おい、ペルセポネ」
「アカマナフさん!」
「いったいこんなところで何をやっているのだ。お遊戯会の練習か?」
「アナタがこの森に張り巡らせた妖術のせいでしょう!?」

 半ばキレ気味にペルセポネは次々に向かってくる剣と矢を避け続けていたが、アカマナフの登場と共に動きが止まった。暴れていた2人はキョロキョロと周りを見渡している。どうやらアカマナフ(に見えているペルセポネ)を見失ったようだ。ペルセポネはこれを機に、この状況を打開する案をアカマナフに求め、それを受けたアカマナフはさらに妖術をかけることを提案した。

「ハァ? そんなことしたら余計に悪化してしまうじゃない!」
「……お前、リッチー様に算術は習わなかったのか?」
「習ったけど、それが今なんの役に立つのよ」

 魔王軍の戦闘部隊として配属された者は、戦闘訓練だけでなく座学も受けなければならない。そのうちのひとつに算術がある。内容は人間が学ぶことと同じだ。
 ここでアカマナフが出題した。乗算の問題だ。プラス掛けるプラスはプラス。プラス掛けるマイナスはマイナス。では、マイナス掛けるマイナスは?

「なるほど! あれ、でもそうしたら私は大丈夫なのかしら?」
「……お前は私と同じ魔物だろう。マイナスの妖術は乗算されるのではなく、加算されるのだ。マイナスにいくらマイナスを加算したところでプラスにはなり得ないだろう」
「てへぺろ」

 現在、勇者は森に張り巡らされた妖術の影響で正反対の状態にある。しかしそこからさらに、正反対の効果がある妖術を掛ければプラスの状態になるというのがアカマナフの理論だった。

「ところでなんだけど」

 ペルセポネが質問した。ヴァンパイアも気になっていた件だ。なぜこの森は”まよいの森”と大層な名前がついているのか。森に足を踏み入れてから、勇者でさえ迷うことはなかった。
 意図の見えない質問にアカマナフは困惑した。しかし返ってきた答えはリッチーと同じだった。誰も道に迷うなどと言っていない。道に迷うというのは人間のステレオタイプだろうと言い切った。

「それじゃ何に迷うっていうのよ」
「路頭だ。あと人生にも、だな」

 アカマナフ曰く、この森は路頭に迷った、または人生に迷った人間が来るところらしい。
 もともとアカマナフは人間の善悪の区別をつかなくさせ、常に誤った選択をさせることを得意としている。

「何もかも上手くいかなくなり、望んでこの場所に来る人間がいるというのも聞いたことがあるな」
「そんな怖いこと言わないでよ」

 様々な意味で想像を絶する答えにペルセポネは若干引き気味ではあったが、気を取り直して勇者との話に戻した。

「それじゃ、正気に戻ったら正々堂々と戦えるわね。上手いことやられてちょうだい」
「いや、戦わないそ」
「なんでよ!」

 ペルセポネらが森に入る直前、ワイバーンにのって魔王城に帰る途中だったセイレーンが立ち寄ったのだという。その際にセイレーンから、あの勇者はめっぽう戦闘に慣れていないということをアカマナフは聞いていたのだ。

「ああ……そうね……」
「俺も何度もループするのはゴメンだからな。橙の徽章とゴールドは先にお前に渡しておく」

 アカマナフは徽章とゴールドが入った袋をペルセポネにトスした。そしてペルセポネがそれを受け取ったのと同時にまた話かけた。

「戦わないのは良いとしても、それじゃあどうやってこの状況を終わらせるというの?」
「簡単な話だ。これから俺がさらに妖術をかけて正気に戻ったとき、お前がホラを吹けばいいんじゃないか?」
「……なるほど、さすがね。それじゃ、頼むわ」
「ああ。お前も達者でな」

 そう言うとアカマナフは一瞬にして茂みの奥へ消えて行った。次の瞬間、木々がざわめき、空間が歪んだような感覚に襲襲われた。それと同時に、勇者とモニカの動きが止まる。うつろになった2人の目も元に戻っていた。

「ペルセポネさん! ご無事でしたか!?」

 心配したモニカと勇者が駆け寄ってくる。

「ええ、大丈夫よ。あなた達のおかげで助かったわ。それよりほら、これ」

 アカマナフから受け取った徽章とゴールドを差し出した。勇者はドヤ顔でそれを受け取る。いや、ぶんどった。

「"まよいの森"クリアね!」

 そうペルセポネが言うと、3人そろって拳を天に突き上げた。実際は倒していないのだが、正気に戻った勇者とモニカはすっかりアカマナフを倒したつもりでいるようだ。気分上々で歩を進め、やがて最初に入ったところまで戻ってきた。

「あー、やっと森を抜けたわね。それじゃ勇者様、このあとどうしましょうか。時間も遅いので一度近い方のウェルズ街まで戻って、また翌日次の町を目指しま……」

 森を抜け振り返って勇者とモニカを見ると、2人の目がまたうつろになっていた。ペルセポネに向かって攻撃こそしてこないものの、ぐったりとして自分では歩けない状態に陥っている。

「ど、どうして!?」

 ペルセポネは考えた。

『今勇者たちは森全体にかかっている妖術の影響でマイナスの状態だ。その状態からさらに俺のマイナス効果の妖術をかければプラスになる』

「もしかして……」

 森に足を踏み入れると森全体にかけられている妖術が効いてマイナス状態になる。そこでさらに、アカマナフが勇者とモニカ本人に直接妖術をかけたことによって、プラスの状態になった。しかし森を抜けたことによって、森自体にかかっていた妖術の効果だけ抜け、アカマナフに直接かけられた分の効果だけが残ったのだ。勇者とモニカの2人はマイナスの状態に戻っていた。
 ペルセポネは大きなため息をついた。

「はぁ……面倒くさい……。森を抜けたところまで考えろあのバカマナフ!」

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