恋をしたから終わりにしよう

夏目流羽

SS・幸せな1日の話〜結局卵は買いそびれた〜

恋人になった俺と悠の関係は、想像以上に穏やかで順調だった。

土曜日の夜は悠がバイトとして店に立つようになり、そのまま俺の家に泊まる
店は日曜と月曜が定休日だから、悠の大学のスケジュールがない時はそれこそ月曜の夜、もしくは火曜の昼まで一緒に過ごすこともあって
家でテレビや配信映画を観ながらだらだらする時もあれば、朝から外出する時もある
もちろん、一日中ベッドから出ない日も。

先週が濃密な……というか怠惰な休日を過ごしてしまったので、今週は出掛けようと日曜の昼過ぎから街に出て公開したばかりの新作映画を観た。
その後ショッピングをしてからネットで話題になっていたイタリアンの店で早めのディナー。
平和で、でもとても幸せな1日に自然と笑みが零れ顔を見合わせて笑い合う
そうしていれば早くその手に、肌に、唇に触れたくなってしまってーーーどちらからともなく帰ろうかと席を立った。
いつもどちらが払うかで揉めるのも面倒なので、共同の財布に同じ金額を補充するようにしてからは会計もスムーズだ
俺が払っている間入り口付近のテイクアウト表を眺めていた悠。その時

「悠!」

高い声が聴こえて、振り返れば悠の前に小さくて可愛らしい女の子がいた。
大学の友達かなとレジに向き直るけれどつい聞き耳を立ててしまう。それが、良くなかった。

「悠、こないだはありがとね!悠に話聞いてもらえてほんとにスッキリした」
「全然いいけど、省吾と仲直りしたの?」
「うん!昨日会って仲直りしたよー」
「そっか。よかった」
「次は私が奢るから、また付き合ってね」
「あー、はいはい」

じゃあねー!と手を振る彼女はどうやら女友達と偶然この店に来ていたらしい
友人が待つ席に戻る途中でふとこちらを見たので、バッチリと目が合ってしまった。
悠の連れだというのは誤魔化しようもないから目を逸らすのもおかしいだろうと微笑んで会釈をしたら、彼女もふわりと笑ってぺこっと頭を下げてくれた。
可愛らしい子だな……と思いながら会計を済ませ悠の元へ向かう

「終わった?よし、帰ろ」
「……さっきの子、友達?」
「あーダチの彼女」
「へぇ、可愛い子だね」

そう呟いたら「そうか?」なんて失礼なことを言いながら歩き出す悠
その横顔をじっと見つめて、少し気にかかったことを聞いてみる

「あの子、名前なんていうの?」
「え?なんで」
「なんとなく」
「綾香だけど……」

あぁ、やっぱり
“綾香”という名前には聞き覚えがある
俺と悠が『セフレ』だった時、会話の中でぽろりと出た名前
ーーー当時、悠が付き合っていた彼女の名前

「元カノか」
「……俺、言ったことあったっけ?」
「前に1度だけ名前出したことあったよ。なんとなくそうかなーとは思った。雰囲気が」
「え、今ので?」
「うん」

単に友人の彼女にしては、やけに親密な感じだったし
かといって昔クラブで見た悠と関係のある女の子たちとは、見た目や雰囲気が違ったから
ということは、つまり

「元カノと“こないだ”ナニしたの?」

さっき盗み聞きした会話の一部を引用すると、きょとんとまばたいた悠が間を置いてようやくあぁと口を開いた。

「変な言い方すんなよ。省吾と喧嘩したって落ち込んでたから話聞いただけ」
「どこで?」
「大学近くのカフェ」
「2人で?」
「そうだけど……なに、嫉妬してるの?」

ちょうどマンションに着いたところで悠が笑いながら俺を覗き込む
その顔があまりに愉しそうで、なんだか無性に腹が立った。

「嫉妬してるって言ったら?」
「湊人もこんなことで妬いたりするんだ」
「もう2人で会ったりしないって約束する?」
「ふはっ、なんの冗談だよそれ」

中学生じゃないんだから、と大笑いする悠を無視してエレベーターに乗り込む
もちろん一緒に乗ってきた悠が俺を壁に押しやるように立つから腕で押し返して睨んでやった。

「近い。離れて」
「湊人、なんかドラマでも観たの?なんかの役のセリフ?」

女子高生が主役のヤツとか!とまた笑い出す悠を押しのけてエレベーターから降り、足早に自分の部屋まで行き鍵を開ける
閉め出してやろうかと思ったけれどあっさりと追い付かれたから諦めて一緒に入れば、鍵をかけた瞬間に背中から抱き締められた。

「も、悠、離して」
「湊人。セックスしよう」
「っ、んん……っ」

嫌だという言葉さえ言えないまま、むりやり振り向かされ唇を塞がれる
そのまま強引に壁に押し付けられて繰り返されるキスに力が抜けていく
それでもなんとか背中を叩いて抗議してみるけれどまったく意に介さないようで、キスをしながら俺の手から鞄や荷物を取り廊下に放っていく悠は本当に器用だ

「は、悠、ちょっと待って……っ」
「このままここでする?それともベッドがいい?」
「……今日は、したくない」
「ダメ」
「うわっ!」

ぐいっと力任せに俺を抱えて歩き出す悠
慌てて足を振りなんとか靴を脱げたけれど、脱ぎにくいやつだったらどうする気だ
文句を言う間もなく寝室に連れ込まれてベッドに下ろされると、その後の展開なんてもう目に見えている
なんとか身体を起こそうとするけれどそれよりも早く悠が覆い被さってきて、あっけなく抵抗は封じ込められた。
ほんと、どこまで強引で自分勝手なんだ!
それに……ベッドの上ではどうしてこんなにも従順になってしまうんだ、俺は。
都合の良いセフレを演じ過ぎたせいで、身体が自然と悠に従ってしまう

「もう、悠……ほんとに今日は」
「ダメ。抱かせて」
「嫌だ……したくない」
「ダメ」

こうなった悠が何を言っても止められないのも
こうなった俺がどうせ最後までは拒めないのも
経験則として知っている2人だから、結局はこのあと悠の思うままに激しく抱かれた。
最初こそ顔を背け心ばかりの抵抗をしていた俺も、最後には悠の背中に手を回していたわけで
情けないなと思いつつも自分が何に怒っていたのか、そもそも本当に怒っていたのだろうかとぼんやり考えながら眠りについたのは多分深夜3時頃
次に目を開けた時には、寝室の時計は10時37分を指していた。

「悠……は今日大学行かないって言ってたか」

隣でぐっすりと眠っている悠は、よっぽど体力を消耗したのだろう
いつもは俺が起きるとつられてすぐに目を覚ますけれど、今日は起きそうにない
昨日はすごかったもんな……何に興奮したんだか、随分と激しかった。
受ける側の方が負担が大きいのは事実
でも運動という意味では悠の方が大変なんじゃないだろうか
まぁ若いから寝たら体力も回復するんだろうけど

そんなことを考えながらとりあえずそっとベッドを降り、簡単にシャワーを済ませる
戻ってきてもまだ悠はさっきと同じ体勢のままピクリとも動いていなかったから、今のうちに朝食の準備をしておこうとキッチンへ向かいながら気付いた。
そうだ、卵を切らしていた。昨日買って帰るつもりだったのに完全に忘れていた。
スクランブルエッグとトーストというシンプルな朝食を悠はやたらと好む
最初は「あの日を思い出す」と少し苦々しく呟いていたけれど、トラウマ克服とか言いながら何度もねだられて作っているうちにいつしか泊まった翌朝の定番メニューとなった。

「仕方ないな……」

もう一度寝室を覗き悠の様子を確認してから、俺は携帯と財布だけを持ち家を出た。
スーパーもあるけれど1番近いコンビニでもいいか、いやでもやっぱりスーパーの方が安いか、なんて考えながら歩いていると

「湊人さん?」

不意に声を掛けられ、見やった先には店の常連客のひとり、大学生の柚君が手を振っていた。

「柚君、偶然だね。大学?」
「いや、今日はデートなんすよ」
「あれ?柚君、彼女いたっけ?」

こないだフリーだって言ってたような……と首を傾げたら、へらっと笑った柚君が頭をかきながら答える

「彼女っつーか、元カノなんすけど」
「元カノ……と、デート?」
「はい、まぁ、なんだかんだズルズルしてて」
「そっか。柚君はその子が好きなの?」
「そーなんすよ。より戻したいんですけど、なかなかそうならなくて」

でも誘いを断らないってのは脈ありっすよね?と聞かれ、そうかもねと返しながらも何かが胸に引っかかって
じゃあねと手を振って別れてから、ひとりぼんやりと今の会話をなぞってみる

別れた元恋人とズルズル関係を続けてしまうーーーこれは、けっこうよくある話だろう
友人になる場合もあれば、身体だけの関係を続けたり、柚君のように付かず離れず曖昧な関係の場合も。
俺は恋愛に関してあまり器用な方じゃないから、終わる時は完全に関係を断つ
友人にはなれないし、復縁してもきっとまたうまくいかなくなる気がして
基本的に相手の連絡先も消してしまうタイプだった
消せなかったのは悠と……慎二だな

でも、消してしまった過去の相手もみんな覚えている
きっと自分の中で『元恋人』というのは少し特別で
一度は好きになった、愛し合った相手なんだから……なにかがあってもおかしくないんじゃないかと思ってしまう
ーーーだから、昨日の悠に少し不満を感じてしまったんだろう

「だからってもう会わないでなんてあまりにこどもっぽかったよな」

悠にも言われたけれど、我ながら中学生みたいだ
こんなこどもじみた恋愛観が自分にあるだなんて思ってなかった
慎二の時はどうだった?
もう少し大人な恋愛をしていたんじゃないだろうか
慎二に合わせて大人のフリをしていたところはあるけれど……いや、多分慎二も悠よりは上手に俺と付き合ってくれていたんだと思う
あんなふうに元カノの存在を感じさせたりしなかったから、俺も嫉妬なんてしなかったし
きっと俺が嫉妬しても、笑い飛ばしたりなんてしないんじゃないか

「やっぱり悠も悪い」

うん、とひとり頷いてスーパーへ歩き出した時、ふと通りかかった路地が目に入った。
そこはよくある狭くて目立たない路地だけれど、なぜか見覚えがあって
でもこの街に引っ越してきてからじゃない。もっと前に……と考えながらその路地に入ってみて、思い出した。

そういえば、慎二と付き合い始めた頃に一度ここに来たことがある

美味しい珈琲を飲める昔ながらの喫茶店があると噂に聞いて、2人で来てみたんだ
そこはとても優しく穏やかな雰囲気の小さな店で、年配のマスターがひとりでやっていた
噂通り珈琲も美味しくて楽しい時間を過ごしたのだけれど、また来ますと言ったらマスターが体調に不安があって来週から休業すると言われたんだ
とても残念だったけれど、休業前に来れたのもなにかの縁だなと感慨深かったっけ
また落ち着いたら再開していないか確認しようと思っていたのに、日々に追われすっかり忘れてしまっていた。

「たしかこのあたり……あ、」

記憶を頼りに路地を進んでいけばその喫茶店があった場所は洒落たカフェになっていて、外から見てもまったく違う店になってしまったことは容易にわかった。
そうか、と独りごちて立ち去ろうとした時

「湊人……?」

掛けられた声に反射的に振り返ってーーー固まってしまう

そこにいたのは、今まさに思い浮かべていた記憶の中の人
もう2度と会うことはないと思っていた、人

「……慎二」
「驚いたな……こんなところで会うなんて」

そう呟いた慎二は、最後の日と変わらない笑みを浮かべた。


* * * * *


なんとなくそのままカフェに入った俺たちは、以前とまったく違う店内を見回してから顔を見合わせて小さく笑った。
先に注文したコーヒーを受け取り適当なテーブルに座ると、向かい合った慎二がゆっくりと口を開く

「湊人、随分軽装だけどもしかしてこの近くに住んでるのか?」
「そう。最後に会った時、会社辞めてBARを経営する話はしたよね?それがこの近くで」
「順調か?」
「うん。食べていけるくらいには軌道に乗ったよ」

すごいな、と微笑んで慎二が珈琲を飲む
倣って口をつけた珈琲は、やはりあの日の珈琲とは似ても似つかなかった。

「ここ、変わっちゃったんだね」
「覚えてたのか。それでここに?」
「いや、さっき偶然通りかかって思い出したんだ。慎二は?」
「俺もたまたま仕事でこの近くに来てたんだけど、急に思い出してさ……でもやっぱりあのまま店閉めたんだな」
「まぁもうこのまま引退して奥様とスローライフを送りたいって言ってたもんね」

あの日はちょうど波間の時間だったようで、15分ほどだけれど俺と慎二とマスターの3人で会話をした。
マスターは喫茶店を始めて50年で、死ぬまで働くつもりだったが考えが変わってきたと話していた。
ずっと支えてくれた奥様と2人だけで最後の時間を過ごしてみたいと。

「ゆっくりできてたらいいね」
「ん、そうだな」
「慎二は相変わらず仕事忙しい?」
「まぁな。今は仕事だけじゃなくて、あー、色々忙しくて」
「あ、そっか。結婚の準備って色々大変そうだもんね」

慎二の婚約者は社長令嬢なんだから、結婚式も大規模だろう
仕事と並行して進めるのは本当に大変だろうなぁと同情しながら珈琲を飲んでいると、慎二が眉を下げて微笑んだ

「湊人、元気そうだな」
「え?うん、元気だよ」
「なんていうか……幸せそうだ」

思い掛けない言葉にゲホッと咽せる俺に、慎二が笑いながら続ける

「ははっ、当たりか」
「な、なに言ってんの」
「前……最後に会った時はさ、湊人思い詰めたような顔してたんだよ。最初は俺に対してかと思ってたけど、途中で違うって気付いた」
「え……」
「あの時おまえ、あらゆるものにケジメをつけようとしてたんだろ」

あぁ、なんでもお見通しだな
慎二との付き合いは長いというほどではないけれど、相性は良かったんだと思う
ちゃんと分かり合って、愛し合えた日々だったと思う

「俺が最後に言ったこと、覚えてるか?」
「幸せを、諦めないでって」
「そう。でもどうせあの時諦めようとしてたんだろ」
「……ふふ、まぁ、そうかな」
「でも、見つけたんだろ?」

諦められない、幸せをーーー

そう言って優しく笑う慎二を見て、俺はなぜか泣いてしまった。
それはきっと……諦めてしまった幸せのひとつが、ぱちりと弾け浄化した瞬間だったと思う

そのまま涙が止まるまで待っていてくれた慎二と店を出て向かい合えば、あの夜の記憶が蘇る
あの日は抱き締めて首筋にキスをしたけれど、今日は差し出された手を強く握り返した。
その温もりは、きっといつまでも俺の心に残るだろう

「慎二、幸せでいて」
「うん。湊人もな」

そっと離れた手をポケットに入れて、お互いにそれぞれの道を歩き出す
さよならもまたねも言わないお別れが、こんなにも胸を温かくさせること……俺は知らなかった。
大通りではなくそのまま路地を抜けてスーパーへ向かう途中、不意に気付く
なんだかさっきまで渦巻いていた心のもやが、綺麗に無くなったようなーーー

「湊人!!」

後ろから大声で呼ばれた名前
今日はよく声を掛けられるな、と思う間もなく腕を引かれ、そのまま強く抱き締められる
あまりの勢いと力に驚きながらも、俺は腕を回しその背中を力なく叩いた。

「悠、なにしてんの」
「湊人こそなにしてんの!」
「なにって、卵買おうと……ちょ、とりあえず離して」
「いやだ。離さない」

ぎゅーぎゅーと抱き締められて痛いくらいだ
とりあえず顔を見ようと首を動かしたら間髪入れずに唇を塞がれた。
んぅ、と漏れた声も奪われてそのまま深い深いキス
じわりと体温が上がってしまうーーーけれど、なんとか繋ぎ止めた理性でキスをしたまま悠を近くのビルの死角に引っ張り込んだ。

「は、あぁもう、悠……っ」

これで人目の心配は薄れたとなんとか一息つく
改めて悠を見やればまたキスをされたから、今度は首に手を回しこっちからも深く口付けた。
溶けるほどに絡め合う舌が甘く感じるようになったのはいつからだろう
……いや、もしかしたら最初から甘かったのかもしれない
そう感じてはいけないと、思っていたからなのかも。

「…っ、はぁ、悠……落ち着いた?」
「湊人、ごめん」
「どれに対して?」
「昨日、笑ったりしてごめん」

あぁ、と笑えば少し身体を離した悠が眉を下げて見つめてきた。
綺麗な顔がみるからにしゅんとしている……可愛い

「湊人も嫉妬なんかするんだなって思ったら、嬉しくて……拗ねてる湊人が可愛くて」
「拗ねてた覚えはないんだけど」
「湊人が嫌ならもう綾香とも2人で会わない。こないだもたまたま講義の合間時間があったから行っただけだし」
「あ、ごめん。それはもう大丈夫」

そうだ、元はといえば自分の小さな引っ掛かりが原因だった
今ならわかる。元恋人はたしかに特別な存在だけれど、だからといってもうお互いに違う方向を向いているならなにも起こりえないこと。
そして元恋人と話をすることは当時の恋愛感情だけではなく、懐かしい記憶やその時の大切なものを思い出させてくれること。
自分の過去と向き合うことや、成長と変化を感じるためには必要な時間かもしれない
だからこれからも綾香ちゃんと会っていいよ、とかいつまんで話したら、悠は眉を寄せひどく険しい顔をした。

「……なんでそう思ったの?」
「え?」
「だって、昨日はあんなに気にしてたのに……どうしてそんな急に考えが変わったの?なにか、あった?」
「あー……」

別に言うつもりは無かったけれど隠すようなことでもないか、と少し迷いながらも慎二と会ったことを話せば悠の表情がみるみる変わっていった。
なんというか険しい表情からどんどん感情が抜けていって、最終的には無表情になった。
けれど、綺麗な顔立ちだからこそよけいに無表情が怖いというか……怒りだけは伝わってくるというか。

「ゆ、悠……?」
「それで、湊人はこれからもそいつと会うってこと?」
「え?いや、別にそういうつもりじゃ」
「自分がそいつと会いたいから、俺にも綾香と会えって?」
「違うよ。そんな意味じゃなー」
「絶対ダメ」

ガッと両手で首から顔を固定されると身を引くこともできない
戸惑いながらも悠と呼び掛ければ唇に噛み付かれて、そのまま顎を伝った悠の唇が首筋に触れる
ピリッと走った痛みにかなり強く吸われたことを知り、嘆息を噛み殺した。
どう考えても、隠せない位置じゃないか

「……悠」
「絶対にダメ。湊人、もうそいつと会わないって約束して」
「それ、なんの冗談?」
「湊人」
「中学生じゃないんだからって、言ったのは悠だろ?」

くしゃりと襟足の髪を撫でながら言うと、少し表情に感情を取り戻した悠が唇をへの字にして睨んできた。本当に中学生みたいだ。

「俺が綾香と会うのと、湊人がそいつと会うのは全然違う」
「なんで?なにが違うの」
「全然違うんだよ……」

湊人は、絶対にダメ
そう言って俺をまた抱き締める悠の手は、ほんの少し震えているように感じて
それを嬉しく思ってしまうのだからーーー俺もたいがい成長できていないな
さよならを告げた日に震えていた悠の指と唇は、切ない痛みとともにこの胸に焼き付いてずっと消えなかった。
その痛みさえ、愛おしく感じていた。

でも今の俺は、その手をしっかりと握ることができるから

目を見て、愛を伝えることができるから

「悠、帰ろうか」
「湊人……」
「悠が嫌なら、俺ももう会わないよ」
「……うん」
「ふふ、素直な悠は可愛いな」
「そう思うなら、起きた時にいないのはもう勘弁して」

ほんとに心臓止まるかと思った、なんてぼやく唇にキスをして、俺は愛しい恋人の手を引き家へと歩き出した。

そんな、幸せな1日の話ーーー





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