恋をしたから終わりにしよう

夏目流羽

SS・なんでもない夜の話1


ーーー湊人は、絶対に泊まらない

初めてセックスした日
“男同士”が初めてだった俺は地味に色々とキャパオーバーだったみたいで、珍しく終わった後一服もせずにうとうとしてしまった。
夢うつつな中遠慮がちに揺さぶる手と「シャワー借りていい?」という声に「好きにして」と返すのが精一杯で。

どれくらい経ったかわからないけれど、ふと目を覚ましたらベッドに腰掛けた湊人が気付いて覗き込んできた。
どうやら俺の頭を撫でていたらしく、そっと髪を絡める指先がやけに心地いい

「よかった。起きた?」
「ん……なにしてんの?」
「鍵どうしようかと思って起きるの待ってた」

鍵……?
寝起きの頭ではすぐに理解ができなくて、とりあえず身体を起こして見やれば湊人が不意に顔を近付けた。
チュッとあまりにもライトなキスになにも反応できずにいると、立ち上がってそのまま玄関へと歩き出す背中

「え、帰んの……?」
「うん」
「泊まっていっていいよ」
「大丈夫」

……返答おかしくない?大丈夫ってなに。
ぼんやりと眺めていたら、振り向いた湊人がほんの少し躊躇ってから

「またね」

と微笑んだ。その顔が、なぜか強く印象に残っている。

2回目も3回目も、セックスが終わるとすぐにシャワーを浴びて帰っていく湊人
4回目には興味本位で続けざまに2度セックスをしてみたけれど、やっぱりヨロヨロしながらもきちんと身支度を整えて帰っていった。

「湊人、家はどこなの?」
「ん?けっこう近いよ」
「いつもどうやって帰ってるの」
「うーん、タクシーとか」
「タクシー捕まる?」
「捕まらないときは歩いて帰るよ」
「え、そんな近いの?」
「いや、けっこう歩くけど……夜歩くのって気持ちいいんだよ」

その会話は、何回目の時だったかな
そう言って笑う湊人の顔が綺麗だったから少し心配になって「深夜とか、危ないじゃん……」と呟いたら、一瞬目を丸くした湊人がなんとも言えない顔で微笑んだ。

「俺は男だから大丈夫だよ」

あぁ、自覚ないんだなーーーと思ったから、次からは呼び出す時間も少し早くして、セックスも基本1度だけにした。
電車もまだある時間だしタクシーも捕まりやすいはず。家がどこかは知らないけど。

どうしても1度じゃ熱が収まらない時は、湊人が泊まっていくしかないくらいに激しく抱いてみたりもした。
泣き喘いでよがる姿は可愛かったし、意識を飛ばしてしまえば帰ることはできないだろうと。

でも、どれだけ甘くグズグズに溶けた夜も、意識が戻ればふらふらと立ち上がる湊人

「シャワー、借りるね」
「……泊まっていけば」
「大丈夫」
「俺が洗ってあげようか?」
「悠余計なことするからダメ。帰れなくなる」
「だから、泊まっていけば」

ふふっと笑ってそのまま歩いていく後ろ姿、もう何回見たかな
ちょっと覚束ない足取りもシャワーが終わればいつも普通に戻る。

俺の欲望と一緒にいろんなものを流しきってくるんだろう

でもシャワーの熱でほのかに紅潮している顔や潤む瞳は抱かれてる時と同じくらいヤラシイんだけど。多分、本人は気付いていない

「シャワーありがと」
「髪、濡れてる」
「大丈夫」
「風邪ひくよ。こっち来て」

ドライヤーを持ちベッドに座って見つめると、困ったように少し眉を下げた湊人
それでもそのまま待っていたら苦笑してからゆっくり近付いて大人しく俺の前に腰を下ろした。
左手でドライヤーを持ち、艶っぽい髪を右手で掬う。
指に絡めながら温風をあてるとあっという間に乾いていく髪から俺と同じシャンプーの匂いがして、なんだか落ち着くような変な気分に少し戸惑った。

「……ふふ」
「湊人、今笑った?」
「うん」
「なんで」
「気持ちいい……」

そう言った湊人が委ねるように力を抜く。
乾かしながらそっと覗き込んだら、目を瞑って微笑んでいたりして
その顔があまりに無防備だったから、思わず顎を掴んで上を向かせるとそのまま唇を重ねた。
柔らかい唇の隙間から舌を差し込み甘く絡め合うと、ふっと吐息を漏らした湊人が答えるように唇を食んでくる。
そうやってなんでも受け入れ応えてくれるくせに

「泊まっていけよ」
「大丈夫」

絶対に譲らないそれが気にいらない。

それでも最後に俺の唇を啄ばんだ湊人がふわりと笑うから、それ以上なにも言えなくて
俺はまた身体を起こすとドライヤーを持ち直し湊人の髪に指を差し入れた。

「悠」
「……なに」
「風量弱くない?もっと強くしていいよ」
「弱い風でじっくり乾かす方が髪の毛痛まないんだって」
「……ふふ、彼女が言ってた?」
「うん」

正確にはずっと前に何度か遊んだ女が言ってたんだけど、面倒でただ頷く。
湊人はもう一度ふふっと笑い声を漏らしたあと、そっとこちらを見上げて悪戯に瞳を細めた。

「俺は女の子じゃないから、大丈夫だよ」

それは多分笑顔だったんだけど、なんだか泣きそうな顔にも見えて。
なんでそんな顔をするのかわからないし
なんでこんな気持ちになるのかもわからない俺は

「大丈夫でも、ダメ」

また笑うその唇にキスをしてから、できるだけ時間をかけて湊人の髪を乾かした。

そんな、なんでもない夜の話ーーー

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