恋をしたから終わりにしよう

夏目流羽

11:本当の気持ち

「イツキ……」
「とりあえず座りなよ」
「イツキ、持ってるんだろ?」
「いつものでいい?それとも新しいカクテーー」
「イツキ!」

思わず大きな声を出したら、イツキが嘆息して肩をすくめる

「……持ってるよ。湊人さんから預かった」
「どこ?」
「座ったら渡す」

仕方なくスツールに腰掛けるとイツキはカクテルを作りながら少しだけ鋭い視線を向けてきた。

「それにしても1ヶ月なにしてたの」
「なにって、別に」
「いつ取りに来るかずっと待ってたんだけどね。ここって分からなかったの?」
「……いや、それ自体忘れてた」
「なんだ、悠にとってはそんなもの?」
「違う!」

そんなもの、なんてわけじゃなくてーーーそれどころじゃなかったから
湊人がいないことを、湊人に逢えないことを
受け入れるのに精一杯だったから

「……まぁいいけど。もうあと数日待っても来なかったら棄ててやろうかと思ってた」

コトンと目の前に置かれたグラスから、ふわりと香る甘い匂い

「カカオフィズ。悠、チョコレート好きでしょ?度数も高くないし飲みやすいと思うよ」
「……ねぇ、イツキ」
「カクテル言葉は“恋する胸の痛み”」

今の悠にぴったりでしょ?と笑うイツキ
なにも返せずに一口含めば、甘いカカオとピリッと痺れる炭酸、微かに苦いレモンの風味が絶妙にマッチしていてーーー本当にぴったりだな、なんて少し笑えてしまう

「悠、なんでここだってわかったの?」
「……湊人が特別な場所に隠すって言ってたから」

“湊人”と声に出したのが久しぶりすぎて、喉の奥が引き攣るような感覚
目の前で薄く笑うイツキが“湊人”と繋がっていると思うだけでーーー胸がざわついて仕方がない

「ここが特別な場所なんだね」
「……出逢ったのがここだし。そもそも、ここと俺ん家以外関係のある場所なんてないから」
「ほんとセックスしかしてなかったんだ」

ストレートな言葉に思わず唇を噛み締めると、ごめんごめんと笑ったイツキが胸ポケットから小さな封筒を取り出した。
ドクン、と心臓が音を立てる

「“もし悠が来たら渡してほしい。それと、来てくれてありがとうと伝えて”ーーーだって」
「…………」

そっと渡された封筒は封などされていなくて
簡単に開くそれの中にーーーあの日のポラロイド写真が裏向きで入っている

何を期待しているのか
何を求めているのか
なんかよくわかんなくなってきた

ただ
ただ、“湊人”が見たい
それだけだったーーー

震える指先で小さなそれを取り出し、ゆっくりと裏返す

「…………湊人」

そこには記憶の中と同じ
綺麗で、完璧な
湊人がいた。

一瞬真っ白になった頭に構わず俺の瞳はそれを凝視していて、写真とその下に書き足された文字を理解した瞬間

「……っ、はは……」

笑いが、零れた。

ポラロイド写真の中には微笑を浮かべた綺麗な湊人と、その首筋に顔を埋めるーーー俺がいて。
すがるように抱き締め合う2人の姿に、胸が熱くなる
でもなにより意識を奪ったのは、下の余白に少し癖のある文字で書かれた

 『 知 っ て た よ 』

の、一言。

「……いつから知ってたの」

漏れる苦笑を噛み殺して、呟く。
知らないと思ってた
気付いていないと、思ってた
だってキスマークなんて反則行為
セフレには、許されることじゃないだろ?
なんで何も言わなかったの
なんでずっと
受け入れてくれてたの
どんな、気持ちでーーー

「……っ」

グッと拳を握り歯をくいしばって、込み上げる感情を押さえ込む
深い嘆息とともに重なったもう一枚の写真を見たときーーー眩暈が、した。

最後の1枚は、抱き合いながら見つめ合う最高のショット
優しく淡く薔薇みたいに綺麗な湊人の笑顔が向けられた先、向かい合う俺はまた『あの顔』をしていて
幸せそうな2人は、しっかりと互いを抱き締めていた。そしてーーー

「な、んで……」

掠れた声が聞こえて
それが自分だとも気付かないほどに動揺する
その理由は

まるで恋人同士のような2人の下
小さく、それでいてはっきりと書かれている文字


  『 愛 し て る 』


「なに……っ」

言葉がでない
身体が動かない
ただ信じられなくて、何度も何度も見返した。
それでも目に映るのは、同じ言葉でーーー

「湊人……っ」

なんで

どうして

わからない

だって、そんな


「愛してる……?」


そんなの、一度だって言わなかったじゃん
湊人は俺のことただのセフレだと思ってたんでしょ?

だから

だから俺も、自分の気持ちを押し殺して気付かないふりをしていたんだ。
俺だってそこまでバカじゃないし、鈍感でもない
自分の変化ぐらい、わかってたんだよ

なのになんで
なんで、いまさら

「ちくしょ……っ」

写真の文字が
見つめ合う2人が
じわりと滲んで見えなくなった。

指で何度もそれをなぞりながら、頬を伝う冷たい感触に唇を噛み締める
何年ぶりに流した涙の理由は、わからないけれど
ただ悔しかった
悲しかった
どうしようもなく
逢いたく、なった。

「愛してる……なら、なんでいないの……っ」

なんで今、隣にいないの
なんで声すら聞けないの
なんで終わりにしようなんて、言ったの
おかしいじゃん

だって

だって俺もーーーー愛してるんだ

「悠……」

イツキの優しい声が聞こえたけれど、顔も上げられないし流れる涙を拭う力もない

ただ、苦しくて
ただ、逢いたくて

「……難しいよ、ほんと」

わからないことばかりだ
『恋をした』と言っていた相手が俺なら
俺のことを本当に『愛してる』なら
なんで自分から、離れたりするんだろう
どうしてあの日、言ってくれなかったんだろう

そんなことどれだけ考えても
答えは湊人しか知らない
その湊人に会う術を
俺は、知らないーーー

「悠には、難しいだろうね」
「……イツキなら、わかるの?」
「わかるよ」
「湊人と“同じ”だから?」
「そうだね」
「俺は“違う”から、わからないの?違うから、湊人は離れたの?違うってなに?同じってなんだよ。もうほんと意味わかんない」
「悠……」
「じゃあ俺の恋愛対象は男だって言えば“同じ”になるの?そうすれば湊人は戻ってくる?ずっと一緒にいられる?」
「…………」
「答えてよ、イツキ」

どうしたらいいの
どうしたらもう一度始められるの
だってお互いに好きならなんの問題もないはずでしょ?
恋愛ってそういうもんじゃないの?

「湊人……」

きっと俺たちは、出逢い方を間違えたんだ
ただそれだけーーーだから、もう一度出逢いからやり直そうよ

「悠、泣かないで」

零れ落ちる涙をイツキの指先が優しく拭う
そのまま頰を両手で包まれるとあの日の『映画館』の記憶が蘇って、余計に涙が止まらなくなった。

あの時、湊人は何を想って泣いていたんだろう
ちゃんと聞いていればよかったのかな
ちゃんと向き合って、理由を聞いて、想いを伝えていればーーー

「悠、綺麗な涙だね」
「……なにそれ」
「ふふ、忘れたの?悠が言った言葉でしょ」
「…………俺が?」

意味がわからず聞き返せば、きょとんとまばたいたイツキが「あー」と笑って

「そっか、あの日の記憶本当にないんだ」
「あの日って?」
「悠と湊人さんが初めて会った日」
「……なに、だって初めて会った日はイツキは怪我で休んでーー」
「それより前に、ここで会ってるんだよ」

………嘘だ。そんなわけない
だって出逢ったあの夜は、イツキに会いに来たらいなくて……代わりに湊人がいて
「初めて見る顔だね」って言ったら、湊人は確か微笑んで「はじめまして」って返したはず
お任せで作ってもらったカクテルがすごく美味しくてーーー褒めたら嬉しそうに笑った湊人がやけに可愛くて、どうしても欲しくなった。
あれが、俺たちの出逢いなはず

「僕が怪我する1週間前くらいかなぁ。あの日は僕が出勤した時にはもう悠酔っ払ってたんだよ。多分記憶無くすレベルだなとは思ってたけどまさか本当に全部忘れてたとはね」
「……その日、俺は湊人と話したの……?」

ぽつりと呟いて見つめれば、イツキはもう一度俺の涙を優しく拭ってから

「綺麗な涙だねって、悠が湊人さんに言ったんだよ」

多分あの瞬間から始まったんだと思うーーーそう続けたイツキが、濡れた指先のまま『愛してる』の文字をそっとなぞった。

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