恋をしたから終わりにしよう

夏目流羽

3:知らない顔

土曜日ーーー

今日は綾香とのデートだ
なんだかんだで先延ばしにしてたんだけど、さすがに断ることも疲れたし了承した。

「ね、悠どこ行く?」
「ん〜俺んちは?」
「それじゃデートじゃないじゃん!」
「じゃあホテル」
「バカ〜」

本気で言ったんだけど、綾香は冗談だと思ったらしい
ケラケラ笑いながら、小さな手で俺を引っ張って歩き出した。
結局、映画観てカラオケ行って飯食って
やっと夜になって最後は買い物
やっぱデートって超めんどくさい……まじ疲れた

「ねぇ悠!どっちがいい?」

そう言って両手に持った服を交互にあててみせる綾香
ペラっとした薄いそれは、正直どっちも同じに見えるんだけど

「どっちでもいいよ、それ下着?」
「違うよっ!でも悠こーゆーの好きでしょ?」
「え?なんで?」
「だって悠エッチだし。セクシーなのが好きなんでしょ」

あぁそういうことか
どうなんだろう……確かにそんな服着た女が周りに多いけど、別に好きなわけじゃないかも

「どっちかというと……」

適当に周りを見てみる
セクシー系、ロリ系、清楚系、カジュアル系……どれもピンとこない
そのまま見回していたら、店の外に立っている長身の男がふと目に入った。
ロングコートを着ているけれど、下はスーツではなくカジュアルな黒のデニム
ポケットから出した手は甲まで白のニットに覆われていて、いわゆる萌え袖だ
長身でしっかりした体型なのにどこか線が細く見えるのは、白くて長い首筋のせいだろうか
風にふわりと揺れる黒髪も艶っぽくて、後ろ姿でも相当イケメンそうだということがわかる。

「あんな感じかな。露出少ないのになんかエロいみたいな」
「男じゃん!なにそれ〜ってかイケメンっぽい!こっち向け〜」

綾香がそう笑った時、その男が不意に横を向いた。

「うわぁ、すごいイケメン……ってか、綺麗な人だね」

感嘆する綾香の言葉に答えようと口を開く……でも言葉が出てこない

湊人だ

1週間ぶりくらいかな
いつものコートじゃないからわかんなかった。
なんか、外で見ると雰囲気違う……ってさ、考えたら出逢ったクラブ以外、外で会ったことないんだ俺達
いつも俺んちに呼び出してヤルだけだったからーーー

「あ、お友達かな」

ハッと我に返って綾香の視線の先を見れば、湊人よりもさらに長身で高そうなスーツを着込んだ男がゆっくり歩いてきた。
手を挙げる男に、湊人が微笑む
その笑顔は……なんか、すごく大人だった。

「イケメンの友達はイケメンなんだねー」
「…………」
「悠?」
「ちょっと……待ってて」
「……?うん、わかった」

不思議そうに頷く綾香から離れ、少し角度を変えてから携帯を取り出す
男と向かい合い話している湊人を見つめたまま、ショートカットキーを押した。
耳に流れる呼び出し音
湊人が男に何か言ってから、携帯を取り出しディスプレイを見る

俺、なにしてんだろう
自分の行動がわかんない
携帯を持つ手が汗ばんでくるし、異常に早い鼓動が呼び出し音と重なってうるさい

携帯を見つめていた湊人が、ふわりと男を見上げた。その瞬間

プッーーツーーーツーーーツーーー

電話が、切れた。

男に寄り添って歩いていく湊人
その姿が完全に見えなくなってから、俺は携帯をしまって綾香の元へ向かった。

それからのことは、正直あまり覚えてない
ただ、綾香に何度も謝ってデートを切り上げたことだけは覚えている
家への帰り道とか、帰ってからどうしたのかとか、そんなことは全部曖昧で

ただ、湊人のことばかり思い出していた。

俺の腕の中でよがる顔とか
俺の名前を呼ぶ喘ぎ声とか
今ごろあいつに抱かれてるの?
俺とより、気持ちいい?

「イツキ、やっぱり別れてなんかないみたいだよ」

浮気とかセフレとか、そういうの好きじゃないなんてどの口が言ってたんだろう
そんな責めるような言葉ばかり思い浮かんで、そんなのおかしいと振り払って
その日一晩中、湊人のことばかり考えていたーーー


* * * * *


あの日から1週間、俺は誰ともヤらなかった。
別に深い意味はなくて、ただ大学とバイトが忙しかったから
店長の野郎は相変わらずうるさいし、まじでイライラしっぱなし。
いつもどうやって気持ち切り替えてたっけ……

「悠〜今日バイトねぇんだろ?クラブ行かねぇ?」
「ん〜〜」

めんどくさいな……

「せっかくバイトないんだったら綾香に会ってやれよ」

横から省吾が責めるような口調で言ってくる
なんか機嫌悪い?つーか、俺もあんまりよくないんだけど。

「……さいな……」
「あ?」

あ……ダメだ、イライラ限界

「うるさいよ。おまえに関係ないだろ」
「なんだと?」

ガタタッーーー
突然掴みかかってくる省吾
なにこいつ。意味わかんねぇ

「おい!二人ともやめろよっ!!」
「落ち着けって!」

慌てて間に入ってくる仲間達の腕を振り払って、俺は省吾を睨んだ。

「クラブには行かない。綾香とも会わない」
「悠……」
「……ヤルだけの相手なら、いくらでもいんだよ」

吐き捨てるように呟いて、背を向け歩き出す
省吾の怒鳴り声が聞こえたけど、もういいや
なんか疲れた……
俺はそのまままっすぐ家へ帰った。
それからすぐにベッドに横になって、なにも考えたくないから眠って、次に目を開けた時には真っ暗になっていた部屋の中

PM8:30

こんな時間に一人で家にいるのって……久しぶりかも。
だいたいは夜中か朝に帰ってくるし、それ以外は誰かが一緒
一人だと時間ってすごく長く感じるんだな
やることないから携帯を手に取った。
着歴とメッセージ……確認すんの今日何回目だろ
もうここ最近ずっと、癖になってしまったみたいだ
流れ作業のように確認した通知

【不在着信2件】

あっ?いつの間に!?
思わず飛び起きて確認したそれはーーー友人からで。

「俺、なにしてんだろ……」

小さくため息をついて、なんとなく連絡先を開いてみる
《セフレフォルダ》なんてどうしようもない名前がついたそこに並ぶ女の名前
誰一人、顔が思い出せない
セフレってことは2回以上は会ってるはず
前まではこのなかから気分に合わせて選んでたのに、いつから思い出せなくなったんだろう
スクロールしていくつかの名前を通り過ぎた時

【佐倉湊人】

自然と指が止まった。
そういや、嫌なことがあった時は必ず湊人を呼んでたっけ
最近は気分とか関係なくだったけど。
今日みたいな日は絶対湊人だな

『なにかあった?』

耳元で響く、湊人の声
昨日聴いたような、ずいぶん昔のような………変な気分だ。
今日で2週間かーーー
それまでが2日おきくらいだったから、なんかすごく長く感じる

気付いたら、俺はセフレフォルダを全件消去していた。ただし、湊人のは残してーーー

「俺、どうしたんだろ……」

バタッと寝転がって天井を見つめる
なんかおかしい。俺、最近変だ。調子悪い。疲れてんのかな。
あぁ、きっとストレス溜まってんだ……だからこんなにも
湊人を思い出すんだーーー

~~♪~~♪~~♪

静かな部屋に着信音が鳴り響いた。
ほとんど無意識に電話を耳に当てる
何も考える暇がないように……期待する暇がないように……

「あい」
『悠?』

プッーーー
俺は切った携帯を見つめた。

え、湊人?
……びっくりした
つーか俺なに切ってんだよっ!
まじでーーーヤバい

微かに震える指で着信履歴を見る
湊人だ
間違いなく、湊人からの電話
早く、早くかけ直さないと……
そう思った瞬間、また着信音が鳴った。
慌てて通話を押し耳に押し当てる

『もしもし?悠?』
「……うん」

耳元で湊人の声
なんか苦しくて、うまく声が出ない

『今のなに?切った?』
「き、切れたんだよ!」

思わず即答してしまい、慌てて口を押さえる
動揺してんの、バレたかな……
でも湊人は特に気にした様子もなく言葉を続けた。

『そっか。あ、久しぶり。2週間ぶりくらいかな』
「そうだっけ?」

できるだけ普通に言ってみる
少し声は上擦ってるけど、大丈夫だろ

『そうだよ。元気?』
「まぁまぁ」
『はは、また店長に怒られた?それか友達とケンカでもした?』
「……なんで」
『当たり?』
「湊人は超能力者なの?」
『悠に関してはそうかもね』

電話の向こうで声を出して笑う湊人
久しぶりだな……この笑い声
っていうかその言い方、なんか俺特別みたいじゃんーーーって、なにニヤけてんの俺

『ねぇ』

一人で葛藤してる俺に、湊人が笑って続けた。

『明日、会えない?』

頭が真っ白になった。

イヤミな店長も省吾とのケンカも綾香の顔もあの夜のことも……全部全部、どーでもよくて

ただ、頷いた。

『悠?聞いてる?』
「俺に……会いたい?」

声が掠れる。心臓が破れそうだ。
震える手で携帯を握り締めていたら、一瞬の沈黙のあと


『会いたい』


湊人の一言に、俺はやられた。
明日の約束をして電話を切ったあと、ディスプレイを見つめたまま小さく呟く

俺も、会いたいーーー


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