蒼のAGAIN

「S」

第一章4  『待ちわびた瞬間』

笑い合い、和んだ空気。
ずっと浸っていたい惜しみがあるけれど、そうも言っていられない。
それを察してか、三人揃って徐々に微笑みを消していた。

「とりあえず、もう『RMI《リメイ》』は使い物になりません。直るまで待つのが手かと……」

そして、最初の口を開いたのはアオだった。
出された案としては、果報は寝て待て。


――けれど、


「それ、どれくらいかかるんだ?」

そこには期間という欠点がある。
時間のかかりようによっては、乗るか反るは変わってくる。

「3日くらい、ですかね?」

疑問符を浮かべるアオに、

「たぶん、そのくらいでしょう」

答えたのは腕組みをするレイだった。


――3日。


長いのか短いのか、今となってはよくわからない基準。
だって、死んでいるから。


それに――、


「待つ以外にないのか?」

「「……」」

顔を見合わすアオとレイ。
その反応からして、どうやら他の案はなさそうで。
だからふと、自分の思いついた案を提示することにした。

「先に進むって選択肢はないのか?」

「「……」」

すると今度は、二人は別の意味で沈黙を浮かべ合う。
驚き気味と同時に、呆れられているといったご様子。
その後、空気は静まり返り、二人の表情は真剣なものへと移転する。

「……クロは、それがどういうことなのか分かっているのですか?」

鋭い目つきでアオは問うてくる。
いつもの自分ならこういう時、真剣に『ああ』と返していただろう。

でも今は、その意味を分かっていながら、軽く微笑して、

「知らん」

堂々と、お道化どけていた。

「なっ!?」

思っても見なかったのか、アオは案の定、目を見開いて声を漏らしていた。
レイはと言えば、わかっていたのか、噴き出し気味に笑みを溢していた。

「無茶ですよ、そんなの!無謀です!反対です!」

それが冗談だと気づかないアオは、許さんとばかりに猛反対で、身を乗り出して頬を膨らましている。

そんなアオも可愛らしいのだが、顔との距離が10センチほどで、あまりにも近く。

ここまで真剣な反応を示されるとは思っていなかったため、面白味を通り越してアオの純粋さに罪悪感を覚えてしまう。

「クロ、そのわけを聞かせて」

気づけば一歩踏み出して、秘かに目配せをするレイが仲裁に入っていた。

レイの対応はありがたいのだが、逆にわかっていながら『レイはどうして反対しないのだろう』と。

そう思うも、わけを話せば理解してもらえるだろうという不思議な安心感があって。

「『RMI《リメイ》』は、俺の所為で壊れた」

調子に乗るのは止めにして、真面目に答えることにした。

「なら、また壊れるのがオチだ。だから……」

修復を待つ意味はない。
直ったところで結果が同じなのなら、ただの二の舞。

「だから、先に進もう」

後悔を無くすためにここにいる。
それが今の自分の立ち位置で、ここでの存在価値。
後悔があるおかげで、ここにいられる。


――けれど、


「無謀だって、危険なことだって、わかってる」

やり直したい過去がある。取り戻したい『時』がある。

ここはチュートリアル。
まだ何も、始まってはいない。

「それでも俺は、先に進みたい」

それに、いつまでここにいられるかもわからない。

善は急げ。
こんなところで呑気に立ち止まっていたら、あいつらに叱られてしまう。

何もわからず仕舞いで終わってしまったのだ。
歩みを止めるなんてことはもう、してはいけないし、許してはいけない。


そう思うから――。


「……クロの言いたいことはわかりました」

俯いた顔。
アオの物静かな呟きに空気が少し、ピリリとするのを感じる。
その顔が上がる頃、アオは無表情でこちらを見つめていた。

「クロはどうして、『AGAIN』したいのですか?」

その疑問は、『後悔があるから』などという単純な理由を聞いているのではなく、もっと他に特別な何かがあることを見抜いているかのような口ぶりで。

説明するのが苦手なはずなのに、聞かれれば直に答えたくなる性だから。
自分でもわからないのに、必死に言葉にしようとする自分がいた。

「俺は、俺が嫌いだ」

絞り出した第一声。
それは事実。

「でも、少しだけ好きでもある」

半分嘘になるけれど、半分は本当の戯言。
矛盾した感情を持て余し、何も考えないことでいつも気を紛らわしていた。

「俺が『AGAIN』したいのは、俺のためだよ」

自分が自分でありたいから。


自分のために――。


「俺はたくさんの後悔をした自分が好きだし、嫌いだ。後悔をしたことで、大切なモノに気づくことができて、今の自分がいる。でも息苦しい……。後悔を抱えて生きていくのは、わかっていたけど、どこまでいっても辛いことだった」

当たり前の感想。
肯定しがたいけど、一概に否定もできない。

「認めるのも、共感するのも、許すのも。容易いことだけど……俺は後悔から生まれた理想に、ずっと夢見ていたんだ」

後悔は、その人の捉え方次第。
後悔のおかげで手に入れたモノだってある。

いろんなことに気づいて、いろんなことを知って、いろんなことを学んだ。
後悔が憎いけど、恨んではいない。

全く持って意味不明。

「俺はただ、それを叶えたい。不幸な今を塗り替えてやりたい。本当にそんな世界があるのか、確かめてみたい」


たとえそれで、今の自分が消えてしまっても――。


「俺が俺であるために、『AGAIN』したいんだ」

ぐちゃぐちゃな感情。
はっきり言って、自分でも何を言っているのかわからない。
『伝わっただろうか』という不安だけが胸の中に蔓延っている。


――でも、


「なら……」

静かに立ち上がり、アオは数歩歩いて立ち止まると、振り返って、

「探しに行きましょうか!」

笑顔でそう、受け入れてくれていた。
その笑顔に釣られるように、レイも口元を緩ませる。

「ぇ……」

二人の反応に思わず驚きの声が漏れてしまう。

今一瞬だけ、ただ瞬きをしただけなのに、瞼の裏に映る風景が見たことの無い景色と重なっていたから。

すると、そんな自分を置いてきぼりに、アオは不敵な笑みを浮かべて、

「『AGAIN』しましょう、クロ」

虚空を見つめるように、そう囁いていた。

まるで、何度も同じことを繰り返して、飽きを感じている。

何かを諦めているような、そんな表情だった。




ベッドから降りて、廊下へと出た一行。

今度はレイと一緒に、前段階ではなく『AGAIN』を実際に行うための場所へと移動していたのだが、

「……んで、次はどこ?」

先と同じように行き先を知らずにいた。

「「……」」

沈黙を浮かべる二人。

アオはいつも通り微笑んでいるようで、どこか暗くて。
レイはまた、無表情を徹底していて。

なぜか重く沈んだ空気に参ってしまいそうだった。

「……『Plaza《プラザ》・Gate《ゲート》』」

数秒の間を置いてやっと口を開いたのはレイで。
直訳すれば『広場の門』という安易な意味合いで。
端的な説明と変わらぬ空気に軽く嘆息してしまう。

「『プラザ・ゲート』は『AGAIN』するためのものですが、それより先は私たちは知りません。なので、『行ってからのお楽しみ』というやつですね」

レイの表情は、笑っているようで笑っていない。
背中が妙に薄ら寒くてゾッとする。
妙な既視感を覚えた瞬間だった。

「見えてきましたよ」

「……っ」

前方に広がる光景。
広い空間と、進んで行く先に神社で見る鳥居なんかよりも大きい扉が現れる。

行き止まりのように佇むそれが『プラザ・ゲート』。

そう気づいた頃には、アオは右角付近の壁柱にあるコントロールシステムへ向かっていた。
番人だけあって、こういう時にもアオが関わるようで。

「クロ」

早速準備ができたのか、目で訴えるように頷いていた。

少し強張った顔に苦笑し、反対側の壁へと目を移せば、縋るように佇むレイがいて。
未だに腕を組んで、表情を変えずにいた。

別に軽んじているわけではないけれど、二人には笑顔でいてほしい。

そんな些細な願いがあるから。

「アオ、レイ」

徐々に開かれる扉の前に立ち尽くし、眩しい光が呑み込んでくる中で、今できる精一杯の笑顔を彼女たちへと向けていた。

「行ってきます」

ずっと笑うことを避けていた。
でもここへ来て、自分に素直に、正直になっていくのを感じていた。

何故だかはわからないけど、それはきっと彼女たちのおかげ。

お礼も謝罪も、心の底からのモノはあまりしたことがないけれど、今ここでは『彼女たちに出逢えてよかった』と。

本気で思える自分がいた。


だからこそ――、


「はい。行ってらっしゃい」

「お気をつけて」

レイとアオの目を見開いた姿から、すぐにいつもの微笑みを手向けてくれて。
その光景を脳裏に焼き付けて、光の中へ足を踏み入れていく。
視界を真っ白な世界が埋め尽くす。

何もない世界だ。


――でも、


そんな世界であろうと、恐怖はない。
何故なら、彼女たちがいるから。

またここへ帰ってきて、皆で一緒に笑い合いたい。
そのためなら、何度だって立ち上がれる。


たとえ『AGAIN』の先に待つ後悔が、辛く険しい道のりであっても――。


そうやって、自分に言い聞かせて、心密かに孤独を噛み締めていた。

目尻に小さな涙を添えて。

自分の存在が消えていくのを感じていた。





「行きましたね」

閉まる扉を前に、心配と不安が胸の中で混ざり合う。
最後に見えた彼の背中が、寂しそうに見えたから。

また、取り繕った笑みで、抱え込んで、無理をしているんじゃないかって。
いつ壊れてもおかしくないくらい、ボロボロなのに。

彼はどこまで行っても、優しいから。

それは今も昔も、変わりようのないことなのだと、そう思い知らされる。

「そうね……」

隣にいる彼女も同様に、心配と不安の笑みを溢している。

けれどどこか『信じている』からなのか、安堵しているようにも見えて。
心底似た者同士なのだと思い知らされる。

まぁそれは、ここにいる人たち皆に言えることなのだが。

「では、私たちも行きますか」

暗くなっても仕方がない。
だから持ち前の明るい笑顔を振り翳す。


彼が好きだと言ってくれた、笑顔を――。


「本業開始、ですね」

クールに大人びた微笑。
きっとそれが、彼女にとっての思い出であり、宝物。
理由としては、自分と同じ。


「―――」


縋っていた壁に向き直り、『レイ』と名付けられた少女はスライド式の隠し扉を開く。
『アオ』と名付けられた自分も、コントロールシステムを操作する。

隠し扉が開くと同時に、『プラザ・ゲート』の扉も開放され、互いにそれぞれの部屋へと移っていく。

レイはその『監視室』の方へ消えて行き、自分はゲートの奥へと向かう。

暗闇に染められた真っ黒な部屋。
丸のようで四角い、歪な形をした、形なんて概念が存在しない広い空間。

中央で倒れるは彼の姿。
遠目に眺めていると、古き昔の思い出が蘇る。

彼の着ている服装。
ブルーグリーンのパーカーに、黒のズボン。
奮発して買った、革のロングブーツ。前までハイカットだったのに。

「よいしょ」

何気なく物思いに耽ながら、彼の身体を背負う。

軽い。

平均より10キロも痩せている。体質上の問題だと彼は言っていた。


――やっぱり……。


背中から伝わってくる温もりを感じながら、レイのもとへと進んでいく。
そんな中で思うのは、彼に吐いてしまった嘘への罪悪感。

重みがあって、温もりがあって、実体があって。
小さな鼓動が伝わってくる。


彼は、本当は――。


「いえ、やめましょう……」

いつかはわかる真実。
覚えていなくても、忘れられていても。
たくさんの糸で絡み合ったそれら全てが繋がっている。

自分はただ、彼との約束を守ればいい。
見守っていればいい。

どんな彼だって、彼は彼。
結局、根本は何も変わってはいない。

今は、無事帰ってくることだけを祈ろう。


全ては終わりが来るその時まで――。


そうやって、いつか来る時を楽しみに、今を踏みしめていた。





「ここは……」

『プラザ・ゲート』を抜けた先、意識がなくなって気づいたのは、また床に這いつくばっていたこと。

起き上がり、辺りを見回すも、何も無い。
ただ一つ、暗闇に紛れて三段ほどの階段と石碑のような壁が目の前に現れて。
その短い階段を上って、壁へ近づく。

壁にはたくさんの溝がサークルを描くように刻まれていて、中心に紅い真珠のような宝石が埋め込まれている。

そこへ引き付けられるように触れてみれば、

「……っ!」

溝をなぞるように光が伝っていた。
そして一瞬にして全線を駆け巡り、壁は青白い光を放つ。

すると上空に黒と紫が入り混じった渦が出現し、一定の大きさまで広がってその空間を歪ませていた。

「穴? それとも……」

異様な光景に思考を働かせ、ふと思い出す。


――もしかしたら、あれは……。


壁から距離を取り、反対側の端にまで移動する。
視界に映るは、目前の壁上空にある渦と、この空間の中央に記された類似のサークル。

それを目に、口元が緩み、小さく息を吐き出して。
勢いよく、駆け出す。

『強く、もっと強く』と地を蹴り、風を切る。

あっという間に中央へとやって来て、円の中心に辿り着いた瞬間、両足で着地するように膝を曲げる。

と同時に、反発する力を利用して、渦に向かって空高く跳ぶ。
身体は案の定、宙を舞い、みるみる渦へと近づいて。
頭から吸い込まれるように、身体は渦の中へと浸け込んでいた。

「やっぱりか……」

辺りを見回して、確信する。
やはりここは『ワープ・トンネル』なのだと。

昔やったゲームに、移動手段として用いられていた次の世界への繋ぎ目。
空間を歪ませる渦が、何となくそれを彷彿とさせ、行動してみれば、結果はご覧の通り。
身体は流れるように浮遊していて、これを抜けた先に過去があるのだろう。

自分が一番最初に後悔した『時』の思い出。
その場所へ続く道。

鮮明のようで曖昧。虹色(カラフル)のようで透明(まっしろ)。
光っているようで、透けている。

言葉にし難い空間。
でも、そんなことはどうだっていい。
今は考えるべきことが、別にある。

これから先に待つ後悔。
何度も思い出しては、苦虫を噛み締めるような思いで、胸を痛めていた。
仕方がないと自分に言い訳をして、背を向けていた。


――だから、


徐々に光量が増して、眩しくなるのを感じる。

どうやらそろそろ出口のようで。
あの時の想いを抱きしめながら、前進する。


忘れることのできない、10年前の思い出の舞台へ――。

          

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