Imaginary Online
クエスト 8:『な~にやってんだぁああああっ!!』
闘技場へと向かう道中、ブルーノはふと、先の剣と剣を向け合った場所で何かを思い出したかのように立ち止まった。
「そういえばイフ」
「何だ?」
「リリィとはどうなんだ?」
「どうって……リリィの事知ってんのか?」
「当たり前だろ。あれ3分の1作ったのは俺なんだから」
「半分じゃないんだな……」
「で、どうなんだ?」
「いやだから、何が?」
「上手く行ってんのかって話」
「はあ?」
「はあって……せっかく作ったお前の理想のヒロインアバターだろ。一緒にいてどうなんだって話だよ」
「ぇ……」
「えってなんだよ」
「いやだって、リリィはAIだろ?アバターも何も……」
「ん?お前知らないのか?」
「……?」
「俺の武器のこと思い出したぐらいだから、てっきり把握していると思ったんだが……ま、いっか」
「えっ、ちょま、ど、どういうことだよ……っ」
「あー、気にしなくていいよー」
「おいっ、気になるだろうが!教えろよ!」
「ほほほ」
意味深な笑いを浮かべ、止めていた足を動かしながらお道化るブルーノ。それを問いただすイフ。
結局、急に持ち上げられた会話で、イフの中に生まれた疑問が消えることはなかった。
――闘技場:《殺し合ム》。
会場へと入り、観客席へと繋がる廊下を進んでいると、イフは先の件に関して未だに納得がいっておらず、不貞腐れながらに愚痴を溢していた。
「……ったく、何なんだよ」
「まぁ、今はそんなことどうだっていいだろう?」
「あんな風に言われたら、嫌でも余計に気になるっつうの」
「はぁ……仕方ないな。なら後で教えてやるよ」
「当たり前だ」
はぐらかされていた謎を知るための言質を、やっとのことで取れたことに安堵しながら、廊下は出口へと差しかかかる。
光が身を包み、視界が晴れ、最後の一歩を踏み出せば、観客席の歓声が人際大きく耳の奥へとなり響いた。
気圧と熱狂に圧倒されながら、視線を本題へと移す。
そこにあったのは、
「……っ!」
声にならない驚嘆の場面だった――。
※
――数分前、デュエル開始直後。
カウントがGOサインを示し、開始されたデュエルの中で、二人は互いを見合うように固まっていた。
居合いの達人が睨み合い、様子を窺うようにして剣を構えて動きを止めるのは、本能が『動いた方が殺られる』というのを直感的に指示しているからなのだと、この場をもってマサは初めて理解した。
「「……」」
未だ睨み合う二人。時間にして30秒が経過している。
今対人戦(デュエル)のルールとして、時間は無制限。
回復系のスキルやアイテムは禁止で、相手のHPを先に0へと追いやった方が勝ちという、至って単純なもの。
補足として、HPが0で敗者となった者のレベルは、ゲーム上1へと変動されるのだが、このデュエルでのそれは機能しないようにしている。
そのため二人は、気兼ねなく相手に自分の全てをぶつけることができる。
――のだが、
向かい合う二人の集中力は、異様なほどに静かなものだった。
その緊張感と重たく冷たい空気。
沸き立つ歓声すら、彼等の耳には届きはせず、いつしか会場までもその静けさに呑み込まれていった。
「ふぅ……」
小さい漏れ息。
徐々に、身体にじんわりと何かが浸透していくようなそんな感覚がある。
――もっとだ。もっと潜れ。
限界まで集中力を高めるマサ。
視線の先にも意識を集中させながら、途切れないように極めていく。
対する一方で、鋭い目つきのまま愛剣の太刀:《紅蓮丸》を構えるヒロ。
長く角ばった刀身。
刺々しくも生やされた角たちは、まるでバラの棘のよう。
紅一色に染められた刀身は、光沢の輝きによる美しさをより一層際立たせる。
光沢による反射で、輝きが刀身をなぞるようにして、ゆっくりと切っ先へと伝っていく。
――そして、
「「……っ!」」
光が剣先へと到達した瞬間、二人の足は即座に地を蹴り、剣を振り翳す。
ぶつかり、鳴り響く金属音。飛び散る火花。
その衝撃が風圧となって辺り一面に広がっていく。
歯ぎしりをしながら、じりじりと交える両者の剣は互角。
――だが、
「はあぁっ!!」
「くっ……」
振り降ろされた剣と振り上げた剣。そのぶつかり合いは互いの一本の剣。
けれど、マサは双剣使い。
そのため、もう一本の剣での攻撃がすかさずヒロへと叩き込まれる。
またも起こる衝撃波。巻き起こる土煙。派手な演出。
この攻撃ですら、ヒロへのダメージには繋がらない。
――ならば、
両手に力を籠め、勢いよく下へ振り下ろすマサ。それにより、ヒロに一瞬の怯みが生じる。
そこを見逃さず、瞬時に踏み切り、身体に回転を加えるマサ。先と同様に二本の剣がヒロへ切り付けられる。
「らぁあっ!」
「ぐっ……」
するとヒロは、間一髪でそれを受け止める。
ただ、マサの攻撃は止むことが無く、勢いのついた斬撃が連続で繰り出される。
「……っ!」
防戦一方のヒロ。
一瞬の迷いが敗北へと繋がる。呼吸や瞬きすらも許されない。ペースは完全にマサにある。
「はあぁっ!!」
「くっ……!」
マサの勢いのある最後の攻撃が繰り出され、地を滑るヒロ。
さすがと言うべきか、それでもヒロは体勢を崩さず、よろけ気味にも受け止め切っていた。
「チッ……」
舌打ちをし、頬を拭うヒロ。
攻撃を受け止め切ったことに安堵を浮かべ、今度はこちらの番だと視線を向ければ、そこには剣をデュエル開始時と同様に構え直したマサがいた。
そのことが癪に障りつつも、この現状に止めどない高揚感があり、悪い気分ではなかった。
「……ったくよう」
ふと呟き、剣を持ち直すヒロ。
それと同時に踏み切り、一瞬のうちにマサとの間合いを詰め、剣を振るう。
「……っ!」
受け身を取るマサ。
ランカーだけあり、ヒロの攻撃には確かな重みがある。
たとえそれがステータス上のものだとしても、確信を持って言えるのは、ランクが二位違うとはいえ、ヒロの実力は本物だということ。
甘く見ていたわけじゃない。けれど自分は、これ以上の相手を敵に回していたのだと思うと、気が少しばかり楽になった。
「お前、強くなったな」
剣を交える最中、ヒロは笑みを浮かべながらに口を開く。
じりじりと押し合い、停滞し、どちらも負けずと力を振るっているのに、ヒロの言動が余裕のものに見えるマサ。
だがそれは、本心なのだと思った。
何故なら自分も、同じものを感じていたから。
「だろ?」
微笑し、応えるマサ。
疲れたのか、仕切り直しとして互いに後ろへと飛び、距離を取る。
剣を持ち直し、チラリと視界の傍にある時計を見れば、デュエル開始から1分30秒が経過していた。
あの攻防でまだ一分しか経っていないことに驚きを覚えつつも、相手の強さからしてこれはまだまだ長引きそうだと思うマサ。
呆れ気味にもため息を溢せば、一つの声が脳裏に響く。
「な~にやってんだぁああああっ!!マサぁあああっ!!」
※
闘技場へ到着し、沸き立つ歓声に圧倒されながら、ふと目にした光景。
そこにあったのは互角の勝負を見せる二人の剣士。
一人はマサと、もう一人は――、
「《テイル》じゃない……?」
視線の先で繰り広げられるデュエルに目を疑うイフ。
そこにあったのは驚きの事実。
宣告されていたマサの相手が、ランキング1位のテイルではなく、紅一色に身を包んだ見知らぬ剣士だった。
「あれは……」
隣で呟くブルーノ。
途端に指を差し、その方向に目を向けるイフ。
指示された先は闘技場に設置されている、スタジアムならどこにでもあるであろうオーロラビジョンのオブジェクト。
「……なるほどな」
そこに映っていたのは、変更されたタイトル。
変わっていたのは、百聞は一見に如かずというように現在進行形で実施されているデュエルの対戦者の名。
テイルではなく、マサとはランキングが二位違う、4位の《HERO《ヒロ》》の名が載せられていた。
「ヒロか……」
意味深に、それでいて思い耽っているブルーノ。
だから自然と興味が湧いてくる。
「強いのか?」
「まぁ、それなりにな」
「……?」
「戦ったことないから知らん」
「役立たず……」
「うっせ」
湧いた興味が一瞬にして粉砕され、あの何かあり気な仕草は何だったのかと思わされるイフ。
ただ一瞬の違和感に眉を上げると、ブルーノは「そういえば」と声を漏らす。
「お前にリリィについて教える、だったけか」
「ああ」
「とりあえず、呼んでみてくれないか」
「リリィを?」
「そうだ」
言われるがまま、呼び出すためのメニューウィンドウを開こうと、手をスクロールしようと構えたイフ。
――だが、
「呼びましたか?」
「うおっ!?」
その必要もなく、噂の人物は現れた。
「久しぶりだな、リリィ」
いきなりにも背後から現れた少女に、イフは驚きを隠せず、ブルーノはと言えば、相変わらずの冷静沈着っぷりだった。
「……はい!お久しぶりですっ」
「……」
一瞬のリリィの間。呼び出しもなく急に現れたこと。
その二つが先のブルーノの違和感と相まって、イフの心に渦を巻く。
だから自然と言葉を溢してしまう。
「……何でリリィがいるんだ?」
その言葉に少し口を噤むリリィ。
目は少しばかり大きく見開かれ、眉を上げて驚き気味なのだが、片頬はすぐさま膨らんだ。
「イフが昨日、待ち合わせ場所に集合って決めたのにいないから、何かあったのかなぁって思って、仕方ないから一人で会場に来たんじゃないですか!」
「あ、ああ……そう設定してたんだっけな」
心の奥底で無視できぬ違和感に身を包まれ、それでも表面上は申し訳なさと視線の先にいるリリィに惹かれていることを装って、
「むぅ……」
「すまん」
誤魔化しながら、偽りながら、好きだという事実は変わらないと複雑な心境と現状に呆れを浮かべて、イフはリリィの頭を撫でる。
「……まぁ、いいんですけど……」
そこにほんのりと顔を赤らめるリリィに和んで、逃げる理由としたことに罪悪感を感じて――。
「で、リリィが何だって?」
「ああ。ま、何でもいいんだが、リリィのコールウィンドウを見せてみ」
「わかった」
今度こそと、手をスクロールし、表示するリリィのコールウィンドウ。
それをスライドさせ、ブルーノの手前へともっていくと、何やら軽い閲覧と操作をしてイフに返した。
「イフ。リリィを普段通りコールしてみ」
「え?もうここにいるのに?」
「そうだ」
「わ、わかった」
軽く返事をすると、リリィへ視線を向けるイフ。
ブルーノの言葉に、二人は互いに疑問符と軽い相槌をして、イフはリリィから了承を得ると、いつも通りの手順でコールウィンドウからリリィを召喚する。
――そういえばリリィって、どこにいて、いつも何をしていて、どこから来ているんだ?
ふと思った疑問。
リリィがいる前で、リリィを召喚する。
それは今までにやったことない行為で、どうなるのか自分でもわからない。
試してみたことが無いのだから、当たり前のことなのかもしれないが、心の中にある違和感はより一層大きくなるばかりだった。
――俺って、リリィのことを好きな割には、何も知らないんだな……。
「……っ!」
そんなことを思っていると、目の前にいたはずのリリィの足元に魔法陣のようなものが出現し、光の速さでテレポートしていった。
どこに行ったのか、首を回すイフ。
現れるなら通常、空から隕石のように流れ落ちてくるか、半径2メートル圏内に登場するのだが、ブルーノが先ほど何かしたことに間違いはなく、いつもとは変わってくることは明白だった。
「イフ」
「……何だ」
表情や音声からいつもと変わらないブルーノだが、明らかにいつもよりはしたり顔なのがわかり、嫌気がさすイフ。
するとブルーノは、天に人差し指を翳して、涼しげな顔で口を開く。
「上から来るぞ、大人しく受け止めろ」
「ぇ……」
聞き覚えのあるセリフに、イフは用件が足されていることに疑問を浮かべ、焦りと動揺、少しの不安と共に空を見上げる。
そこには、猫のように丸まったリリィが頭上に現れ、こちらへと軽く落下していた。
――そういうことか。
ブルーノの言葉に理解が行き、安堵と共に微笑を浮かべるイフ。
両手を天に掲げると、そこへピシャリとリリィが抱き寄せられる。
「なるほどね。これがしたかったのか」
「ご名答。これなら急に現れても危なくない上にとっても美味しいという、一石二鳥の原理」
「一石二鳥、ねぇ……。リリィ、大丈夫か?」
「……」
「リリィ?」
どうしたのだろうと、リリィの顔を覗くイフ。
よく見れば、顔が先ほどよりも赤面していることに気づく。
そしてよーくこの現状を整理し、リリィの顔が赤くなっていることに理解する。
転送された瞬間に起きたこと、お姫様抱っこによるものだった。
「なぁ、リリィ」
「……はぃ……?」
俯き気味に視線を逸らし、表情を隠しているリリィ。
わかるのは顔を赤らめていることだけ。
恐らくは緩みそうになっている口元を我慢しているのだろう。
だから、からかうように、追い打ちをかけるように、本気の愛を囁きたくなる。
「世界で一番可愛いよ」
「はぅ……」
「ふふっ」
我慢していた口元が緩み、蒸気を噴き上げるリリィ。
そのことがたまらず、イフは噴き出し気味に微笑する。
「ず、ずるいですよ……イフ……っ」
「やったの俺じゃないけどね。リリィはこういうの、嫌い?」
「嫌い、じゃ……ない、ですけど……」
「そ。なら良かった」
「それでも、卑怯ですよ……だから――」
リスのように丸まっていたリリィの手がイフの首元へと寄せられ、徐々に状態を起こしていくリリィ。
――そして、
「……っ」
そっと、柔らかな感触がイフの頬を撫でた。
「お返しですっ」
さり気ないお返しに、カウンターを食らったイフだった。
「ゔ、ゔん。それで、何だっけ」
先の出来事により、ほんのり顔を赤く染めているイフ。
リリィも少したじろいでおり、二人は互いに目を合わせられないでいる。
そして、そんな二人を眺めていたブルーノはと言えば、
「お前ら初心だな。見せられている側としては微笑ましく面白いが、純愛でお腹がいっぱいだ。明日は胸やけ確定だな」
「う、うるせぇ」
「……ほんと、動揺している時点でまだまだだよ」
「……?」
ブルーノの謎の浸りに、疑問符を浮かべるイフ。
またも感じる違和感だったのだが、ブルーノが向ける視線の矛先により、何しに来たのかを思い出す。
「何やってんだあいつ……」
少しいら立ちを覚えるイフ。その理由は明白だった。
「応援、しないのか?」
それを見かねてか、ブルーノはわかっているかのように口を開く。
「あいつに掛ける言葉なんてねぇよ」
それでもイフは、不貞腐れながらも意固地な対応をする。
「強がんなよ。さっさと行ってこい」
そのことに微笑と呆れを浮かべ、ブルーノはイフの背中を押してやる。
よろけ気味にも一歩踏み出すイフ。
立ち止まり、不満げな顔を向けると、頭を搔いて振り返り、目的の人物の下へ走り出した。
「……まだ、言ってなかったんだな」
離れて行く背中を遠目にも眺めながら、ふと呟くブルーノ。
「そりゃあ、サプライズですもん。それに……確かめたいんです。これが、本物なのかどうか……」
その言葉に対し、儚げにもひっそりと俯き気味に浸りながら答えるリリィ。
その反応に現状の滞りを覚えながら、ブルーノは呆れ気味にも平然を装う。
「いつになく慎重だな。いつもは積極的なのに」
物思いに耽る二人。漠然とした会話。
その中心にいるのは、それを取り巻いているのは、いつだって一人の存在。
気づかされ、振り回され、傍にいて退屈を感じさせない。
だから不思議と、思い出すだけで笑みが零れる。胸がいっぱいになる。
――だから、
「だって、こんな幸せ、早々手放したくないですもん」
「……そっか」
「はい!」
謎多き会話。微笑する二人。その意中にいる一人。
知る由もないその一人を置いて、二人はそこへ佇んでいた。
――そして、
視線の先にいるその一人の声が、会場に響き渡った。
「な~にやってんだぁああああっ!!マサぁあああっ!!」
          
「そういえばイフ」
「何だ?」
「リリィとはどうなんだ?」
「どうって……リリィの事知ってんのか?」
「当たり前だろ。あれ3分の1作ったのは俺なんだから」
「半分じゃないんだな……」
「で、どうなんだ?」
「いやだから、何が?」
「上手く行ってんのかって話」
「はあ?」
「はあって……せっかく作ったお前の理想のヒロインアバターだろ。一緒にいてどうなんだって話だよ」
「ぇ……」
「えってなんだよ」
「いやだって、リリィはAIだろ?アバターも何も……」
「ん?お前知らないのか?」
「……?」
「俺の武器のこと思い出したぐらいだから、てっきり把握していると思ったんだが……ま、いっか」
「えっ、ちょま、ど、どういうことだよ……っ」
「あー、気にしなくていいよー」
「おいっ、気になるだろうが!教えろよ!」
「ほほほ」
意味深な笑いを浮かべ、止めていた足を動かしながらお道化るブルーノ。それを問いただすイフ。
結局、急に持ち上げられた会話で、イフの中に生まれた疑問が消えることはなかった。
――闘技場:《殺し合ム》。
会場へと入り、観客席へと繋がる廊下を進んでいると、イフは先の件に関して未だに納得がいっておらず、不貞腐れながらに愚痴を溢していた。
「……ったく、何なんだよ」
「まぁ、今はそんなことどうだっていいだろう?」
「あんな風に言われたら、嫌でも余計に気になるっつうの」
「はぁ……仕方ないな。なら後で教えてやるよ」
「当たり前だ」
はぐらかされていた謎を知るための言質を、やっとのことで取れたことに安堵しながら、廊下は出口へと差しかかかる。
光が身を包み、視界が晴れ、最後の一歩を踏み出せば、観客席の歓声が人際大きく耳の奥へとなり響いた。
気圧と熱狂に圧倒されながら、視線を本題へと移す。
そこにあったのは、
「……っ!」
声にならない驚嘆の場面だった――。
※
――数分前、デュエル開始直後。
カウントがGOサインを示し、開始されたデュエルの中で、二人は互いを見合うように固まっていた。
居合いの達人が睨み合い、様子を窺うようにして剣を構えて動きを止めるのは、本能が『動いた方が殺られる』というのを直感的に指示しているからなのだと、この場をもってマサは初めて理解した。
「「……」」
未だ睨み合う二人。時間にして30秒が経過している。
今対人戦(デュエル)のルールとして、時間は無制限。
回復系のスキルやアイテムは禁止で、相手のHPを先に0へと追いやった方が勝ちという、至って単純なもの。
補足として、HPが0で敗者となった者のレベルは、ゲーム上1へと変動されるのだが、このデュエルでのそれは機能しないようにしている。
そのため二人は、気兼ねなく相手に自分の全てをぶつけることができる。
――のだが、
向かい合う二人の集中力は、異様なほどに静かなものだった。
その緊張感と重たく冷たい空気。
沸き立つ歓声すら、彼等の耳には届きはせず、いつしか会場までもその静けさに呑み込まれていった。
「ふぅ……」
小さい漏れ息。
徐々に、身体にじんわりと何かが浸透していくようなそんな感覚がある。
――もっとだ。もっと潜れ。
限界まで集中力を高めるマサ。
視線の先にも意識を集中させながら、途切れないように極めていく。
対する一方で、鋭い目つきのまま愛剣の太刀:《紅蓮丸》を構えるヒロ。
長く角ばった刀身。
刺々しくも生やされた角たちは、まるでバラの棘のよう。
紅一色に染められた刀身は、光沢の輝きによる美しさをより一層際立たせる。
光沢による反射で、輝きが刀身をなぞるようにして、ゆっくりと切っ先へと伝っていく。
――そして、
「「……っ!」」
光が剣先へと到達した瞬間、二人の足は即座に地を蹴り、剣を振り翳す。
ぶつかり、鳴り響く金属音。飛び散る火花。
その衝撃が風圧となって辺り一面に広がっていく。
歯ぎしりをしながら、じりじりと交える両者の剣は互角。
――だが、
「はあぁっ!!」
「くっ……」
振り降ろされた剣と振り上げた剣。そのぶつかり合いは互いの一本の剣。
けれど、マサは双剣使い。
そのため、もう一本の剣での攻撃がすかさずヒロへと叩き込まれる。
またも起こる衝撃波。巻き起こる土煙。派手な演出。
この攻撃ですら、ヒロへのダメージには繋がらない。
――ならば、
両手に力を籠め、勢いよく下へ振り下ろすマサ。それにより、ヒロに一瞬の怯みが生じる。
そこを見逃さず、瞬時に踏み切り、身体に回転を加えるマサ。先と同様に二本の剣がヒロへ切り付けられる。
「らぁあっ!」
「ぐっ……」
するとヒロは、間一髪でそれを受け止める。
ただ、マサの攻撃は止むことが無く、勢いのついた斬撃が連続で繰り出される。
「……っ!」
防戦一方のヒロ。
一瞬の迷いが敗北へと繋がる。呼吸や瞬きすらも許されない。ペースは完全にマサにある。
「はあぁっ!!」
「くっ……!」
マサの勢いのある最後の攻撃が繰り出され、地を滑るヒロ。
さすがと言うべきか、それでもヒロは体勢を崩さず、よろけ気味にも受け止め切っていた。
「チッ……」
舌打ちをし、頬を拭うヒロ。
攻撃を受け止め切ったことに安堵を浮かべ、今度はこちらの番だと視線を向ければ、そこには剣をデュエル開始時と同様に構え直したマサがいた。
そのことが癪に障りつつも、この現状に止めどない高揚感があり、悪い気分ではなかった。
「……ったくよう」
ふと呟き、剣を持ち直すヒロ。
それと同時に踏み切り、一瞬のうちにマサとの間合いを詰め、剣を振るう。
「……っ!」
受け身を取るマサ。
ランカーだけあり、ヒロの攻撃には確かな重みがある。
たとえそれがステータス上のものだとしても、確信を持って言えるのは、ランクが二位違うとはいえ、ヒロの実力は本物だということ。
甘く見ていたわけじゃない。けれど自分は、これ以上の相手を敵に回していたのだと思うと、気が少しばかり楽になった。
「お前、強くなったな」
剣を交える最中、ヒロは笑みを浮かべながらに口を開く。
じりじりと押し合い、停滞し、どちらも負けずと力を振るっているのに、ヒロの言動が余裕のものに見えるマサ。
だがそれは、本心なのだと思った。
何故なら自分も、同じものを感じていたから。
「だろ?」
微笑し、応えるマサ。
疲れたのか、仕切り直しとして互いに後ろへと飛び、距離を取る。
剣を持ち直し、チラリと視界の傍にある時計を見れば、デュエル開始から1分30秒が経過していた。
あの攻防でまだ一分しか経っていないことに驚きを覚えつつも、相手の強さからしてこれはまだまだ長引きそうだと思うマサ。
呆れ気味にもため息を溢せば、一つの声が脳裏に響く。
「な~にやってんだぁああああっ!!マサぁあああっ!!」
※
闘技場へ到着し、沸き立つ歓声に圧倒されながら、ふと目にした光景。
そこにあったのは互角の勝負を見せる二人の剣士。
一人はマサと、もう一人は――、
「《テイル》じゃない……?」
視線の先で繰り広げられるデュエルに目を疑うイフ。
そこにあったのは驚きの事実。
宣告されていたマサの相手が、ランキング1位のテイルではなく、紅一色に身を包んだ見知らぬ剣士だった。
「あれは……」
隣で呟くブルーノ。
途端に指を差し、その方向に目を向けるイフ。
指示された先は闘技場に設置されている、スタジアムならどこにでもあるであろうオーロラビジョンのオブジェクト。
「……なるほどな」
そこに映っていたのは、変更されたタイトル。
変わっていたのは、百聞は一見に如かずというように現在進行形で実施されているデュエルの対戦者の名。
テイルではなく、マサとはランキングが二位違う、4位の《HERO《ヒロ》》の名が載せられていた。
「ヒロか……」
意味深に、それでいて思い耽っているブルーノ。
だから自然と興味が湧いてくる。
「強いのか?」
「まぁ、それなりにな」
「……?」
「戦ったことないから知らん」
「役立たず……」
「うっせ」
湧いた興味が一瞬にして粉砕され、あの何かあり気な仕草は何だったのかと思わされるイフ。
ただ一瞬の違和感に眉を上げると、ブルーノは「そういえば」と声を漏らす。
「お前にリリィについて教える、だったけか」
「ああ」
「とりあえず、呼んでみてくれないか」
「リリィを?」
「そうだ」
言われるがまま、呼び出すためのメニューウィンドウを開こうと、手をスクロールしようと構えたイフ。
――だが、
「呼びましたか?」
「うおっ!?」
その必要もなく、噂の人物は現れた。
「久しぶりだな、リリィ」
いきなりにも背後から現れた少女に、イフは驚きを隠せず、ブルーノはと言えば、相変わらずの冷静沈着っぷりだった。
「……はい!お久しぶりですっ」
「……」
一瞬のリリィの間。呼び出しもなく急に現れたこと。
その二つが先のブルーノの違和感と相まって、イフの心に渦を巻く。
だから自然と言葉を溢してしまう。
「……何でリリィがいるんだ?」
その言葉に少し口を噤むリリィ。
目は少しばかり大きく見開かれ、眉を上げて驚き気味なのだが、片頬はすぐさま膨らんだ。
「イフが昨日、待ち合わせ場所に集合って決めたのにいないから、何かあったのかなぁって思って、仕方ないから一人で会場に来たんじゃないですか!」
「あ、ああ……そう設定してたんだっけな」
心の奥底で無視できぬ違和感に身を包まれ、それでも表面上は申し訳なさと視線の先にいるリリィに惹かれていることを装って、
「むぅ……」
「すまん」
誤魔化しながら、偽りながら、好きだという事実は変わらないと複雑な心境と現状に呆れを浮かべて、イフはリリィの頭を撫でる。
「……まぁ、いいんですけど……」
そこにほんのりと顔を赤らめるリリィに和んで、逃げる理由としたことに罪悪感を感じて――。
「で、リリィが何だって?」
「ああ。ま、何でもいいんだが、リリィのコールウィンドウを見せてみ」
「わかった」
今度こそと、手をスクロールし、表示するリリィのコールウィンドウ。
それをスライドさせ、ブルーノの手前へともっていくと、何やら軽い閲覧と操作をしてイフに返した。
「イフ。リリィを普段通りコールしてみ」
「え?もうここにいるのに?」
「そうだ」
「わ、わかった」
軽く返事をすると、リリィへ視線を向けるイフ。
ブルーノの言葉に、二人は互いに疑問符と軽い相槌をして、イフはリリィから了承を得ると、いつも通りの手順でコールウィンドウからリリィを召喚する。
――そういえばリリィって、どこにいて、いつも何をしていて、どこから来ているんだ?
ふと思った疑問。
リリィがいる前で、リリィを召喚する。
それは今までにやったことない行為で、どうなるのか自分でもわからない。
試してみたことが無いのだから、当たり前のことなのかもしれないが、心の中にある違和感はより一層大きくなるばかりだった。
――俺って、リリィのことを好きな割には、何も知らないんだな……。
「……っ!」
そんなことを思っていると、目の前にいたはずのリリィの足元に魔法陣のようなものが出現し、光の速さでテレポートしていった。
どこに行ったのか、首を回すイフ。
現れるなら通常、空から隕石のように流れ落ちてくるか、半径2メートル圏内に登場するのだが、ブルーノが先ほど何かしたことに間違いはなく、いつもとは変わってくることは明白だった。
「イフ」
「……何だ」
表情や音声からいつもと変わらないブルーノだが、明らかにいつもよりはしたり顔なのがわかり、嫌気がさすイフ。
するとブルーノは、天に人差し指を翳して、涼しげな顔で口を開く。
「上から来るぞ、大人しく受け止めろ」
「ぇ……」
聞き覚えのあるセリフに、イフは用件が足されていることに疑問を浮かべ、焦りと動揺、少しの不安と共に空を見上げる。
そこには、猫のように丸まったリリィが頭上に現れ、こちらへと軽く落下していた。
――そういうことか。
ブルーノの言葉に理解が行き、安堵と共に微笑を浮かべるイフ。
両手を天に掲げると、そこへピシャリとリリィが抱き寄せられる。
「なるほどね。これがしたかったのか」
「ご名答。これなら急に現れても危なくない上にとっても美味しいという、一石二鳥の原理」
「一石二鳥、ねぇ……。リリィ、大丈夫か?」
「……」
「リリィ?」
どうしたのだろうと、リリィの顔を覗くイフ。
よく見れば、顔が先ほどよりも赤面していることに気づく。
そしてよーくこの現状を整理し、リリィの顔が赤くなっていることに理解する。
転送された瞬間に起きたこと、お姫様抱っこによるものだった。
「なぁ、リリィ」
「……はぃ……?」
俯き気味に視線を逸らし、表情を隠しているリリィ。
わかるのは顔を赤らめていることだけ。
恐らくは緩みそうになっている口元を我慢しているのだろう。
だから、からかうように、追い打ちをかけるように、本気の愛を囁きたくなる。
「世界で一番可愛いよ」
「はぅ……」
「ふふっ」
我慢していた口元が緩み、蒸気を噴き上げるリリィ。
そのことがたまらず、イフは噴き出し気味に微笑する。
「ず、ずるいですよ……イフ……っ」
「やったの俺じゃないけどね。リリィはこういうの、嫌い?」
「嫌い、じゃ……ない、ですけど……」
「そ。なら良かった」
「それでも、卑怯ですよ……だから――」
リスのように丸まっていたリリィの手がイフの首元へと寄せられ、徐々に状態を起こしていくリリィ。
――そして、
「……っ」
そっと、柔らかな感触がイフの頬を撫でた。
「お返しですっ」
さり気ないお返しに、カウンターを食らったイフだった。
「ゔ、ゔん。それで、何だっけ」
先の出来事により、ほんのり顔を赤く染めているイフ。
リリィも少したじろいでおり、二人は互いに目を合わせられないでいる。
そして、そんな二人を眺めていたブルーノはと言えば、
「お前ら初心だな。見せられている側としては微笑ましく面白いが、純愛でお腹がいっぱいだ。明日は胸やけ確定だな」
「う、うるせぇ」
「……ほんと、動揺している時点でまだまだだよ」
「……?」
ブルーノの謎の浸りに、疑問符を浮かべるイフ。
またも感じる違和感だったのだが、ブルーノが向ける視線の矛先により、何しに来たのかを思い出す。
「何やってんだあいつ……」
少しいら立ちを覚えるイフ。その理由は明白だった。
「応援、しないのか?」
それを見かねてか、ブルーノはわかっているかのように口を開く。
「あいつに掛ける言葉なんてねぇよ」
それでもイフは、不貞腐れながらも意固地な対応をする。
「強がんなよ。さっさと行ってこい」
そのことに微笑と呆れを浮かべ、ブルーノはイフの背中を押してやる。
よろけ気味にも一歩踏み出すイフ。
立ち止まり、不満げな顔を向けると、頭を搔いて振り返り、目的の人物の下へ走り出した。
「……まだ、言ってなかったんだな」
離れて行く背中を遠目にも眺めながら、ふと呟くブルーノ。
「そりゃあ、サプライズですもん。それに……確かめたいんです。これが、本物なのかどうか……」
その言葉に対し、儚げにもひっそりと俯き気味に浸りながら答えるリリィ。
その反応に現状の滞りを覚えながら、ブルーノは呆れ気味にも平然を装う。
「いつになく慎重だな。いつもは積極的なのに」
物思いに耽る二人。漠然とした会話。
その中心にいるのは、それを取り巻いているのは、いつだって一人の存在。
気づかされ、振り回され、傍にいて退屈を感じさせない。
だから不思議と、思い出すだけで笑みが零れる。胸がいっぱいになる。
――だから、
「だって、こんな幸せ、早々手放したくないですもん」
「……そっか」
「はい!」
謎多き会話。微笑する二人。その意中にいる一人。
知る由もないその一人を置いて、二人はそこへ佇んでいた。
――そして、
視線の先にいるその一人の声が、会場に響き渡った。
「な~にやってんだぁああああっ!!マサぁあああっ!!」
          
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