Eonian Gait

「S」

第一章14 『花束の告白/《メッセージ》』

『続いて、次のニュースです。ライトノベル小説――「君と共に」、通称「キミトモ」が業界史上類を見ない、あの『竜胆』先生の記録を塗り替える速度で、刊行僅か1ヶ月にして100万部という数値を出しました。皆さんはこの小説をご存知ですか?』


『もちろんですとも。二人の創作家、男性作家と女性絵師との純愛物語。何度読み返しても感動で涙が留まりません……!』

『小説なのに細かい描写は一切省き、主人公やヒロインの感情的描写・視点的描写という最低限の一人称でのみ描くというアイデアは、とても斬新ですよねー』

『そんな「キミトモ」は、今では売り切れする書店が続出で、ネットオークションでは高値がついているそうですよ』

『アニメ化にドラマCD化、実写映画化なんかも早くも決定しているそうですね』

『凄いですねー』


「ちっ」

舌打ちと共にテレビを切る青年。
胸には苛立ちと敗北感があるのに、頬が緩んでいた。

「凄いですね『竜胆』先生」

背後に目をやれば、そのわけの物をもった白森がいた。
彼の持つ本。そこには全ての理由がある。

「やっぱり、『星型』先生は『竜胆』先生だったんですね」

感慨深い表情。
物思いに耽っている。

「ここにある物語が全部、フィクションじゃないなんて……。先生の凄味を垣間見た気がします」

持っているその本が、一人の人生を書き記している。
それはとても重く、感動的。

ただ、勝負をしていた身としては、釈然としない。

「……ぁ」

本を取り上げ、適当にページを開く。
そこには案の定の描写ワンシーンがある。



『僕が物語を描くのは、死ぬためだよ』

『ぇ……』

『3年後、僕は死のうって考えてる。あの物語のように』

『……っ!』

『生きることに疲れたんだ。未練なんて特にないしね……早く、楽になりたいんだ』

『何を言っているんですかっ!?命を粗末にしないでください!命は尊いんですよっ』

『そんなの、人が思いあがってるだけの幻想だよ。人はそんなにいい生き物じゃない。命の持ちようなんて、皆の捉え方次第だ。価値観の違い。皆違って皆良い、だよ』

『それでも!あなたの考えはバカげています!どうしてそんなに全てを投げやりに諦めてしまっているんですか……っ」

『……この世界は何よりも美しく、広いと言うけれど、僕にとっては何よりも窮屈で、息苦しく感じる。それが何故だかわかるかい?』

『それは……』

『……世界が残酷で、人が感情のままに生きる獣のようだから』

『……っ』

君はそうやって、いつも僕に悲しみの目を向ける。
僕は君を、何度突き放せばいいのだろう。何度悲しませればいいのだろう。


――何度、君を好きになればいいのだろう。


君は酷いです。
私を何度もかき乱して、身勝手にもこの世を去ろうと言う。
全く、君は酷い人です。
そんな君が、私の心を『好き』という二文字で何度も埋め尽くしていく。


――本当に酷いのは、私の心の中かもしれませんね。


少年は死に飢え、少女は抱く感情を持て余す――。



「僕たちの完敗ですね」

仕方ないというように吐き捨てる彼。


――でも、


「バカかお前。やっとだろうが」

「……?」

「あいつは今まで、俺たちの事を見向きもしない奴だった。だが、今は違う。だから、こっからだ。俺たちの勝負は、こっからなんだよ」

暑苦しい言葉を並べ、自分らしくないと、そう思う。
けど、それは仕方のない事だ。


何故なら――、


「『俺たちの戦いはこっからだ』、ですか。打ち切り展開まっしぐらですね」

「うっせ」

笑い合う二人。


思う事があるとすれば、『やっと』という思いただ一つだった――。





――病院。


やっとの思いで、勝負という名の試練を潜り抜け、君はそれに応えるように手術を受ける。
和らいできたはずの不安は、元通りのように再発している。

君を信じているのに、この信頼がまた、裏切られそうで怖い。

君が、妹にそっくりだから。

「そんな顔しない。こっちまで不安になるでしょ」

ストレッチャーに乗せられ、手術前の最後の会話。
不安気な僕に、君は諸共しないように振る舞っている。

「君は賞を取った。今度は私の番。だから、退院祝いは君の祝勝会と一緒に、パァッとやろ。ね?」

ただその理由は、とても単純なもので、君はこんな時にもその笑顔を見せる。

「うん……」

そのおかげで、僕は苦し紛れの今できる最高の笑顔をつくる。

「じゃあ……」

運ばれる君。
手術中のランプが灯り、北村さんと二人、彼女の生還を祈る。


――ただ、


何度も、何度も、これでもかと言うほど、彼女を見ていると妹が過(よ)ぎる。

創作家は、人に夢や希望、踏み出す勇気を与えることができる。


――でも、


人の命を救うことはできない。


――だから、


こんな時ほど、自分の無力さを痛感したのは初めてだった……。

「北村さん……」

「何だい?」

「妹は、僕を恨んでいたんじゃないでしょうか……」

彼女が妹に似ているからなのか、ふとそう思ってしまう。

「……そんなこと、あるはずないじゃないか」

その質問に対し、少しの沈黙が流れると、北村さんはとある手紙を差し出した。

「……っ!」

渡された手紙。


それは、もういるはずの無い妹――『雪』からのものだった。


「雪ちゃんはきっと、このことを予感していたのもかもしれないね」

「どうして、これを……」

「雪ちゃんに頼まれていたんだ」


『私がいなくなって、お兄ちゃんが創作に走ったとき。そしてお兄ちゃんが、大事な人と結ばれようとするとき。きっとお兄ちゃんは、私のことを思い出して悲しむから。だって、お兄ちゃんは私の事、大好きだから』


「……だってさ」

「……っ」

「……ちょっと、飲み物買ってくるね」

その言葉を置いて、離れて行く北村さん。
僕はゆっくりと手紙を読み始める。

そこにあったのは、花言葉でまとめられた花束の告白(メッセージ)だった。


『お兄ちゃんへ』


『実りのある人生』                  (ブルーベリー)
『悲しみを超えた愛』                  (ヒヤシンス)
『あなたと一緒なら心がやわらぐ。心のやすらぎ』     (ペチュニア)
『いつも幸せ。あなたは私の安らぎ』            (ルピナス)
『とても幸せです』                    (クチナシ)

『特別な存在』                 (オドントグロッサム)
『夢でもあなたを想う』                  (サギソウ)
『あなたを信じているけど心配』            (アスター《青》)
『大切なあなた』                     (ミセバヤ)
『幸福、願い続ける』               (ブライダルベール)

『幸福を告げる、たくさんの小さな思い出。あなたを守る』 (カランコエ)
『あなたとなら幸せ』                (カランコエ《黄》)
『あなたに愛されて幸せ』               (アザレア《白》)

『君を忘れない』                      (シオン)
『私を忘れないで』                  (ワスレナグサ)
『変わらぬ心、途絶えぬ記憶』              (スターチス)
『永久不変』                 (スターチス《ピンク》)
『愛の喜び』                   (スターチス《黄》)

『祈り。いつまでもあなたと一緒』           (アングレカム)
『君ありて幸福』                  (ゼラニウム《赤》)
『君を離さない、旅立ち』                (イカリソウ)

『はかない恋、恋の苦しみ』                (アネモネ)
『君を愛す』                     (アネモネ《赤》)
『あなたを愛してます』               (胡蝶蘭ピンク
『永遠の愛、不滅』                    (アイピー)


――『Eonian Gait』


「そうか……そうか……っ」

並べられた花の数々。それは全部、お見舞いの時に頼まれた物。

妹は花が大好きだった。
花言葉をノートにメモを取っていて、その全てに意味があった。

熱烈な告白。愛されていたことへの実感。顔は涙でぐしゃぐしゃ。
こんな顔じゃ、彼女を迎えることができないな……。


「……ね。そんなこと、なかっただろ?――――君は、愛されていたんだ」


影から見守る北村さんの声。
その言葉を僕は知らない。


――そして、


時間は過ぎて、手術中のランプが消えて――、


それで、彼女は――。

          

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