Eonian Gait

「S」

プロローグ 『誰がための物語』

「――うん、今回もよくできているよ」


物静かな部屋で開かれた口から出た言葉は、案の定のもので、トントンという原稿を整える音が鳴り響く。


「――ありがとうございます」


その言葉に対し、少し微笑みを浮かべながらお礼を口にするのだが、目の前にいる青年の顔を覗くと、考え込む姿があった。

「それにしても……いや、本当によくできている」

「そうですか?」

再び開かれた口から零れた言葉は、先と同じものだったのだが、逆に違和感を覚える。

「ああ、何とも言い難い。一体、この面白さがどこからきているのか知りたいものだね」

それはただの興味本位の質問で、自分でも答えがすぐに出たのだが、口にするのは何故かしらの詰まりがあった。

「たぶん、それは……彼女のおかげですかね」

視線の先にある一枚の絵。
それは彼女という逸材を指し示すには十分なもので、答えだった。

「ん?……あ~、君の相方だね。素性不明の謎のイラストレーター。女性だとは知ってたけど、まさか君と同い年だったとはね」

何だか浸り気味に答えると、ふと年齢で思い出したのか、話題の矛先が転換される。

「そういえば、最近学校行ってる?」

「……行くだけ無駄ですよ」

半目になり、気持ちが堕落するのを感じる。
それはたぶん、今までにいろいろなことがありすぎたから。

「学生たるもの、本文は勉強でしょう?行かなきゃダメだよ」

「……」

「アイデア収集の一環だと思って、ね?」

変な笑みを向けられ、仕方ないという意識と一理あるという共感により、いい機会なのかもしれないと思う。

「わかりました……というか、行けなかったのはほとんど、忙しかったせいですけどね」

「あははー……」

そこに皮肉を混ぜれば、視線を逸らされるのだが、悪い気分ではなかった。

「……ま、いいですけど」


「それじゃ、ちゃんと学校行くんだよ?」

玄関へと向かい、青年が靴を履き終えると、帰り際にもまた声を掛けられる。
それは念押しのようなものだったので、現状への愚痴のように答えてあげた。

「また忙しくならないといいですけどね」

「それに関しては何も言えないんで、じゃ!」

逃げるように飛び出していく青年。
その勢いに気を取られ、

「……はい、お疲れさまでした」

閉まる玄関に遅いあいさつだった。


誰もいない、一人だけ取り残された、そんな静寂の部屋。
ここは家ではなく、仕事場。


――だから、


「帰るか……」

自分も帰ろうと、玄関を後にした。


外へと出て、マンションという仕事場の駐輪場へ行き、自転車を手に、夜と化した空のもと、星を眺めながら帰る。それがいつもの日常だった。

ただそこに映るのは、いくつもの星ではなく、いくつもの思い出。たった一人の彼女と描いた夢物語。

帰路という短い道のりの中、遠い記憶のように、今までの思い出が流れるように、蘇る。

だから、思い出すように浸るんだ。


あの2年前の出来事を――。

          

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