仮面舞踏会 ~隠密優等生《オタク》な俺と生徒会長《おさななじみ》の君と~

「S」

レポート12:『お疲れ様会』

「というわけなんだよ」

「いや全然さっぱり意味がわからん」

突然とやって来た氷室を前に放課後のハプニングに理解が行かず。
とりあえず、言われたことをまとめることにした。


『1、目安箱に二枚の投票用紙があり、昨日のものを含め内容が浮気であったこと』

『2、同一犯ではないかと仮定し、それらしき人物を発見した』

『3、中間テストの勉強をしよう』


「俺がいない間に何があったんだ……」

1と2までは理解できても、最後の繋がりのない文脈に項垂れる。
それに答える気もなく、氷室は笑顔でノートを取り出す。

「とりあえず、授業のノート、別で取ってやったから」

「おう」

今日一日の授業をまとめたノートに軽く目を通し、その間氷室は頬を掻いて。

「昨日は、その……悪かった」

気まずそうに視線を逸らし、謝る姿。
『煩わしい』と言われたことを気にしていたようで。
ちゃんと伝わっていたことに安堵した。


――だが、


「そうだな、全部お前が悪い」

「ぐっ……」

「手の込んだ企み。謝るなら『いじめ案件』を持ち込んだ1週間分だろ」

悪かったのは昨日だけではない。
その案を考えた時点で、氷室はあまり良いヤツとは言えない。

「けど、まぁ……」

全部が悪意に満ちたモノなら、許せはしなかっただろう。
けれど実際、そこには善意しかなかった。

富澤を救いたい意思。部長を助けたい意思。
先輩に報われてほしいと思う意思。


――そして、


『真道鏡夜』への恩返しからなる意思。
偽善者とは呼び難い、優しき理由。


――だから、


「半分は俺がやったことだ。手引きしたのはお前でも、結局いつかはああなってた。そこまで気に病む必要はねぇよ。気にするなとは言わないがな」

「お、おう。わかった」

嬉しそうに頬を緩ませ、一安心とでも言うべきか。
亀裂が入りかけた皿は、早めの修正で直すことができた。


――ただ、


「で、何でテスト勉強?」

一つだけ、やはり解せない部分がある。
浮気騒動の犯人らしき者を見つけ、何故テスト勉強へと事が運ぶのか。
それが未だに理解できない。

「ああ、それなんだけどな……」

途端、凛とした表情へと変わる氷室の顔は見たことのないもので。

「浮気騒動の件、俺に任せてくれねぇか」

何を考えているのか、そんなことを口にする。

「昨日の借りってことで。な?」

わかることがあるとすれば、その無邪気な笑みは何かを企んでいるといったもので。

「……わかった」

今度は何をするつもりなのかわからないが、不思議と心配はなかった。

「サンキュ」

また悪戯っ子のように微笑んでは、陽気な氷室に可笑しく思う。

「さてと、そんじゃ俺は帰るわ」

「おう」

玄関へと移動し、氷室の見送りに向かう。

「明日は学校来れそうか?」

「たぶんな」

「了解。じゃあな、ミー」

「ミー」

ミーの可愛い鳴き声を合図として、氷室は出ていく。
再度、一人と一匹は取り残され、静寂な黄昏れ時に目を見合わす。

「さて、もうひと眠りするか」

「ミー」

のんびり気ままに、今は何も考えずに眠りへと誘われる。


今度はいつも通り、ミーと一緒に――。





――翌日。


熱が下がり、平熱となって学校へと向かい。
いつも通り授業を受けて、迎えた放課後。

生徒会室に集まった四人の目の前にあったのは、追加された四枚の投票用紙。
計7枚のそれらの内容は全て『浮気』という単語に尽きる。

「ほんとこれ、どうしよっか……」

頬杖をついて、考え込む長重。


「―――」


隣では腕を組んで黙り込む氷室。

「はい」

そんな暗く沈んだ空気の中に舞い降りる天使。ではなく松尾。
差し出された皿の上には珍しく、市販のお菓子が盛られていた。

「今日は手作りじゃないんだな」

「うん」

そのことを不思議に思いながら、再びお菓子へと目を向けた時。

「……っ」

その中に一つ、自分の好物を見つけ、瞬時にかっさらう。
気づけば口の中に、そのほのかな甘さが広がっていた。

「そっか……キョウちゃんはバームロールが好きなんだ……」

微笑ましそうに松尾の視線を感じるも、こちらはバームロールを味わうことに夢中で。
食後の紅茶に舌を湿らせていた。

「長重」

するとようやく氷室は口を開き。

「今回の件、俺に任せてくれないか?」

「え……?」

「頼む」

真剣な眼差しを一心に受け、戸惑いながら長重はこちらに視線を送る。
何故こちらを見るのかわからないが、迷っているのは確かなようで。
松尾と共に承諾の相槌を打っていた。

「……うん。わかった」

納得したのか、長重は目を伏せる。
そして氷室は、嬉しそうに安堵し

「なぁお前ら、テスト勉強ってもうしてるか?」

唐突な話題を振っていた。

「中間テストの?してるけど……」

「なら、一緒にテスト勉強しないか?」

「えー……」

嫌がっているというよりも、どうしようか長重は困った様子を見せる。
やはり今回の氷室の言動は解せない。
誰がどう受け取っても胡散臭い、そんな態度だった。

「ほら、ここには成績上位者が集まってるし!足りない部分は補って少しでも上を目指そうぜー!」

「成績上位者って……氷室君、私より順位上でしょ」

「あれ……?そうだっけ……?」

長重のジト目に想定外だったのか、視線を逸らし、氷室は一気に弱腰となる。

ふと、そういえば長重と鉢合わせた日に録音された内容までは氷室に伝えていなかったことを思い出し、確かにそうだと納得する。

「でも生徒会役員としては、学年トップでないと生徒に示しがつかねぇし!偉そうにしてるわりにあいつら大したことねぇんだなって舐められる!挙句、そうなると誰も言うことを聞かず手が付けられない!違うか!?」

何を焦っているのか、氷室はまんまとボロを出している。
本人以外誰も知りえない成績が、他生徒にバレるとしたら本人伝手に聞くしかない。
学年順位も成績に乗るだけで公表はされず、舐められるような展開にはならない。

最も、この墓穴に長重が気づいているかどうかが問題なのだが。

「んー、まぁそうだけど……」

「だろ!?」

氷室の必死の歎願に押されて、長重にそんな余裕もなく。

「つうことで鏡夜、指導頼む!」

結局自分頼みだというオチに沈黙し、断ろうかと思いきや長重と松尾の期待の眼差しがそうすることを拒ませていた。

「……んじゃ、やるか」

そうやって、生徒会役員による勉強会が始まった。


――数時間後。


「思ってたんと違う!」

急に立ち上がり、虚空に吠える氷室の姿。
握りしめたペンと書き写されたノートの汚さからも、それが伝わってくる。

「何がだよ」

「いや、もっとこう、これをすればテストで満点間違いなし的な感じの内容をだな!」

「んなもんあるかよ」

「ないのかよ!」

何を期待していたのか、氷室は不服そうで。
長重と松尾の二人も、少し気分を損ねているよう。
まるでこちらが悪いかのような空気に嘆息した。

「まぁ、満点は無理だが……テストで問題なし、くらいの得点アップならできるかもな」

「何それ!?」

「教えて」

あたりの強い女性陣の食いつき。
その圧が凄く、今は大人しく吐くことが賢明だと悟った。

「……これは持論だが、俺が今まで出会ってきた先生は皆、同じ嘘をつく傾向がある」

「嘘?」

「先生が授業中、『テストに出るぞ』と言ったところは必ず出ない」

確証のない事実。
他の学校はわからないが、ここへ来てもそれは変わらず。
1年生の頃から、そこに何の期待も抱かずテストに挑めばテストの結果が物語っていた。

「何かの偶然か。将又、授業に集中させるための指摘か。どの先生もそれは同じだった」

「だから?」

「お前ら、テスト範囲全てを復習してるだろ」

「うん……普通じゃない?」

「容量悪すぎ」

「なっ……!?」

授業用のノートを取り出し、適当に広げる。

「この学校の先生は酷く単純だ。数学の先生めがねはきっちりしていて、物事に細かく、どこか人を見下した感じがする。国語の先生こわもては真面目で筋を通す漢。英語の藤咲先生は優しく丁寧で。理科の先生は頭がキレるわりにマイペース。社会の先生ベテランは話が長く、雑談が多い。このように、わかりやすいくらい性格がハッキリしている。だから、そういうのを含め、先生の思考を読み、範囲を消去法で一つずつ潰していけば、自ずと出題内容は絞られる」

出る問題と出ない問題。

先生が『テストに出す』と言った部分に毎回チェックを入れ、それ以外の内容を大まかに別のノートに書き写す。

それを二人に見せつけ説明を終了する。

「凄い……けど」

「うん……」

「……?」

「鏡夜の勉強法、歪んでるね」

「斬・新」

「うっせ」


「そんじゃま、今日はこのくらいにして帰るか」

「そうだね」

一通りの勉強を済ませ、帰る夕暮れ時。
中間テストまで残り一週間と少し。

浮気騒動の一件は氷室に任せ。
日に日に増え続ける浮気内容の投票用紙は止まず。
しばらくは皆で勉強会をする。

そんな日々が続いていた。


――そして、


そんなこんなで、一週間はあっという間に過ぎ、テスト本番を迎えていた。





中間テストを終え、通常通りの授業へと移行して二日。
主にテストの返却とLHRが主な内容で。

放課後となった今、生徒会室に集まった三人の前に現れたのは、勢いよく扉を開く、ご機嫌な長重だった。

「じゃじゃーん!」

自慢げに中間テストの結果を見せる長重。
それは五市波高校ならではのテスト結果をまとめた成績表。

大まかなテスト結果と、クラス・学年の平均点、科目ごとの順位を記載しており、ほとんど模試のようなもの。

そこに目を凝らせば、各教科クラス内1位の成績を収めていた。

「クラス内1位?スゲー……」

「ふふん。そうでしょう、そうでしょう」

氷室の関心にすっかり天狗になっている長重だが、重要な部分を見落としている。
ただ今は、水を差すのも悪いため敢えて触れないでおこうと、そう思うのだが、

「鏡夜は、どうだった?」

弾むような声で尋ねてくる長重に本日のLHRで渡された成績表を求められ、そんな厚意に意味もなく。

静かに鞄から成績表を取り出し、手渡していた。

「どれどれ~……」

じっくり、ゆっくり。
変わらない長重の表情が徐々に凍り付いていくのを感じる。
見終わった後、長重の顔にあったのは、固まった笑顔だった。

「学年、1位……」

途端、会長席にて、長重は子供のように『うわぁああん』と声を上げて泣き始める。
確かにクラス内1位は凄いが、結局のところ長重の学年順位は氷室を抜いての2位。

氷室が学年3位に下がったことは前もって知っており、1位が自分だということを考えれば、残る候補は長重一人。

その予想は見事に的を射ていたようで。
だから長重の成績にはあまり驚きもしなかった。

それがため、自らの点数を明かすことを避けようとしたにも関わらず、長重のお願いを何の躊躇もなく聞き入れてしまうあたり、甘いなとそう思った。

「あ~あ、泣かした」

「キョウちゃん酷い」

「理不尽すぎる……」


そんな自分に辛辣な会計ひむろ書記まつおだった――。


「機嫌直せって!鏡夜にアイスでも奢ってもらってさ!」

「ハーゲンダッツで許してあげる……ぐすんっ……」

よりによって一番高いアイスをご所望のようで。

「わあったよ……」

仕方なくも『現金だな』と嘆息すると、傍にいる松尾が笑顔なのにどこか寂しそうに見え、

「松尾も食うか?」

自然と、声を掛けていた。

「……うん!」

満足げな松尾の返事に苦笑し、本日は二人分のアイスを奢ることになった。


「鏡夜」

生徒会室を後に松尾が長重を慰めながら歩く廊下で、ふと氷室は立ち止まる。

「何だ?」

その真剣な趣に首を傾げれば、胡散臭い笑顔が浮かび上がった。

「先行っててくれ」

何をもってして、取り繕った笑みなのか。
氷室の表情に何かがあることだけは見て取れた。

「……わかった」

氷室が何を企んでいるのか。
気になるも、今は黙って従うことにした。





三人と別れ、黄昏時の校舎を歩く。

今頃、鏡夜は両手に花で楽しくやっているのだと思うと、羨ましく感じるが、今回の件ばかりは一人でどうにかしたい気分だった。

「何だかねぇ……」

適当にぶらぶらと校舎を歩き回り、目の前にある光景に既視感を覚える。
金髪ロングの美青年が女生徒に迫り、口説き文句を並べている。
そんな富豪の懲りない姿に呆れながら、前回同様、女生徒を逃がすように声を掛けた。

「よう」

不敵な笑みで交わす挨拶に富豪は複雑そうに眉を顰める。
二度目のナンパ現場を邪魔しながら、暗黙の約束である答え合わせをするためだから。

睨み合い対峙する少しの間。
まるで居合の達人が決闘でもするのかという雰囲気に変な笑みが零れる。
実際は喧嘩でもしようかという空気感であり、強ち間違ってもいないから。

黙っていても仕方なく、早々に切り上げたくも口にするのが面倒だったため、ポケットに入れたボイスレコーダーを投げつけた。

「ん」

何も言わず、富豪に聞けばわかると合図する。
そこに富豪も何も言わず、再生ボタンを押した。

『クラス内1位?スゲー……』

『ふふん。そうでしょう、そうでしょう』


「―――」


録音されているのは、先ほどあった長重の成績表を見せられた時のもの。
今回の学年順位の証明を行うために鞄に忍ばせておいたボイスレコーダー。
それを長重が成績表を見せつけた時に起動させた。

学生ならば、テストの結果を誰かと共有したくなる可能性が極めて高い。
長重の場合、その機会がきっとある。
そう踏んで鏡夜のお見舞い後から、ボイスレコーダーを常備していた。

結果は案の定で、漏れ残しなく撮れていた。

『鏡夜はどうだった?』

自然な会話の流れ。
生徒会メンバーの無邪気な戯れに富豪はふとして顔を顰める。
まるで何かに違和感を持ったように。

『どれどれ~……』

流れる静寂。
数十秒ほどの無言の間に地味な緊張感が広がる。
なぜ黙り込むのか、その理由が気になるが故に富豪は耳を傾け続ける。

そして『答え』は現れる。

『学年、1位……』

「……っ!」

途端、長重の悔しさと苛立ちに満ちた声に富豪は驚愕する。

そこからは長重が子供のように鳴き声を上げ、鏡夜を松尾と共に弄ったところで、録音は終了した。

「……鏡夜とは、誰だ?」

今までに見たことのない富豪の眼光に自然と頬が綻ぶ。
テストの結果というよりも、見ず知らずの誰かがトップに君臨している。

その事実が信じ難く、学校内で目立つはずの生徒会に入っていることすら知らなかった。
それが富豪に完敗を味合わせているようだった。

だからさらに、煽りを加える。

「知りたければ、自分の目で確かめることだ」

勝利に浸りながら、どこまでも傲慢に振舞う。
富豪がし続けたことを思い知らせ、怒りを助長し、こちらの思惑に誘導するために。

放った言葉も、挑発や戯言なんかではなく、そのままの意味合い。

『真道鏡夜』とは、口では説明しがたい存在。
故にそれ以上の言葉は無意味で、その場を後にする。

背後には茫然と立ち尽くす富豪の姿が夕日に照らされていた。





コンビニへと寄り、三人で俗に言う『お疲れ様会』を開く。
といっても、アイスを奢らされただけの陳腐なものなのだが。
二人の少女が仲睦まじく喜んでいる姿を傍目にすると、どうでもよく思えていた。

「……ん?」

ふとスマホに着信があり、通知を見る。
届いたのは氷室からの短いメッセージで。

『無事解決!』
『ドヤ顔の天狗スタンプ』

「何だよそれ……」

可笑しな文面に笑みが零れていた。

「どうしたの?」

「……?」

すると長重と松尾が不思議そうに首を傾げていることに気づき、そっとスマホをしまった。

「何でもない」

「「?」」

再度、疑問符を浮かべ合う二人にこちらは緩む頬が抑えられず。
けれどフードを被っているがために彼女らには伝わらず。

「もうすぐ来るってよ」

一人、別行動をしていたヤツを待つことにする。
名前を告げなくとも、二人には通じたようで。

コスパのいいソーダ味のアイスキャンディを齧って、黄昏時の放課後を堪能する。

口の中に広がったのは、甘くてしょっぱい青春の味だった。

          

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