仮面舞踏会 ~隠密優等生《オタク》な俺と生徒会長《おさななじみ》の君と~

「S」

レポート 8:『後日談』

――その日の夜。


「そんなに怒んないでよ~」

晩御飯の支度をしながら、訴えかける瑠璃の不平にこちらもご機嫌斜めで。
眉を顰めて、ソファに寝そべっていた。

「……別に、怒ってねぇし」

「はいそれ嘘」

いきなり頬を小突いては、悪びれることもなく微笑んでくる。
実際、悪いことではないのかもしれない。

それでも、嫌だった。

彼女が動いていた。彼女が関与していた。
その事実から察せられる事象を確認していたから。

「……部屋の写真」

キッチンに戻ろうと背を向けた瑠璃。
ふと呟いた言葉にギクリと反応し、硬直する。
振り返った直後、見せた表情はロボットのようにぎこちなきものだった。

「ナンノコトカナ?」

「はいそれ嘘」

起き上がり、隠し持っていた一枚を取り出す。
教室で一人、窓辺に黄昏る自分の写真。

壁一面に張り出された隠し撮りの数々。
1年の後半になって知った事実。


それ即ち全て、瑠璃を動かすための買収行為であることを――。


「氷室、か……」

突き詰めた、止めの一撃。
瑠璃はわかりやすくもダラダラと汗をかいている。
だから自然とため息が零れる。

「んで、何を頼まれた?」

「何も?」

「……は?」

「ただ今日の放課後、体育館に榊君と君のだ~い好きな長重さんを頃合いを見計らって呼びつけてほしいって言われただけだし。鏡夜が思うようなことは何もないよ」

「……」

氷室の差し金、という読みまでは当っていたものの、そこ止まりのようで。
結局、謎は謎のまま通り過ぎようとしていた。

「さ、ご飯にしましょ」

立ち上がり、「あいよ」といつもの返事をする。


頭にこびりついた一件がわからずに――。





暗がりの部屋で、ベッドに横になり思考を凝らす。

目安箱のいじめ案件。

あれは間違いなく、富澤のもの。
体育館での一件を鑑みても、そうとしか思えない。
三対三スリー・オン・スリーを挑んだのも、その先輩たちの性根を叩き直すため。


――けれど、


だとすれば何故、あの時氷室は嘘をついたのか。
瑠璃を使って生徒会長を動かし、長重を呼び。


一体、何が目的で――。


「わからん……」

確かなのは、氷室がこの案件に便乗して何か企んでいたということ。
それが不発に終わったのか、成功で幕を閉じたのかは不明だが。

「氷室に聞いた方が早いな」

呑気に嘆息し、自然と瞼を閉じる。
久しぶりの運動に疲れてか、眠りに落ちるのにそう時間はかからなかった。





――翌日。


制服に着替え、スマホを見れば氷室からのLINEが送られてきていた。

『今日朝練あるから先行くな』

「……まぁいいか」

登校中にでも真意を確かめたかったのだが、聞く機会はいくらでもある。
最悪、今日の放課後までに聞ければ問題ないだろうと。
そう思い、家を出ていた。


――すれば、


「……っ」

玖日くじつ駅の上り線ホームに佇む一人の少女に目が留まる。
道端にポツリと咲いた一輪の花のように可憐で、儚げで。
そんな言葉がさぞかし似あうであろう光景だった。

いつもなら知らないふりをして、気づかれないように通り過ぎただろう。
けれど今は、その姿がどこか寂しげで、迷った末、その隣に並んでいた。

「鏡夜……おはよう!」

「ああ」

暗かった表情が、一気に明るい笑顔へと変わる。
ただそれだけのことに嬉しく思える
これからもずっと、この関係が続いていたらいいのにと、そんなことを考えてしまう。

電車を待つ数分間。

ながの左手を一瞥し、自分の右手と触れ合いそうな距離にあることに気づき、小学校の頃を思い出す。

あれは確か小学4年生の運動会の時。
ソーラン節を踊って、最後に皆で手を繋いで輪を描き、両手を掲げる。
その時、左手にいたのは長重の手。

柔らかくて暖かい感触。
今でも忘れられない、長重との最初で最後の握手。

ふと知れず蘇る光景に苦虫を噛み締めるように笑みを零す。
もうあの頃には戻れないのだと、寂しい気持ちでいっぱいで。
淡く、消え入りそうになりながら空を仰いでいた。

「……」

すると微かに右手に長重の手が掠り、その感触にドキリとする。
長重の表情を伺えば、当たったことに気づいた様子はなかった。
そこに安堵しながらも、少し残念に思えて複雑だった。

こんなところで手を繋いでしまえば、それはもう恋人以外の何ものでもない。
長重と自分はそういう関係ではない。


――でも、


頭の中に長重と手を繋いだ光景を思い浮かべてしまう。
どれだけ彼女にぞっこんなのだと、呆れながらに笑みが零れる。

『好き』が『大好き』に変わって、今では『愛している』になっている。
世界中で一番、彼女を想っている。

「ねぇ、鏡夜」

「んー?」

「あれ、どうしよっか……」


――『あれ』。


その困り気味にも無理に笑みを浮かべる曇った表情に眉を上げる。
どう考えても『いじめ案件』のことでしかないと、顔に書いてある。

「さぁな」

あらかたの予想はついている。
けれどそれが正しいのかはわからない。


――だから、


やって来た電車を前にさらりと告げる。

「……までも、たぶん明日には解決してると思うぞ」

「ぇ……」

開く扉の先へ逃げるように踏み入る。
優しいが故に長重は自分の事のように苦悩する。

それを晴らしてやりたいが、あまり期待させてもいけない。
そのためにも、今は黙ってこの場をやり過ごす。

答えが知りたそうに疑問符を浮かべて、捨てられた子犬のようにつぶらな瞳を向けてくる長重を置いて。


今はただ、その可愛さに悶え耐えるのに必死だった――。





五市波いつしば駅へと到着し、下車すれば、改札を抜けた先に松尾がいた。
二人はたいそう仲が良く、方向が同じということで本日は一緒に登校することになった。

「今日、氷室君は?」

「ん」

スマホを取り出し、LINEを見せる。
すると「あ~」と声を漏らして納得する。

「そういえば、あの子猫どうなったの?」

「子猫?」

「この前、帰り道に鏡夜が拾ったの」

「へー」

丁寧に松尾に説明する長重。
その間、スマホが振動しLINEを開く。
何事かと思えば瑠璃からのメッセージで。

1件の画像が送信されており、それを目に若干の恐怖が湧く。
まるでどこかから見られているようにタイミングの良いものだったから。

「これのことか?」

再度、スマホを二人の下へ差し出し、画像を見せる。
それはベッドに横になった自分と隣で丸まるミーの姿で。
いつの間に撮られていたのか、綺麗に収まっていた。

しかも、Snowで……。

「……ん?」

数秒の時間が流れて、二人の様子に違和感を覚える。
目を輝かせて、食い入るように見つめている。

「猫耳……」

「か、可愛い……っ!」

その理由はSnowにより生やされた猫耳の自分を凝視しているというもので、少し恥ずかしく思えてくる。


――ので、


「もうおしまい」

二人の視界からスマホを遠ざけた。

「鏡夜、その写真私にも頂戴!」

「私も」

「……なんでだよ」

「壁紙にする!」

「プリンタで拡大して壁に貼り付ける」

「おい、俺はアイドルじゃないぞ。というか松尾、さり気なく真顔で問題発言するんじゃない。欲望駄々洩れじゃねぇか」

「「てへ☆」」

「くそっ……!可愛いじゃねぇか……っ!許す!」

「やったー!」

ということで、LINEにて二人に画像を送信。
するとスマホを天に掲げて、長重は無邪気に喜び。
松尾は画像を確認して、こちらを見つめてくる。

「キョウちゃん、甘い」

「うるせぇ」

自分でも思うくらい可笑しなテンションで。
微笑む松尾と笑顔の長重に満足する。

自分の存在によって誰かが喜んでくれる。
それがどんな形であれ、嬉しいことだから。
迷わずその選択肢を選ぶ。

それが『真道鏡夜』の本質だった。





学校に着き、教室へとやって来る。
僅かな生徒の会話が響く中、教室には何故か氷室がいて。
その悪戯な笑みにLINEは嘘だと発覚する。

「……」

言葉をかける気にもなれず、不貞腐れながら鞄を下ろし席へ着く。
1限目の準備をするべく、机の中を漁れば、見知らぬ紙に小首を傾げた。

メモ用紙を折り畳んだ形状のそれは、差出人が昨日出会ったさかき先輩で。
開いた内容は、『昼休憩に体育館に来てほしい』というものだった。

たった一文に目を通し、氷室を一瞥すれば、ただひたすらに意味深な笑みを零していた。
未だ氷室の手のひらの上で転がされているようで気乗りがせず、自然と嘆息する朝だった。





4限目が終わり、購買部へ向かう者がチラホラと現れる中、いつも通り十分で昼食を平らげ、体育館へと向かう。

面倒なことは、さっさと済ませるに限る。
着けば案の定、榊先輩が待ち惚けしており、窓から差す光に照らされていた。

ほんと格好良いにも程がある、イケメンに許された演出だった。


「―――」


入り口で立ち止まり、しばらくして目が合う。
気づいたことを確認して、もう3歩ほど前へ出る。

とよとみかい

ふと呟かれる一人の名。
遠くを見つめる榊の目は、悲しみや寂しさといった感情が滲み出ているように見えた。

「全国でも5本の指に入るSF《シュートフォワード》。絶対に外さない3Pと、奇怪なドライブパスから、付いたあだ名が――『爛漫な道化ピエロ』」


――違った。


瞳にあるのは静かな闘志と、小さな憧れ。
昔の自分とよく似ている。

「知り合いか?」

「……ただの幼馴染です」

「そうか」

崩れない笑み。
クールに取り繕われた表情からは、何を考えているのかが読めない。
だから下手に口を開くことができない。


この人が何を考えているのか、わかるまでは――。


「バスケ部、入らないか」

「嫌です」

「即答か」

何となく、豊臣の話題を切り出した時点で勧誘の予感はしていた。
故に反射的に本音が漏れ、榊は失笑する。

「あの」

「んー?」

「俺も、先輩に聞きたいことがあったんですよ」

「何だ?」

何でもわかっているような微笑。
それが少し、かんさわる。

「……どうして、長重を生徒会長にしたんですか?」

ずっと気になっていた疑問。

いつ高等学校の生徒会役員は、生徒会長の指名によって行われる。
それは役員を指名昇級して、関係を継続したり、排除することも可能とした生徒会長の特権。

役員不足の場合、一般生徒からの指名も可能。
逆に生徒が入りたいと言えば、生徒会長の承諾を得ることで役員になれる。


――が、


昨年、名乗り出た生徒、1年生6名・2年生4名のうち、残ったのはながただ一人。

順当に行けば、長重に会長の座が来てもおかしくはない。
けれど、問題はそこじゃない。

どうして長重なのかが、問題なのだ。

「周りからすれば、妥当な判断なんでしょうけど……」

ぼそりと呟いた言葉に榊の目の色が変わる。

「……気づいてたか」

少し狂気に満ちた嫌らしい笑みだった。

「……やっぱり、わざと残してたんですね。長重だけ」

三対三スリー・オン・スリーの時にわかった事実。
さかきは、他人を切り捨てることをいとわない。

だから、生徒会役員も同学年であった3年生3人だけを残し、他学年で気に食わない生徒は容赦なく排除している。

もちろん、さかき先輩のことだから正当な理由があってのことなのだろう。
けれど、長重より有能なヤツは他にもいたはずだ。
それなのに長重以外を全員排除していることが解せない。


一体、何の理由があって――。


「だって、面白そうでしょ?」

「……は?」

鼻で笑う姿は腹黒で。
ただ純粋にそう思っているのだと、直感した。

「長重さんを見た時、一瞬でわかった。こいつ何かあるなって」

鋭い勘。
確かに長重にはどこか、危ういところがある。

人と話せば満面の笑みで受け答えする人当たりの良さとは逆の暗さ。
一人になった途端に見せる、寂しげな表情。
まるで人が変わったみたいに印象が違う。

長重は上手く誤魔化せているつもりだろうが、その姿を見せられれば誰だって思う。


たった一言、『おかしい』と――。


「いろいろ調べてみてわかった。彼女、記憶がないんだって?」

嫌な人に出会ったと、つくづく思う。
普通の人なら、『おかしい』と思うことでも、そこまで深入りしない。
しかし、さかきのような鋭い勘を持った者に『おかしい』を繰り返されれば、気づかれる。

気づかれたことを否定し誤魔化すことは容易いが、信じるか信じないかは相手次第。

故に今は、自分は何も知らないと動揺していないように見せるのが最善の策だったのだが、逆にそれが動揺の現れとなっていた。

「図星か」

予想通りとでもいうのか、何でもわかった顔つきに眉を顰める。

気づかれていたまではわかる。
が、『長重の記憶がない』という情報がどこから漏れたのか。

それが不思議でならない。

「……誰から聞いたんですか?」

「さぁ、誰だろうね?」

あくまで教えるつもりなどなく、本当に何を考えているのかわからない。
この人は一体、何をしたいのだろうか。

「あ、でも」

「……?」

「今日の放課後、屋上に行けば今回の黒幕がわかると思うよ」

黒幕という言葉と無邪気な笑顔。
何となく察しがつくも、それを確かめることなくチャイムが鳴る。

煮え切らないが次の授業は移動教室のため、大人しく食い下がる。
体育館を出て、遠目にさかき先輩が誰かと電話している姿を眺めて。





「……ん?」

彼を見送り、ふとポケットが振動する。
取り出せばそれは、部活仲間チームメイトからの電話で。


『――上手くいったみたいっすね』


調子のいい声が飛んできていた。

「見てたのか」

『いいえ?廊下に現れたあいつの不機嫌そうな顔で、そう思っただけです』

「そうか」

後輩にいいように使われ、苦笑する。
けれど彼のおかげで部内の問題は解決した。
だからこちらに文句を言える資格などなく、軽く嘆息する。

『嫌な役、押し付けてしまってすみません部長』

「んー?まぁ別に気にしてないけど……そう思うなら報酬もっと弾ませろよ」

『校長のブロマイドですか?好きですね~……どこがいいんです?』

「バッカお前、年上美人最高だろうが」

『ははっ、クールな生徒会長とは思えない発言っすね』

「元生徒会長だ、元」

おチャラけた態度に心配になる。
自分が何のために協力したのか。
軽い空気に全てが台無しにされそうだったから。

『そんじゃま、報酬は下駄箱の中にでも入れてるんで。あざした』

「おう」

切れる電話。
一安心しながら、薄暗い体育館の中でひっそりと佇み、罪悪感に打ちひしがれる。

本当は『なが』の秘密なんて一切知らない。
ただ彼の言われた通り動いただけ。

そうすれば、部内の安泰も自分の欲しいものも手に入るから。


――でも、


いくら後輩の頼みとはいえ報酬に目がくらんで、その友人を煽る陰湿な態度は生徒会長として、あるまじき行為だろう。

「まぁ、『元』だけどな」

五市波いつしば高校史上最も優秀な生徒会長。
そんな肩書を背負った自分だが、実際そう取り繕うだけで精一杯で。
いつボロが出ないか不安になりながら頑張ってきた。

けれど流石に何でも熟せるなんて虫のいい話などなく、部内の問題を解決できずにいた。
そこに手を差し伸べてくれた後輩には感謝しているが、自分の醜さに嫌気がさす。

後輩を頼り、自分の欲に忠実で。
自分を偽って作り上げた地位と、汚れた自分。
言い訳することでしか自分をなだめることができない無力さ。

今はそれをただひたすらに呪っていた。

          

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