仮面舞踏会 ~隠密優等生《オタク》な俺と生徒会長《おさななじみ》の君と~
レポート 7:『※これは青春ラブコメです』
巡り巡って次の日の放課後。
予定通り、体育館へと移動する。
そこには案の定、富澤が一人シュート練習をしていた。
入り口で佇み、気づかれないように観察する。
3Pシュートを放ち続け、見事に決める。
息を切らし、籠のボールを空にして、散らばったボールを拾い始める。
本当に真面目な選手だった。
「おーい富澤」
すると突然、横を氷室が通り過ぎて富澤へと近づいていく。
その呼び声に反応して、富澤はこちらへと振り向く。
「暇なら勝負しね?」
「勝負、ですか?」
「おう」
「いいですけど……」
いきなり現れ、何を企んでいるのか。
茫然と眺めていれば、
「鏡夜(あいつ)が相手な」
「……ファっ!?」
氷室の指がこちらを示していた。
「……?」
本当に何を考えているのやら。
富澤自身、『誰だろう』と首を傾げている。
仕方なく近づいて行けば、強引に氷室が肩を組んでくる。
「同じクラスの真道鏡夜。俺の友達(ダチ)だ」
「はぁ……?」
「とりま、勝負してくれるだけでいいから」
「わかりました」
こちらの意思など関係なく、話が進み。
気づけばブレザーを脱いで、先に5本決めた方が勝ちという一対一(ワン・オン・ワン)が開始されていた。
こちらが先行で、ドリブルをしているというこの状況。
こっちは未経験者だというのに富澤の圧が凄い。
どうやらバスケになると人柄が変わるよう。
――だが、
「……っ」
右に勢いよく踏み出す振りをして反対へと周り、すかさずシュートを放つ。
堂々としたフェイントに富澤は見事に引っかかってくれて。
先行きよく、先制点を奪うことができた。
「よ!人を騙したら日本一!」
「人聞きの悪い……」
氷室からの野次が飛び、眉を顰める。
ボールを拾い、富澤を見れば、唖然と立ち尽くしていた。
「ほれ」
「おっと」
「お前の番だ」
「あ、はい」
攻守交替し、今度は守備へと回る。
富澤と対面し、全身に意識を集中させる。
すると富澤の目が右へと動いて、こちらも重心を右へと移す。
けれどボールは、それとは反対方向へ強く叩きつけられ。
大きく跳ね上がったボールを取って、富澤はシュートを打つ。
――が、
残念ながら、ゴンッという音を鳴らすだけで、ボールがネットを潜ることはなかった。
「―――」
無表情のまま、ボールを拾いに行く富澤。
――今のは……。
見覚えのある光景。
ふとして呼び起こされる思い出により、氷室を見る。
そこには不敵な笑みが浮かべられていて。
何を企んでいるのか、少しだけわかった気がした。
――余計なことを……。
呆れながらにボールを受け取り、ドリブルを打つ。
富澤を眺め、中学の頃を思い出す。
昔よく、戯れていた存在を。
「豊臣、か……」
「……知っているんですね」
ふと零した名に富澤は平然と答える。
「ああ。中学まで一緒だった幼馴染だ」
「そうですか」
どうやら動揺という誘いには乗ってこないようで。
「さっきの技、豊臣のだろ?」
「ええ、まぁ……外しましたけど」
「なら、よく見るんだな」
「へ……?」
一瞬の隙を見計らって、左へ大きく動き出す。
それでも流石に遅れながらに豊臣は追いつき、行く手を阻む。
――だが、
「……っ!」
問題はそこではなく、右斜め前方に放ったボール。
そこに驚く富澤を置いて、跳ねるボールを掴み取り、シュートを放つ。
無理な体勢ながらも、ゴールのサポートエリア目掛けることで狙い通り。
ボールはネットを潜って、2本目を追加していた。
「豊臣のシュートは、キレも早さも段違いだぞ」
「どうして、その技を……」
富澤は驚きが絶えないと言ったようで、ボールを拾い、仕方なく説明することにする。
「だって、あいつの使ってる技、俺が編み出したものだもん」
「え?」
「相手を油断させ、その隙をつく。発想は良かったが、実現には不可能な技たち。それを豊臣は類稀なるセンスでものにした。格の差を知ったよ」
「バスケ、やってたんですか……?」
「んにゃ?ただ昼休憩に体育館で豊臣とバスケしてただけ。勝負は俺の全戦全敗。そりゃそうさ。あっちは小2からミニバスやってたんだから。こちとら我流の遊び半分。家が貧乏だったから、運動部とは無縁だった。ま別に、入りたいとも思わなかったけど」
「悔しく、なかったんですか?」
「何が?」
「その……負けたことも、技を奪われたことも」
「全然?」
「ぇ……」
「勝ちたいとは思ってたよ。無我夢中でボールを追いかけ、一回でもいいから勝ちたかった。勝って勝利の喜びってのを味わいたかった。未経験者が経験者に勝つっていう未来が面白そうだったから。結局一度も勝てなかったけど、仕方ない。何より、楽しかったから別にいいやって」
本当に凄いヤツだった。
勉強も運動も、常に上回る。まさに上位互換。
そんなあいつに憧れている自分がいた。
「技をものにされたときも、嫉妬よりも自分の妄想を叶えてくれた豊臣の凄さに圧倒されて、二人して大喜びしてた」
二人してバカみたいな発想に盛り上がり、試しに実践すれば成功し、高揚感で満ち足りていたあの頃。
とても、眩しい世界だ。
「……なんか、わかった気がします。先輩がどういう人間なのか」
「あ、そ」
無駄話を終え、ボールを渡す。
攻守交替し、ドリブルをする富澤の背後に誰かが近づいていることに気づく。
「あれは……」
柄の悪そうな男三人組。
その存在に氷室は顔を顰め、睨みつけていた。
「――と~みざわっ」
「――何やってんだ~?こんなところで」
「――真面目に練習か~?偉いね~?」
ニヤニヤと嘲笑うような視線。
富澤を見れば、歯を食いしばって俯いている。
「先輩たち、何の用っすか?」
半ばキレ気味に仲裁に入る氷室。
三人のギラついた視線が氷室に集中する。
「あぁ?」
「暇なら帰ってください。受験生でしょ」
「うるせえ!たまには息抜きも必要だっての!」
「そそ!ストレス発散しないとね~」
「そうそう」
「ただの穀潰しでしょ」
けれど氷室は容赦なく、辛辣な言葉を投げ続ける。
空気はどんどん悪化していく。
「……氷室。レギュラーだからっていい気になってんじゃねぇぞ」
「えぇ?なってませんよ?」
「その上から目線をやめろっつってんだよ!!」
「じゃあ先輩も、後輩いびるの、やめてもらえませんか?胸糞悪いんで」
睨み合う氷室と三人組。
元ヤンの血が騒いでいるのか、氷室は歯止めが気なくなっている。
――ので、
「てい」
「痛ぁ!?」
適当にあるスリッパで頭を叩いた。
「何すんだ鏡夜!?」
不満げな態度により怒りが少し、和らいだことを確認する。
それでも心配なため、先輩との間に割り込む。
「先輩。勝負をしましょう」
「あぁ?」
「勝負?」
「つかお前誰だよ」
先輩たちの言い分など気にすることなく、話を進める。
――そして、
「俺らが勝ったら、バスケ部やめてください」
満面の笑みで、そう言い放った。
「はあ!?なめてんのか!」
「誰がそんな勝負受けるわけ……」
後方二人の乗り気ない姿勢。
だが前に立つリーダー格のような男が、冷静にそれを止めていた。
「お前が負けたら?」
「俺がバスケ部に入ります」
「はっ、俺らに何のメリットもねぇじゃねぇか」
「なら、一生パシりでもいいです」
「ほ~う?」
「どうです?やりませんか?」
「いいだろ」
承諾の言質。
それを耳にニヤリと頬が綻ぶ。
「ルールは簡単。俺、氷室、富澤と先輩たちの三対三。先に10点決めた方が勝ち」
「ふっ、俺たちに挑んだこと、後悔させてやる」
そんな言葉を置いて、互いに作戦会議へと移る。
「だ、大丈夫なんでしょうか?」
すると富澤は不安げに動揺し冷や汗を垂らしていた。
氷室は氷室で楽しげに笑っている。
「大丈夫だって。それよりお前は、鏡夜のプレーにだけ集中してろ」
「え?」
「とりあえず、作戦どうする鏡夜?」
「そうだな……最初は様子見、からのガンガン行こうぜ!」
「了解!」
お道化た態度に氷室はノリよく応え、富澤は一人置いてきぼりになる。
その後、富澤からの敵情報を聴く。
――一方、
先輩サイドでは。
「おいおい、あんな勝負受けて、負けた時どうすんだよ」
「勝ちゃいいんだろ勝ちゃあ。それに負けたところで誰も承認するやつはいない。こんな遊びで監督が今年最後の3年生をレギュラー候補から外すわけないだろ」
「あ、なるほど」
悪い顔で高笑いする声が響く中。
もう一つ、それを遮る声がする。
「――この勝負、俺が見届けよう」
「あぁ?」
暗がりの廊下で黒縁眼鏡を光らせて、現れる美青年。
180はあるであろう高身長と、色白の肌。
くせっ毛の黒髪ながら、イケメンの部類に入る容姿。
「部長!?」
「榊!?」
富澤と先輩が、その正体を明らかにさせた。
「前生徒会長か……」
見た事のある顔。
――『榊燎平』。
1年生の頃、よく壇上に上がっていたのを覚えている。
そして彼には一つ、疑問を抱いていたから。
「何でここに部長が……」
どうやら氷室も驚いているようで。
いい演出ができたようで何よりだった。
「……ん?」
ふと、榊の視線がこちらへと向いていて。
意味深にも笑みを零していることに疑問符を浮かべる。
「校長に呼び出されてな。『今なら体育館でいいものが見られるぞ』と教えてもらったんだ」
その言葉を耳に、今度はこちらの頬が緩む。
そこに榊は気づいたようで、肩を竦めて微笑していた。
「黒木、多田野、久保」
「……何だよ」
「この勝負、負ければ退部らしいな」
「なぜそれを……っ!?」
「そんなことはどうだっていい」
頭を掻き、榊は呆れるように嘆息する。
その後、鋭い眼光が三人を捉える。
「この勝負、俺が承認する」
「はぁ!?」
「ふざけんな!」
「そうだそうだ!第一、監督が認めるわけ……」
「お前らの日ごろの態度」
「「「……っ」」」
「授業中は居眠り。成績の悪さ。目に余ると他の教師から指摘を受けている。さらに監督は陰の後輩いびりにも気づいている」
「な……っ!?」
「いい機会だ。ここで勝てば、実力を認め、次の試合、レギュラーメンバーとして志願してやってもいい」
「……言ったな。約束守れよ」
「ああ。ただし負ければ……」
言わずもがなと、口を噤む榊。
部長の威厳を垣間見た瞬間だった。
「さぁ、見せてもらうぞ。お前の実力を」
こちらを見て、小声で何かを呟いたようだが、何を言っているかはわからなかった。
じゃんけんをして、先攻を取ったこちら。
ドリブルをつく自分の前に黒木というリーダー格がいる。
気色悪い余裕の笑みから悟る。
この勝負の行方を――。
「……っ!」
瞬時にボールを左サイドへと飛ばし、氷室は透かさずスリーを決める。
ゴールを潜り抜けたボールが床に叩きつけられる音で、周りは気を取り戻す。
「はい。3対0」
富澤は「凄い……」と零し、黒木は「はっ……まぐれまぐれ」と冷や汗を拭っている。
とりあえず、シュートを外すまで攻守交替はしないということで、氷室からボールが飛んでくる。
再度、同様のフォーメーションで試合は続く。
ドリブルをつけば、対面する黒木の表情から笑みは消え、集中した顔立ちになっていた。
――ので、
視線を右へと移し、黒木にパスを防がせる誘導をかける。
すると案の定、重心がそちらへと傾いたのを見計らって、バックステップからゴールを狙う。
「スリー、だと……っ!」
ボールの縫い目に指がフィットする感覚。
放った瞬間にある爪のかかり、ボールの回転。
軌道からして、安堵の笑みが零れる。
絶対に外れることのない、シュートだったから。
「6対0……」
驚きの富澤。
氷室と部長は怖い顔で頬を緩ませている。
先輩三人は、何もできていないことに苛立ちを覚え始めている。
「次だ!次!」
「お、おう!」
「ああ!」
三度、ボールがこちらへと渡って、ドリブルを打つ。
今度はどうしようか、考えていれば、血眼になった先輩がボールを奪いに来る。
「おっと」
どうやら考える暇も与えてくれないようで、仕方なく先ほどやった技をすることにする。
右に重心を移動させて、切り込もうとする。
すると黒木がそちらを塞いでくるのは目に見えている。
が、こちらは一歩踏み出しただけなので、まだ小回りが利く。
黒木は重心が傾いているため、レイコンマの誤差だが、動くには少しの遅れが生じる。
だからそこをついて左へと急転回する。
そして案の定、追いかけようとする黒木の手が伸びる中、瞬時にパスを出そうとする。
――のだが、
富澤も氷室もきっちり先輩に守られている。
あの氷室ですら圧倒する先輩の意地。
先輩も伊達じゃないってことか。
――だったら、
「ふ……っ!」
ゴール目掛けて高く跳び、腕を振り上げる。
そのまま勢いよく、ボールをネットへとぶち込む。
思いがけない高さから無事着地する。
これをすると脚に負荷がかかるから嫌になる。
「その身長で、ダンク……!?」
皆の絶え間ない表情の変化が面白くて堪らない。
格下だと思われた相手に飯と引っかかる、その間抜けさ。
見ててほんと、退屈しない。
「ダンクなんて、練習すりゃあ誰でもできますよ」
「いやできねぇから!お前、身長いくつだよ!?」
「167」
「ありえねぇだろ!?」
「俺、人を驚かすの得意なんすよ♪」
「いや理由になってねぇし!」
「まぁ確かに、これやると膝痛めるんで1回が限度ですけど……あと2点です」
「……っ!」
「次で、ラストですね」
ボールを受け取り、おそらく最後の戦いを迎える。
ドリブルを打って、半ば意気消沈している先輩を前に物足りなさを感じる。
そのため、早く楽にしてやろうと動こうとする。
――のだが、
「鏡夜?」
「……っ!」
入り口に立つ長重の存在に気づき、切り込むことに躊躇する。
その隙をついてか、先輩はボールを奪いに来る。
けれど瞬時に富澤へとパスを出すことで回避し、彼の思い切ったスリーにより、勝負はあっけなく幕を閉じた。
「―――」
茫然とこちらを見つめる長重の視線。
――見られた。
何が鍵になるかわからない。
だから彼女の前では絶対、昔を彷彿とさせる行為を避けていた。
目覚めた時の代償を恐れていたから。
「凄い……バスケ上手だったんだね、鏡夜!」
「……」
幸か不幸か、長重は変わらず笑みを零す。
心配が杞憂に終わって、息が漏れる。
――だが、
その隣に佇む学校長を目に気が削がれる。
ひっそりと、この場を離れることだけを考えて足を動かしていた。
「お、おい!」
「……?」
呼び止める声。
それは先輩たちのもので、気まずそうに委縮している。
「約束通り、俺たちはバスケ部をやめる……」
意を決して、潔く負けを認める黒木の姿。
他二人も悔しそうに俯いている。
――けれど、
「あ~、それなんですけど……」
長重の参上により興が冷め、怒りなど当に忘れていて。
申し訳なくも、どうでもよく思えていた。
「やめなくていいんで、富澤に謝ってください。これを機に改心してくれるなら、それでいいです」
その言葉に辺りは静まり、ただ一人のスキール音が響く。
歩いて、歩いて、近づくにつれ、長重と瑠璃の表情がよく見える。
だからこっちは、俯いて横を通り過ぎる。
今声を掛けてしまえば、美香が目覚める。
今はまだ、その時じゃない。
ただ記憶だけが戻ってくれても、誰も歓迎しない。
彼女が戻った時、それは――。
俺が、消える時だから――。
          
予定通り、体育館へと移動する。
そこには案の定、富澤が一人シュート練習をしていた。
入り口で佇み、気づかれないように観察する。
3Pシュートを放ち続け、見事に決める。
息を切らし、籠のボールを空にして、散らばったボールを拾い始める。
本当に真面目な選手だった。
「おーい富澤」
すると突然、横を氷室が通り過ぎて富澤へと近づいていく。
その呼び声に反応して、富澤はこちらへと振り向く。
「暇なら勝負しね?」
「勝負、ですか?」
「おう」
「いいですけど……」
いきなり現れ、何を企んでいるのか。
茫然と眺めていれば、
「鏡夜(あいつ)が相手な」
「……ファっ!?」
氷室の指がこちらを示していた。
「……?」
本当に何を考えているのやら。
富澤自身、『誰だろう』と首を傾げている。
仕方なく近づいて行けば、強引に氷室が肩を組んでくる。
「同じクラスの真道鏡夜。俺の友達(ダチ)だ」
「はぁ……?」
「とりま、勝負してくれるだけでいいから」
「わかりました」
こちらの意思など関係なく、話が進み。
気づけばブレザーを脱いで、先に5本決めた方が勝ちという一対一(ワン・オン・ワン)が開始されていた。
こちらが先行で、ドリブルをしているというこの状況。
こっちは未経験者だというのに富澤の圧が凄い。
どうやらバスケになると人柄が変わるよう。
――だが、
「……っ」
右に勢いよく踏み出す振りをして反対へと周り、すかさずシュートを放つ。
堂々としたフェイントに富澤は見事に引っかかってくれて。
先行きよく、先制点を奪うことができた。
「よ!人を騙したら日本一!」
「人聞きの悪い……」
氷室からの野次が飛び、眉を顰める。
ボールを拾い、富澤を見れば、唖然と立ち尽くしていた。
「ほれ」
「おっと」
「お前の番だ」
「あ、はい」
攻守交替し、今度は守備へと回る。
富澤と対面し、全身に意識を集中させる。
すると富澤の目が右へと動いて、こちらも重心を右へと移す。
けれどボールは、それとは反対方向へ強く叩きつけられ。
大きく跳ね上がったボールを取って、富澤はシュートを打つ。
――が、
残念ながら、ゴンッという音を鳴らすだけで、ボールがネットを潜ることはなかった。
「―――」
無表情のまま、ボールを拾いに行く富澤。
――今のは……。
見覚えのある光景。
ふとして呼び起こされる思い出により、氷室を見る。
そこには不敵な笑みが浮かべられていて。
何を企んでいるのか、少しだけわかった気がした。
――余計なことを……。
呆れながらにボールを受け取り、ドリブルを打つ。
富澤を眺め、中学の頃を思い出す。
昔よく、戯れていた存在を。
「豊臣、か……」
「……知っているんですね」
ふと零した名に富澤は平然と答える。
「ああ。中学まで一緒だった幼馴染だ」
「そうですか」
どうやら動揺という誘いには乗ってこないようで。
「さっきの技、豊臣のだろ?」
「ええ、まぁ……外しましたけど」
「なら、よく見るんだな」
「へ……?」
一瞬の隙を見計らって、左へ大きく動き出す。
それでも流石に遅れながらに豊臣は追いつき、行く手を阻む。
――だが、
「……っ!」
問題はそこではなく、右斜め前方に放ったボール。
そこに驚く富澤を置いて、跳ねるボールを掴み取り、シュートを放つ。
無理な体勢ながらも、ゴールのサポートエリア目掛けることで狙い通り。
ボールはネットを潜って、2本目を追加していた。
「豊臣のシュートは、キレも早さも段違いだぞ」
「どうして、その技を……」
富澤は驚きが絶えないと言ったようで、ボールを拾い、仕方なく説明することにする。
「だって、あいつの使ってる技、俺が編み出したものだもん」
「え?」
「相手を油断させ、その隙をつく。発想は良かったが、実現には不可能な技たち。それを豊臣は類稀なるセンスでものにした。格の差を知ったよ」
「バスケ、やってたんですか……?」
「んにゃ?ただ昼休憩に体育館で豊臣とバスケしてただけ。勝負は俺の全戦全敗。そりゃそうさ。あっちは小2からミニバスやってたんだから。こちとら我流の遊び半分。家が貧乏だったから、運動部とは無縁だった。ま別に、入りたいとも思わなかったけど」
「悔しく、なかったんですか?」
「何が?」
「その……負けたことも、技を奪われたことも」
「全然?」
「ぇ……」
「勝ちたいとは思ってたよ。無我夢中でボールを追いかけ、一回でもいいから勝ちたかった。勝って勝利の喜びってのを味わいたかった。未経験者が経験者に勝つっていう未来が面白そうだったから。結局一度も勝てなかったけど、仕方ない。何より、楽しかったから別にいいやって」
本当に凄いヤツだった。
勉強も運動も、常に上回る。まさに上位互換。
そんなあいつに憧れている自分がいた。
「技をものにされたときも、嫉妬よりも自分の妄想を叶えてくれた豊臣の凄さに圧倒されて、二人して大喜びしてた」
二人してバカみたいな発想に盛り上がり、試しに実践すれば成功し、高揚感で満ち足りていたあの頃。
とても、眩しい世界だ。
「……なんか、わかった気がします。先輩がどういう人間なのか」
「あ、そ」
無駄話を終え、ボールを渡す。
攻守交替し、ドリブルをする富澤の背後に誰かが近づいていることに気づく。
「あれは……」
柄の悪そうな男三人組。
その存在に氷室は顔を顰め、睨みつけていた。
「――と~みざわっ」
「――何やってんだ~?こんなところで」
「――真面目に練習か~?偉いね~?」
ニヤニヤと嘲笑うような視線。
富澤を見れば、歯を食いしばって俯いている。
「先輩たち、何の用っすか?」
半ばキレ気味に仲裁に入る氷室。
三人のギラついた視線が氷室に集中する。
「あぁ?」
「暇なら帰ってください。受験生でしょ」
「うるせえ!たまには息抜きも必要だっての!」
「そそ!ストレス発散しないとね~」
「そうそう」
「ただの穀潰しでしょ」
けれど氷室は容赦なく、辛辣な言葉を投げ続ける。
空気はどんどん悪化していく。
「……氷室。レギュラーだからっていい気になってんじゃねぇぞ」
「えぇ?なってませんよ?」
「その上から目線をやめろっつってんだよ!!」
「じゃあ先輩も、後輩いびるの、やめてもらえませんか?胸糞悪いんで」
睨み合う氷室と三人組。
元ヤンの血が騒いでいるのか、氷室は歯止めが気なくなっている。
――ので、
「てい」
「痛ぁ!?」
適当にあるスリッパで頭を叩いた。
「何すんだ鏡夜!?」
不満げな態度により怒りが少し、和らいだことを確認する。
それでも心配なため、先輩との間に割り込む。
「先輩。勝負をしましょう」
「あぁ?」
「勝負?」
「つかお前誰だよ」
先輩たちの言い分など気にすることなく、話を進める。
――そして、
「俺らが勝ったら、バスケ部やめてください」
満面の笑みで、そう言い放った。
「はあ!?なめてんのか!」
「誰がそんな勝負受けるわけ……」
後方二人の乗り気ない姿勢。
だが前に立つリーダー格のような男が、冷静にそれを止めていた。
「お前が負けたら?」
「俺がバスケ部に入ります」
「はっ、俺らに何のメリットもねぇじゃねぇか」
「なら、一生パシりでもいいです」
「ほ~う?」
「どうです?やりませんか?」
「いいだろ」
承諾の言質。
それを耳にニヤリと頬が綻ぶ。
「ルールは簡単。俺、氷室、富澤と先輩たちの三対三。先に10点決めた方が勝ち」
「ふっ、俺たちに挑んだこと、後悔させてやる」
そんな言葉を置いて、互いに作戦会議へと移る。
「だ、大丈夫なんでしょうか?」
すると富澤は不安げに動揺し冷や汗を垂らしていた。
氷室は氷室で楽しげに笑っている。
「大丈夫だって。それよりお前は、鏡夜のプレーにだけ集中してろ」
「え?」
「とりあえず、作戦どうする鏡夜?」
「そうだな……最初は様子見、からのガンガン行こうぜ!」
「了解!」
お道化た態度に氷室はノリよく応え、富澤は一人置いてきぼりになる。
その後、富澤からの敵情報を聴く。
――一方、
先輩サイドでは。
「おいおい、あんな勝負受けて、負けた時どうすんだよ」
「勝ちゃいいんだろ勝ちゃあ。それに負けたところで誰も承認するやつはいない。こんな遊びで監督が今年最後の3年生をレギュラー候補から外すわけないだろ」
「あ、なるほど」
悪い顔で高笑いする声が響く中。
もう一つ、それを遮る声がする。
「――この勝負、俺が見届けよう」
「あぁ?」
暗がりの廊下で黒縁眼鏡を光らせて、現れる美青年。
180はあるであろう高身長と、色白の肌。
くせっ毛の黒髪ながら、イケメンの部類に入る容姿。
「部長!?」
「榊!?」
富澤と先輩が、その正体を明らかにさせた。
「前生徒会長か……」
見た事のある顔。
――『榊燎平』。
1年生の頃、よく壇上に上がっていたのを覚えている。
そして彼には一つ、疑問を抱いていたから。
「何でここに部長が……」
どうやら氷室も驚いているようで。
いい演出ができたようで何よりだった。
「……ん?」
ふと、榊の視線がこちらへと向いていて。
意味深にも笑みを零していることに疑問符を浮かべる。
「校長に呼び出されてな。『今なら体育館でいいものが見られるぞ』と教えてもらったんだ」
その言葉を耳に、今度はこちらの頬が緩む。
そこに榊は気づいたようで、肩を竦めて微笑していた。
「黒木、多田野、久保」
「……何だよ」
「この勝負、負ければ退部らしいな」
「なぜそれを……っ!?」
「そんなことはどうだっていい」
頭を掻き、榊は呆れるように嘆息する。
その後、鋭い眼光が三人を捉える。
「この勝負、俺が承認する」
「はぁ!?」
「ふざけんな!」
「そうだそうだ!第一、監督が認めるわけ……」
「お前らの日ごろの態度」
「「「……っ」」」
「授業中は居眠り。成績の悪さ。目に余ると他の教師から指摘を受けている。さらに監督は陰の後輩いびりにも気づいている」
「な……っ!?」
「いい機会だ。ここで勝てば、実力を認め、次の試合、レギュラーメンバーとして志願してやってもいい」
「……言ったな。約束守れよ」
「ああ。ただし負ければ……」
言わずもがなと、口を噤む榊。
部長の威厳を垣間見た瞬間だった。
「さぁ、見せてもらうぞ。お前の実力を」
こちらを見て、小声で何かを呟いたようだが、何を言っているかはわからなかった。
じゃんけんをして、先攻を取ったこちら。
ドリブルをつく自分の前に黒木というリーダー格がいる。
気色悪い余裕の笑みから悟る。
この勝負の行方を――。
「……っ!」
瞬時にボールを左サイドへと飛ばし、氷室は透かさずスリーを決める。
ゴールを潜り抜けたボールが床に叩きつけられる音で、周りは気を取り戻す。
「はい。3対0」
富澤は「凄い……」と零し、黒木は「はっ……まぐれまぐれ」と冷や汗を拭っている。
とりあえず、シュートを外すまで攻守交替はしないということで、氷室からボールが飛んでくる。
再度、同様のフォーメーションで試合は続く。
ドリブルをつけば、対面する黒木の表情から笑みは消え、集中した顔立ちになっていた。
――ので、
視線を右へと移し、黒木にパスを防がせる誘導をかける。
すると案の定、重心がそちらへと傾いたのを見計らって、バックステップからゴールを狙う。
「スリー、だと……っ!」
ボールの縫い目に指がフィットする感覚。
放った瞬間にある爪のかかり、ボールの回転。
軌道からして、安堵の笑みが零れる。
絶対に外れることのない、シュートだったから。
「6対0……」
驚きの富澤。
氷室と部長は怖い顔で頬を緩ませている。
先輩三人は、何もできていないことに苛立ちを覚え始めている。
「次だ!次!」
「お、おう!」
「ああ!」
三度、ボールがこちらへと渡って、ドリブルを打つ。
今度はどうしようか、考えていれば、血眼になった先輩がボールを奪いに来る。
「おっと」
どうやら考える暇も与えてくれないようで、仕方なく先ほどやった技をすることにする。
右に重心を移動させて、切り込もうとする。
すると黒木がそちらを塞いでくるのは目に見えている。
が、こちらは一歩踏み出しただけなので、まだ小回りが利く。
黒木は重心が傾いているため、レイコンマの誤差だが、動くには少しの遅れが生じる。
だからそこをついて左へと急転回する。
そして案の定、追いかけようとする黒木の手が伸びる中、瞬時にパスを出そうとする。
――のだが、
富澤も氷室もきっちり先輩に守られている。
あの氷室ですら圧倒する先輩の意地。
先輩も伊達じゃないってことか。
――だったら、
「ふ……っ!」
ゴール目掛けて高く跳び、腕を振り上げる。
そのまま勢いよく、ボールをネットへとぶち込む。
思いがけない高さから無事着地する。
これをすると脚に負荷がかかるから嫌になる。
「その身長で、ダンク……!?」
皆の絶え間ない表情の変化が面白くて堪らない。
格下だと思われた相手に飯と引っかかる、その間抜けさ。
見ててほんと、退屈しない。
「ダンクなんて、練習すりゃあ誰でもできますよ」
「いやできねぇから!お前、身長いくつだよ!?」
「167」
「ありえねぇだろ!?」
「俺、人を驚かすの得意なんすよ♪」
「いや理由になってねぇし!」
「まぁ確かに、これやると膝痛めるんで1回が限度ですけど……あと2点です」
「……っ!」
「次で、ラストですね」
ボールを受け取り、おそらく最後の戦いを迎える。
ドリブルを打って、半ば意気消沈している先輩を前に物足りなさを感じる。
そのため、早く楽にしてやろうと動こうとする。
――のだが、
「鏡夜?」
「……っ!」
入り口に立つ長重の存在に気づき、切り込むことに躊躇する。
その隙をついてか、先輩はボールを奪いに来る。
けれど瞬時に富澤へとパスを出すことで回避し、彼の思い切ったスリーにより、勝負はあっけなく幕を閉じた。
「―――」
茫然とこちらを見つめる長重の視線。
――見られた。
何が鍵になるかわからない。
だから彼女の前では絶対、昔を彷彿とさせる行為を避けていた。
目覚めた時の代償を恐れていたから。
「凄い……バスケ上手だったんだね、鏡夜!」
「……」
幸か不幸か、長重は変わらず笑みを零す。
心配が杞憂に終わって、息が漏れる。
――だが、
その隣に佇む学校長を目に気が削がれる。
ひっそりと、この場を離れることだけを考えて足を動かしていた。
「お、おい!」
「……?」
呼び止める声。
それは先輩たちのもので、気まずそうに委縮している。
「約束通り、俺たちはバスケ部をやめる……」
意を決して、潔く負けを認める黒木の姿。
他二人も悔しそうに俯いている。
――けれど、
「あ~、それなんですけど……」
長重の参上により興が冷め、怒りなど当に忘れていて。
申し訳なくも、どうでもよく思えていた。
「やめなくていいんで、富澤に謝ってください。これを機に改心してくれるなら、それでいいです」
その言葉に辺りは静まり、ただ一人のスキール音が響く。
歩いて、歩いて、近づくにつれ、長重と瑠璃の表情がよく見える。
だからこっちは、俯いて横を通り過ぎる。
今声を掛けてしまえば、美香が目覚める。
今はまだ、その時じゃない。
ただ記憶だけが戻ってくれても、誰も歓迎しない。
彼女が戻った時、それは――。
俺が、消える時だから――。
          
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