仮面舞踏会 ~隠密優等生《オタク》な俺と生徒会長《おさななじみ》の君と~

「S」

レポート 7:『※これは青春ラブコメです』

巡り巡って次の日の放課後。
予定通り、体育館へと移動する。
そこには案の定、富澤が一人シュート練習をしていた。

入り口で佇み、気づかれないように観察する。
3Pシュートを放ち続け、見事に決める。
息を切らし、籠のボールを空にして、散らばったボールを拾い始める。

本当に真面目な選手だった。

「おーい富澤」

すると突然、横を氷室が通り過ぎて富澤へと近づいていく。
その呼び声に反応して、富澤はこちらへと振り向く。

「暇なら勝負しね?」

「勝負、ですか?」

「おう」

「いいですけど……」

いきなり現れ、何を企んでいるのか。
茫然と眺めていれば、

「鏡夜(あいつ)が相手な」

「……ファっ!?」

氷室の指がこちらを示していた。

「……?」

本当に何を考えているのやら。
富澤自身、『誰だろう』と首を傾げている。
仕方なく近づいて行けば、強引に氷室が肩を組んでくる。

「同じクラスの真道鏡夜。俺の友達(ダチ)だ」

「はぁ……?」

「とりま、勝負してくれるだけでいいから」

「わかりました」

こちらの意思など関係なく、話が進み。

気づけばブレザーを脱いで、先に5本決めた方が勝ちという一対一(ワン・オン・ワン)が開始されていた。

こちらが先行で、ドリブルをしているというこの状況。
こっちは未経験者だというのに富澤の圧が凄い。
どうやらバスケになると人柄が変わるよう。


――だが、


「……っ」

右に勢いよく踏み出す振りをして反対へと周り、すかさずシュートを放つ。
堂々としたフェイントに富澤は見事に引っかかってくれて。
先行きよく、先制点を奪うことができた。

「よ!人を騙したら日本一!」

「人聞きの悪い……」

氷室からの野次が飛び、眉を顰める。
ボールを拾い、富澤を見れば、唖然と立ち尽くしていた。

「ほれ」

「おっと」

「お前の番だ」

「あ、はい」

攻守交替し、今度は守備へと回る。
富澤と対面し、全身に意識を集中させる。
すると富澤の目が右へと動いて、こちらも重心を右へと移す。

けれどボールは、それとは反対方向へ強く叩きつけられ。
大きく跳ね上がったボールを取って、富澤はシュートを打つ。


――が、


残念ながら、ゴンッという音を鳴らすだけで、ボールがネットを潜ることはなかった。


「―――」


無表情のまま、ボールを拾いに行く富澤。


――今のは……。


見覚えのある光景。
ふとして呼び起こされる思い出により、氷室を見る。

そこには不敵な笑みが浮かべられていて。
何を企んでいるのか、少しだけわかった気がした。


――余計なことを……。


呆れながらにボールを受け取り、ドリブルを打つ。
富澤を眺め、中学の頃を思い出す。

昔よく、戯れていた存在を。

「豊臣、か……」

「……知っているんですね」

ふと零した名に富澤は平然と答える。

「ああ。中学まで一緒だった幼馴染だ」

「そうですか」

どうやら動揺という誘いには乗ってこないようで。

「さっきの技、豊臣あいつのだろ?」

「ええ、まぁ……外しましたけど」

「なら、よく見るんだな」

「へ……?」

一瞬の隙を見計らって、左へ大きく動き出す。
それでも流石に遅れながらに豊臣は追いつき、行く手を阻む。


――だが、


「……っ!」

問題はそこではなく、右斜め前方に放ったボール。
そこに驚く富澤を置いて、跳ねるボールを掴み取り、シュートを放つ。

無理な体勢ながらも、ゴールのサポートエリア目掛けることで狙い通り。
ボールはネットを潜って、2本目を追加していた。

「豊臣のシュートは、キレも早さも段違いだぞ」

「どうして、その技を……」

富澤は驚きが絶えないと言ったようで、ボールを拾い、仕方なく説明することにする。

「だって、あいつの使ってる技、俺が編み出したものだもん」

「え?」

「相手を油断させ、その隙をつく。発想は良かったが、実現には不可能な技たち。それを豊臣は類稀なるセンスでものにした。格の差を知ったよ」

「バスケ、やってたんですか……?」

「んにゃ?ただ昼休憩に体育館で豊臣とバスケしてただけ。勝負は俺の全戦全敗。そりゃそうさ。あっちは小2からミニバスやってたんだから。こちとら我流の遊び半分。家が貧乏だったから、運動部とは無縁だった。ま別に、入りたいとも思わなかったけど」

「悔しく、なかったんですか?」

「何が?」

「その……負けたことも、技を奪われたことも」

「全然?」

「ぇ……」

「勝ちたいとは思ってたよ。無我夢中でボールを追いかけ、一回でもいいから勝ちたかった。勝って勝利の喜びってのを味わいたかった。未経験者が経験者に勝つっていう未来が面白そうだったから。結局一度も勝てなかったけど、仕方ない。何より、楽しかったから別にいいやって」

本当に凄いヤツだった。
勉強も運動も、常に上回る。まさに上位互換。
そんなあいつに憧れている自分がいた。

「技をものにされたときも、嫉妬よりも自分の妄想を叶えてくれた豊臣の凄さに圧倒されて、二人して大喜びしてた」

二人してバカみたいな発想に盛り上がり、試しに実践すれば成功し、高揚感で満ち足りていたあの頃。
とても、眩しい世界だ。

「……なんか、わかった気がします。先輩がどういう人間なのか」

「あ、そ」

無駄話を終え、ボールを渡す。
攻守交替し、ドリブルをする富澤の背後に誰かが近づいていることに気づく。

「あれは……」

柄の悪そうな男三人組。
その存在に氷室は顔を顰め、睨みつけていた。


「――と~みざわっ」


「――何やってんだ~?こんなところで」


「――真面目に練習か~?偉いね~?」


ニヤニヤと嘲笑うような視線。
富澤を見れば、歯を食いしばって俯いている。

「先輩たち、何の用っすか?」

半ばキレ気味に仲裁に入る氷室。
三人のギラついた視線が氷室に集中する。

「あぁ?」

「暇なら帰ってください。受験生でしょ」

「うるせえ!たまには息抜きも必要だっての!」

「そそ!ストレス発散しないとね~」

「そうそう」

「ただの穀潰しでしょ」

けれど氷室は容赦なく、辛辣な言葉を投げ続ける。
空気はどんどん悪化していく。

「……氷室。レギュラーだからっていい気になってんじゃねぇぞ」

「えぇ?なってませんよ?」

「その上から目線をやめろっつってんだよ!!」

「じゃあ先輩も、後輩いびるの、やめてもらえませんか?胸糞悪いんで」

睨み合う氷室と三人組。
元ヤンの血が騒いでいるのか、氷室は歯止めが気なくなっている。


――ので、


「てい」

いたぁ!?」

適当にあるスリッパで頭を叩いた。

「何すんだ鏡夜!?」

不満げな態度により怒りが少し、和らいだことを確認する。
それでも心配なため、先輩との間に割り込む。

「先輩。勝負をしましょう」

「あぁ?」

「勝負?」

「つかお前誰だよ」

先輩たちの言い分など気にすることなく、話を進める。


――そして、


「俺らが勝ったら、バスケ部やめてください」

満面の笑みで、そう言い放った。

「はあ!?なめてんのか!」

「誰がそんな勝負受けるわけ……」

後方二人の乗り気ない姿勢。
だが前に立つリーダー格のような男が、冷静にそれを止めていた。

「お前が負けたら?」

「俺がバスケ部に入ります」

「はっ、俺らに何のメリットもねぇじゃねぇか」

「なら、一生パシりでもいいです」

「ほ~う?」

「どうです?やりませんか?」

「いいだろ」

承諾の言質。
それを耳にニヤリと頬が綻ぶ。

「ルールは簡単。俺、氷室、富澤と先輩たちの三対三スリー・オン・スリー。先に10点決めた方が勝ち」

「ふっ、俺たちに挑んだこと、後悔させてやる」

そんな言葉を置いて、互いに作戦会議へと移る。

「だ、大丈夫なんでしょうか?」

すると富澤は不安げに動揺し冷や汗を垂らしていた。
氷室は氷室で楽しげに笑っている。

「大丈夫だって。それよりお前は、鏡夜こいつのプレーにだけ集中してろ」

「え?」

「とりあえず、作戦どうする鏡夜?」

「そうだな……最初は様子見、からのガンガン行こうぜ!」

「了解!」

お道化た態度に氷室はノリよく応え、富澤は一人置いてきぼりになる。
その後、富澤からの敵情報を聴く。


――一方、


先輩サイドでは。

「おいおい、あんな勝負受けて、負けた時どうすんだよ」

「勝ちゃいいんだろ勝ちゃあ。それに負けたところで誰も承認するやつはいない。こんな遊びで監督が今年最後の3年生をレギュラー候補から外すわけないだろ」

「あ、なるほど」

悪い顔で高笑いする声が響く中。
もう一つ、それを遮る声がする。


「――この勝負、俺が見届けよう」


「あぁ?」

暗がりの廊下で黒縁眼鏡を光らせて、現れる美青年。
180はあるであろう高身長と、色白の肌。
くせっ毛の黒髪ながら、イケメンの部類に入る容姿。

「部長!?」

さかき!?」

富澤と先輩が、その正体を明らかにさせた。

「前生徒会長か……」

見た事のある顔。


――『さかき燎平りょうへい』。


1年生の頃、よく壇上に上がっていたのを覚えている。
そして彼には一つ、疑問を抱いていたから。

「何でここに部長が……」

どうやら氷室も驚いているようで。
いい演出ができたようで何よりだった。

「……ん?」

ふと、榊の視線がこちらへと向いていて。
意味深にも笑みを零していることに疑問符を浮かべる。

「校長に呼び出されてな。『今なら体育館ここでいいものが見られるぞ』と教えてもらったんだ」

その言葉を耳に、今度はこちらの頬が緩む。
そこに榊は気づいたようで、肩を竦めて微笑していた。

「黒木、多田野、久保」

「……何だよ」

「この勝負、負ければ退部らしいな」

「なぜそれを……っ!?」

「そんなことはどうだっていい」

頭を掻き、榊は呆れるように嘆息する。
その後、鋭い眼光が三人を捉える。

「この勝負、俺が承認する」

「はぁ!?」

「ふざけんな!」

「そうだそうだ!第一、監督が認めるわけ……」

「お前らの日ごろの態度」

「「「……っ」」」

「授業中は居眠り。成績の悪さ。目に余ると他の教師から指摘を受けている。さらに監督は陰の後輩いびりにも気づいている」

「な……っ!?」

「いい機会だ。ここで勝てば、実力を認め、次の試合、レギュラーメンバーとして志願してやってもいい」

「……言ったな。約束守れよ」

「ああ。ただし負ければ……」

言わずもがなと、口を噤む榊。
部長の威厳を垣間見た瞬間だった。

「さぁ、見せてもらうぞ。お前の実力を」

こちらを見て、小声で何かを呟いたようだが、何を言っているかはわからなかった。


じゃんけんをして、先攻を取ったこちら。
ドリブルをつく自分の前に黒木というリーダー格がいる。
気色悪い余裕の笑みから悟る。


この勝負の行方を――。


「……っ!」

瞬時にボールを左サイドへと飛ばし、氷室は透かさずスリーを決める。
ゴールを潜り抜けたボールが床に叩きつけられる音で、周りは気を取り戻す。

「はい。3対0」

富澤は「凄い……」と零し、黒木は「はっ……まぐれまぐれ」と冷や汗を拭っている。
とりあえず、シュートを外すまで攻守交替はしないということで、氷室からボールが飛んでくる。

再度、同様のフォーメーションで試合は続く。
ドリブルをつけば、対面する黒木の表情から笑みは消え、集中した顔立ちになっていた。


――ので、


視線を右へと移し、黒木にパスを防がせる誘導をかける。
すると案の定、重心がそちらへと傾いたのを見計らって、バックステップからゴールを狙う。

「スリー、だと……っ!」

ボールの縫い目に指がフィットする感覚。
放った瞬間にある爪のかかり、ボールの回転。
軌道からして、安堵の笑みが零れる。

絶対に外れることのない、シュートだったから。

「6対0……」

驚きの富澤。
氷室と部長は怖い顔で頬を緩ませている。
先輩三人は、何もできていないことに苛立ちを覚え始めている。

「次だ!次!」

「お、おう!」

「ああ!」

三度、ボールがこちらへと渡って、ドリブルを打つ。
今度はどうしようか、考えていれば、血眼になった先輩がボールを奪いに来る。

「おっと」

どうやら考える暇も与えてくれないようで、仕方なく先ほどやった技をすることにする。

右に重心を移動させて、切り込もうとする。
すると黒木がそちらを塞いでくるのは目に見えている。

が、こちらは一歩踏み出しただけなので、まだ小回りが利く。
黒木は重心が傾いているため、レイコンマの誤差だが、動くには少しの遅れが生じる。
だからそこをついて左へと急転回ドライブする。

そして案の定、追いかけようとする黒木の手が伸びる中、瞬時にパスを出そうとする。


――のだが、


富澤も氷室もきっちり先輩に守られている。
あの氷室ですら圧倒する先輩の意地。

先輩も伊達じゃないってことか。


――だったら、


「ふ……っ!」

ゴール目掛けて高く跳び、腕を振り上げる。
そのまま勢いよく、ボールをネットへとぶち込む。
思いがけない高さから無事着地する。

これをすると脚に負荷がかかるから嫌になる。

「その身長で、ダンク……!?」

皆の絶え間ない表情の変化が面白くて堪らない。
格下だと思われた相手に飯と引っかかる、その間抜けさ。
見ててほんと、退屈しない。

「ダンクなんて、練習すりゃあ誰でもできますよ」

「いやできねぇから!お前、身長いくつだよ!?」

「167」

「ありえねぇだろ!?」

「俺、人を驚かすの得意なんすよ♪」

「いや理由になってねぇし!」

「まぁ確かに、これやると膝痛めるんで1回が限度ですけど……あと2点です」

「……っ!」

「次で、ラストですね」

ボールを受け取り、おそらく最後の戦いを迎える。
ドリブルを打って、半ば意気消沈している先輩を前に物足りなさを感じる。
そのため、早く楽にしてやろうと動こうとする。


――のだが、


「鏡夜?」

「……っ!」

入り口に立つ長重の存在に気づき、切り込むことに躊躇する。
その隙をついてか、先輩はボールを奪いに来る。

けれど瞬時に富澤へとパスを出すことで回避し、彼の思い切ったスリーにより、勝負はあっけなく幕を閉じた。


「―――」


茫然とこちらを見つめる長重の視線。


――見られた。


何が鍵になるかわからない。
だから彼女の前では絶対、昔を彷彿とさせる行為を避けていた。

目覚めた時の代償を恐れていたから。

「凄い……バスケ上手だったんだね、鏡夜!」

「……」

幸か不幸か、長重は変わらず笑みを零す。
心配が杞憂に終わって、息が漏れる。


――だが、


その隣に佇む学校長スーツレディを目に気が削がれる。
ひっそりと、この場を離れることだけを考えて足を動かしていた。

「お、おい!」

「……?」

呼び止める声。
それは先輩たちのもので、気まずそうに委縮している。

「約束通り、俺たちはバスケ部をやめる……」

意を決して、潔く負けを認める黒木の姿。
他二人も悔しそうに俯いている。


――けれど、


「あ~、それなんですけど……」

長重の参上により興が冷め、怒りなど当に忘れていて。
申し訳なくも、どうでもよく思えていた。

「やめなくていいんで、富澤に謝ってください。これを機に改心してくれるなら、それでいいです」

その言葉に辺りは静まり、ただ一人のスキール音が響く。
歩いて、歩いて、近づくにつれ、長重と瑠璃の表情がよく見える。
だからこっちは、俯いて横を通り過ぎる。

今声を掛けてしまえば、美香が目覚める。
今はまだ、その時じゃない。
ただ記憶だけが戻ってくれても、誰も歓迎しない。


彼女が戻った時、それは――。


俺が、消える時だから――。

          

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