FEATHER

「S」

第二章5  『覚醒』

シエラと別れて、しばらく。
もうすぐ街の中央というところで、宙を駆ける何かを見つける。

街の中央方面から進行方向とは逆に飛翔している物体。
黒い短髪に白いタンクトップとオレンジ色のズボン。
それは正しく、探し人である『猿山縁間さるやまえんま』だった。

様子からして敵に葬られたと考えていい。
魔法を覚えた猿山であれば、下っ端にやられることはまずない。
となれば、この先にいるのは幹部以上か親玉レベル。

だが問題はそこではなく、猿山が徐々に降下しているということで。
その地点に目が行く。

「……っ!?」

落ちていく先は焼ける民家で、急ぎ跳躍して猿山を確保する。
猿山を抱え、すぐさま地面に着地する。

「悪い。遅れた」

意識が朦朧としているのか、猿山からの反応はない。
猿山の状態を正面から見直し、息が詰まる。

あばら骨が触らなくとも粉砕されたとわかるほど歪んでいる。
内臓がやられたのか吐血を起こしている。

傷は深く、息は荒い。

どんな怪我も癒すとされる《回復薬ポーション》、もしくは自然治癒を促す回復魔法の類。

どちらか一方でもあれば苦痛を和らげることができるのに。
どちらも所持しておらず、治す術が見当たらない。

苦虫を噛み締める思いで立ち竦み、成す術なしの現状に打ちひしがれる。

『私に任せて』

ふと聞き覚えのある声が脳内に響く。
それは同化した白き翼を持つ天使のようなフェザー。

長い金髪と空のように青い瞳。
天白あましろソラ』と名付けた彼女からの意識による信号だった。

「ソラ?」

『少し、借りるね』

「ぇ……」

何をしようというのか、尋ねる暇もなく。
彼女の意識が浮上し、追い出されるような感覚に陥る。

気づけば、黄金色に包まれた意識の空間に自分はいて。

辺りには、封印した《黒翼のフェザー》である『黒喜羽虚空くろきばこくう』の呑気に寝そべった姿と、いるはずのソラがいない。

上を見上げれば、自分の身体を操るソラの光景が感じ取れる。

どうやらソラに意識を乗っ取られたようで、黙って見ていることにする。


「―――」


するとソラは自ら光を放ち、白翼を広げる。
開けた瞼の下には、神々しく光る黄金色の瞳があり、ソラは綿毛のように舞い散る白い羽を一枚、手に取る。

「《想像の羽》!」

持っている羽が輝きを放ち、ソラは猿山の額へと近づける。
猿山の身体に光が伝染し、全身を包み込む。
次第に猿山の怪我は治り、傷が癒えたことに安堵する。

『《想像の羽》』

背後から虚空の声がし、振り返る。
そこには相変わらず背中を向けて横になった虚空がいる。

『ソラだけが使える白魔法。頭の中に描いたモノを現実と化す、世の理を無視した創造の力。大量の魔力を消費するため、1日に使えるのは精々2回が限度』

「なるほど」

ぶっきらぼうでありながら、虚空は親切な解説をしてくれる。

光属性の究極とされる魔法を『白魔法』と呼び、闇属性の究極とされる魔法を『黒魔法』と呼ぶ、と本で読んだことがある。

ただ使える者が僅かで、ほとんど伝説とされる代物をソラが扱えることに感銘を受ける。

「ふぅ……」

治療が終わったのか、ソラは息を漏らし退却する。
同時に自分の意識が実体へと移り替わり、翼がなくなっていることを確認する。

「ありがとう、ソラ。助かった」

『……まだだよ』

「え?」

『私がやったのは回復ではあるけど痛みは現存する、ただの応急処置なの。私は一時的に傷を治しただけ。無茶をすれば、傷は開く』

猿山の状態を診るに骨や内臓は修復しているが、一時的なもののようで、傷を塞いだだけの状態に近い。

見た目だけ完治と言ったところか。

砕けた骨は元通り、弾けた内臓も復活している。
安静にしていれば痛みは引き、回復が見込める。

しかし無理をすれば、骨は砕けた状態に戻り、内臓もまた弾ける。

そういう状態なのだと理解する。

「ん……?」

気がついたのか、猿山が急に動き出し、咳込む。
痛みが引いていないせいか、顔色は悪く、汗が酷い。
地面に跪き、立とうとするも、態勢を崩し縋りついてくる。

「おいら、まだ……」

力強く、腕にしがみつく猿山の目には闘志があり、死んでいない。
だが激痛により身体は言うことを聞かないようで。
同じ男だからか、猿山の気持ちを汲んであげたいと思う。

「まだ、やれるな?」

「あぁ……」

枯れそうなほどに荒い猿山の声。
覚悟ある瞳を前に敬服し、立ち上がる。

「……わかった」

猿山に背を向け、自分も覚悟を決める。

猿山はまだ戦えると言っている。
自分が街を救うのは容易いだろうが、猿山は《プロスパー》の用心棒となる男。

その未来が、早まっただけにすぎない。

「作戦変更」

今から自分がすべき行動は、猿山が街を救う英雄ヒーローになるサポート。
火の手の勢いを鑑みれば、敵のもとまで走るには時間が掛かる。

さっきは猿山の意識が曖昧であり、辺りに住民もいなかった。
故にソラのことは、誰にも知られていない。

自分が、『フェザー』だということも。


「―――」


背中に意識を向け、魔力を集中する。
胸には未来に対する恐怖が蔓延っている。

躊躇している暇はない。
どんな結末が待っていようと、もう後戻りはできないのだから。


――シスター、俺に立ち向かう勇気をください。


返っては来ない言葉に対し、現れるはシスターの影。
両手でこちらの手を包み、安心させてくれている。

それが、翼を広げる引き金だった。

「……っ!」

左背にソラの白い片翼、右背に虚空の黒い片翼。
舞い散る羽を前に猿山の表情は見なくても想像がつく。

「羽亮、あんた……」

声からして猿山は、やはり驚いている。
けれど気にしている場合ではなく、次の段階へと移行するべく集中し直す。

ソラが見せた《想像の羽》という白魔法。
少し手を加えれば、猿山や街を救える力となる。

また咄嗟の思い付きではあるが、やってみる価値はある。
何より、今は猿山のサポート役であるのだから、活躍できる舞台をつくりあげるのみ。


「―――」


一枚の白い羽に光属性ソラの魔力を注ぎ込む。

想像から創造できるのであれば、新たに魔法もつくれるはず。
世の理を無視しているのであれば、時を操ることも可能なはず。

形状はカラス並に大きな鳥、速度は音速を凌駕する。

「現れよ……《フューチャー・バード》!」

羽を天に翳し、時空が歪む。
丸くひび割れた空には小さな風穴が開き、凄まじい速度で現れる一体の鳥。

青い閃光を放ちながら飛行するは白銀のカラス。
辺りを軽く一周し、あかい目がこちらを捉え、突進してくる。

そこへ迷わず腕を差し出し、カラスは急停止する。
首を傾げるカラスに微笑み掛ければ、意思が通じたのか腕に留まる。

「一つ目の願いだ」

カラスに語り掛け、一枚の羽を受け取る。
するとカラスは、どこかへ羽ばたき、消えていく。

言うことを聞くあたり、魔法の作成に成功したようで。

二度目の《想像の羽》を用いて召喚した《フューチャー・バード》。
このカラスに使った魔力は3分の1ほどで、1日に3回まで呼び出せると把握する。

「……」

白銀の羽を眺め、後ろを振り返る。
そこには唖然とした猿山がおり、気にせず白銀の羽を手渡す。

「その羽は持ち主の未来を引き寄せる。幾つもの可能性が広がる未来の中で、その中の一つを選ぶことができる。ただし、使えばそれが、お前のこの先に待つ未来に確定される。お前がまだ、戦えると言うのであれば……」

言わずもがなと言うべきか。
使えと、言わなくとも察した猿山の顔は、真剣味を帯びていて。
これ以上は自分で決めるべきことだと、こちらは山賊のもとを目指し羽ばたく。

「おいらは……」

最後に聞こえたのは、迷いに満ちた猿山の声だった。


空高く上昇し、猿山の飛んできた方向へ目を向ければ、山賊が屯している場所を見つける。
そこへ目掛け急降下する。

途中、背に集中させていた魔力を解き、翼は淡く消えていく。
重力に身を任せ、体は地面に引き寄せられていく。

頭が衝突しようかという寸前、掌から風魔法による疾風を放ち、反動を利用し着陸する。

「貴様は……」

自分の登場に第一声を放つは、ローブに身を包んだ老人。
長い白髭が特徴的で、持っている杖からして魔術師や魔導士の類だと推測する。

「お、お前は……っ!」

次に言葉を繋いだのは、今朝方に街を襲った山賊の部下で。
辺りには数十人に及ぶ同士の横たわった姿がある。
それらは全て、猿山が片付けた連中だとわかる。

「あいつか。お前らが言っていた黒服のガキは」

そしてローブの傍に佇む、茶色い毛皮の《オーク》。
身長は2メートルほどか、体形は横綱のように丸みを帯びた巨体。
体中から血を垂れ零しているあたり、猿山を舐めたお山の大将だと判断できる。

手には大岩を括り付けた棍棒を所持しており、一撃で致命傷を与える武器だと本能が叫ぶ。
あの武器に猿山は重傷を負わせられたのだとわかり、怒りが込み上げてくる。

「……っ」

それを感じ取ったのか、透かさずローブが《オーク》に回復魔法をかけていく。
全回復されても構わないのだが、猿山の攻撃を無下にするようで気分が悪い。
燃やされていく街のことも考え、早めに片を付けることを決意する。

「さて……」

戦うのはいいのだが、自分が倒してしまっては意味がない。
だが猿山が来なかった時を考え、容赦せず挑もうと思う。

何より、ローブの男からは嫌な魔力を感じる。
禍々しく、それでいて怪しげな空気が滲み出ている。
《オーク》からも少し漂ってはいるが、それほどでもない。

とりあえず、《オーク》とローブが只者ではないことだけは十分に理解した。

「猪狩りと行こうか」

右手を差し出し、相手は身構える。
おそらくは魔法と予想しての対応なのだろうが、残念ながら的外れもいいところ。
別に魔法を使うことに問題はないが、得意な戦術かと聞かれれば少し違う。

《オーク》を見た瞬間、思い起こしたのは裏山で狩りをしていた頃のこと。

昔から魔法を全属性扱うことができたが、費やした時間は剣術の方が遥かに上で。
遠距離から敵を狙い撃つよりも、近接戦闘の方が直感的で命中させやすい。
憧れた英雄も、剣を得意としていた。


――だから、


「初陣だ」

右腕に魔力を集中させ、赤黒い痣が広がっていく。
雷流を走らせながら、掌からは黒い切先が出現する。

徐々に黒い剣身が姿を見せ、艶のある漆黒が鈍く光る。
鍔に埋め込まれた紅色のクリスタルが輝きを放ち、剣が柄まで腕から抜け出たことを確認すると、伝説の一振りを握り締める。


命を食らうとされる片剣――《スペルディウス》。


の力を試すには、持ってこいの状況。


「―――」


剣に勝利の誓いを立て、地を蹴り《オーク》の懐に入る。
《スペルディウス》を降り下ろし、《オーク》は持っていたハンマーで攻撃を受け止める。

小さい図体の割に重みある一撃を放ったためか、《オーク》は歯ぎしりする。
腕力で言えば《オーク》の方が上であるため、ハンマーを大振りするという予兆があり、後ろに跳んで回避する。

「貴様、名は何と言う?」

苛立ちに満ちた《オーク》の問いにニヒルな笑みが零れてしまう。
獣人と対面するのは初めてで、モンスターと違い礼儀正しい。
ただ行いとしては悪人も同然であるため、《スペルディウス》の餌に変わりはない。


――が、


「『魅剣羽亮みつるぎうりゅう』」

聞かれたことには素直に答える。
敵であろうと反応するあたり、律義だなと自分でも思う。

「我が名は『バオギップ』。山賊の首領なり!」

決闘をしようとでも言うのか。
バオギップは丁寧に名乗りを上げ、部下に慕われる理由を垣間見る。

「行くぞ!」

今度はバオギップから接近してくるも、こちらも同様に迎え撃つ。
ハンマーと《スペルディウス》はぶつかり、衝撃波を生む。

鳴り響く金属音は、空に乱反射していた。





「おいらは……」

飛び立った羽亮を後目に手渡された白銀の羽を見つめる。
羽亮が寂しそうな顔をしているのは、自身が人々から嫌われる『フェザー』であるから。
思ってもみなかった羽亮の正体に戸惑いが絶えない。

容赦なく突きつけられた現実の最中、迫られたのは未来への決断。
あらゆる可能性を捨て、一つを選択せねばならない。
迷えば迷うほど時は過ぎ、街は刻一刻と燃やされていく。

「落ち着け、落ち着け……」

呼吸を整え、気を取り直す。
今は考えるべき時だと、焦る心を沈ませる。

「おいらに魔法を教えてくれたのは誰だ? おいらたち街の皆を救おうとしてくれているのは誰だ?」

自問自答を繰り返し、自分にとって最も大切なモノは何なのか見定める。
一つずつ答えを導き出していけば、自ずと道は開かれる。

「羽亮がフェザーだからなんだ?」

『魅剣羽亮』はフェザーである。
フェザーは人々から忌み嫌われた存在である。

けれど実際は、どうだったのか。

話した限りは素直そのもの。
美味しそうに食事する様は、人となんら変わらない。
眠る姿は、まるで幼子。

一体、人と何が違うのだろう。

「羽亮は羽亮だ!」

背中に翼を持った人型生命体。
世間の偏見と憶測で塗れたフェザーの存在など、嘘偽りだらけでしかない。

自分は、自分が目で見て感じた羽亮を信じる。
人であろうとなかろうと、恩人に変わりはない。

「そして、おいらは……」

焼き尽くされようとする街を目に歯を食いしばる。
自分は一体、何に迷っていたのだろうと。
答えはとてもシンプルで、分かり切っていたことだというのに。

「この街を……守りたい!」

息をするのでさえ苦しく、少しの振動でも身体に響く。
そんな痛みを堪えて、立ち上がる。

掲げた羽は白き光を放ち、辺り一帯を包み込んでいく。
白く眩しい世界の中で、胸には、誰にも負けない覚悟があった。


「―――」


光に飲み込まれて、どれくらいの時が経過したのか。
とても長いように思えながら、一瞬の出来事で。

自分は、どんな未来を選択したと言うのか。
いささか検討もつかなかった。

「これは……」

しかしそれも、短い疑問に過ぎず。

何よりも変化を齎した自分の姿に目は釘付けとなる。
見た目だけでなく、体には秘められた何かがあることを感覚が教えてくれている。

いつか手に入れる未来の中から、自分はどうやら当たりを引いていたようだった。

「これなら……」

気づけば身体の痛みは消え、怪我は紛れもなく完治している。
羽亮に追いつくために自分も空を飛べないか思考を働かせる。

「風に……乗る?」

ふと脳裏に浮かんだのは、とある飛空術。
やり方を知らないはずなのに身体は自然と動く。

目の前に小さく圧縮した、風魔法である《ウィンド・ストーム》を作り上げ、何も考えることなく上に乗る。
竜巻が身体を支え、上昇することを思念すれば、徐々に空へと近づいていく。

まるで、慣れ親しんだ動作だった。

「行くっすよ!」

おそらくは、未来で自分が編み出したものなのだろうと納得する。
その後、一気に加速し、街を見渡すべく停止する。

「ひでぇな……」

街の3分の2が焼き尽くされていく有様。
急がねば、《プロスパー》が全焼しかねない。
そして不思議なことに住民が見当たらない。

「あれは……」

すると丘の上に多数の人影が見え、シエラがこちらに手を振っている姿がある。
どうやら避難が済んだことによる合図のようで、あとは山賊を撃退するのみだった。

山賊に飛ばされた方向を見やり、足元の《ウィンド・ストーム》に雷属性の魔法である《サンダー・ボルト》を放つ。
それが加速装置となってか、光速のスピードを見せつける。

「《疾風迅雷》、か」

この魔法の名前とでも言うのか。
文字通りの意味合いが現実となっている。
未来の自分は何を持ってして、こんな技を生み出したのか疑問に思う。

ただそれは、きっと今と似たような状況であったのではないかと。
より多くの人々を救うために逸早く駆け付けようという。

そういう経緯なのだろうと、想像する。

「全速前進だぁ!」

悩みを解消し肩の荷が下りたのか、表情筋が緩んでいる。
自分を縛り付けるものは、何もない。

山賊に対し臆する気持ちなど、もうどこにもなかった。





山賊の首領、バオギップと対峙して数分。
猿山との戦闘で負傷していたこともあり、動きは見た目以上に鈍くなっている。
ハンマーを大振りする隙を見計らい、後退を挟みながら攻め入る。

「ちょこまかと!」

幾度か体中に斬撃を与えるが、バオギップの皮膚は切れても致命傷には至らない。
どこに剣を振るおうが、中の肉が邪魔して深く入らず、鼬ごっこだった。

「ゴリラかよ……」

あまりに硬い筋肉に同じことの繰り返しで嫌気がさしてくる。
だが、全く効いていないというわけでもなく、バオギップは息を切らしている。
最初はハンマーを振り回しているからだと思っていた。


――けれど、


「ぐふっ」

バオギップは吐血し、足元には血だまりが広がっている。

それでも倒れない理由は、獣人やオークだからというものではなく。
後方で待機しているローブの老人が魔法による支援を行っているため。

本来であれば、バオギップの腕の1~2本は切り落とせていた。


おそらくローブは、バオギップの身体能力を強化しつつ、一度発動すれば自動で回復し続ける魔法――《リジェネ》を使っている。


「面倒だな……」

一度、ローブの老人を先に打とうと試みるも、バオギップにより遮られ。
バオギップを倒そうにも、ローブの老人により時が過ぎていく一方。


――なのに、


攻撃を続けて、何の意味があるのか。
その答えは、《スペルディウス》にある。

「くそ……っ」

ローブが《リジェネ》をかけていながら、バオギップの出血は止まらない。
体中についた切り傷からは、一滴ずつだが血が溢れ続けている。

そろそろおかしいと、山賊たちも気づき始めている頃だろう。
フードに隠れていようと、老人が顔を顰めているのがわかる。

次第に身体はふらつき、バオギップはハンマーを杖代わりに動きを止め、膝を着く。
バオギップはついに貧血を起こしたようだった。

「どういうことだ?」

驚きを隠せないのか、騒めく配下たち。
ローブは冷静を装いながら、じっとこちらを見つめてくる。
この手に握った《スペルディウス》に視線を落とす。

「その剣か……」

鈍く光る漆黒の剣身。
鍔に埋め込まれた紅色のクリスタル。
そんな《スペルディウス》を目にローブは息を呑む。

「血が、ついていないだと……っ!?」

《スペルディウス》を観察してわかること。
本来、剣で生き物を狩れば、嫌でも血で汚れてしまう。
剣を振れば多少なりとも血は落ちるが、戦闘中にそんな暇はない。

ならば、《スペルディウス》が汚れていない理由とは何なのか。
それを解こうと、ローブは思考を働かせている。

「まさか、その剣……《スペルディウス》かっ!?」

さすがと言うべきなのか。
ローブの勘の良さに感心するも、部下数名は知らずとばかりに顔を見合わせていた。

「《スペルディウス》は『人の命を食らう』とされた、意思を持つ伝説の片剣へんけん。切るたびに相手の血肉を食らい、力を増していく。資格のない者が触れれば首が吹き飛び、資格はあれど認められなければ、行使する者の命を奪う」

そこまで知っているとは思わず、ローブの説明に聞き入ってしまう。
そして最後の自分ですら知り得なかった情報に感慨深く思う。

「行使する者の命、か……」

知らぬ間に《スペルディウス》は自分の命を奪いに来ている。
もしくは、徐々に持ち主の寿命を削って行っている。

どちらにせよ、《スペルディウス》が呪われた剣であることに変わりはない。

「待てよ……?」

ふと、《スペルディウス》を手にする際に誓約を結んだことを思い出す。

死ぬまでに誓約を果たさなければ、使用者の魂は冥界送りではなく剣に呑まれる。
もしかしたら、それが『行使する者の命を奪う』という説に当てはまるのではないか。

結局、考えたところで答えは見つからず。

自分はただ、《スペルディウス》と交わした『シスターを蘇らせる』という誓約を果たすのみだと、問題は放置する。

「《リジェネ》が効かないのも、そういうわけか……」

どうやら《スペルディウス》の『人の命を食らう』という特性により、《リジェネ》が意味をなさなかったことに気づいた様子。

切りつける度に血肉を食らうため、《リジェネ》の回復速度を上回っていた。
バオギップは《オーク》であり、猪の獣人であるが故に『人』に含まれる。
だから呪いの対象に含まれるのではないかと、攻撃の手を緩めなかった。

考えが当たっていようと、なかろうと、攻撃しなければ倒せない。
可能性としては一種の賭けのようなものだったのだが、的中していて何よりだった。

「だから、なんだ……?」

動揺を露にする部下たちの前で、立ち上がるバオギップ。
相変わらず血は止まっておらず、息を切らしている。
戦士としては立派なもので、ハンマーを構え直している。

「戦いはまだ、終わっちゃいねぇぞ……っ!」

バオギップの台詞は時折、どちらが悪役なのかわからなくなる。
山賊でなければ、親しくなれただろうにと、不毛なことを考えてしまう。

「んぬぅあぁああっ!!」

雄叫びをあげながら、バオギップは懲りずにハンマーを大きく振りかぶり、足を一歩踏み出すことで地響きが起きる。
そこには怪我による遅さはなく、隙をつかれ、こちらは大いに油断していた。

食らえば一溜まりもない攻撃に対し、避けようにも成す術がない。

防御魔法は発動が間に合わず、ローリングはできるが避けきれない。
翼による脱出を鑑みても、全てにおいて時間が足りない。
今できるのは《スペルディウス》を盾に受け流すことのみ。

心配なのは、剣が折れないかどうか。
バオギップはもう振り下ろす寸前であるために覚悟を決めて構える。

「ん……っ!?」

途端、バオギップの股下に赤い棍棒が突き刺さり、バオギップは停止する。
何事かと、棍棒が飛んできた方向を一同が揃って視線を送る。

「何だ、あれ!?」

見上げた空に浮かんでいたのは、小さな竜巻に乗った少年で。

黒い短髪に赤い法被を身に纏い、白い道着のようなズボン。
額に《緊箍児きんこじ》を付けており、革でできた鎧とバックルを装備している。

その姿は宛ら、昔話に登場する『孫悟空』のようで。
投げつけた棍棒は《如意棒》だとわかる。

「猿山……?」

よく観察し続けた先、『猿山縁間さるやまえんま』の面影があり、頭上から飛び降りてくる。
隣に佇むと、肯定するように陽気な笑顔が返ってくる。

「意外と早かったな」

『魅剣羽亮』の正体がフェザーであると明かし、迷い戸惑いの中、さらには未来への選択を強いた。
衝撃のあまり、来なくてもおかしくはなかったというのに。
猿山が復活し、やって来たことに安堵する自分がいる。

「猿だと?」

代わり映えした猿山にバオギップを含め、山賊の皆は信じられない様子。
すると猿山はバオギップに腕を翳し、地面に食い込んだ《如意棒》を思念操作によって回収する。

己が魔力の籠ったモノであれば、思念だけで自由自在に操れる。
そんな芸当ができるのは、自分の知る限り国家騎士団である『七聖剣』だけ。
それほどまでに猿山は未来で成長を遂げると思うと、高揚感で満ち足りてくる。

幾億と広がる未来の中から、猿山は強くなることを願い、選んだ可能性。
引きが強いというか、何というか。
呆れを通り越して、尊敬を覚える次第であった。

「羽亮」

「ん?」

「あいつと、さしでやらせてほしいっす」

真剣な声音で、何を言うかと思えば。
自分から茨の道を進もうとする猿山は勇ましく、愚かに思える。

けれどそれは、今までの猿山であればの話。
未来の力を手にした猿山からは、比べ物にならない魔力を感じる。
心配する必要など、どこにもありはしない。

「代わりにあの爺を何とかしてほしいっす」

「あいよ」

無邪気に指図する猿山のノリは軽く。
はなからそのつもりであったため、問題はない。
問題があるとすれば、猿山の発言に対する山賊の態度の方。

「俺と、さしだと……?」

先ほどまで二対一で劣勢だったくせに何が気に食わなかったのか。
バオギップは額に血管を浮かび上がらせ、怖い形相で体中からは湯気が噴き出している。

「調子に乗ってんじゃねぇぞ、クソガキぃ!!」

弱っているからと、侮っていた。
そう受け取られての発言だと思われたのか、怒りによる興奮でバオギップの身体から傷が見る見るうちに治っていく。
同時にローブが強化魔法をかけたわけでもないのに筋肉が増強され、ガタイの良い巨体へと変貌する。

「私も、見くびられたものですな……」

ローブの老人も、癪に障ったのか、禍々しい魔力を解き放っている。
猿山と同様、相手は共に膨大な魔力を誇っており、先ほどとは比べ物にならない。

「どれ、しつけてやろう!」

溢れ出す二人の魔力は強暴で、相手にするのが億劫になってくる。
対し猿山は臆するどころか、余裕の笑みを浮かべている。

強くなるのは歓迎するが、面倒事を増やすのは勘弁してほしい。

内心そう思ったのち、山賊との二回戦が幕を開けていた。

          

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