FEATHER

「S」

第二章3  『思い出』

賑わいの街――《プロスパー》近隣。


ジャングルのように生い茂った森が広がる一山。
多種多様な生物が、弱肉強食という絶対的なルールのもと存在している。
頂上に近づくにつれ危険度は高く、山はいつしか《ヘングアウト》と呼ばれている。


――そして、


《ヘングアウト》を縄張りとする狩人たち――『山賊』。


山の中腹、洞窟の奥地をアジトとし、登山をして狩りを、下山して物資を調達することが主な活動内容。


――なのだが、


2時間ほど前、《プロスパー》へと下山した者たち数名は、何一つ成果を上げられず、傷だらけで逃げ帰り、アジトの硬い岩床に正座をしていた。

「「「「「……」」」」」

目の前の玉座に居座る人ならざるモノ。
二メートルはある身長と丸みを帯びた毛深い体。
猪の頭をした獣人の彼を人は《オーク》と呼ぶ。


「――それで?」


瓢箪酒を大量に摂取し、口から溢れ出す酒を腕で拭う。
目つきは鋭く、野太くも渋い《オーク》の声に下山部隊は怯えて声も出ず、ただ項垂れる。

「たった一人の若造にやられたって?」

肩肘をつき、発する声から苛立ちや怒りは感じられない。
ただ背後にいる登山部隊が秘かに嘲笑っている。

「いくらレベル3止まりのお前らでも、素手でガキ一人相手に全員やられたとあっちゃあ山賊の名折れだぜ、お前ら」

山賊における登山部隊と下山部隊の違い。
《ヘングアウト》は山のふもとから頂上にかけ危険度がレベル4から1に区分されている。

山の中腹に位置するアジトはレベル2とレベル3の間に設けられており、登山部隊はレベル2以上に潜むモンスターを狩ることのできる実力派集団。

しかし、登山部隊でさえレベル1には近づかない。
レベル1には、大型モンスターが複数存在しているがために。

体長5メートルを超える熊、戦車より大きい虎、10メートルを超える鷲。
他にも蛇やムカデと言ったモンスターが主となって縄張り争いをしている。

一方で、レベル2以上のモンスターを狩れない者たちは、レベル3や4と言った山の中腹からふもとまでを狩場とし、時折下山して物資の調達を行う。

それでも、下山部隊もモンスターを狩れる存在であるため、一般人より劣っているということはありえないし、あってはならない。


だからこそ、山賊の首領である《オーク》――『バオギップ』には下山部隊からのやられたという報告が俄かに信じがたい話であった。


「どう思う、ケトラ?」


その疑問に対し、バオギップは側近であるローブに身を包んだ魔導士――『ケトラ』に問いかける。


長い髪と白髭。
これで4、50代だというのだから老け顔にも程があると思う部下たちではあるが、実力は確かなもので。

ただ底知れないモノを二人から感じる。

山賊たちは元々、適当に狩りをし、狩ったモンスターを売った金で酒などを調達し堕落した日々を送っていた。

そんなある日。

突如として現れたバオギップとケトラにより、部隊が統制され、今までとは比べ物にならない強さを手に入れた。
その指導は親切丁寧で、月日が流れるにつれ一同が二人に信頼を置くのは至極当然だった。

尊敬の念を抱く半面、部下たちの頭の片隅から離れない疑念。
二人はどこから来たのか、その素性を皆は知らない。

どこの誰であろうと、自分たちの慕う首領であることに変わりはないと。
積み上げた時間が『そんなことなどどうでもいい』と、部下たちに思わせている。

「そうですね……素手で倒したということは、その者は少なくとも登山部隊以上であることに間違いありません。いい機会です。我らに歯向かうとどうなるか。痛い目に合わせて、今後このようなことが起きぬよう知らしめて見ては?」

冷静な解答に皆は沸々と闘志を燃え上がらせる。

登山部隊以上の実力の持ち主。
ならば、自分たちの敵う相手ではないと言われているのと道理。

にも関わらず、自分たちから湧き上がるのは怒りではなく復讐心。
やられっぱなしでは終われない、弱肉強食の世界を生き抜いてきた狩人の誇り。

その衝動が皆の思考を一つにしていく。

「ふむ、そうだな……」

バオギップは顎を触り考える素振りを見せる。
辺りを見渡し、覚悟のある部下たちの表情から不敵に笑う。
言わずもがなと言うべきか。
心は一つということで、お望み通り立ち上がり、指揮を執る。

「野郎共ぉー!準備を整え次第、我らに立てつく愚か者を排除する!手段は問わん!思う存分、暴れろぉおお!」

「「「「「おおぉおおお!」」」」」

山賊たちの意地。
鬼気迫る空気に洞窟内は浸食され、ケトラは笑う。

その笑みの理由を誰も知ることはなく。

彼らはただ、《プロスパー》への進撃を開始するのだった。





丘の上で一人、木に背中を預け、座り込む。
猿山とシエラの成長は目覚ましく、眺めているうち安堵して。
泣き疲れたのか、徐々に瞼が下ろされる。
次第に眠気が襲い、意識は暗い闇の中へと誘われていた。


気づけばある、身体を包み込む暖かな温もり。
半開きの瞼と、そこから覗く虚ろな瞳。

「ここは……」

徐々に視界は晴れ、真上に広がるスカイブルーは、つくりものの空だと認識する。
上体を起こせば、辺りは綺麗な黄金色で満ち溢れ、二度目の世界だと理解する。

「もう……」

背後から聞こえるソラの声。
振り返れば、不満げに頬を膨らまして座る、金色の長髪に白いワンピースの少女がいる。

遠くでは、大きな岩に寝そべる虚空がいる。
その横には大樹が聳え立ち、朧気で神秘的な空間だなと思う。

前回は気に留める暇などなく、そんな余裕もなかった。
今は眠りに落ちたことで、意識がまたこちらへと飛んできたのだと。
そしてまた、ソラの膝枕で眠っていたのだと悟る。

「来るのが早いよ」

呆れるように嘆息した直後、ソラは嬉しそうに苦笑する。
純粋な眼差しを向けられ、煌めく空色の目は宝石のようで。
ふと、彼女と出会ったときのことを思い出す。


――5日前。


黒陰国首都:《レイヴン》にある黒陰国学院。
いつも通りの日常が過ぎ去るだろうと思った朝に、訪れたのはまさかの死。
正体不明の者に背後から槍で貫かれ、ソラが同化することで命を拾った。


――が、


仲間であるソラを探し、救出しようと現れたのは、今現在、岩の上で退屈そうに欠伸をする虚空で。
出会って早々心臓を貫かれ、二度目の死を味わった。

天へと昇っていく魂。
それを食い止めるように再び舞い降りる天使。
シスターに会えず、嘆く自分に彼女がかけてくれた言葉の一つ。

『ずっと、見てたから』

知らぬ間に彼女は傍にいた。
だから少し、疑問だった。
一体いつから、いたのだろうと。

「なぁ、ソラ」

「何?」

「ソラはいつ、俺を知ったの?」

「それは……」

言いづらいことでもあるのか、ソラの表情は暗くなり、虚空は寝返りを打つ。
ただ少しの間を置いて、彼女は困ったようにはにかむ。

「忘れちゃった」

のちに見せる、ぎこちない笑顔。
それが嘘だと思うのは、きっと気のせいではないのだろう。
けれど、掘り下げようとも思えず、ソラの表情を眺め続けていた。

「……ただずっと、見てた。遠くから眺めたり、窓の外から覗いたり。いつも幸せそうに笑う羽亮が、素敵で」

しみじみと思い出に浸る姿。
それがいつのものなのか、少し気になる。

「なぁ」

「……?」

「シスターって、どんな人だ?」

虚空の何気ない質問。
虚空はソラと違い、自分の過去を知らない。
説明しようと口を開くも、言葉が出ず口を噤む。

シスターの印象、特徴。

プラチナシルバーの長髪にスカイブルーの瞳。
雪のように白い肌に一国の姫君と言われても疑わないレベルの容姿。

普段は修道服によって肩から下は隠されているのだが、華奢なシルエットがわかる小さめの衣装だったため、細身のラインや胸部の膨らみが強調され、ほとんどコスプレモデルだった。

シスター曰く、修道服は戦闘用に改良されており、通気性・耐熱性があるらしく、動きやすいのだそう。

正式なシスターでもないため、四六時中修道服を着ている必要はなく、16歳になってようやく休日などの際にはお洒落をし始めた。

性格としては、シスター故に慈悲深く、抱擁感ある優しさで。
凛に対しては少し厳しく、羽亮じぶんに対しては少し甘い人だったように思える。

大好きな人であるがため、蘇る思い出は数知れず。
思い出せば思い出すほど、思いが溢れてまとまらない。

だからとりあえず、思い出に沿いながら、順を追って、シスターについて語ろうと思う。

「凄く、不思議な人だよ」

「不思議?」

何を言えばいいのか迷った末、脳裏に浮かぶ疎らな思い出を手探りで拾う。
どれを選ぶかにも迷いながら、ゆっくりと口を動かしていく。
声を発する刹那には、全てを手に取っていた。

「俺は孤児で、親がいない。物心つく前から教会にいた」

今から語るは、魅剣羽亮が教会で過ごした日々。
己が身にだけ閉じ込めた、思い出話。

二人には、話しておきたいと思う。
もう、自分の一部のようなものだから。

知っていてもらいたい、自分の全てを。

「教会には神父さんがいたらしいけど、俺と凛が3歳の頃には他界していた。当時のシスターも7歳で、まだ子供。でもシスターは4歳から黒陰国学院に通っていて、優秀だったから。特待生の座にいて、国の税金から学費が賄われる支援金で、学費に関しては問題なくて。余ったお金を教会の俺たちのために使っていたんだ」

言葉にして、改めて実感する。

「神父がいなくなっていながら、大人の力も借りず、昼間は学校、帰ってからは俺たちの面倒を見る生活。シスターが学校に行っている間は、俺たちを使い魔に見晴らせていてさ。裏山にいる魔物を狩っては豪勢な料理が並んで」

そんな教会の子を世間は、お誂え向きの言葉で称する。

「シスターは、《神童》と謳われていた」

自分も黒陰国学院に通って知った事実。
図書室にある古い学院新聞にシスターの一面が何枚も保管されていて。
余分にあった記事を頂戴して、アルバムとしてファイルに収めた。

思い出に浸れるものが、数少なくて。
それが秘かな楽しみであり、学院で過ごすために弱い自分を鼓舞するまじないだった。

「そんな日々が流れて、俺と凜が7歳、シスターが11歳になろうとする頃。シスターは飛び級で中等部に上がっていて。俺と凜はシスターに頼んで、剣と魔法を教わり始めた。とある、計画のために」

「計画?」

「シスターの誕生日祝い。いつもお世話になってるから、何かしてあげたいなって。最初は危ないからとかで、シスターはあまり乗り気じゃなかったんだけど、周りで学院に通い始めている子たちが現れてバカにされたからとか、羨ましいとか。そんな理由を並べて懇願してさ」

今でもよく覚えている。

学院に行けるほど裕福ではなく、特待生による支援金を狙おうにも、そこまでの技量は互いになくて。

興味がないと言ったら嘘になる。
でも、シスターに迷惑をかけたくなくて、通いたいなんて言えるはずもなかった。

そこで凜が、シスターに教わればいいという最高の解答を叩き出し、ただ教わるだけじゃなく、教わった力を活用する企みまで思いついた。

シスターへの恩返し、誕生日祝いを。

「そしたらシスターが、『剣と魔法を覚えて、何するの?』って言って。俺と凜は、あらかじめ考えておいた台詞を吐いた」

鮮明に思い出す、凛と二人の作戦会議。
シスターが学院へ行っている間に教会の外で、いろんな子と公園で遊んでいたとき。

バカにされたのも、羨ましいと思ったのも事実。
最初は皆を見返したい気持ちで動いていたけれど、それをシスターは許さないだろうと。

シスターの許しを得るためにどうすればいいか。
凜は悪戯な笑みを浮かべて、耳打ちしてくる。

『それ、上手くいくかなぁ……』

『大丈夫。シスターはお前のこと、大好きだからな』

凛の悪知恵に関する頭の回転が速くて、呆れを通り越して感心する。
結果、他に思いつく案もなく、ただそれを信じ、放った言葉。

「『英雄になりたい。英雄になって、シスターを守るんだ』。絵本の『Best Wish』が宝物で、俺が英雄に憧れているのをシスターは知っていたから。その力を持ってシスターを守りたいって言えば、シスターは了承するだろうって。凜の言葉は、的を射ていた」

当時は、いじめられてばかりだった。
ついたあだ名が『泣き虫羽亮』。

仕返しをしようと思えるほど、強くはない。
ただ凜の作戦を聞いたとき、共感した。

シスターに同じ気持ちを味合わせたくないと、守ってあげたいと。

あの言葉に嘘はなかった。

「凜も『俺も二人を守りたい』って言ってさ。そしたらシスター抱きついて来て、嬉し泣きしちゃってさ。シスターを泣かせてしまったことに戸惑って、当時は少し複雑だったけど……凜の作戦は見事に大成功だった。それから始まったんだ。シスターによる講義が」

平日は学院から帰ったシスターから魔法の講義を受け、休日は剣術などの実践訓練。
シスターがいないところで、凛と二人で特訓をしたりして技を磨いて。
そうやって、数週間の時が流れた。

「シスターによる指導で、凛と互いに剣術と魔法を習得して、やってきたシスターの誕生日。その日は平日で、シスターが学院に行っている間に俺と凜は作戦を決行するんだ。覚えた剣と魔法で裏山のモンスターを狩り、ご馳走を用意しようって」

長きに亘る講義を経て、迎えたシスターの誕生日。
最初は魔法の習得で、シスターの見本を目に実践するという流れで。
互いに魔法が発動できたのはいいものの、自分の結果は散々だった。

火属性を扱えば、火の粉が凜に引火し。
風属性を扱えば、凛が暴風に巻き込まれ。
雷属性を扱えば、凜に電撃が走る始末。
土属性を扱えば、石の破片が凜の額に激突し。
水属性を扱えば、凜が全身びしょ濡れになって。

間違って凜に集中砲火を浴びせ、凜は怒ることなく。

全てを完璧にこなした凜とは裏腹に失敗だらけだった自分。
シスターは頭を撫でて宥めてくれて。

時間が経つにつれ、魔法は上達したけれど、結局凛には敵わなかった。
剣術も、模擬戦形式による実践訓練において、凛には勝てなかった。
不思議と悔しいと思うことはなく、凜に対する憧れが増すばかりだった。

そんな日々が自信に変わって、舞台は裏山へと突入する。

「裏山に入って、最初に出くわしたのは猪のモンスターだった。自分たちよりも大きい体、荒い息。鋭い目つきに長い牙。少しびびったけど、怖くはなかった。凛と二人だったし、シスターの喜ぶ顔が見たかったから」

猪突猛進するモンスターをかわし、猪は木に衝突して脳震盪。
混乱している隙を狙って凜が木剣で一閃入れる。
その直後に自分が雷の魔法を当ててショック死させる。

火属性だと調理前に黒焦げで、土属性は泥がつくし、水属性なら水で臭くなる。
消去法で威力のある魔法は雷だと、その場で理解して。

「初めての狩りで大きなモンスターを討伐して、凄い浮かれたのを覚えてる。それから湖を見つけて、大きな魚を捕まえようって話になって。釣り道具とかなかったから、凜が雷魔法で湖の魚をショック死させてさ。大量だった。山菜なんかも摘んで、目的は達して。『シスターきっと喜ぶぞ』って、笑い合って下山してさ。無事に教会までたどり着いた」

猪一頭に大量の魚、山菜の籠。
重たくて仕方がなかったけど、シスターの笑顔を想像するだけで、苦しさより喜びの方が勝っていた帰り道。
あの時の高揚感は今でも忘れられない。

「一番心配だったのは料理だったんだけど、そこはシスターの使い魔である《ドライアド》の『アイリーン』。俺たちはあい姉ちゃんって呼ばされててさ、その人と一緒に調理したんだ」

黄緑色に光る艶やかな長髪と長く尖った耳。
樹木の精霊とされる《ドライアド》で、瞳は黄色く肌は真っ白。
白のワンピースに身を包み、年を取っても老け込まない妖艶さはエルフのようで。

永遠の20代とでも言うのか。
抱擁感ある優しさは、シスター譲りで。

シスターとどういう関係だったのかは、覚えていないけれど。
シスターと同じくらいの時を過ごした彼女は、紛れもない家族の一員で。
教会でのお世話係であったアイリーンも、シスターと共に2年前、消えてしまった。

今思うのは、シスターも大人になれば、アイリーンのような素敵な大人になっていたのかもしれないという不毛な話だった。

「猪の丸焼きと、刺身や天ぷらの盛り合わせ、山菜のサラダとか。子供三人で食べきれる量じゃないくらいできあがっちゃったけど、できてよかったって気持ちの方が大きかった」

7歳でよくできたと、今でも思う。
覚えた魔法を使って、アイリーンの指示の下、炎魔法で猪肉に火を通して。
魚の鱗とかアイリーンが捌いて、天ぷらも揚げてくれて。

自分は山菜の盛り付けや皿を並べたりなど、雑務や凛の補佐役担当。
凜はしっかりしている割にシスターに似て間抜けな一面があるからと、アイリーンに言われていたから。

「そんなこんなで、凜によるシスターから剣と魔法を学ぼう作戦は、シスターへのサプライズパーティー企画になっててさ。シスターもいつも通り帰宅して、驚かせたんだ。けど……」

教会の隣にある宿舎は普通の家と変わらない。
玄関からリビングに通ずる灯を消して、凛と二人でクラッカーを手に隠れて。
帰ってきたシスターに向けてクラッカーを鳴らし、アイリーンが電気をつける。

目が点になったシスターに三人で『お誕生日おめでとう』と祝って。
テーブルに並んだ料理を目にシスターの表情は少し暗かった。

「帰って早々、シスターにぶたれたんだ。ほんと、スゲー痛い平手打ちだった」

なんでぶたれたのか、わからなくて。シスターの顔には涙があって。
いじめによる暴力よりも、シスターから初めて食らう平手の方が痛かったように思えてならない。
それほどまでに痛みが心に響いていた。

「その日は学院で、山に熊のモンスターが現れたとかで、気をつけるようお知らせがあったらしくてさ。『勝手に裏山に入って、狩りに行ったら危ないでしょ!』とか、『もしものことがあったらどうするの!』って怒られた。それで俺、泣いちゃってさ。そしたら凜が『シスターだって7歳で狩りに行ってたじゃん!』って歯向かってさ。同じくビンタされて半泣きしてた。後から聞いたんだけど、本当は遊びに行くって言って、狩りに出た俺たちをアイリーンは後をつけてたみたいでさ。俺たちを許してあげるようフォローしてくれたんだ。それで仲直りして、一緒にご飯食べて。そうそう、プレゼントも渡したんだ」

思い出す度に浸り、どんどん蘇る記憶。
本当に幸せだったと、自然と頬が綻ぶ。

「シスターから講義を受け始めてから、お小遣いを貯金してさ。俺は近所の雑貨屋さんにあった青いリボンの蝶ネクタイをあげてさ。シスターも女の子だし、俺たちのためだけにお金使ってばっかでさ。あまりお洒落に気を回さないから。そしたらシスター、凄く喜んでくれてさ。凜は器用で、古いカメラを修理して教会での思い出を残すことをプレゼントにしてさ。アイリーンは人数分のペンダントを用意していたりして。凛とアイリーンの秘かな連携で、カメラで撮った写真をペンダントに収めて。そんなお守りを胸に皆で一緒の布団で寝て、その日は幕を締めた」

長いようで短い思い出の一ページ。
こんな思い出が、14年に亘り続いている。
日記にすれば、優にノート百冊は超えているだろう。

そんな素敵な過去だった。

「俺と凜が10歳になる頃には、シスターは14歳で飛び級により高等部生徒。剣と魔法を教わる日々は相変わらずで、裏山で本格的に狩りを始めてさ。大型モンスターに1対1で勝てるほどに成長して。そうやって、時はどんどん過ぎて行って」

一つ確実に言えるのは、シスターは相変わらず優秀で、
身近な良いお手本のおかげで、凛と共に剣と魔法の実力は当然の如く伸びて。

シスターが大人びていくにつれ、その笑顔を見る度、顔が熱く胸の鼓動がうるさかった。
いつしか、シスターに恋をしていたのだと知った。

「シスターは16で、2年で高等部卒業してさ。大学院に進学して、2年で卒業しちゃって。魔術講師として働くことを選んでさ。学院一の実力者で、騎士団に入ったり、上級魔導士にだってなれたのに。勿体ないって、誰もが思った。そしたらシスター、『魔法は誰かを傷つける道具じゃない。誰かを守るための力。それにそんなのになったら、羽亮といる時間が減るじゃない』とか言ってさ。シスターは人を傷つけるのも、戦争なんかも嫌いだったから、納得した。俺も正直、シスターといる時間が減るのは寂しなって、思ってたから。でも……」

その寂しさは、間もなく永遠となる。
シスターが18の頃、すなわち自分が14の頃。
今から2年前の悲劇で、思い出の日々は失われる。

「シスターが魔術講師に就く2週間前。フェザーに教会を襲撃されたんだ。毎日のようにお祈りを捧げている、青い空の日だった」

日課である『創造神メサイア』へのお祈り。

12本の剣を背に6本の腕を生やした、金色の銅像。
像の後ろには壁画があり、陽に照らされ空から舞い降りるメサイア。
右手に闇、左手に光を掲げており、そんな神を崇め奉る人々の姿。


――そして、


突如、教会の屋根を突き破って現れた一体のフェザー。
屋根の崩落する音で、起床した朝だった。

「俺と凜が教会へ駆けつけた頃、教会は既に火の海で。禍々しいフェザーと対峙する、シスターの姿があった」

脳裏に焼き付いて離れない景色。
赤く燃え滾る炎の熱と、その中心で繰り広げられる剣劇。
鋼と鋼がぶつかり合う音が響き、火花が散っている。


シスターの腰に刺された愛用の剣――《クリスタル・レイピア》。


青い柄と細い銀色の刀身が美しく、切れ味・耐久性共に国宝級の一品。


学院による授業の一環で行われた、国内の魔物討伐訓練で百体以上のモンスターを狩り、その成果が目覚ましく、黒陰国の王――《レイヴン皇》から直々に褒美として贈呈された剣。


シスターが魔物以外で《クリスタル・レイピア》を抜いて戦っているのを始めて見た。
剣劇の速さと、攻防に織り交ぜる魔法の俊敏性。
助けに入りたくとも、次元の違いにより立ち尽くす始末。


――何より、


黒い陰に包まれたフェザーの目は赤く、シスターの顔は今までにない真剣さを帯びていて。
あの時のシスターは、正直言って怖かった。


――けれど、


「あの場で俺が一番怖かったのは、シスターを失ってしまうことだった。だから木剣を手に立ち込める炎を割って参戦しようとしたんだ。でもそれをシスターは許してくれなかった。『あなたたちの敵う相手じゃない!早く逃げなさい!』って鬼気迫る勢いで言われて。それでも俺は『シスターを置いて行けるわけない!』って我が儘言ってさ。自分でも逃げなきゃやばいってわかっていたのに。シスターの言葉にいつも従順だったくせに、そんな時になって歯向かって。『凛、羽亮を連れて逃げなさい!』って言葉で、俺は凜に引っ張られて逃げた。この目に最後に映ったのは、シスターの小さな背中だけだった」

離れていくシスターと、焼け崩れていく教会。


首都:《レイヴン》より西に離れた故郷の街――《リコール》は騒然とし、住人は足を揃えて《レイヴン》へと逃げ惑う。


山を一つ越えて片道40分ほどの距離。

《レイヴン》に着いた頃、黒陰国の騎士団が《リコール》からの緊急信号をキャッチしており、フェザーを討伐しに部隊を編成、馬に乗り出陣していた。

「故郷の皆と《レイヴン》に逃げて、数時間。討伐隊が《リコール》に向かって、帰還して。フェザーは撃退されたと報告を受けて、住人共々、《リコール》へ戻ってみれば、幸か不幸か、被害を受けたのは教会だけで、死傷者数はゼロだった。ただ一人、行方不明者を除いて」

慣れ親しんだ街は、不自然なくらいに無事だった。
住民たちは、いつも通りの暮らしが再開できることに安堵している。
こっちは、何もよくないというのに。

「教会は全焼していた。行方不明になったのは、シスターだった」

銅像、焼け焦げた瓦礫の山。

教会に残されていたのは、シスターが被っていたベールの残骸。
瓦礫の隙間に転がっていたペンダント。

隣の自宅までは被害が及んではいなかったが、最も大切な存在だけが消えている。
この家にはもう、シスターはいないという現実が広がっていた。

「街中を探してみても、シスターの姿は見当たらなくて。世間は跡形もなく焼死したとして、事件を片付けた。湖くらいの水魔法でないと消火しきれない火の海だったし、そんな痕跡もないし。逃げる術はどこにもなかった」

信じたくはなかった。
凜は『きっとどこかで生きている。いつかきっと帰ってくる』と言っていたけれど、自分の半身が消えたみたいに傷心していて頭に入っては来なかった。

「しばらくして、凛と今まで通りの生活が始まって。毎日泣いてばかりいる俺を凜は何度も励ましてくれた。『そんなんじゃシスターに嫌われるぞ』とか、『俺たちでシスターの敵討ちをしよう』とか。いつも通り笑顔で色々してくれてさ。それでも俺は元気が出ないままで……2週間が過ぎた頃だった。裏山に熊のモンスターが現れたって街中で大騒ぎしていたんだ。7年前から人を襲っていたヤツが大型の魔物になっていたみたいで、凜も裏山に狩りに出ていたから。俺は自然と木剣を持って裏山に走っていた」

失いたくない一心だった。
シスターに続いて、凜までいなくなるんじゃないかと、必死で。

「そしたら案の定、大熊と対峙する凜がいてさ。頭から血を流しながら、怖い顔で相手を睨みつけていたんだ。凜の怒った顔を見るの、初めてでさ。俺は声を掛けることもできず、立ち尽くしていた」

荒い息を整え、雄叫びを上げる凜。
明らかに劣勢だと思われる場に出くわしながら、凛の目は鋭く。

「『俺がもっと強ければ』。そう叫びながら、凜は熊と戦っててさ。凜も辛かったんだって、わかって。熊を倒すんだ。俺に気づいた時、凜の顔はまた、いつも通り屈託のない笑みでさ。無理していたんだなって知って、苦笑した。シスターがいなくなって初めて、二人で笑い合った日だった」

頭の傷を心配すれば、掠り傷だと言って。
それでも立つのがやっとのようで、肩を組んで下山した。
晩御飯は、熊肉を使ったシチューをつくって、筋の硬さに笑った。

久しぶりの楽しい食事に色々な感情が溢れ出して。
次第に涙が零れてきて、そんな自分に凜は失笑して。
その日の記憶は、そこまでだった。

「翌日、凜は姿を消した」

何がどうしてそうなったのか。
朝靄の酷い日だったのは覚えている。

いつもなら起きている時間に凜の姿はなく、胸騒ぎがして探し回り。
街中を駆けずり回るも見つからず、朝日に照らされて。
もしかしたら裏山なのではないかと、木剣を手に向かって。

奥深くまで潜ってみても、凛の名を叫んでみても。
現れるのは大量のモンスターばかりで。

一心不乱に木剣を振り回し、大量のモンスターを蹴散らしていた。

「いろんな所を隈なく探してみたけど、いなくてさ。それでも俺は、探すのをやめなくて。木剣一本で裏山のモンスターを狩る日々が続いた」

もしかしたら、裏山のどこかで遭難しているのではないか。
大けがをしたり、迷子になったりして、帰れないのではないか。
そう考えては裏山のあちこちを巡り、現れるモンスター全てを薙ぎ払った。

捜索はいつしか、ただの惨い鬱憤晴らしへと変わっていて。

「そしてある日、《リコール》へとやってきた『花園彦内はなぞのげんない』先生に拾われて、学院に通う生活が始まって。いつしかフェザーへの復讐を糧に生きるようになっていて。そんで……」

「今に至るってわけか」

「ああ」

長い長い昔話を終え、ソラの反応でふと我に返る。
いつの間にか、シスターについてというよりも、自分の過去について語りつくしていて。

今までは場の空気が重たくなるからと控えていたというのに。
気分が少し楽になったものの、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「なるほどな……」

虚空も真剣に聞いていたようで、なんと言葉を返せばいいのか。
幸せな思い出の数だけ、失われたモノの存在は大きく。
胸の奥をじんわりと、切ない思いが広がっていく。

「……っ」

途端、ソラに意識体は抱き寄せられ、お日様のような温もりが伝わってくる。

優しく強い抱擁と、ソラの豊かな胸から伝わってくる鼓動。
不思議と寂しさが薄れていき、子供の頃にあった懐かしい感覚に包まれる。

それは傍に誰かがいるという安心感で、ソラはそのまま頭を撫でてきていた。

「大変、だったね」

寄り添うような声に目頭はどんどん熱くなる。

「頑張ったね」

泣き虫は卒業したはずなのに。
心はもう、ないと思われるほど無感だったのに。
一滴、また一滴と、涙が溢れ出している。

「大丈夫。羽亮は一人じゃない」

失うことを恐れ、一人になって。
自ら孤独の道を選んで進んでいたというのに。
その優しさが痛いくらいに胸を抉る。

でもそれが、嫌いではなくて。

「羽亮には、私たちがいる」

そっと紡がれる言葉が、嬉しくて仕方がない。

同じ目線で分かり合える誰か。
ずっと求めていたモノだった。

「俺……」

封じ込めた何かが弾け、ソラへとしがみつく。

誰かに頼り、甘えてばかりだった人生。
高々2年、一人で生きていくことに尽力しているだけの軟弱者。
これからも続けていかねばならない偽りの強さ。失わないための仮面。

誰にもわかりはしないと、諦めていて。
恨んでいたはずのフェザーは、人から忌み嫌われながらも生きている。

自分と少し似ているからなのか、自分もフェザーになったからなのか、通じるものがある。
奥底に秘めた感情までもが、浮上しそうになる。

言葉にできず、しようとさえ思わなくなった本音の数々。
涙と共に吐き出してしまえば、どれだけ楽になれるだろう。
きっとさっきよりも、背負ったものが軽くなっているに違いない。

けれど、そんなことをすれば、泣き崩れた勢いで何もかも手つかずになる。

2年前にシスターを失い、凜もいなくなって。
そこから歪んだ自分が生まれた。

弱いままではいけないと、一人で生きることを強いられ、自ら選んだ孤独の道。

もう、後戻りはできない。


「―――」


涙を拭いながら、思う。

意識の世界で零す涙は、心が悲しみを覚えているのかもしれない。
感情なんてものも、無くなったのではなく、眠っているだけなのかもしれない。

シスターや凜がいない2年間は、心の底から笑えなくなっていた。
だから作り笑いをするようになった。

ただ少しだけ、ほんの少しだけ、あの頃に戻ったような感覚がしていて。

やっと、笑えたような気がする。


「―――」


自然と笑顔が浮かび、静寂が訪れる。
ソラは目を点にし、安堵するような微笑を一つ。
虚空はまた、寝返りを打って、背を向ける。

「ぁ……」

外の自分が目覚めようとしているようで。
光の柱が自分を照らし、体を浮上させる。
天に昇る最中、ソラと虚空を目に感慨深く思う。

天白あましろソラと黒喜羽虚空くろきばこくう
フェザーに名を与えたフェザーは元人間。

二人を体に取り込み、罪悪感でいっぱいだったけれど、共にいる瞬間が悪くはなくて。
互いを知り合えば仲良くなれて、分かり合えるのではないかと。
対立するモノに少しだけ和解の可能性が見え、希望を抱く。

「ふぅ……」

昔夢見た英雄の姿。


白い左翼と黒い右翼、右腕には命を食らう剣――《スペルディウス》。


今の目的は、《スペルディウス》をくれた《GOVERN《ガヴァン》》の店長――『梶鉄船かじてっせん』の言った、城塞都市:《ダート》の酒場を目指すこと。


最終的には、白陽国にいる自分と同じ《混合主ミクス》を倒し、スペルディウスと対を成す『記憶を食らう刀』を奪い、元の刀剣いっぽんに戻すこと。

さすれば、『創造神メサイア』がどんな願いも聞き入れてくれる。

「……」

頭の中を整理し、眩しい光が目前と満ちる。
意識が実体へと戻る寸前、瞼の裏に映るのはシスターの笑顔。
どんな願いも叶うのなら、死者を生き返らせることもできるはず。


――俺は、シスター・リリィを蘇らせる。


今を生きる、たった一つの理由。

シスターがいれば、凜も帰ってくる。
そうすればまた、三人で一緒にいられる。

ただそれだけが生きる希望。ただそれだけの弱い動機。


ただ、それだけ――。





「んせ……せんせい……先生!」

「ん……」

ゆっくりと瞼を開け、ブロンドヘアにピンクのワンピースを身に纏った少女が目に映る。
それが声の主であり、のちにシエラだと認識する。


「先生っ――」


寝ぼけ眼でもわかる、シエラの深刻な表情。
何かがあったのか問おうとすれば、シエラは急かすように言葉を繋ぐ。

「街が!」

「……っ!」

シエラの移す視線を追い、息が詰まる。

立ち上る、いくつもの黒煙。
耳を澄ませば聞こえる悲鳴、逃げ惑う人々。
赤く染まる空と街。

丘から見渡す景色は、かつての教会のように民家へ火の手が回っている。
とても言葉にし難い、悲惨な光景だった。

「助けて!」


シエラのそのたった一言に足は地を蹴り、自然と賑わいの街――《プロスパー》へと走り出していた。


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