乗用車に轢かれて幽霊になったけど、一年後に異世界転移して「実体化」スキルを覚えたので第二の人生を歩みます
第76話 潜入 Ⅲ
「お前はゼガール!」
「おお、やっと名前を覚えてくれたのか。いや嬉しいね」
ゼガールは笑っているようだが顔が兜で隠れていて表情が読めない。
「もしかしてお前が盗賊達が言ってたあの方ってやつなのか?」
「あの方か……確かにあいつらの中で俺はそう呼ばれているな」
そうか今度こそ全て繋がった。
この一連の騒動はこいつ、ゼガールが引き起こしたものだ。
先ほどの盗賊達の会話から俺はそう確信していた。
「一体なんのために盗賊になんて手を貸しているんだ!」
「盗賊に手を貸す? 俺はそんなことをしたつもりは一度もないぞ」
「じゃあ何だっていうんだ?」
「俺はただあいつらを利用していただけだ。あいつらは金が欲しい、俺は実験体が欲しい……ほらこれで取引成立だ」
「また実験ってやつなのか。そのために村の大人達を拐っていたのか」
「貴様には分からんよ。俺の苦しみ、そして魔王様の苦しみも……俺は決して魔王様以外の人間共を許しはしない」
「魔王様以外の人間? ってことは魔王ってやつは人間なのか?」
「貴様と話していると嫌なことを思い出す。俺はこれで失礼する」
ゼガールは踵を返して再び階段を下る。
表情は兜で隠れ、それに加えて後ろ姿だったため読めなかったが世界の全てを憎んでいるようなそんな空気を纏っていた。
「おい、まだ話は終わってないぞ!」
「安心しろここでの実験はもう止めてやる。貴様と戦ってももう未来は見えているからな。下の階の実験体も好きに連れていくとよい」
ゼガールはその後振り向きもせず階段を下りて行き、数秒後には姿が見えなくなっていた。
それにしてもゼガールは一体何が目的なのだろうか?
実験を行っているということだけは分かっているがそれ以外が全く分からない。
あかり達のときは確か……勇者を支配下におく実験だったか。
多く人間を支配下におくことによって組織の力を高めるつもりか?
いやしかしゼガールは先ほど人間を許さないと言っていた。
そんなやつが自分の支配下に人間をおくだろうか?
「……カズヤ! 何突っ立ってるのよ! 早く助けに行くわよ!」
おっといけない。
そうだな、今は助けるのが優先だよな。
「すまない、ちょっと考え事をしていてな」
「しっかりしてよね」
ゼガールのことは後回しだ。
あいつが何を考えているのか分からないが今後俺達の前に立ち塞がるというのなら全力で排除するだけ。
ただそれだけだ。
俺達はそれから牢屋に捕らわれている村の人を助けるため下の階へと下りた。
◆◆◆◆◆◆
「これで全員なのか?」
「そうみたい。本当に数人しかいないのね」
俺達が下の階へと下りるとすぐ目の前に牢屋があった。
十人くらいはいるだろうと踏んでいたのだが実際は五人と予想の半分の人数しかいない。
それに牢屋にいる五人は皆痩せこけ、今にも死にそうな表情で壁にもたれかかっていた。
俺は一先ず倒れた盗賊達のうちの一人が持っていた牢屋の鍵を使って牢屋を開け捕らわれている人達を解放する。
「おい、助けに来たぞ。人数はこれで全員か?」
「……」
「おい、聞こえてるのか?」
何度も呼び掛けるが返事がない。
「しっかりしろ!」
俺は壁にもたれかかっている一人の肩を軽く叩く。
「……うっ」
良かった。死んでいるというわけではなさそうだ。
だがこれで安心というわけにはいかない。
今ので捕らわれている人達がかなり弱っているということが分かった。
早くここから助け出してしっかり休ませる必要があるだろう。
「五人で一人ずつ連れて行くぞ。そろそろ盗賊達に俺達が逃げ出したことが気づかれる頃だろうから急ごう!」
「そうね。気づかれないうちに早く出ましょうか」
この五人以外にも捕らわれた人はいただろうがこの牢屋にいないということはきっと……。
いや余計なことは考えるな。
今は目の前のことだ。
俺達は下りて来た階段を再び上り、俺達が捕らわれていた牢屋がある階へと戻る。
「おいおい、逃げ出すなんていけねぇじゃねぇか」
俺達が階段を上り終え、左に曲がると目の前には先ほど他の盗賊達からお頭と呼ばれていた大男が腕を組んで行き先を塞いでいた。
「ちょっと散歩がしたくなってな」
どうやらコソコソする必要はもうないらしい。
俺達が逃げ出したことは既に盗賊達に気づかれていたようだ。
「おう、随分と余裕じゃねぇか。よしここは一つお前達がどれくらいの強さなのか俺が直々に測ってやろうじゃねぇか」
「病人がいるから出来れば遠慮したいんだが」
「病人って肩のそいつらのことか?笑わせるなよ。そいつらはもう人間じゃねぇ、物だ。物に病人も何もねぇよ。さぁ初めは誰からやるんだ? 別に全員でかかってきてもいいんだぜ」
こうなったらどうしても戦いは避けられないか。
「あかり、すまないがこの人も一緒に頼む」
俺は先ほど助け出した人を背中からゆっくりと地面に下ろす。
「え、でも私もう……」
「心配しなくても大丈夫だ、あかりの力なら問題ない。さぁ早く行ってくれ。俺は後で合流する」
「わ、分かったよ、後で合流だからね」
あかりがもう一人背負うのを確認した後、俺は目の前の大男へと飛び込み自らの拳を相手の鳩尾辺りに撃ち込む。
「チッ……これじゃ逃げられちまうじゃねぇか……オラッ!」
残念ながら俺が撃ち込んだ拳は鳩尾には決まらず相手の腕に防がれてしまった。
だがそれでいい。
今のはソフィー達をこの場から逃がすための隙を作っただけだ。
「どうやら上手く逃げ切れたみたいだな」
「お前っ! 初めからそれが狙いだったのか! 随分と舐めたことをしてくれたな!」
大男はみるみるうちに顔を赤くさせる。
「すまないがまともに相手をしている時間がないんだ。俺一人だけだと何か不満か?」
「クッソ……この野郎!」
大男はその体の大きさからは想像も出来ない速さで俺へと拳を突きだしてくる。
「くっ……なかなかいい拳をしてる」
「ほぉう、そうだろそうだろ。じゃあこれならどうだ?」
「ぐっ……さっきより重いな」
それからしばらくの間、お互い拳の撃ち合いが続く。
どちらも引かないそんな状況の中、長時間の戦いに慣れていない俺は息が上がっていた。
さすがにこれ以上引き延ばすのはキツいな。
「もうギブアップか?」
大男は自分の勝利を確信したのか既に勝ち誇った笑みを浮かべている。
そろそろソフィー達もアジトの外に出ていることだろう。
ここらで終わりにしよう。
「あれだけ舐めた口を利いておきながら、結局最後はこのザマか……ぐはっ」
俺は笑みを浮かべて隙だらけの大男の顎に思いっきり力を込めた拳を撃ち込む。
「悪い、ちょっと先を急ぐんでな」
「何でお前最初から……」
「騒ぎを起こせば、他の奴らもこっちに来るからな」
「くっ……そういうことかよ……」
大男はそれだけ言い残すとバタリと地面に倒れた。
今回は時間稼ぎのためとはいえ少し危なかったな。
まさか息切れするなんて思わなかった。
これから少し体力をつけた方がいいのかもしれない。
大男の意識がなくなるのを見届けた後、急いで出口へと向かった。
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