乗用車に轢かれて幽霊になったけど、一年後に異世界転移して「実体化」スキルを覚えたので第二の人生を歩みます
第64話 朝食会議 Ⅰ
「おはよう、和哉」
俺を呼ぶ懐かしい声が聞こえる。
この世界に来る前、それも俺が死ぬ前なんかはこうやってよくあかりや鈴音に起こされたものだ。
「早く起きて、和哉。今日も探索なんでしょ?」
まさかここに来てもう一度起こしてもらえるなんてな……。
いつまでも起こしてもらうのも悪いしそろそろ起きるとするか。
「ふぁああ、おはよう。あかり」
「もう、やっと起きたね」
「起こしてくれてありがとうな」
「皆はとっくに下で朝食を食べてるよ」
「分かった。すぐ行くよ」
「じゃあ先に行っているからね」
あかりはそう言って外套のようなものを纏う。
「あかりはそんなもの纏って一体何をしているんだ?」
「何言ってるの? 和哉が姿を隠せって言うからわざわざこんな格好してるんじゃない?」
そうだった……。
昨日言ったことをすぐに忘れるなんて俺こそ何をやっているんだろうか。
「すまん、あかり。俺が悪かった」
「まったくしっかりしてよね!」
あかりが部屋から出ていった後、俺は手早く身支度を済ませ宿の一階へと下りた。
「おはようございます! カズヤさん」
「おう、エリカ。おはよう」
一階へと下りるとエリカが俺に気づいたようで挨拶をしてきた。
今回の依頼は朝が早く、夜も遅いことからなかなかタイミングが合わずここ二日間はエリカに会っていない。
二日間なので久しぶりというわけではないがやはりエリカの挨拶があると朝が始まったなという感じがして気分が良くなる。
それにしてもソフィー達はどこにいるんだろうか。
「ちょっといいか? エリカ」
「はい、何でしょうか?」
「ソフィー達を見なかったか?」
「ソフィーさん達ならあそこのテーブルですよ」
「ああ、ありがとう。助かるよ」
俺はエリカにお礼を言ってソフィー達がいるらしいテーブルへと顔を向ける。
「あれ? いないんだが」
だがそこにはソフィー達の姿がなかった。
エリカに教えてもらった方向を隈無く見渡すがやはり見つからない。
「カズヤさんこっちですよ」
俺がいつまでもキョロキョロと辺りを見渡していたからかエリカはこっちに来るようにと俺の誘導を始めた。
「悪いな、エリカ。仕事中なのに」
「いえいえ、これも仕事のうちですよ。気にしないでください」
テーブルとテーブルの間を通り抜けて目的の場所へと近づいて行く。
一体どこにいるんだろうか。
俺が周りを見渡すが未だ見つけることが出来ない。
そんなことをしている内にエリカの足が止まった。
「こちらですよ」
エリカが手を向けた方向、そこには全員外套を纏っている怪しい集団が食べ物をせっせと自分の口へと運んでいた。
「え? 本当にあれがソフィー達なのか?」
俺がそう聞きたくなるのも当然だと思う。
だって考えても見て欲しい。
知り合いが怪しい格好で食事をしているなんて普通は考えたくもないだろう。
一番幸せな展開としては人違いでしたという展開だがエリカが示している方向的にそれはあり得ないだろう。
ということはあれがソフィー達なのである。
「ソ、ソフィー?」
「あら、カズヤ。遅かったじゃない。アカリからはすぐ来るって言われたんだけど」
「ちょっとソフィー達を探すのに手間取ってな……それよりも」
「あ、そうそうカズヤもこれを着ておきなさい」
そうソフィーに言われて手渡されたのは皆が纏っていた外套と同じものだった。
「これは一体……」
「外套に決まっているじゃない! アカリとスズネの正体がバレるといろいろ困るでしょ? そこで私が皆が同じ格好をすればバレないんじゃないかって提案したのよ」
ソフィーは得意気に話していた。
それはもう今まで見たことないくらいに得意気だった。
「なるほどそう言うことだったのか。ソフィーは頭が良いな」
皆が乗っかった理由も分かる。
何故なら確かにソフィーの言う通りだからだ。
二人だけが外套をしていれば当然その二人は浮いてしまう。
それによってバレやすくなってしまう可能性だってある。
そういうことだから二人は部屋から出るなというのも違うだろう。
ならどうすればいいか……。
それは全員が浮いた存在になればいいのである。
全員が浮いた存在になればあかりと鈴音の二人はその中に紛れることになる。
それによって多少なりとも見つかる可能性を減らせる。
浮いた人を隠すには浮いた人の中ということだ。
なかなか良い案じゃないか。
「でしょでしょ? やっぱり私の計算に狂いはないわね」
ソフィーは手を自分の腰に当てて高笑いをする。
この案に計算も何もないと思うのだがソフィーのことをあまり誉めすぎると今のようにちょっとキャラが変わってしまう。
こんなソフィーらしくないソフィーは皆も嫌だろう。
だから問題点を指摘するとしよう。
皆のために……もちろんソフィーのためにも……。
「だがソフィー、この案には一つ問題があるぞ」
「問題?」
「そうだ、問題だ。これだと確かにあかりと鈴音の二人だけで目立つことはなくなるだろうが代わりに全員目立つだろ」
「それは……そうね」
この案の最大の欠点、それはこの案に乗った全員で怪しい集団として認知されてしまうことだ。
つまり、大人数が外套を纏って固まっていると怪しいのだ。
それは他のテーブルから時折チラ見されてしまうほどに……。
例えば俺とソフィーが会話をしているこの状況、端から見ると外套を纏った怪しい集団に俺が喧嘩を売っているように見えるだろう。
もし見えなかったとしても仲間同士で話し合っているという風には見えないはずだ。
それほどまでに外套を纏っていない人と外套を纏っている集団との接触は違和感を感じるのだ。
その証拠にエリカを見て欲しい。
一見、笑みを浮かべてただ立っているだけのように見えるがその実俺達に引いている。
何故分かるかって?
それはエリカが一歩一歩着実に俺達から物理的に離れていっているからだ。
きっとこの異様な光景が無意識的に受け入れられなかったのだろう。
さすがに仕事の邪魔までしてエリカをこの場に留めておく理由はない。
そろそろこの奇怪な空間からエリカを解放するとしよう。
「ああ、エリカ。仕事に戻っていいぞ。悪かったな、仕事の邪魔をして」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。いつでも私を頼って下さいね」
そう言いながらエリカは笑っていた。
それは営業スマイルでもなんでもなく、ここから逃げられることに対するスマイルだった。
こうして俺だけがこの外套の集団の中に取り残された。
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