乗用車に轢かれて幽霊になったけど、一年後に異世界転移して「実体化」スキルを覚えたので第二の人生を歩みます
第38話 護衛依頼 Ⅲ
「ありがとうございました! またのお越しを!」
女性店員の明るい声と共に魔道具屋の扉を潜り、外へと出る。
俺達は色々魔道具を見たが結局欲しいものは見つからず、かといって何も買わずに出るのも何だか気が引けるのでHP、MPの回復ポーションをそれぞれ五つずつ買った。
「さて、これで準備は大丈夫そうだな」
「そうね。まだ日は落ちてないけど宿に戻る?」
ソフィーは宿に戻るかを提案する。その提案に俺は乗ろうとしたがその前にリーネがとある希望を口にした。
「私は何か食べたい」
何か食べたいか……確かにお昼を食べていないしな。
それでお腹が空いているのだろう。宿に戻っても食事が出るのは一日の内、朝と夜だけなので食べ物を口にすることは出来ない。だとしたら宿に戻るついでに買い食いをするのがもっともベターな選択だ。
「だったらどっかで食べ物でも買っていくか」
ここは町の中でも商業区と呼ばれている区画だ。食べ物の一つや二つなど簡単に見つかるだろう。
「「賛成!」」
それから俺達は宿がある方向へと歩きつつ、食べ物を探すのであった。
◆◆◆◆◆◆
前方方向から肉の香ばしい良い匂いがしてくる。
その匂いに釣られて、俺達が歩みを進めると一軒の屋台が通りの道の端に店を構えていた。
「匂いがするのはここからね」
「突撃!」
食欲をそそる魅惑の匂いに食事に関しては猛獣であるソフィーとリーネが抗えるはずもなく二人はそのまま一直線にその屋台へと向かった。
「ちょっと待ってくれ!」
俺は置いていかれたことに少し寂しさを感じながらも二人の後を追いかける。
「どうだい? 買ってくかい?」
「もちろんよ。十本いただくわ」
「じゃあ私は二十本」
俺が二人に追いつくと二人と屋台の店主のおっちゃんの話し声が聞こえた。どうやら注文の最中であるらしい。
── 一体どんな食べ物なんだ?
気になった俺は二人が注文したものを覗き見る。
するとそこにはブロック状の肉が串に刺さっているものが横一列にズラリと並んでいた。
「肉串焼きみたいな感じか」
みたいなというか完全に肉串焼きそのものである。
「兄さんもどうだい?」
ずっと肉串焼きを見ているのに気づかれたのか屋台の店主が俺へと肉串焼きを勧めてくる。
「そうだな。十本頼むよ」
勧められたら断る訳にもいかないだろう。それに丁度お腹も空いている。
「分かったよ。ちょっと待ってな」
俺は肉串焼きが焼き上がるのを待つ。待っている間にも肉串焼きは香ばしい匂いで俺を攻撃してくるが耐えなければいけない。
食べたくても食べることが出来ない、にも関わらず匂いで攻撃を仕掛けてくる。この待ち時間はまさに地獄と呼べるだろう。
だが俺はこの地獄のような時間に見事耐え抜き、ようやく肉串焼きを手に入れることに成功した。
「ほらよ。火傷しないように気をつけな」
「ありがとう、おっちゃん」
念願の肉串焼き。先ほどまでの我慢はまさにこのためにあったのだ。
いや、俺が生まれて来たのはこの肉串焼きを食べるためだったのだ。
俺はようやく手元にやって来た焼きたての肉串焼きに早速かぶりつく。
「うまい!」
口の中に広がる肉の旨みとあっさりとシンプルな塩の味。噛めば噛むほどに溢れ出る肉汁。柔らかすぎず適度に弾力があるため非常に食べ応えがある逸品となっている。
「お兄さん、お代は一本百コルクだから全部で千コルクだよ」
「あ、肉に夢中で忘れてたよ、悪いな」
そう言いながら俺は店主のおっちゃんに千コルクを渡す。
「いや美味しそうに食べてもらった方が俺としても作った甲斐があるってもんよ。またよろしくな」
「もちろんだ」
「まいどあり!」
俺は肉串焼きを持って、後ろで肉串焼きを食べながら俺を待っている二人のもとへと合流する。
「もがもがっもが!」
「もががが」
「え? なんて?」
「もががもが?」
「もががもが」
俺にはさっぱり分からないがどうやら二人同士はその会話で伝わっているらしい。なんとも不思議である。
「二人とも会話がまったく分からないから飲み込んでから話してくれないか?」
俺がそう言って少し経ち、ゴクリという音が二人から聞こえる。
「悪かったわね。あの肉がちょっと美味しすぎてね」
「同じく。食べたら止まらないおいしさ」
「そうだよな……ってそうじゃなくてさっき何を二人で話していたんだ?」
「ただそろそろ宿に戻る? って話してただけよ」
なんだそれだけだったのか。俺もそろそろ宿に戻りたいと思っていたところだ。四日間、日を浴びていなかった俺にとっては今日は少々疲れる一日だった。
「じゃあ、宿に戻るか」
今は昼と夕方の丁度中間あたりの時間帯。戻る頃には夕方より少し前の時間だろう。
俺達は今日一日歩き回って疲れた重い足を無理やり動かし宿へと向かった。
◆◆◆◆◆◆
扉を開けるときれいな鈴の音が俺達を迎える。
「お帰りなさい! 皆さん。」
エリカは宿に戻った俺達に気づいたようでトテトテと近くに寄ってきた。
「おう、ただいま」
「ちょっと早いですけど食事にしますか?」
「いや俺達、実は少し食べて来たんだ。だからもう少し後にするよ。ソフィーとリーネも後でいいだろ?」
俺が二人に同意を求めようと後ろを振り返るがソフィーとリーネの二人は既に俺の後ろからいなくなっていた。
「あれどこ行ったんだ?」
俺の様子を見たエリカがちょいちょいと俺に手招きをする。
「お二人ならあそこにいますよ」
そう言ったエリカが指差した先を見てみると、ソフィーとリーネの二人は既にテーブルについて食事の注文をしようとしていた。
「……」
「ちょっとカズヤ! 早くこっちに来なさいよ」
おかしい……ついさっきまで肉串焼きを食べてたばかりのはずだ。一本でもかなり量があるのに俺とソフィーは十本、リーネに至っては二十本である。二人の胃袋は異次元にでも繋がっているのだろうか? いや、断言する。繋がっていると。
とにかく今一番重要なことそれは自らの部屋に戻ることだ。
ここで下手に近づけばソフィーとリーネに三人分の食事を頼まれてしまう。そうした場合、既に満腹のため俺は食べることが出来ない。なし崩し的に二人に食事を分け与えることになるだろう。既に満腹で食べれないのだからそれで良いじゃないかと思うかもしれない。だがそれは俺の望むところではない。
俺だって時間が経てばお腹がすくのだ。
この宿は朝に一回、夜に一回と食事を合計二回しか注文出来ない。先に頼まれてしまうと今日の夜の一回の注文を消費することになる。それだけは絶対に防がねばならない。
俺は自らの拳を強く握りしめる。
決して俺の食事は奪わせないという強い思いを込めて……。
「カズヤ! 来ないの? 頼んじゃうわよ?」
「ちょっと待ったぁぁ!」
くっ……油断できない。早く『まだ早いから後で頼むよ。』とソフィーに伝えなければ。
俺は全力でソフィーのもとへと駆け寄る。
「俺はまだ……」
「ん? もう頼んだわよ?」
今不穏な言葉が聞こえた気がする。
「今ちょっと声が聞こえなくてな。悪いがもう一度言ってもらえるか?」
「だから、もう食事を頼んでおいたわよ。感謝の一言くらいあっても良いんじゃないかしら?」
「うわぁぁぁぁ!」
終わった。俺は今の状態では満腹のため食べることが出来ない。必然的にこの腹ペコガール達に食事を分け与えてしまうことになるだろう。
俺が下を向けていた顔を上げるとソフィーとリーネは笑顔でこう言った。
「「カズヤ、どうしたの? 食べれないなら食べてあげようか?」」
もしかしてこれは作戦だったのか。始めから俺の食事を食べることが目的で……。
ソフィーとリーネの口元がニヤリと吊り上がる。
「ちきしょぉぉ!」
完全なる俺の敗北だ。その後は当然、俺の食事は欠片も残さずソフィーとリーネの二人に平らげられてしまった。
その光景を隣で見ていた俺はなんだか泣きたい気分だった。
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