乗用車に轢かれて幽霊になったけど、一年後に異世界転移して「実体化」スキルを覚えたので第二の人生を歩みます
第39話 護衛依頼 Ⅳ
昨日の食事後、詳しく言うとその日の夜の分の食事を食べられてしまい自らの部屋に戻った後、俺はベッドに飛び込んでそのまま眠ってしまったようだ。
「昨日はあのまま眠っちゃったのか」
自らの部屋のベッドの上で一人呟く。昨日、お風呂に入らないまま寝てしまったため体がベタついて気持ち悪い。
二人はどこにいるかと周りを確認するがどうやらソフィーとリーネは既に起きてどこかに行っているみたいだ。
「とりあえずこのままじゃ気持ち悪いしお風呂にでも入ってくるか」
俺は部屋の鍵を閉めた後、二人が戻ってきたときのことも考えて鍵を受付カウンターに預けてからお風呂場へと向かった。
◆◆◆◆◆◆
「はぁぁ、生き返る」
お湯の温かさが俺の全てを包み込んでくれる。もちろん俺は死んでいるので生き返ったりすることはない。ただの言葉の表現だ。
しばらく湯に浸かってのんびりしているとガラガラと誰かがお風呂場と脱衣所の間の引き戸を開ける音が聞こえた。
こんな朝早くにお風呂に浸かりに来るやつなんて珍しいな。
今の時間帯ならほとんどの冒険者は依頼の争奪戦をしているだろう。まぁ俺と同じで争奪戦には参加したくないのかもしれないか。
俺はそう思った後は特に気にもせず、瞼を閉じたまま湯に浸かっていた。だが突然横から驚きの声が聞こえる。
「え、なんで!?」
リラックスしていた俺はその声に驚き、慌てて立ち上がる。そして声がした方へと顔を向けるとそこには全裸で白髪の幼女がいた。
「え、なんで!?」
驚きのあまりその幼女と同じことを口にしてしまう。
落ち着け、一旦整理しよう。ここは男湯だ。
決して間違えたりすることはない。入る前に散々確認したからな。それはもうこれでもかって言うくらいには。だから、ここは男湯だ。だとしたら、なぜこの幼女がここにいるか……。
可能性としては二つある。一つ目は親が同伴だということだ。
それなら納得だが、先ほどから親の姿が見えないのでその可能性は低いだろう。
だったら二つ目、そもそもこの幼女が間違って入ってきたという可能性。うん、これが一番現実的だ。
ここは優しく紳士なお兄さんである俺が教えてあげなければ。近頃は幼女を見て、はぁはぁと息を漏らす危ない大人がいっぱいだからな。
俺はしゃがみこんで幼女の目線へと合わせる。
「お嬢ちゃん、もしかして間違えて男湯に入って来たのかな?」
よし、優しく教えてあげることが出来たんじゃないだろうか。
俺がうんうんと心のなかで頷いていると、急に視界の風景が逆転した。いやしたのではない。させられたのだ。この幼女によって。
「わたしは十八歳、立派な大人です。それに間違っているのはお前の方ですよ」
そう、しゃがみこんでいた俺はこの幼女に顔面を正面からおもいっきり殴られたのだ。そして今耳元で桶の山が崩れ落ちる音が鳴り響いている。
「うわぁぁ! 鼻、俺の鼻がぁぁぁ! なんてことするんだよ!」
痛みのあまりしばらくその場を転げ回る。
「なんてこと? わたしは変態に当たり前のことをしたまでですよ」
幼女はふんと顔を背ける。
「なんでだよ! ここは男湯のはずだろ?それだったらお前の方が変態じゃないか!」
「あなた何言ってるんです? ここは女湯ですよ」
「何?」
「確かに夜の間ここは男湯ですけど、この時間帯は女湯です」
そんなの聞いてないぞ……これって俺が悪いのか?
「そもそもそんな話聞いてないぞ!」
「入り口に大きく書いてありますですよ」
「そんな!?だったら俺は夜の間、女湯のところに行けば良かったのか?」
「そうですよ。分かったならせめて天国に行けるように神様に祈っているですよ」
え? この娘何するつもりなの? まさか俺のこと殺害しようとしてないよね?
幼女が手をコキコキと鳴らす動作をしながら、俺へと近づいてくる。
「ちょっとタイムだ。待ってくれ。まずは話をしようじゃないか……」
俺がそう問いかけても、幼女が近づいてくる速度は一向に遅くはならない。こうなったら奥の手だ。
「あ、あっちの男もこの女湯に入ってるぞ」
俺は幼女の後ろを指差し、気をそらす。
「ほんとですか? 後でそいつも殺っときますです……っていないですよ」
幼女が一瞬後ろを向いた隙をついて、俺は『実体化』を解除した。
「あれ? 変態もいなくなってるです。」
悪いな。もう死ぬのはごめんなんだ。
それにしても昼と夜で男湯と女湯が入れ替わるなら口答で初めに言って欲しい。
それから俺がこのお風呂場を離脱し受付カウンターへと戻るとソフィーとリーネが既に宿へと戻って来ていた。
「あ、カズヤ! どこに行っていたのよ!」
「ずいぶん探した」
「俺はちょっとお風呂にな。二人こそどこに行っていたんだ?」
「私達? 私達は朝の市場よ。ちょっと美味しい食べ物を探しにね」
二人は一体どれだけ食べれば気がすむのだろうか。これは世界七不思議の一つかもしれない。
「そんなことよりもカズヤも来たことだし、朝ごはん食べるわよ!」
「まだ食べるのか!?」
「当たり前じゃない。ねぇ? リーネ」
「ソフィーの言う通り、食べない選択肢はない」
「じゃあちゃっちゃと食べて依頼の集合場所に行くか」
そう、今日は例の勇者護衛の依頼当日。今日は久しぶりに妹達と再開出来るかもしれないのだ。だが、一つだけ問題がある。
それは三森和哉として俺が妹達に会いに行くことが出来ないという点だ。俺は既に死んでいる。三森和哉として妹達に会いに行く。それは妹達に余計な混乱を与えてしまうだけだ。
なので俺は冒険者カズヤとして対応しなければいけないのだ。
そのためにも俺の正体を隠すフード付きの外套を手に入れなければ。
「ちょっとカズヤ! 何ボケッと突っ立っているのよ!」
「ああ、悪いな。すぐ行くよ」
それから俺はソフィー達がいるテーブルへと向かい食事を済ませた。
◆◆◆◆◆◆
「なぁ二人ともちょっとここに寄っていいか? すぐ済ませるから」
「分かったわ。じゃあ外で待ってるわね」
俺が指差した店、それは様々な衣類が売られている店、いわゆる服屋である。そう俺はフード付きの外套を買いに来たのだ。
「これをくれ、おっちゃん」
「はいよ。一万コルクだよ」
俺は金額を手渡し外套を受けとる。
「それにしても兄さん、こんな暖かい時期に外套だなんてもしかしてお尋ね者かね?」
「いや違うよ。ちょっと日除けにな」
「なるほどな、最近日差しが強いもんな。いや疑って悪かったよ」
「気にしてないよ。ありがとうな」
それから俺は店の外へと出た。
「買い物は済ませたの?」
「ああ、ちょっとこの外套を買いにな」
俺はソフィーとリーネの前で外套を羽織って見せる。
「それ暑くない?」
「そんなことはないぞ。日が遮られて寧ろ涼しいくらいだ」
「それは嘘……今日のカズヤ何かおかしい。ボーッとしていることが多いし、普段日差しなんて気にしないカズヤがこの外套を買った理由も分からない。私達に何か隠してる?」
「いや、何も隠してないぞ、リーネ」
「そう……」
リーネそれにソフィー、すまない。嘘だ……。
俺は勇者の中に知り合いがいることも隠しているし、俺が勇者召喚された一人だってことも隠している。
それは話すことによって関係が変わってしまうのが怖いからなのかもしれない。つくづく情けない男だとは思うが、こればっかりはどうすることも出来ない。それに俺自身、妹達とこれからどう接して良いのか分からないのだ。
そんな状態でソフィー達に話してもややこしくなるだけだろう。もう少し整理がついてから話そう……そう、もう少し……。
俺達はその後しばらく無言でギルドへと向かった。
ギルドの前までたどり着き、扉を開けると俺にとっては懐かしい人達がギルドの中央へと集まっていた。
「俺の手にかかれば魔物なんてイチコロだぜ」
「はいはい、それは実際戦ってみてからにしなさいよ」
そう、勇者達である。
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