前略、家に都市伝説の幽霊『アオイさん』が住み着きました。~アオイさんは人見知りでちょっぴり自由なお姉さん~

サバサバス

5 アオイさんはカレーがお好き

圭太は自宅の玄関ドア前まで行くとドアを開け、慣れた手つきで玄関に明かりをつける。

「ただいま」
「お邪魔しまーす……」

玄関に入ると同時にアオイさんからは周囲を探るような囁き声が聞こえていた。そんな感じで不自然に家の中を気にする彼女の姿に圭太が『大丈夫です。誰もいませんよ』と安心させるように呟くと彼女は思いっきり肩の力を抜き、ふっとため息を吐く。
尤も家に誰かいたとしてもアオイさんの姿、もちろん声も今のところ圭太以外には見えない、聞こえないので心配はいらないのだが気分の問題だろうと圭太は心の中で一人納得していた。

「そういえば圭太君って一軒家で一人暮らしなの?」

やはり家に誰かを上げて最初に気にされるのはそこ、昴と冬馬が中学生のときに初めて圭太の家に来たときも同じ質問が飛んできていた。

「正確に言うと違うんですけど、実際は一人暮らしと同じようなものです」

両親は仕事でたまにしか家にいないんですよ、と今まで何十回と口にしたお決まりのフレーズをアオイさんを家に上げながら読み上げる。
圭太の両親は海外を飛び回っているので年に一度も帰ってこないというのはざらにある。そういう意味で言えば親戚の話でよく聞く定期的な両親による訪問が無い分一人暮らしより一人暮らしをしていると言えた。

「圭太君は苦労してるんだね」
「もう慣れちゃいました」

それから圭太が二階に行こうと階段を上っていると後ろにアオイさんがついてきていないことに気づいた。一度階段を下りて玄関の方を見てみると彼女は玄関を上がってすぐのところで立ち尽くしていた。

「……私が言うのもおかしいけど本当に良かったの?」

彼女が聞いているのは多分自分を家に上げてしまって良かったのかということ。どうやら彼女は今更圭太の厄介になることを気にしているようだった。

「大丈夫ですよ。こういうことには慣れてます。僕は気にしてませんよ」

そう言って圭太は笑顔を浮かべる。実際彼は普段から家に誰もいないという理由で昔から家出した昴や冬馬を泊めていて既にこういうことには慣れていた。

「でもやっぱり迷惑なんじゃ……」
「僕が良いって言ってるので良いんです。それに一回誰かに取り憑いたらしばらくは他の人や物に取り憑けないんですよね? だったら仕方ないですよ」

取り憑くというのはどうやら力がいるようで、それもかなり力を消費する行為らしい。加えて取り憑いた対象からは一定以上離れることが出来ない。例えその場の勢いだけで取り憑いたのだとしてもアオイさんが圭太に取り憑いた時点で圭太の家に来ることはもはや決まっていたようなものだった。

「それでもこれは取り憑いた私が悪いし……やっぱり私は外にいるよ」

しかしアオイさんはどこか居たたまれなさそうに下を向く。彼女の申し訳なさを含んだ表情に圭太は再び言葉を発していた。圭太には彼女をここまで連れてきて家の外に放って置くことなど出来なかった。

「だったら家事を手伝って下さい。この家を一人で掃除するのも大変なんですよ」

ただお世話になるのが嫌なら、いなければいけない理由を作ればいいだけ。幸いと言って良いのかこの家の家事は一人で回しきれていない部分もある。アオイさんに家事を手伝ってもらうことでその部分をカバーしてもらう、アオイさんもこの家にいる理由を作れる、これほどまでに『ウィンウィン』なことは他になかった。

「……ありがとう、圭太君」

アオイさんの返事に一安心する圭太。ついさっきまで同棲がなんだと騒いでいた圭太にとっては今のこの状況がとても不思議に感じられていた。
だってそうだろう、さっきまで圭太はアオイさんを引き止めるどころか同棲になってしまうことを理由に彼女を拒んでいたのだから。

「とりあえず二階から案内するのでこっちに来て下さい。あと鍵を閉めてもらってもいいですか?」
「これでいいかな?」

アオイさんは玄関ドアの鍵を閉めると圭太のもとへと駆け寄る。この光景に圭太は何だか懐かしいような、新鮮なような、よく分からない不思議な気持ちになっていた。

◆◆◆

圭太が家の案内を一通り済ませた頃、二人は一階のダイニングルームで食事を取ろうとしていた。

「そういえばアオイさん、食事は出来ますか?」

率直な疑問だった。アオイさんはなんというか幽霊のように許可した以外の人には見えないし、声も聞こえない。なので彼女の口から食べ物が入っていくというのが、自分以外の人から見たら一体どう見えるのだろうかということを考えると、どうも上手く想像出来なかった。

「そうだね、食べ物は普通に食べられるよ」

食べ物を食べるように手をパクパクとさせるアオイさんに少し可愛いらしさを感じたのも一瞬、圭太は続けて疑問を口にする。

「それだったら食べた物ってどう見えてるんですかね」
「正直考えたことないけど多分私が触れたら一緒に見えなくなるんじゃないかな?」

続けられたアオイさんの『調理実習の時に卵焼きをつまみ食いしてもバレなかったよ』という捕捉情報に圭太は『子供じゃないんですから止めて下さい』と返す。
彼女の言うことが事実でつまみ食いをしてもバレないんだとしたら、本当に食べた物は見えなくなるのだろう、とふとした疑問に答えが出たところで圭太は冷蔵庫からカレーが入ったタッパーを取り出した。

「とにかく夕食にしましょうか。昨日の残り物で申し訳ないですけど」
「ううん、私カレー好きだよ」

そう言って満面の笑みでアオイさんは首を横に振る。
例え今の言葉が嘘だったとしても文句がないだけで圭太としてはありがたかった。
それから少しして彼女はハッと何かを思い出したように声を上げるとこちらにやって来た。

「私も何か手伝うよ、圭太君」
「ありがとうございます、じゃあ食器の準備をお願い出来ますか?」

いつもは手間がかからず作り置き出来る料理ばかりを好んで作っていたが、これからはアオイさんがいる。
たまには凝った料理に挑戦してみても良いのかもしれない。そんなことを圭太はカレー皿にご飯をよそいながら思ったりしていた。

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