俺の彼女がいつに間にかあざとカワイイ小悪魔どころか独占欲が強い魔王様になっていた件について

サバサバス

41.ちょっとしたすれ違い

文化祭の準備もいよいよ大詰めの木曜日、俺達のクラスは特に忙しいということはなくいつも通りの一日だった。朝に四葉と登校し、普通の学校生活を送ってから、放課後に残った準備を少しだけやり、四葉と共に帰宅する。

「凛君、明日はいよいよ文化祭ですよ。楽しみですね」
「ああ……」

隣にいる四葉からは明日が文化祭だという事実が告げられる。楽しみにしていたはずだが、どうしてか俺の手は震えていた。

──なんで俺が震えてんだ……。

なんとも言えない恐怖感の原因は分かっている。
それは四葉の手術のこと、彼女の事実を知ってからあまり意識をしないようにはしてきたが直前となるとやはりどうしても意識してしまう。

きっと彼女の方が怖いに決まっている。ただでさえ手術をすること自体恐怖を感じるのだ。それに加えて今回の手術成功確率は五十パーセントときた。
今彼女は笑っているが、実際の心情はどうなのか。それを考えると強く胸が締め付けられた。

だが心の中でそう思っていても実際表に出すことはしない。俺は努めて明るい表情を作り、四葉の話に耳を傾ける。

「……凛君は絶対にミスターコンで優勝しますよ。私が保証します」
「それを言ったら四葉だって絶対にミスコンで優勝する。俺が保証する」

俺の優勝はともかく四葉が優勝する可能性は十分にある。候補者は男女それぞれで十二名ずつ、その中でも四葉は断トツで目立っていた。

「だったら二人で優勝しましょう。そうしたら良い思い出になりますよね」
「そうかもな、でも俺の方は少し厳しそうだな。ミスターコンの他の候補者見ただろ? みんなイケメンしかいない」
「そんなことを言ったら私だって月城先輩が相手にいます。大丈夫です、凛君は勝てます」
「四葉にそこまで言われたら優勝しないわけにはいかないか」
「そうですよ、凛君」

お互い向かい合って笑い合う。
いつまでもこんな時間が続けばいいと、ふとそんな考えが俺の頭を過る。だがもしかしたら……。
駄目だ、弱気になるな。そう思っても心は正直で段々と気持ちが揺らいでいく。

「……凛君? ボーッとして、もしかして寝不足ですか?」
「いやそんなことはない。ほら、見ての通り元気だ!」

必死に元気さをアピールするために笑顔を作るが、それでも滲み出る表情までは誤魔化せなかった。

「やっぱり顔色悪いですよ?」
「そんなことはない」
「いや、でも……」
「本当に大丈夫だから俺のことは放っておいてくれ!」

違う、俺はこんなことが言いたかったんじゃない。だが一度口から出てしまった言葉は取り消しが効かない。気づいた時には先程までの楽しい空気は跡形もなくなっていた。

「すまん、俺やっぱりちょっと体調が悪いのかもしれない。うつしたら悪いから先に帰ってる」

四葉に八つ当たってしまった今の俺には彼女に合わせる顔なんてない。そんな思いからの言葉に四葉も黙って俺を見送る。

「分かりました。体にお気をつけて下さい……」

帰り際に見た四葉の悲しそうな、それでいて俺のことを心配するような表情は帰る間ずっと脳裏に焼き付いて離れなかった。


家の中に入った瞬間から後悔の波が急激に押し寄せていた。何もする気分になれずそのまま玄関の上がり框に座り込む。

こんなつもりじゃなかった。感情的になって、更には四葉に八つ当たりをするなんて俺はとんだ最低男だ。

「……何やってんだ」

無性に自分に対して腹が立った。俺は決めたはずなのだ、四葉のために何かをしようと。だが俺はその反対のことを彼女にしてしまった。
彼女は俺に失望しただろうか。いやきっとしたに違いない。

──分かりました。体にお気をつけて下さい……。

だがここでふと帰り際に見た彼女の表情が頭の中に浮かぶ。

「……何であんな顔が出来るんだよ」

四葉の表情には確かに俺を心配するようなものが含まれていた。これからの自分のことよりも俺のことを心配していた。

「あーもうわかんねぇ!」

四葉のことは分からないが俺のすることはもう決まっていた。立ち上がり、家の扉を開ける。
どのみちこのままでは何も手につかない。俺は外に飛び出して彼女の家がある方向へと走った。


そうしてたどり着いた彼女の家の前、いつもならなんとも思わない家の玄関が恐ろしいほど遠くに感じる。

「……怯むな」

自らを鼓舞させ、握り拳を作り、深呼吸をする。気持ちを整え、玄関に向かおうとしたタイミングでこれから向かおうとしていた家の玄関扉が開いた。
ゆっくりと開かれた扉の中から出てきたのは……。

「凛君、こんなところにいて大丈夫なんですか!?」

大きく膨らんだビニール袋を持った四葉だった。ビニール袋の中からは風邪薬や飲み物など色々透けて見える。恐らくこれから俺の家に向かうつもりだったのだろう。

「いや、そのだな……」

思いがけない遭遇だが先程鼓舞したおかげかそれほど怯んではいない。再び深呼吸をした後、俺は口を開いた。

「四葉、さっきはすまなかった!」
「いきなりどうしたんですか?」
「さっきはなんか感じ悪かっただろ、それで謝りたいと思ってきた。それと体調悪いっていうのも気まずくてついた嘘だ」

言ってしまった。八つ当たりした上に嘘までついていた俺など四葉はどう思うだろう。だがこれは俺の取った選択の結果だ。どんな罵倒も受ける覚悟はできている。
だが彼女は俺に対する罵倒を一言も発することはなく、ただ目に涙のようなものを浮かべてこう言った。

「……良かったです。凛君の体調が悪くなくて、私てっきり自分の不幸を凛君にうつしてしまったのかと思ってました。でも凛君はなんともないんですよね、本当に良かった」

そうだ、彼女はいつもそうだった。車に水をかけられた時も、月城先輩の件の時も、それに今回のことだって自分のことより俺を優先した。不幸だから仕方ないと自分のことは諦めて……。
しかしそんな風に見えたからこそ、俺はどんな時でも彼女を放っておけなかったのかもしれない。

「四葉、こんな嘘つきで最低な男だけど一つお願いしてもいいか」

彼女は文化祭を楽しみにしていた。だから俺は彼女に文化祭を楽しんで欲しい。気恥ずかしさで今まで言うのを躊躇っていたが今ならばはっきりと言える。

「明日の文化祭、俺と一緒に回ってくれないか?」

俺のお願いに対して彼女はたった一言こう返事をした。

「はい、喜んで……」

涙ぐんだ目はどこからか射し込んだ夕日に反射して、俺の目にはとても綺麗に映っていた。

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