俺の彼女がいつに間にかあざとカワイイ小悪魔どころか独占欲が強い魔王様になっていた件について

サバサバス

24.図書室での日常

ある日の放課後、四葉が委員会の仕事をしている間の時間を潰すために図書室へと行くと、そこにはまるで図書室の住人であるかのように本を読む月城先輩の姿があった。もしかして彼女は図書委員か何かなのかと、そう思うくらいには自然にいた。

「あら久しぶりね、後輩君。先週の金曜日ぶりくらいかしら」
「そうですね、それくらいぶりです。ところで先輩はそこで何をしてるんですか?」
「それはもちろんあれよ。男性恐怖症の克服に決まってるじゃない」

そう言って月城先輩は読んでいた本をこちらに見せてくる。彼女が持っていたのは『人体の構造』という人の体の構造についてあれやこれやを記した教材的な何かだった。
果たして人体の構造を学んで男性恐怖症を克服出来るのか分からないが体質の改善に前向きなのは良いこと。あまり邪魔をしないようにその場を離れようとしたのだが、一歩進んだところで先輩に呼び止められた。

「ちょっといいかしら? 後輩君」
「はい、何ですか?」
「この本を読んだからもしかしたら症状が改善されているかもしれないわ。試しに私の方へ近づいてみてくれないかしら?」
「もちろん会話をしたままですよね」
「そうね、お願いするわ」

本を読んだからと言って克服出来ているはずはないが、月城先輩の言葉に従って彼女の方へと歩いていく。

「まだ大丈夫ですか?」
「ええ、まだ普通に話せるわね」

それならとさらに距離を詰めると月城先輩は少し顔色を悪くした。

「ちょっと近づきすぎじゃないかしら、後輩君」

どうやら今の月城先輩にはこれくらいが限界のようだ。まぁなんとなくこうなるだろうとは思っていたが。

「先輩、今日はこれくらいにしましょうか。それほど急ぎのことでもないですよね」
「そうね、少し先急ぎすぎたかもしれないわね」

急いでいないというわりには焦った様子を見せる先輩に少し奇妙さを感じながらも気のせいだろうと一人納得する。それよりも先輩にはあの時の事を話さなければならないだろう。四葉に告白というのか分からない告白をされたあの時の事を。

「そういえば先輩、一つ報告があります」

先程詰めた月城先輩との距離を広げながら、そう言葉を発すると顔色が良くなった先輩は不思議そうな表情でこちらを見る。

「改まってどうしたのかしら? 結婚でもするの?」

当たらずとも遠からず、先輩の勘の鋭さに素直に感心してしまう。それに今はそうでなくても将来そうなってしまうような、そんな感じがしていた。

「いえ、俺はまだ結婚できないですよ。年齢的に」
「だったら祝さんのことかしら?」
「それはまぁそうですけど……」
「ということはついに付き合い始めたのね。もしかして祝さんが暴走して手に終えなくなって困っているとか?」

何この先輩、察しが良すぎて正直怖い。もしかして心でも読めるのだろうか。そう思っていると先輩は再び口を開く。

「ちなみに心は読んでいないわ。単なる勘よ」
「いや、絶対読めてますよね!?」

思わず突っ込んでしまったがこれは仕方ないことだろう。だってそうでもして無理やり思考を掻き消さなければ心の全てが読まれそうで怖いし、もし普段から月城先輩の胸ばかりに目がいっていたことがバレたら自殺ものである。

「それはそうと私の勘は当たっているのかしら?」
「そうですね、当たってます」

一言答えると月城先輩は再び不思議そうな表情を浮かべた。

「今の話だけを聞けば特におかしいことはないと思うのだけれど。何か不満でもあるのかしら?」
「えーと、さっき先輩は四葉の暴走に困っているっていう俺の悩みを見事に当ててましたよね?」
「そうね当てたわね。でも祝さんならそれくらいしそうよね。寧ろ監禁とかされなかっただけまだマシなんじゃないかしら?」

監禁? なに? 俺がおかしいの?
俺の価値観はごくごく普通だと思っていたがもしかしたら普通ではないのだろうか。いやそんなことはないはずだ。

「いや、でも四葉は俺のことを自分の物だって言っているんですよ? 明らかにおかしいですよね?」

なんとか四葉の方がおかしいことを納得してもらおうと説明するが月城先輩は何故か苦い笑顔を見せる。

「後輩君、そろそろこの話は終わりにしないかしら?」
「何を言うんですか、俺にはまだまだ話したいことが……」

言葉を発したところでちょんちょんと肩を叩く者が一人。月城先輩は目の前にいるので違う。だとしたら孝太かと思ったが彼は現在絶賛テニス部で部活中だ。ここまで考えれば、あと残る知り合いは自分が知る限りで一人、その残り一人とは四葉だ。もしかして今俺の肩を叩いたのは四葉なのだろうか? いや、でも彼女が所属する美化委員会が終わるにはまだ早すぎる時間。きっと話し声がうるさいと注意しに来た図書委員の人とかなのだろう。耳元に湿気を含んだ生暖かい空気が当たっているような気がするがこれはきっと俺の気のせい……。

「凛君、委員会が早く終わったので来ましたが私はお邪魔でしたか?」

だが耳元で聞こえた声を聞けば気のせいでないことは明白だった。この丁寧な言葉遣いと鈴を転がしたような綺麗な声は間違いなく四葉本人。そう分かった途端に背中から冷や汗が吹き出す。これは不味いと直感的にそう頭が理解した。

「あの四葉さん、これは決して四葉さんのことが嫌だということではなくてですね」
「はい」
「一種の価値観の違いというか、人間それぞれ考え方が違う生き物で、つまり俺と四葉さんでもそういうわけでして……その俺には四葉さんの行動が少々過激に感じてしまうわけですよ」
「なるほど、つまり過激でなければ私のものになっても良いとそういうことですね?」

もしかして話聞いてなかった?
思わず口からそんな言葉が出かけるが慌てて喉の奥にしまい込む。これは最早ポジティブで済ませていい領域ではない。どんな言葉も捻じ曲げて自分の都合の良いように解釈する。一言で表すなら狂気である。

「それは少し違うというか……」
「私に何か言いたいことがあるなら今ここで私が全て受け止めますよ。その代わりに凛君も私の我が儘を多少は受け止めて下さいね?」

それなんて言う悪魔の契約ですかという素朴な疑問はさておき、そんなことを言われてしまえば選択肢などあってないようなものだった。

「……やっぱりなんでもないです」

少し前までの純粋な四葉は一体どこへ行ってしまったのか、そんなことを心の中で思いながら俺は図書室の窓から空を見上げた。空はオレンジ色に染まっており、現実逃避をするにはうってつけだった。それとこれはついさっき気づいたが月城先輩はいつの間にかに図書室から姿を消していた。きっとこの状況に巻き込まれまいと退散したのだろう。

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