戻ってきた初恋はバラの香り~再会した御曹司の豹変ぶりに困惑しています~
第12話
最後に衛司の希望で連れてこられたのは、高速を下りた先にあるショッピングモールだった。みちるは衛司の後をついて行く。彼が迷わず足を向けたのは――
「ここ……」
「覚えてるか? アメリカで何度も行ったな」
アメリカ発のアイスクリームチェーンの前で、二人は立ち止まった。氷点下に冷やした石板の上で、アイスを混ぜ合わせるパフォーマンスを見せてくれる店だ。
みちると衛司は、友人たちとアメリカのモールに繰り出した時に、ここのアイスクリームをよく食べた。
「懐かしい……」
「みちるとの想い出の場所に来たかったんだ」
帰国後、日本にもこの店があるのを知ってはいたけれど、一度も来たことはなかった。
衛司のことを思い出してしまうからだ。
まさか十年以上経って、本人と一緒に来ることになるとは。
「衛司くん、見た目と違って甘いもの好きでしたもんね」
「……」
みちるが笑うと、衛司は気まずそうに目を逸らした。
「? どうしたんですか?」
「……実は、あの頃の俺は甘いものが得意じゃなかったんだ」
「はい?」
「アイスクリームを食べるみちるが、あまりにも幸せそうだったから、俺が苦手だと言ってしまったら嫌われてしまうかと思って、言えなかった」
「そうだったんですか!?」
みちるは声を上げて驚く。衛司が甘味が苦手だった件にではない、自分に嫌われてしまうからと内緒にしていたことに、だ。
(エイジくんにそんな可愛い一面があったなんて……)
意外性があるにもほどがあると、彼女は目をぱちくりさせた。
「あの頃、みちるには割となんでも話してきたけど、それだけは言えなかったんだ。でも“今の俺”は、嫌いじゃない。また君と一緒にここのアイスクリームを食べたかった」
衛司は眉尻を下げ、カウンターへ向かった。
それぞれ違うフレーバーのものを買い、ベンチに座って食べる。
「おいしー」
昔からアイスクリームが大好きだった。毎週土曜日には日本語補習校の帰りに、学校近くのソフトクリームスタンドに寄っては食べていたくらいだ。
二人は十年前のように、お互いのフレーバーを一口交換した。懐かしさが身に染みる。
「相変わらず幸せそうに食べてくれるな、みちる」
「だって美味しいんですもん。……そういえば、衛司くんの誕生日にも、ここのアイス食べましたよね」
彼の誕生日にもみんなでこのショップに来た。店員に誕生日のことを伝えると、バースデーソングを歌いながら作ってくれたのをよく覚えている。
「そうだったな。あの時の誕生日は、今までで一番嬉しい誕生日だった。みちるが祝ってくれて、プレゼントもくれた」
衛司はポケットからキーリングを取り出す。それは明らかに、普段から使い込んでいたような、経年劣化した見た目になっていた。
思い出したように、クローゼットの奥から取り出した風には見えない。だから彼がずっとこれを持ち歩いていたというのは、本当なのだろう。
「……今年の四月二十三日は? 誰かと過ごさなかったんですか?」
忘れようにも忘れられない、衛司の誕生日だ。毎年この日になると、必ず彼を思い出していたから。
「覚えていてくれたんだな、嬉しいよ。今年は、誰とも過ごさなかった。……記憶を取り戻して、みちるを探し当てた頃だったから。今年の誕生日は、ずっと君のことを考えていた」
衛司が手にしたアイスクリームのように、少しとろけた甘いまなざしで見つめてくるから。
図らずも心が跳ねてしまう。
「っ、ぁ、え、衛司くん、アイス溶けちゃいます……!」
慌てて目を逸らし、自分のアイスクリームへ目を落とした。
頭の中では別人だと思いたいのに、心が昔のときめきを取り戻してしまう。双方がちぐはぐな反応をするので、混乱している。
(なんかもう、完全にバグッてる……)
みちるは一心不乱にアイスを食べ終えた。
ひとしきり自動車でのツアーを満喫し、夕方に差しかかった頃、桜浜に戻って来た。
まっすぐ家に送ってくれるものと思っていたのだけれど、途中で車が停まった。「ちょっと待っていてくれ」と残して衛司が降りていく。
数分後、戻って来た衛司の手には、花束があった。
オレンジ色のバラだった。どうやらこのすぐ近くの花屋で予約していたものを受け取りに行ったようだ。
「これから会うごとに、バラを贈りたいと思ってる。十一年、君を放っておいたお詫びと、今の俺の気持ちだ。受け取ってもらえると嬉しい」
衛司はその瞳にたっぷりと余裕と甘い意思を乗せて、みちるにバラを手渡した。
「あ……ありがとう、ございます」
とりあえずお礼だけは言っておかねばと、戸惑いつつぺこりと頭を下げる。
車内にバラの甘い香りが満ちていくのを感じている間に、みちるのアパートに到着した。みちるは車を降りると、新島に今日のお礼を告げた。衛司も後に続いて降りてくる。
部屋の前まで来ると、改めてみちるは衛司に頭を下げた。
「今日はいろいろありがとうございました。……楽しかったです。お母様にもよろしくお伝えください」
「こちらこそありがとう、俺も楽しかった。……来週の土曜日も出かけないか? もっともっと今の俺のことを知ってほしいし、今のみちるのことも知りたい」
衛司にそう請われ初めは躊躇ったものの、これといって断る理由も見つからなかったみちるは、少しの沈黙の後、こくん、とうなずいた。
「あー……えっと……そうだ、今度は電車で出かけませんか?」
「電車?」
「たまにはいいですよ、電車で移動するのも」
一応デート、ということになるのだから、あまり新島を振り回すのもどうかと思ったのだ。
「そうか、分かった。来週は電車デート、だな」
「はい。……じゃあ、来週ということで」
最後にもう一度頭を下げ、ドアを解錠して中へ入ろうとすると、衛司が彼女を腕を掴み呼び止めた。
「待って。……忘れものだ」
そう告げると、彼は振り返ったみちるに顔を近づける。
(え……)
柔らかくて温かい感触がくちびるに押しつけられた――キスをされたのだと気づいたのは、解放され、目の前に彼の顔が広がった時だ。
「な、な……っ」
目をこれ以上ないほど大きく見開いたみちるは、言葉にならない声を上げた。衛司はそんな彼女を気遣うようなぬくもりで、頬を撫でる。
「……十年前も、こうしてキスしたかった。すればよかった。紳士ぶって我慢するんじゃなかった、って、記憶を取り戻した時に後悔した」
「え……」
「……俺が記憶を失っている間に、俺じゃない誰かがみちるのファーストキスを奪ったのかと思うと、今でもはらわたが煮えくり返りそうだ」
表情は和らいでいたけれど、その言葉尻にはどこか憤りが滲んでいる。
みちるは瞬く間に頬を染め上げて、口をぱくぱくと閉じたり開いたりした。少しして、ようやく声を出す。
「は、初めてだから……!」
「は?」
少しかすれていたので、その言葉が届かなかったのか、衛司は首を傾げた。
「わ、私のファーストキス! これが!」
肩を怒らせて声を張り上げた後、みちるは涙目で部屋の中に飛び込み、ドアをバタリと閉めた。
扉を背にしたまま、みちるは息を整えた。身体はふるふると震えているし、心臓はまだバクバクと速い鼓動を刻んでいる。頬は熱を持って火照っている。
(なんなのもう……!)
驚きと怒りと気恥ずかしさが入り乱れて、頭がぐちゃぐちゃだ。
だからもらったバラの花言葉を調べるのを、翌朝まですっかり忘れていた。
オレンジのバラ九本――『信頼』『いつもあなたを想っています』
「ここ……」
「覚えてるか? アメリカで何度も行ったな」
アメリカ発のアイスクリームチェーンの前で、二人は立ち止まった。氷点下に冷やした石板の上で、アイスを混ぜ合わせるパフォーマンスを見せてくれる店だ。
みちると衛司は、友人たちとアメリカのモールに繰り出した時に、ここのアイスクリームをよく食べた。
「懐かしい……」
「みちるとの想い出の場所に来たかったんだ」
帰国後、日本にもこの店があるのを知ってはいたけれど、一度も来たことはなかった。
衛司のことを思い出してしまうからだ。
まさか十年以上経って、本人と一緒に来ることになるとは。
「衛司くん、見た目と違って甘いもの好きでしたもんね」
「……」
みちるが笑うと、衛司は気まずそうに目を逸らした。
「? どうしたんですか?」
「……実は、あの頃の俺は甘いものが得意じゃなかったんだ」
「はい?」
「アイスクリームを食べるみちるが、あまりにも幸せそうだったから、俺が苦手だと言ってしまったら嫌われてしまうかと思って、言えなかった」
「そうだったんですか!?」
みちるは声を上げて驚く。衛司が甘味が苦手だった件にではない、自分に嫌われてしまうからと内緒にしていたことに、だ。
(エイジくんにそんな可愛い一面があったなんて……)
意外性があるにもほどがあると、彼女は目をぱちくりさせた。
「あの頃、みちるには割となんでも話してきたけど、それだけは言えなかったんだ。でも“今の俺”は、嫌いじゃない。また君と一緒にここのアイスクリームを食べたかった」
衛司は眉尻を下げ、カウンターへ向かった。
それぞれ違うフレーバーのものを買い、ベンチに座って食べる。
「おいしー」
昔からアイスクリームが大好きだった。毎週土曜日には日本語補習校の帰りに、学校近くのソフトクリームスタンドに寄っては食べていたくらいだ。
二人は十年前のように、お互いのフレーバーを一口交換した。懐かしさが身に染みる。
「相変わらず幸せそうに食べてくれるな、みちる」
「だって美味しいんですもん。……そういえば、衛司くんの誕生日にも、ここのアイス食べましたよね」
彼の誕生日にもみんなでこのショップに来た。店員に誕生日のことを伝えると、バースデーソングを歌いながら作ってくれたのをよく覚えている。
「そうだったな。あの時の誕生日は、今までで一番嬉しい誕生日だった。みちるが祝ってくれて、プレゼントもくれた」
衛司はポケットからキーリングを取り出す。それは明らかに、普段から使い込んでいたような、経年劣化した見た目になっていた。
思い出したように、クローゼットの奥から取り出した風には見えない。だから彼がずっとこれを持ち歩いていたというのは、本当なのだろう。
「……今年の四月二十三日は? 誰かと過ごさなかったんですか?」
忘れようにも忘れられない、衛司の誕生日だ。毎年この日になると、必ず彼を思い出していたから。
「覚えていてくれたんだな、嬉しいよ。今年は、誰とも過ごさなかった。……記憶を取り戻して、みちるを探し当てた頃だったから。今年の誕生日は、ずっと君のことを考えていた」
衛司が手にしたアイスクリームのように、少しとろけた甘いまなざしで見つめてくるから。
図らずも心が跳ねてしまう。
「っ、ぁ、え、衛司くん、アイス溶けちゃいます……!」
慌てて目を逸らし、自分のアイスクリームへ目を落とした。
頭の中では別人だと思いたいのに、心が昔のときめきを取り戻してしまう。双方がちぐはぐな反応をするので、混乱している。
(なんかもう、完全にバグッてる……)
みちるは一心不乱にアイスを食べ終えた。
ひとしきり自動車でのツアーを満喫し、夕方に差しかかった頃、桜浜に戻って来た。
まっすぐ家に送ってくれるものと思っていたのだけれど、途中で車が停まった。「ちょっと待っていてくれ」と残して衛司が降りていく。
数分後、戻って来た衛司の手には、花束があった。
オレンジ色のバラだった。どうやらこのすぐ近くの花屋で予約していたものを受け取りに行ったようだ。
「これから会うごとに、バラを贈りたいと思ってる。十一年、君を放っておいたお詫びと、今の俺の気持ちだ。受け取ってもらえると嬉しい」
衛司はその瞳にたっぷりと余裕と甘い意思を乗せて、みちるにバラを手渡した。
「あ……ありがとう、ございます」
とりあえずお礼だけは言っておかねばと、戸惑いつつぺこりと頭を下げる。
車内にバラの甘い香りが満ちていくのを感じている間に、みちるのアパートに到着した。みちるは車を降りると、新島に今日のお礼を告げた。衛司も後に続いて降りてくる。
部屋の前まで来ると、改めてみちるは衛司に頭を下げた。
「今日はいろいろありがとうございました。……楽しかったです。お母様にもよろしくお伝えください」
「こちらこそありがとう、俺も楽しかった。……来週の土曜日も出かけないか? もっともっと今の俺のことを知ってほしいし、今のみちるのことも知りたい」
衛司にそう請われ初めは躊躇ったものの、これといって断る理由も見つからなかったみちるは、少しの沈黙の後、こくん、とうなずいた。
「あー……えっと……そうだ、今度は電車で出かけませんか?」
「電車?」
「たまにはいいですよ、電車で移動するのも」
一応デート、ということになるのだから、あまり新島を振り回すのもどうかと思ったのだ。
「そうか、分かった。来週は電車デート、だな」
「はい。……じゃあ、来週ということで」
最後にもう一度頭を下げ、ドアを解錠して中へ入ろうとすると、衛司が彼女を腕を掴み呼び止めた。
「待って。……忘れものだ」
そう告げると、彼は振り返ったみちるに顔を近づける。
(え……)
柔らかくて温かい感触がくちびるに押しつけられた――キスをされたのだと気づいたのは、解放され、目の前に彼の顔が広がった時だ。
「な、な……っ」
目をこれ以上ないほど大きく見開いたみちるは、言葉にならない声を上げた。衛司はそんな彼女を気遣うようなぬくもりで、頬を撫でる。
「……十年前も、こうしてキスしたかった。すればよかった。紳士ぶって我慢するんじゃなかった、って、記憶を取り戻した時に後悔した」
「え……」
「……俺が記憶を失っている間に、俺じゃない誰かがみちるのファーストキスを奪ったのかと思うと、今でもはらわたが煮えくり返りそうだ」
表情は和らいでいたけれど、その言葉尻にはどこか憤りが滲んでいる。
みちるは瞬く間に頬を染め上げて、口をぱくぱくと閉じたり開いたりした。少しして、ようやく声を出す。
「は、初めてだから……!」
「は?」
少しかすれていたので、その言葉が届かなかったのか、衛司は首を傾げた。
「わ、私のファーストキス! これが!」
肩を怒らせて声を張り上げた後、みちるは涙目で部屋の中に飛び込み、ドアをバタリと閉めた。
扉を背にしたまま、みちるは息を整えた。身体はふるふると震えているし、心臓はまだバクバクと速い鼓動を刻んでいる。頬は熱を持って火照っている。
(なんなのもう……!)
驚きと怒りと気恥ずかしさが入り乱れて、頭がぐちゃぐちゃだ。
だからもらったバラの花言葉を調べるのを、翌朝まですっかり忘れていた。
オレンジのバラ九本――『信頼』『いつもあなたを想っています』
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