【完結】契約書は婚姻届
第18話 復讐は誰のため?3
尚一郎の開いた記者会見以降、テレビや週刊誌はオシベの話題ばかりだった。
【孫と祖父 骨肉の争い!】
【被害者はほかにも?
浮かび上がるオシベの不正】
【目的は復讐?
押部尚一郎の悲しい過去】
その目立つ見た目と相まって、おもしろおかしく尚一郎のことを騒ぎ立てる人たちに腹が立つ。
万理奈や、その父親が経営していたエルピス製薬の話も調べ上げられている。
それでも尚一郎が気になって、会見やインタビューを受ける尚一郎をできるだけテレビで観ていた。
テレビに映る尚一郎はりりしくは見えたが、少しもきらきらと星が飛んでいなくて疲れているのだと窺わせ、朋香を心配にさせた。
「社長、丸尾弁護士がお見えになりました」
「こんにちは」
「いつもお世話になっております」
社長室に丸尾を通すと、待っていた明夫に有森、西井がソファーからそろって腰を上げた。
朋香がお茶を出し、ソファーの後ろに立つと、明夫が口を開いた。
「それで。
オシベからの謝罪を受けるかどうかという話なのですが……」
社内ではオシベへの対応で揉めていた。
オシベにはいままで何度も煮え湯を飲まされてきたのだから、裁判で争って決着をつけるべきだと、強硬な姿勢を西井たちは取っていた。
その反対に明夫や有森は謝罪を受け入れ穏便に済ませたいと思っている。
いくら話し合っても意見は平行線で、今後の対応もあるし丸尾の意見を聞こうということになった。
「そうですね。
若園製作所さん次第だと思います。
徹底的に裁判で争っても今回の件はすでにオシベの方から和解を申し入れてきているだけに、勝てます。
けれど和解金もそれなりに提示されているだけに、受け入れてもいいかと」
「はぁ……」
それではやはりどちらにも決まらずに困るのだ。
結局、今日の話し合いでも結論は出なかった。
ピンポン、と休日、チャイムが鳴って開けた玄関には、侑岐が立ってた。
「ハロー、朋香」
「侑岐さん!?
帰国するなら連絡くれればよかったのに!」
「朋香を驚かせようと思って」
にやりと口角をつり上げて笑う侑岐はいつも通りで、ついつい笑ってしまう。
「朋香、いま暇よね?
ショッピングに付き合いなさいよ」
「えっ、……おとーさーん、ちょっと出かけてくるねー」
強引に引きずられていく先には真っ赤なフェラーリが見えて……いつぞやの恐怖がよみがえった。
相変わらずの急発進と急ブレーキを繰り返す運転にぐったり疲れて着いた先は一度、拉致されたアウトレットモールだった。
「朋香、これ着てみて」
「はーい」
前回と違い、怯えることもなく試着室に入って試着する。
外ではやはり、店員が侑岐に振り回されているようだ。
「朋香、開けるわよ。
……うん、なかなか似合ってる。
それにしても、少し痩せたんじゃないの?」
「そ、そうですか?」
自分ではわからないが、そうなのだろうか。
そういえば尚一郎の屋敷で日課だった、三時の高カロリーケーキはなくなったのでその分、痩せたのかもしれない。
「ウエスト、私の手が入っちゃうわ。
胸だって……」
「ちょっ、侑岐さん!」
やわやわと後ろから侑岐が胸をもみ、慌ててしまう。
赤くなった朋香に侑岐はにやりと笑うと手を離した。
「もう少し、肉を付けなさい?
じゃないと……なんでもないわ」
言いかけてやめ、困ったように笑う侑岐がなにを言いそうになったのかはすぐにわかり、苦笑いしてしまう。
「そうですね、侑岐さんに嫌われるのは嫌ですから」
「そうそう。
私は少しくらい、ぽっちゃりの方が好みよ?」
笑う侑岐に笑って返しながら、もうあの人は自分を抱きしめてくれないだと気づき、胸がずきんと痛んだ。
ある程度、買い物が済み、コーヒーショップで一息つく。
「言おうかどうしようか迷っていたけど。
やっぱり伝えておくわ」
「侑岐さん?」
少し声を潜めた侑岐に、尚一郎が自分を失望させるようなことを言っていたんじゃないかと、嫌な予感しかしない。
「朋香に弁護士を紹介してほしいって、頼んできたのは尚一郎なの」
「……そう、ですか」
ずずっ、啜った、クリームたっぷりの甘いドリンクがなぜか苦く感じた。
「朋香はやっぱり、尚一郎が嫌いになったわよね」
「それは……」
確かに一度は、裏切られたと絶望もした。
けれど落ち着いてから考えると、あの幸せそうな顔が、あの淋しそうな顔が、演技だとは思えない。
きっと尚一郎にはなにか事情があったのだと思いながらも、話してくれないことが淋しくて悲しかった。
「私は尚一郎さんを信じたい……です」
「よかった」
嬉しそうに侑岐が笑い、自分は尚一郎を信じていていいのだと自信が持てた。
帰りの車の中で、侑岐は昔の尚一郎の話をしてくれた。
「万理奈と別れてから、私が尚一郎の恋人のフリをしていた話はしたわよね」
「はい」
あのときは 誤魔化されてしまったがいまならわかる。
きっと、できるだけ人を遠ざけて、好きになられたくなかったから。
そうすることで被害者を増やしたくなったから。
「おかげで私はいま、メグと幸せに暮らしてる。
尚一郎もいい加減、万理奈を忘れて幸せになりなさい、って一度、言ってやったの」
「はい」
「そしたら尚一郎、
『僕には幸せになる権利がないんだよ』
って笑ってた」
どういう意味なのか気になった。
はじめから自分と結婚して、幸せになる気はなかったのだろうか。
「だから、朋香と結婚したって聞いたときは驚いたわ。
それに、あんなに幸せそうに笑う尚一郎は見たことがない。
絶対に別れないって意地を通す尚一郎が嬉しかったの」
「……」
侑岐に別れろと迫られたあのとき、尚一郎はどんな気持ちだったのだろう。
朋香に自分の気持ちを証明するために、朋香以外の人間とは絶対に結婚しない、朋香との結婚を認めてもらえるのなら相続の一切を放棄するとの書類まで作ってサインしたのだ。
――書類は尚恭預かりで有効にはなってないが。
「だから、尚一郎が幸せになる気になったんだって、喜んでたのに……」
「侑岐さん……」
悲しそうに侑岐が目を伏せ、朋香も俯いてぎゅっと手を握りしめた。
……尚一郎さんと会って、直接気持ちを確かめたい。
けれどもう、朋香にその権利はない。
食事をして帰ろうと、鉄板焼きのお店に連れて行ってくれた。
個室に案内されたとたん、朋香の足が止まる。
「お久しぶりです」
――そこで待っていたのは、尚一郎の秘書の犬飼だった。
「今日は朋香さんに頼みがあってきました」
食前酒にシャンパンを勧められたが断った。
なんとなく、そんな気がするから。
代わりにスパークリングウォーターを落ち着かずに口へ運ぶ。
朋香の方だって聞きたいことはたくさんあるのだ。
けれど、口にしていいのか悩む。
「朋香さんの怒りはもっともです。
尚一郎もあえて、弁明する気はないのだと思います。
でも、俺の話を聞いてください」
戸惑って侑岐の顔を見るが、静かにグラスを傾けるだけでなにも言わない。
一度、静かに深呼吸した朋香が促すように小さく頷くと、犬飼は話をはじめた。
【孫と祖父 骨肉の争い!】
【被害者はほかにも?
浮かび上がるオシベの不正】
【目的は復讐?
押部尚一郎の悲しい過去】
その目立つ見た目と相まって、おもしろおかしく尚一郎のことを騒ぎ立てる人たちに腹が立つ。
万理奈や、その父親が経営していたエルピス製薬の話も調べ上げられている。
それでも尚一郎が気になって、会見やインタビューを受ける尚一郎をできるだけテレビで観ていた。
テレビに映る尚一郎はりりしくは見えたが、少しもきらきらと星が飛んでいなくて疲れているのだと窺わせ、朋香を心配にさせた。
「社長、丸尾弁護士がお見えになりました」
「こんにちは」
「いつもお世話になっております」
社長室に丸尾を通すと、待っていた明夫に有森、西井がソファーからそろって腰を上げた。
朋香がお茶を出し、ソファーの後ろに立つと、明夫が口を開いた。
「それで。
オシベからの謝罪を受けるかどうかという話なのですが……」
社内ではオシベへの対応で揉めていた。
オシベにはいままで何度も煮え湯を飲まされてきたのだから、裁判で争って決着をつけるべきだと、強硬な姿勢を西井たちは取っていた。
その反対に明夫や有森は謝罪を受け入れ穏便に済ませたいと思っている。
いくら話し合っても意見は平行線で、今後の対応もあるし丸尾の意見を聞こうということになった。
「そうですね。
若園製作所さん次第だと思います。
徹底的に裁判で争っても今回の件はすでにオシベの方から和解を申し入れてきているだけに、勝てます。
けれど和解金もそれなりに提示されているだけに、受け入れてもいいかと」
「はぁ……」
それではやはりどちらにも決まらずに困るのだ。
結局、今日の話し合いでも結論は出なかった。
ピンポン、と休日、チャイムが鳴って開けた玄関には、侑岐が立ってた。
「ハロー、朋香」
「侑岐さん!?
帰国するなら連絡くれればよかったのに!」
「朋香を驚かせようと思って」
にやりと口角をつり上げて笑う侑岐はいつも通りで、ついつい笑ってしまう。
「朋香、いま暇よね?
ショッピングに付き合いなさいよ」
「えっ、……おとーさーん、ちょっと出かけてくるねー」
強引に引きずられていく先には真っ赤なフェラーリが見えて……いつぞやの恐怖がよみがえった。
相変わらずの急発進と急ブレーキを繰り返す運転にぐったり疲れて着いた先は一度、拉致されたアウトレットモールだった。
「朋香、これ着てみて」
「はーい」
前回と違い、怯えることもなく試着室に入って試着する。
外ではやはり、店員が侑岐に振り回されているようだ。
「朋香、開けるわよ。
……うん、なかなか似合ってる。
それにしても、少し痩せたんじゃないの?」
「そ、そうですか?」
自分ではわからないが、そうなのだろうか。
そういえば尚一郎の屋敷で日課だった、三時の高カロリーケーキはなくなったのでその分、痩せたのかもしれない。
「ウエスト、私の手が入っちゃうわ。
胸だって……」
「ちょっ、侑岐さん!」
やわやわと後ろから侑岐が胸をもみ、慌ててしまう。
赤くなった朋香に侑岐はにやりと笑うと手を離した。
「もう少し、肉を付けなさい?
じゃないと……なんでもないわ」
言いかけてやめ、困ったように笑う侑岐がなにを言いそうになったのかはすぐにわかり、苦笑いしてしまう。
「そうですね、侑岐さんに嫌われるのは嫌ですから」
「そうそう。
私は少しくらい、ぽっちゃりの方が好みよ?」
笑う侑岐に笑って返しながら、もうあの人は自分を抱きしめてくれないだと気づき、胸がずきんと痛んだ。
ある程度、買い物が済み、コーヒーショップで一息つく。
「言おうかどうしようか迷っていたけど。
やっぱり伝えておくわ」
「侑岐さん?」
少し声を潜めた侑岐に、尚一郎が自分を失望させるようなことを言っていたんじゃないかと、嫌な予感しかしない。
「朋香に弁護士を紹介してほしいって、頼んできたのは尚一郎なの」
「……そう、ですか」
ずずっ、啜った、クリームたっぷりの甘いドリンクがなぜか苦く感じた。
「朋香はやっぱり、尚一郎が嫌いになったわよね」
「それは……」
確かに一度は、裏切られたと絶望もした。
けれど落ち着いてから考えると、あの幸せそうな顔が、あの淋しそうな顔が、演技だとは思えない。
きっと尚一郎にはなにか事情があったのだと思いながらも、話してくれないことが淋しくて悲しかった。
「私は尚一郎さんを信じたい……です」
「よかった」
嬉しそうに侑岐が笑い、自分は尚一郎を信じていていいのだと自信が持てた。
帰りの車の中で、侑岐は昔の尚一郎の話をしてくれた。
「万理奈と別れてから、私が尚一郎の恋人のフリをしていた話はしたわよね」
「はい」
あのときは 誤魔化されてしまったがいまならわかる。
きっと、できるだけ人を遠ざけて、好きになられたくなかったから。
そうすることで被害者を増やしたくなったから。
「おかげで私はいま、メグと幸せに暮らしてる。
尚一郎もいい加減、万理奈を忘れて幸せになりなさい、って一度、言ってやったの」
「はい」
「そしたら尚一郎、
『僕には幸せになる権利がないんだよ』
って笑ってた」
どういう意味なのか気になった。
はじめから自分と結婚して、幸せになる気はなかったのだろうか。
「だから、朋香と結婚したって聞いたときは驚いたわ。
それに、あんなに幸せそうに笑う尚一郎は見たことがない。
絶対に別れないって意地を通す尚一郎が嬉しかったの」
「……」
侑岐に別れろと迫られたあのとき、尚一郎はどんな気持ちだったのだろう。
朋香に自分の気持ちを証明するために、朋香以外の人間とは絶対に結婚しない、朋香との結婚を認めてもらえるのなら相続の一切を放棄するとの書類まで作ってサインしたのだ。
――書類は尚恭預かりで有効にはなってないが。
「だから、尚一郎が幸せになる気になったんだって、喜んでたのに……」
「侑岐さん……」
悲しそうに侑岐が目を伏せ、朋香も俯いてぎゅっと手を握りしめた。
……尚一郎さんと会って、直接気持ちを確かめたい。
けれどもう、朋香にその権利はない。
食事をして帰ろうと、鉄板焼きのお店に連れて行ってくれた。
個室に案内されたとたん、朋香の足が止まる。
「お久しぶりです」
――そこで待っていたのは、尚一郎の秘書の犬飼だった。
「今日は朋香さんに頼みがあってきました」
食前酒にシャンパンを勧められたが断った。
なんとなく、そんな気がするから。
代わりにスパークリングウォーターを落ち着かずに口へ運ぶ。
朋香の方だって聞きたいことはたくさんあるのだ。
けれど、口にしていいのか悩む。
「朋香さんの怒りはもっともです。
尚一郎もあえて、弁明する気はないのだと思います。
でも、俺の話を聞いてください」
戸惑って侑岐の顔を見るが、静かにグラスを傾けるだけでなにも言わない。
一度、静かに深呼吸した朋香が促すように小さく頷くと、犬飼は話をはじめた。
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