【完結】契約書は婚姻届
第9話 婚約者ってなんですか?3
実家の前には、見慣れたベンツが停まっている。
先回りされることを予想してなかったわけではないが、むっとした。
タクシーを停めると同時にベンツから尚一郎が降りてくる。
どうしようか迷っているうちに、コンコンと窓ガラスを叩かれた。
「朋香。
僕が悪かったから。
降りてきて」
「……嫌です」
「とーもーかー」
はぁっ、とあきれたように小さくため息を落とされ、ますます意固地になった。
悪いのは尚一郎で自分ではないはずだ。
「お客さん、降りるんですか、降りないんですか」
迷惑そうなタクシードライバーになにも返すことができなくて黙っていると、尚一郎は運転席に回って窓を開けさせた。
「運賃はいくらかい?
僕が払うから」
告げられた運賃プラスアルファを渡し、尚一郎が領収書を受け取り、後部座席のドアが自動で開けられた。
「ほら。
朋香、降りておいで」
「……やだ」
はぁっ、と再びため息を落とした尚一郎は後部座席に乗り込み、無理矢理、朋香を引きずり降ろして肩の上に担いでしまう。
「やだ!
降ろして、降ろしてって!
絶対に帰らないんだから!」
手足をばたつかせて暴れてみたところで尚一郎は全く堪えてない。
犯罪を心配してか、心配そうに見ていたタクシードライバーと目が合い、尚一郎はぱちんとウィンクした。
「ちょっと妻と喧嘩中でね」
それだけでタクシードライバーは納得したのか、ばたんとドアを閉めて去って行ってしまった。
「降ろして!
帰らない!
もう離婚するんだから!」
「はいはい、帰ってからゆっくり話をしよう」
「なんの騒ぎだ?
え?
朋香と、……尚一郎君?」
とうとう、家の中から明夫が出てきた。
そりゃ、表でこれだけ騒いでいれば気付くだろう。
「お義父さん、お久しぶりです」
暴れる朋香を肩に担ぎ上げたまま、尚一郎はばつが悪そうに笑った。
……ここで騒いでいても近所迷惑だから、とりあえず中に入りなさい。
明夫にそう促されて家に入る。
茶の間でだらしない格好でテレビを観ていた洋太は、突然現れた朋香と尚一郎に慌てていた。
「メシは食ったのか」
「……」
ふて腐れて黙っている朋香に、明夫は苦笑いを浮かべた。
「寿司でも取るか」
「いえ、お義父さん、すぐにおいとましますので……!」
「腹が減ってるとまともな話もできないだろう?」
余裕たっぷりに笑う明夫に、尚一郎は浮かせた腰を元に戻した。
頼んだ寿司がくるまで、ずっと黙っていた。
明夫はなにも聞かないし、洋太はなにか言いたげにダイニングの椅子に座ってお茶をすすっている。
尚一郎もちらちらと朋香を窺うばかりでなにも言わない。
そのうち届いた寿司をもそもそと食べる。
支払いは尚一郎がすると言ったが、きっぱりと断られていた。
「それで。
離婚するとか言っていたが、なにがあった?」
お茶を飲んで一息つき、明夫が口を開いた。
「……尚一郎さんの婚約者が訪ねてきた」
「だから。
元、だって。
婚約は解消した」
尚一郎も否定しているし、信じたかった。
でも、あの侑岐の傲慢な態度に、反発したくなる。
「朋香。
尚一郎君の立場だったら、婚約者くらい過去にいたって、不思議じゃないだろう?」
諭すように言われて、明夫も尚一郎の味方なのだと悟った。
たまにゴルフやなんかに誘われ、お義父さん、お義父さんと本当の父親のように慕う尚一郎を、明夫もいまでは本当の息子のように可愛がっているのは知っている。
明夫だけじゃない。
あんなに反発していた洋太ですら最近は、尚にぃなどと呼んで兄のように慕っているくらいだ。
「わかってるよ、それくらい。
でも尚一郎さん、私と結婚したんだから関係ない、って言ってくれなかった……」
俯いて見える膝の上に、水滴がぽたぽた落ちてくる。
過去に婚約者や恋人が何人いようと関係ない。
ただ、尚一郎に、いまは自分だけだときっぱり言ってほしかった。
そうすれば、自分の立場が揺らぐことはなかったのだ。
「それに、すぐ追ってきてくれなかった。
私の心配してくれたのはロッテだけ」
「だからこうやって迎えに」
「私は侑岐さんなんて放って、すぐに追いかけてほしかったんです!」
泣く朋香に尚一郎はおろおろとしている。
ことの成り行きを見守っていた洋太は、つまらない夫婦喧嘩と判断したようで、さっさと自分の部屋に帰ってしまった。
「尚一郎君。
今日はとりあえず、帰ってくれないか」
「お騒がせして申し訳ありませんでした。
……帰ろう、朋香」
深々とあたまを下げ、朋香の手を取った尚一郎だったが、次の瞬間、固まってしまう。
「帰るのは君ひとりでだ」
「え?」
尚一郎も朋香も、思わずまじまじと明夫の顔を見ていた。
「確かに、朋香も子供っぽいヤキモチを妬いているんだと思う。
けれど、尚一郎君は朋香の立場をよく考えたのか?」
「それは……」
言いかけて、尚一郎はなにかに気付いたのか、はっとした顔をした。
明夫が静かに頷くとさっきまでとは違い、引き締まった表情で頷き返す。
「申し訳ありませんでした。
しばらく、朋香をお任せします。
よろしくお願いいたします」
尚一郎は深々と再びあたまを下げ、朋香の頬にふれようと出しかけた手をぐっと堪え、立ち上がった。
「十分反省してから迎えに来るから。
そのときは許してほしい」
「……」
朋香はふて腐れて俯いたまま、目すら合わせない。
そんな朋香を責めることもなく、尚一郎は若園家をあとにした。
先回りされることを予想してなかったわけではないが、むっとした。
タクシーを停めると同時にベンツから尚一郎が降りてくる。
どうしようか迷っているうちに、コンコンと窓ガラスを叩かれた。
「朋香。
僕が悪かったから。
降りてきて」
「……嫌です」
「とーもーかー」
はぁっ、とあきれたように小さくため息を落とされ、ますます意固地になった。
悪いのは尚一郎で自分ではないはずだ。
「お客さん、降りるんですか、降りないんですか」
迷惑そうなタクシードライバーになにも返すことができなくて黙っていると、尚一郎は運転席に回って窓を開けさせた。
「運賃はいくらかい?
僕が払うから」
告げられた運賃プラスアルファを渡し、尚一郎が領収書を受け取り、後部座席のドアが自動で開けられた。
「ほら。
朋香、降りておいで」
「……やだ」
はぁっ、と再びため息を落とした尚一郎は後部座席に乗り込み、無理矢理、朋香を引きずり降ろして肩の上に担いでしまう。
「やだ!
降ろして、降ろしてって!
絶対に帰らないんだから!」
手足をばたつかせて暴れてみたところで尚一郎は全く堪えてない。
犯罪を心配してか、心配そうに見ていたタクシードライバーと目が合い、尚一郎はぱちんとウィンクした。
「ちょっと妻と喧嘩中でね」
それだけでタクシードライバーは納得したのか、ばたんとドアを閉めて去って行ってしまった。
「降ろして!
帰らない!
もう離婚するんだから!」
「はいはい、帰ってからゆっくり話をしよう」
「なんの騒ぎだ?
え?
朋香と、……尚一郎君?」
とうとう、家の中から明夫が出てきた。
そりゃ、表でこれだけ騒いでいれば気付くだろう。
「お義父さん、お久しぶりです」
暴れる朋香を肩に担ぎ上げたまま、尚一郎はばつが悪そうに笑った。
……ここで騒いでいても近所迷惑だから、とりあえず中に入りなさい。
明夫にそう促されて家に入る。
茶の間でだらしない格好でテレビを観ていた洋太は、突然現れた朋香と尚一郎に慌てていた。
「メシは食ったのか」
「……」
ふて腐れて黙っている朋香に、明夫は苦笑いを浮かべた。
「寿司でも取るか」
「いえ、お義父さん、すぐにおいとましますので……!」
「腹が減ってるとまともな話もできないだろう?」
余裕たっぷりに笑う明夫に、尚一郎は浮かせた腰を元に戻した。
頼んだ寿司がくるまで、ずっと黙っていた。
明夫はなにも聞かないし、洋太はなにか言いたげにダイニングの椅子に座ってお茶をすすっている。
尚一郎もちらちらと朋香を窺うばかりでなにも言わない。
そのうち届いた寿司をもそもそと食べる。
支払いは尚一郎がすると言ったが、きっぱりと断られていた。
「それで。
離婚するとか言っていたが、なにがあった?」
お茶を飲んで一息つき、明夫が口を開いた。
「……尚一郎さんの婚約者が訪ねてきた」
「だから。
元、だって。
婚約は解消した」
尚一郎も否定しているし、信じたかった。
でも、あの侑岐の傲慢な態度に、反発したくなる。
「朋香。
尚一郎君の立場だったら、婚約者くらい過去にいたって、不思議じゃないだろう?」
諭すように言われて、明夫も尚一郎の味方なのだと悟った。
たまにゴルフやなんかに誘われ、お義父さん、お義父さんと本当の父親のように慕う尚一郎を、明夫もいまでは本当の息子のように可愛がっているのは知っている。
明夫だけじゃない。
あんなに反発していた洋太ですら最近は、尚にぃなどと呼んで兄のように慕っているくらいだ。
「わかってるよ、それくらい。
でも尚一郎さん、私と結婚したんだから関係ない、って言ってくれなかった……」
俯いて見える膝の上に、水滴がぽたぽた落ちてくる。
過去に婚約者や恋人が何人いようと関係ない。
ただ、尚一郎に、いまは自分だけだときっぱり言ってほしかった。
そうすれば、自分の立場が揺らぐことはなかったのだ。
「それに、すぐ追ってきてくれなかった。
私の心配してくれたのはロッテだけ」
「だからこうやって迎えに」
「私は侑岐さんなんて放って、すぐに追いかけてほしかったんです!」
泣く朋香に尚一郎はおろおろとしている。
ことの成り行きを見守っていた洋太は、つまらない夫婦喧嘩と判断したようで、さっさと自分の部屋に帰ってしまった。
「尚一郎君。
今日はとりあえず、帰ってくれないか」
「お騒がせして申し訳ありませんでした。
……帰ろう、朋香」
深々とあたまを下げ、朋香の手を取った尚一郎だったが、次の瞬間、固まってしまう。
「帰るのは君ひとりでだ」
「え?」
尚一郎も朋香も、思わずまじまじと明夫の顔を見ていた。
「確かに、朋香も子供っぽいヤキモチを妬いているんだと思う。
けれど、尚一郎君は朋香の立場をよく考えたのか?」
「それは……」
言いかけて、尚一郎はなにかに気付いたのか、はっとした顔をした。
明夫が静かに頷くとさっきまでとは違い、引き締まった表情で頷き返す。
「申し訳ありませんでした。
しばらく、朋香をお任せします。
よろしくお願いいたします」
尚一郎は深々と再びあたまを下げ、朋香の頬にふれようと出しかけた手をぐっと堪え、立ち上がった。
「十分反省してから迎えに来るから。
そのときは許してほしい」
「……」
朋香はふて腐れて俯いたまま、目すら合わせない。
そんな朋香を責めることもなく、尚一郎は若園家をあとにした。
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