【完結】契約書は婚姻届

霧内杳

第8話 焼き肉デート2

次の土曜、焼き肉を食べに行くことになり、ついでに映画を観ようと昼食後に連れ出された。

ちなみに、今日は高橋の運転でアウディ。
焼き肉だったら飲むだろうし、そうなると尚一郎の運転でも朋香の運転でも困る。


シネコンに連れてこられたまではよかったが……まさかの貸し切りだった。
いちいち、貸し切りにしないと気が済まないのだろうか。

……はぁーっ、と、もう、ため息しか出ない。

「朋香、ポップコーンは食べるかい?
飲み物は?」

劇場内ど真ん中の席に座った尚一郎とまだ突っ立ている朋香の前には、メニューを手にした係員。
買いに行くわけではなく、もちろん買ってきてもらう。

「……。
じゃあ、コーラで」

「わかった。
……コーラを二つと、ポップコーンを」

諦めて、尚一郎の隣に座る。

すぐにコーラとポップコーンを運んできた係員はしきりに、寒くないかだとか気を遣ってきてなんとなく居心地が悪い。
けれど、上映が始まるとさすがに係員も傍を離れた。
そっと行方を追ったら離れたところで控えていて、苦笑いしか出てこない。


観たい映画を聞かれて思わず、海賊シリーズものの最新作を答えていたが、これでよかったのか自信がない。

最初のうちは尚一郎にはつまらなかったんじゃないかとか気にしていたが、そのうちストーリーに引き込まれて笑ったり泣いたりしていた。


映画が終わり、近くのカフェに連れてきてくれた。
さすがに貸し切りではなかったが、やはり個室。

仕方ないといえば仕方ない気もする。

尚一郎が少し歩き回るだけで視線が集まった。

金髪でイケメン、今日は黒縁眼鏡とラフな格好でセレブオーラは抑えめとはいえ、やはり目立つ。

目を引くのは仕方ないが、物珍しそうにじろじろ見られるのにはむっとした。

「朋香、なにか怒ってるのかい?」

「……だって、みんな尚一郎さんを見てるから」

「自分以外の人間が、僕を見ているのが嫌かい?
そんなに嫉妬してくれるなんて嬉しいな」

「そうじゃなくて!」

怒っている朋香になぜか嬉しそうに尚一郎は微笑んでいる。

「やっぱり朋香は素敵な女性だね」

なにがやっぱりなのかわからない。
でも、素敵だとか言われてうっとりと頬を撫でられると恥ずかしくなってくる。

黙ってしまった朋香の手を取り、ちゅっとそのはまっている薬指の指環に口付けを尚一郎は落とした。

「わかってるよ、朋香がなにに怒ってるのか。
仕方ないと言えば仕方ないよね、だって僕は目立つから」

ぱちんと悪戯っぽくウィンクされるとなにも言えなくて、黙って紅茶のカップを口に運ぶ。

朋香が尚一郎の家のティータイムにがっかりしたのを知っているのか、今日は本格的なアフタヌーンティにしてくれた。

「あのときも朋香は怒ってて、それが嬉しかったんだよね」

「あのときって?」

いつの話だろう?

尚一郎の口振りからいって最近の話ではない気がする。
けれど、尚一郎に会ったのは、あの、尚一郎の会社ですれ違ったのがはじめてだと思う。

「んー、いまはまだ、内緒だよ。
……映画はどうだったかい?
ずいぶん楽しんでるように見えたけど」

急に話を変えて尚一郎が誤魔化してきた。
聞かれるとなにか困ることでもあるのだろうか。

「私は楽しかったですけど、……尚一郎さんはつまらなかったんじゃなかったのかなって」

「僕もあのシリーズは好きだからね。
もちろん、楽しんだよ。
それに」

「それに?」

朋香が首を傾げ、楽しそうに尚一郎がふふっと笑った。

「朋香が泣いたり笑ったりしている顔を間近でずっと見てられたからね」

嬉しそうな尚一郎に、一気に恥ずかしくなった。


夜になるまで買い物をしようと、二、三軒お店を回った。

どこの店でも奥の個室に通され、お茶と茶菓子付き。

なにも言わなくても尚一郎の欲しいものがわかっているのか、商品が運ばれてくる。
場所が自宅か店かの違いだけで、いつもと同じお買い物スタイル。

言われるがままに試着して、尚一郎があーでもないこうでもないと言ってるうちにはまだいいが、気がつくと好みのデザインにセミオーダー、などと決まっていていまだに冷や汗をかく。

「朋香は欲しいもの、ないのかい?
僕はもっと、おねだりしてほしいんだけど」

「え、えーっと……」

すでに今日、服や靴、アクセサリーをいくつお買い上げしたのかわからない。

だいたい、自分の感覚で多少贅沢、くらいのものならまだ遠慮なく買えるが、給料何ヶ月分!? なんてものは、無理。
いくら贅沢していいって言われても、無理。

「朋香のそういうところがreizend(可愛い)なんだけどね」

人前なのにちゅっ、ちゅっと何度も口付けを落とされて焦ってしまう。
どうにか引き剥がすと、尻尾ふりふりわんこモードで見ていて、苦笑いしかできない。

少し気持ちを落ち着けようと、淹れられていたアイスティを飲む。
グラスを置こうとして、視界の端に好みのサンダルが見えた。

「あのサンダル、いいですね」

「あれかい?」

あっという間にサンダルが目の前に置かれた。
足首をベルトでホールドするタイプのサンダル。
ヒールの高さもさほどなく、普段使いによさそう。

「履いて見るかい?」

「はい」

サイズが確認されて、白手袋の店員が履かせてくれる。
履いてみるとしっくり足に馴染んだ。
それに、今日の服に合っている気がする。

「気に入ったのかい?」

「はい」

「じゃあ、これも追加しよう」

……きっと、いつも私が買う靴より少し高いくらいのはず。

うきうきとそのまま履いて店を出た朋香だったが。
あとで自分の初任給とあまり変わらない値段だと知って衣装室の肥やしにしそうになった。
けれど尚一郎から、似合っていたからもっと履いて見せてとせがまれて、比較的気軽に履くようになる。

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