【完結】契約書は婚姻届
第6話 車と元彼と私4
それからも雪也とは週一くらいの間隔で会っていた。
雪也と会うのは、まるで大学時代に戻ったかのように楽しい。
会うことに慣れていくと、はじめのうち抱いていた尚一郎に対する罪悪感が薄れていった。
「朋香、車が来てから、よく出掛けてるね。
そんなにこの家は窮屈だったかい?」
いつも通りの、尚一郎の膝の上、不安そうにレンズの向こうから碧い瞳が見つめている。
「あっ、……多少は」
確かに、はじめのうちは窮屈だった。
暇だし。
けれど、最近は朋香の意見を聞いていろいろ改善してくれ、以前ほどではない。
むしろ、尚一郎に飼われることを素直に認めてしまえば、快適と言えるくらい。
「ごめんね。
もっと早く、気づけばよかった。
義実家の方はどうだったかい?
行ったんだろう?」
「……父も弟も、元気、デシタ」
「それはよかった」
にっこりと笑った尚一郎にずきんと胸が痛んだ。
……嘘をついてしまった。
実家にはまだ、一度も帰ったことがない。
ほぼ毎回、雪也と会っている。
悪いことをしてるわけではないと思っていても、実家に帰らずに男とふたりで会っているなど、言いにくかった。
「今度、食事に誘ってはどうだろう?
ああ、でも僕は洋太くんに嫌われているから、来てくれないだろうか」
「……言っておきますね」
「朋香?
どうしたんだい、元気がないみたいだけど」
両手で朋香の顔を挟んだ尚一郎がじっと見つめてくる。
その碧い瞳はまるで、心の奥底まで見透かしているようで、思わず視線を逸らしてしまった。
「なんでもないですよ」
「そう?」
自分のことで一杯一杯だった朋香は、尚一郎が意味深に笑ったことを知らない。
その水曜も雪也と会っていた。
今日はたまには歌いたいという朋香の希望でカラオケ。
「やっぱりカラオケはいいねー。
……雪也?」
「あ、うん。
相変わらず朋香は上手いな」
朋香の声に、慌てて返事をすると雪也は笑った。
雪也が思い詰めたような顔をしていた気がしたが、気のせいだろうか。
「……俺さ。
朋香と別れたつもり、ないんだけど」
「え?」
突然の告白に思わず、聞き返してしまう。
朋香にとって、雪也との関係は終わっていたから。
「だって、ちゃんと別れようとかそんな話、してないだろ?」
「それはそうだけど……」
マイクを置いてテーブルの上に視線を落とす。
なんとなく連絡が途絶えてしまってから一度も、雪也からなんの音沙汰もなかった。
なのにそんなことを言われても。
「俺の中では朋香とは終わってない。
いまでも朋香が好きだ」
ソファーの上で重ねられた手。
じっと朋香を見つめる瞳。
いたたまれなくなってすいっと視線を逸らしてしまう。
「朋香だってさ、押部社長のこと、好きじゃないんだろ?
聞きづらかったから黙ってたけど、お父さんの工場と引き替えに無理矢理結婚させられたって聞いてる」
「……」
どうして雪也がそのことを知っているのだろう。
工場の人間以外に、尚一郎と結婚した理由は話してない。
もしかして、大企業グループ押部の御曹司の話だから、噂になってるんだろうか。
そうだとしてもおかしくないが。
「苦労してるんじゃないか。
それでなくても生活水準が違いすぎる上に、押部社長は異常に朋香を束縛してるみたいだから」
「それは……」
確かに、生活があまりにがらりと変わりすぎて戸惑った。
さらには祖父母はいけ好かない人間だ。
そして尚一郎からどうしてこんなに束縛されるほど、溺愛されているのか理解できない。
「俺なら朋香を苦労させたりしない。
押部社長ほどじゃないが、普通よりは裕福な暮らしだって約束できる。
……俺と、やり直さないか」
真剣に見つめる雪也の瞳に、ごくりとのどが鳴った。
テーブルの上に手を滑らせ、指先に当たったグラスを掴んで渇いたのどに、炭酸の抜けたぬるいコーラを流し込む。
「……返事は出来ない。
わかるでしょ」
精一杯絞り出した声は震えていて、心が揺れていることは隠しきれなかった。
「でもそれって、まだ俺に可能性はあるってことだよな。
真剣に検討してくれよ」
傾きながら近付いてくる雪也の顔を間抜けにもじっと見ていた。
ちゅっ、ふれた唇に目を閉じる。
唇をこじ開けられ、自然に雪也を迎え入れていた。
……これは浮気だ。
自覚するとあたまの芯がすーっと冷えていく。
久しぶりにする深いキスは、ただの形式のようになにも感じない。
「なあ、このまま……」
耳元で囁かれた雪也の言葉に、朋香は。
雪也と会うのは、まるで大学時代に戻ったかのように楽しい。
会うことに慣れていくと、はじめのうち抱いていた尚一郎に対する罪悪感が薄れていった。
「朋香、車が来てから、よく出掛けてるね。
そんなにこの家は窮屈だったかい?」
いつも通りの、尚一郎の膝の上、不安そうにレンズの向こうから碧い瞳が見つめている。
「あっ、……多少は」
確かに、はじめのうちは窮屈だった。
暇だし。
けれど、最近は朋香の意見を聞いていろいろ改善してくれ、以前ほどではない。
むしろ、尚一郎に飼われることを素直に認めてしまえば、快適と言えるくらい。
「ごめんね。
もっと早く、気づけばよかった。
義実家の方はどうだったかい?
行ったんだろう?」
「……父も弟も、元気、デシタ」
「それはよかった」
にっこりと笑った尚一郎にずきんと胸が痛んだ。
……嘘をついてしまった。
実家にはまだ、一度も帰ったことがない。
ほぼ毎回、雪也と会っている。
悪いことをしてるわけではないと思っていても、実家に帰らずに男とふたりで会っているなど、言いにくかった。
「今度、食事に誘ってはどうだろう?
ああ、でも僕は洋太くんに嫌われているから、来てくれないだろうか」
「……言っておきますね」
「朋香?
どうしたんだい、元気がないみたいだけど」
両手で朋香の顔を挟んだ尚一郎がじっと見つめてくる。
その碧い瞳はまるで、心の奥底まで見透かしているようで、思わず視線を逸らしてしまった。
「なんでもないですよ」
「そう?」
自分のことで一杯一杯だった朋香は、尚一郎が意味深に笑ったことを知らない。
その水曜も雪也と会っていた。
今日はたまには歌いたいという朋香の希望でカラオケ。
「やっぱりカラオケはいいねー。
……雪也?」
「あ、うん。
相変わらず朋香は上手いな」
朋香の声に、慌てて返事をすると雪也は笑った。
雪也が思い詰めたような顔をしていた気がしたが、気のせいだろうか。
「……俺さ。
朋香と別れたつもり、ないんだけど」
「え?」
突然の告白に思わず、聞き返してしまう。
朋香にとって、雪也との関係は終わっていたから。
「だって、ちゃんと別れようとかそんな話、してないだろ?」
「それはそうだけど……」
マイクを置いてテーブルの上に視線を落とす。
なんとなく連絡が途絶えてしまってから一度も、雪也からなんの音沙汰もなかった。
なのにそんなことを言われても。
「俺の中では朋香とは終わってない。
いまでも朋香が好きだ」
ソファーの上で重ねられた手。
じっと朋香を見つめる瞳。
いたたまれなくなってすいっと視線を逸らしてしまう。
「朋香だってさ、押部社長のこと、好きじゃないんだろ?
聞きづらかったから黙ってたけど、お父さんの工場と引き替えに無理矢理結婚させられたって聞いてる」
「……」
どうして雪也がそのことを知っているのだろう。
工場の人間以外に、尚一郎と結婚した理由は話してない。
もしかして、大企業グループ押部の御曹司の話だから、噂になってるんだろうか。
そうだとしてもおかしくないが。
「苦労してるんじゃないか。
それでなくても生活水準が違いすぎる上に、押部社長は異常に朋香を束縛してるみたいだから」
「それは……」
確かに、生活があまりにがらりと変わりすぎて戸惑った。
さらには祖父母はいけ好かない人間だ。
そして尚一郎からどうしてこんなに束縛されるほど、溺愛されているのか理解できない。
「俺なら朋香を苦労させたりしない。
押部社長ほどじゃないが、普通よりは裕福な暮らしだって約束できる。
……俺と、やり直さないか」
真剣に見つめる雪也の瞳に、ごくりとのどが鳴った。
テーブルの上に手を滑らせ、指先に当たったグラスを掴んで渇いたのどに、炭酸の抜けたぬるいコーラを流し込む。
「……返事は出来ない。
わかるでしょ」
精一杯絞り出した声は震えていて、心が揺れていることは隠しきれなかった。
「でもそれって、まだ俺に可能性はあるってことだよな。
真剣に検討してくれよ」
傾きながら近付いてくる雪也の顔を間抜けにもじっと見ていた。
ちゅっ、ふれた唇に目を閉じる。
唇をこじ開けられ、自然に雪也を迎え入れていた。
……これは浮気だ。
自覚するとあたまの芯がすーっと冷えていく。
久しぶりにする深いキスは、ただの形式のようになにも感じない。
「なあ、このまま……」
耳元で囁かれた雪也の言葉に、朋香は。
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