【完結】契約書は婚姻届
第4話 義実家って面倒臭い3
高橋に高速に乗るように指示を出すと、尚一郎はどこかに電話をかけはじめた。
話している感じからきっと、相手は秘書の犬飼だろう。
車はすぐにサービスエリアに停まった。
「ん?
どうかしたかい?」
先に降りた尚一郎が、一瞬降りるのを躊躇した朋香に不思議そうな顔をした。
「あの、尚一郎さんがこういう所を利用するなんて、意外だなって」
「そうかい?」
頷くと、尚一郎はくつくつとおかしそうに笑っている。
「僕だってサービスエリアくらい利用するよ。
ひとりで取引先を回っていた頃はコンビニだって利用してたし」
「……そうなんですね」
尚一郎とコンビニの組み合わせが想像できない。
缶コーヒーを飲む尚一郎を思い浮かべると似合わなさすぎて、思わず笑いそうになって顔を引き締めた。
土曜とあって人が多い。
金髪というだけでも目立つのに、長身でイケメン、さらにはスーツでセレブオーラが隠せるどころか拡散されている尚一郎に視線が集まった。
……なんでみんな、あんなに見ているんだろう。
尚一郎さんは動物園のパンダじゃないって。
物珍しそうな視線に腹が立つ。
けれど当の尚一郎は涼しい顔で、全然気にしている様子はない。
飲み物とベーカリーでサンドイッチを買ってくれた。
予定外の遠出なのでなにも準備していなかったということと。
「結局、お昼はまともに食べられなかったからね。
お腹が空いただろ?」
「えっ、いや、」
……ぐぅーっ、と返事をするかのように朋香のお腹が鳴って、顔から火が出る思いがした。
戻ると、高橋はなにも聞かずに車を出した。
すでに、犬飼と行き先の打ち合わせをしているらしい。
サービスエリアに寄ったのは、その目的もあったようだ。
あーんと尚一郎から差し出されるサンドイッチを拒否したのもの、認めてもらえず仕方なく囓り付く。
さっきから尚一郎は無理にはしゃいでいるように見えた。
有名温泉地の街を抜け、車は山の中に入っていく。
細い道がくねくねと曲がりくねった先、そこには翠に沈む、旅館が建っていた。
「今日、泊まるのはここ」
車は正面玄関ではなく、裏に回っていく。
停まったのは小さな平屋の、建物の前。
「離れ、貸し切りにしてもらったから。
シーズンオフでよかったよ」
にっこりと笑った尚一郎に軽く目眩がした。
先に風呂に入ってくるといいよ、と言われたものの。
「お風呂は部屋にも付いてるし、大浴場を貸し切ってもいいけど、どうする?」
「……部屋のお風呂で十分です」
「そう?」
まず、離れを貸し切りっていうのが理解できない。
隣接して建っている離れ四棟、それを全部貸し切りにしたのだというが、……そんな必要、あるんだろうか。
さらには本館の大浴場貸し切りとか。
尚一郎の常識と自分の常識が違いすぎて困る。
「じゃあ、一緒に……」
「入りませんから!」
尚一郎が言い終わらないうちに、かぶせるように全力で否定した。
「えー、ダメかい?」
「ダメに決まってるでしょう!?」
「えー」
子供のように口を尖らせてふて腐れる尚一郎に、朋香は頭痛しか覚えかなかった。
風呂は露天になっていた。
翠の向こうは川になっており、せせらぎが聞こえる。
あっという間に朋香は上機嫌になり、どうして今日、ここにきたのかなんて忘れていた。
上がると、浴衣が準備されていた。
いわゆる温泉浴衣ではなく、鉄仙柄のきちんとした浴衣。
「べ、別に懐柔されたわけじゃなんだからね」
それに、もう今日は、仕方がなかったとはいえ尚一郎から買い与えられた服を着たわけだし、これ以上は無駄な抵抗な気がする。
言い訳をしながらも顔が緩んでいた朋香だが、……その浴衣が職人による手染めで、会社勤めの頃の、朋香の給料ひと月分で買えないことを知らない。
部屋に戻るとすでに、尚一郎は浴衣になっていた。
別の離れで風呂をすませてきたようだ。
「よく似合ってる」
尚一郎の、眼鏡の奥の目がまぶしそうに細くなり、頬が熱くなった気がした。
でも、これはきっと、お風呂上がりでのぼせているからで。
冷蔵庫から出した冷たい水を飲みながら、朋香はどきどきと速い心臓の鼓動を落ち着けた。
話している感じからきっと、相手は秘書の犬飼だろう。
車はすぐにサービスエリアに停まった。
「ん?
どうかしたかい?」
先に降りた尚一郎が、一瞬降りるのを躊躇した朋香に不思議そうな顔をした。
「あの、尚一郎さんがこういう所を利用するなんて、意外だなって」
「そうかい?」
頷くと、尚一郎はくつくつとおかしそうに笑っている。
「僕だってサービスエリアくらい利用するよ。
ひとりで取引先を回っていた頃はコンビニだって利用してたし」
「……そうなんですね」
尚一郎とコンビニの組み合わせが想像できない。
缶コーヒーを飲む尚一郎を思い浮かべると似合わなさすぎて、思わず笑いそうになって顔を引き締めた。
土曜とあって人が多い。
金髪というだけでも目立つのに、長身でイケメン、さらにはスーツでセレブオーラが隠せるどころか拡散されている尚一郎に視線が集まった。
……なんでみんな、あんなに見ているんだろう。
尚一郎さんは動物園のパンダじゃないって。
物珍しそうな視線に腹が立つ。
けれど当の尚一郎は涼しい顔で、全然気にしている様子はない。
飲み物とベーカリーでサンドイッチを買ってくれた。
予定外の遠出なのでなにも準備していなかったということと。
「結局、お昼はまともに食べられなかったからね。
お腹が空いただろ?」
「えっ、いや、」
……ぐぅーっ、と返事をするかのように朋香のお腹が鳴って、顔から火が出る思いがした。
戻ると、高橋はなにも聞かずに車を出した。
すでに、犬飼と行き先の打ち合わせをしているらしい。
サービスエリアに寄ったのは、その目的もあったようだ。
あーんと尚一郎から差し出されるサンドイッチを拒否したのもの、認めてもらえず仕方なく囓り付く。
さっきから尚一郎は無理にはしゃいでいるように見えた。
有名温泉地の街を抜け、車は山の中に入っていく。
細い道がくねくねと曲がりくねった先、そこには翠に沈む、旅館が建っていた。
「今日、泊まるのはここ」
車は正面玄関ではなく、裏に回っていく。
停まったのは小さな平屋の、建物の前。
「離れ、貸し切りにしてもらったから。
シーズンオフでよかったよ」
にっこりと笑った尚一郎に軽く目眩がした。
先に風呂に入ってくるといいよ、と言われたものの。
「お風呂は部屋にも付いてるし、大浴場を貸し切ってもいいけど、どうする?」
「……部屋のお風呂で十分です」
「そう?」
まず、離れを貸し切りっていうのが理解できない。
隣接して建っている離れ四棟、それを全部貸し切りにしたのだというが、……そんな必要、あるんだろうか。
さらには本館の大浴場貸し切りとか。
尚一郎の常識と自分の常識が違いすぎて困る。
「じゃあ、一緒に……」
「入りませんから!」
尚一郎が言い終わらないうちに、かぶせるように全力で否定した。
「えー、ダメかい?」
「ダメに決まってるでしょう!?」
「えー」
子供のように口を尖らせてふて腐れる尚一郎に、朋香は頭痛しか覚えかなかった。
風呂は露天になっていた。
翠の向こうは川になっており、せせらぎが聞こえる。
あっという間に朋香は上機嫌になり、どうして今日、ここにきたのかなんて忘れていた。
上がると、浴衣が準備されていた。
いわゆる温泉浴衣ではなく、鉄仙柄のきちんとした浴衣。
「べ、別に懐柔されたわけじゃなんだからね」
それに、もう今日は、仕方がなかったとはいえ尚一郎から買い与えられた服を着たわけだし、これ以上は無駄な抵抗な気がする。
言い訳をしながらも顔が緩んでいた朋香だが、……その浴衣が職人による手染めで、会社勤めの頃の、朋香の給料ひと月分で買えないことを知らない。
部屋に戻るとすでに、尚一郎は浴衣になっていた。
別の離れで風呂をすませてきたようだ。
「よく似合ってる」
尚一郎の、眼鏡の奥の目がまぶしそうに細くなり、頬が熱くなった気がした。
でも、これはきっと、お風呂上がりでのぼせているからで。
冷蔵庫から出した冷たい水を飲みながら、朋香はどきどきと速い心臓の鼓動を落ち着けた。
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