【完結】契約書は婚姻届
第4話 義実家って面倒臭い1
……暇だ。
バレないようにあくびを噛み殺し、落ちないように尚一郎に抱きつく。
相変わらずの尚一郎の膝の上、朋香はこれは仕事だと最近割り切っていた。
夕食の後は必ず、リビングで尚一郎は朋香を膝の上に座らせる。
そしてそのまま、たいていタブレットを見ている。
なにをしているのか気になってそっと覗いてみたが、どうも株価の情報を見ているらしい。
朋香が覗いていることに気付くと、ふれるだけのキスをしてくる。
何度も、何度も。
はじめは下ろせと暴れていたが、絶対に下ろしてもらえない上に尚一郎は堪えていないようなので無駄なことはやめた。
さらには結局、これは仕事だと割り切ることにした。
仕事ならば、仕方ないと思える。
「朋香?
眠いのかい?」
「えっ、あっ、……いいえ」
くすりと笑われて恥ずかしくなる。
昨日は眠気に耐えかねて尚一郎にしがみついたまま眠ってしまい、目が覚めたら自分のベッドだった。
どうも、尚一郎が運んでくれたらしい。
今朝、それでなくても気まずいのに、くすりと笑われて死ぬほど恥ずかしかった。
あんな思いは二度とごめんだ。
「もう終わるからちょっと待ってて」
ちゅっ、額にふれる唇。
尚一郎は無駄にキスをしたがる。
これも一週間ほどがたったいまではだいぶ慣れたが、たまにドイツ人ハーフじゃなくてイタリア人ハーフじゃないのかって疑いたくなった。
「はい、おしまい。
淋しかったのかい、Mein Schatz」
いくら、仕事と割り切ったり慣れてきたりしても、あたまを撫でられ頬に口付けされるのは、子供扱いされている気がして腹が立つ。
しかも、むっとすればするほど尚一郎は喜んでいるようで、さらに腹が立った。
「今日も朋香の話を聞かせて。
朋香はどんな子供だったのかな」
するり、尚一郎の手が頬を撫で、眼鏡の奥の目がうっとりと細くなる。
なにが楽しいのか知らないが、毎日、尚一郎は朋香のことを聞きたがった。
……自身のことは、なにも話さないのに。
「朋香、今日は後で業者の人たちが来るから」
「……?」
土曜日、朝食中になにを言われたのかわからなくて、もぐもぐと噛んでいたパンを飲み込んで首を傾げてしまう。
最初のうちこそ戸惑ったドイツ式の朝食だったが、すぐに慣れた。
ライ麦パンは朋香にあったらしく、いまではお気に入りだ。
それに一番問題のゆで卵は、エッグオープナーを準備してくれたおかげで簡単に解決したのもある。
「業者ってなんのですか?」
どこか、リフォームでもするのだろうか。
朋香がここで暮らすにあたって、一日であの部屋をリフォームして家具を揃えたと知ったときは、目眩がしたものだ。
「仕立屋とか宝石商とか。
朋香は僕の選んだ服が、気に入らないみたいだからね」
「……」
にっこりと笑われて、手にしていたパンを置いてしまった。
……怒っている。
怒っている、よね。
衣装部屋の、尚一郎が準備した服にはなにひとつ手をつけていない。
それに手をつけるのは尚一郎に〝買われた〟ことを認めるようで、朋香の小さな抵抗だった。
「買っていただいても私は着る気がないので」
「僕は朋香を可愛がりたいだけなんだけど、……ダメかい?」
……うっ。
上目遣いで、怒られたときのロッテと同じ顔で見られ、さすがに言葉に詰まる。
「……き、気に入ったのがあれば」
「よかった」
ぱっと顔を輝かせ、尚一郎はうきうきと残りのパンを食べはじめた。
わんこモードの尚一郎はたちが悪くて困る。
朝食が終わるとリビングに移動し、膝の上にのせられて一方的に尚一郎からいちゃいちゃされていたら、無表情に野々村がやってきた。
どんな表情をしてこられてもそれはそれで気まずいのだが、無表情なのは怖い。
「本邸から使いでございます。
今日の昼食、一緒にせよとのことです」
「Was!?」
尚一郎が勢いよく立ち上がりそうになり、膝の上の朋香は慌ててしがみついた。
それでようやく、朋香をのせたままだったことを思い出したのか、尚一郎はソファーに座り直す。
「このまま呼び出しがなければいいと思ってたけど、そう簡単にはいかないか」
なにが起こっているのかわからなくてきょとんとしている朋香の額に口付けし、尚一郎は朋香を膝の上から下ろした。
「野々村、すぐにスタイリストを呼んで。
……朋香、おいで」
尚一郎に手を引っ張られてきたのは自分の部屋。
入るなり、バスルームに押し込まれた。
「悪いんだけど、あたまのてっぺんからつま先まで、ぴかぴかに磨いてくれるかい?
許可してくれるんなら、僕がやるけど」
「自分でできます!」
ニヤリと笑った尚一郎にバスタオルを投げつけると、閉まったドアに当たって落ちた。
全く意味のわからないまま、シャワーを出して言われたとおりに身体を磨く。
……本邸からの使いって言っていたよね?
それって家族がお昼を一緒に食べようって言っているのと違うの?
なんであんなに、慌てている上に嫌そうなんだろう。
バスルームを出たら、部屋に尚一郎の姿はなかった。
開いている衣装部屋から声がするので覗くと、尚一郎ともうひとり、たぶん、スタイリストの女性が服を出したりしまったりを繰り返していた。
「朋香、もう決まるからちょっと待ってね。
……ああもう、なんで僕は、着物を作っておかなかったんだろうね!」
どうして尚一郎があんなに必死なのかわからない。
……いや、たがだか家族との食事に着物が必要だなんて、理解できないんですが。
セレブってそれが普通なの?
これを着て、差し出された服に躊躇したが、真剣な尚一郎に自分には拒否権はない気がして、小さなこだわりは捨ててそれを着る。
着替えているあいだに、尚一郎は後をスタイリストに託して部屋を出ていった。
されるがままに化粧を施され髪を結われ、鏡を見ると上流階級の若奥様ができあがっていた。
「馬子にも衣装ってこれを言うんだよね……」
自虐的に笑っていると、コンコンコンとノックの音がして飛び上がった。
「準備できたかい?
……うん、朋香によく似合ってる。
これなら文句ないだろう」
いつの間にか尚一郎はスーツに着替えている。
それにしても、……文句がないって?
なんか、面倒そうだな。
本邸に行く前から、朋香はうんざりしていた。
バレないようにあくびを噛み殺し、落ちないように尚一郎に抱きつく。
相変わらずの尚一郎の膝の上、朋香はこれは仕事だと最近割り切っていた。
夕食の後は必ず、リビングで尚一郎は朋香を膝の上に座らせる。
そしてそのまま、たいていタブレットを見ている。
なにをしているのか気になってそっと覗いてみたが、どうも株価の情報を見ているらしい。
朋香が覗いていることに気付くと、ふれるだけのキスをしてくる。
何度も、何度も。
はじめは下ろせと暴れていたが、絶対に下ろしてもらえない上に尚一郎は堪えていないようなので無駄なことはやめた。
さらには結局、これは仕事だと割り切ることにした。
仕事ならば、仕方ないと思える。
「朋香?
眠いのかい?」
「えっ、あっ、……いいえ」
くすりと笑われて恥ずかしくなる。
昨日は眠気に耐えかねて尚一郎にしがみついたまま眠ってしまい、目が覚めたら自分のベッドだった。
どうも、尚一郎が運んでくれたらしい。
今朝、それでなくても気まずいのに、くすりと笑われて死ぬほど恥ずかしかった。
あんな思いは二度とごめんだ。
「もう終わるからちょっと待ってて」
ちゅっ、額にふれる唇。
尚一郎は無駄にキスをしたがる。
これも一週間ほどがたったいまではだいぶ慣れたが、たまにドイツ人ハーフじゃなくてイタリア人ハーフじゃないのかって疑いたくなった。
「はい、おしまい。
淋しかったのかい、Mein Schatz」
いくら、仕事と割り切ったり慣れてきたりしても、あたまを撫でられ頬に口付けされるのは、子供扱いされている気がして腹が立つ。
しかも、むっとすればするほど尚一郎は喜んでいるようで、さらに腹が立った。
「今日も朋香の話を聞かせて。
朋香はどんな子供だったのかな」
するり、尚一郎の手が頬を撫で、眼鏡の奥の目がうっとりと細くなる。
なにが楽しいのか知らないが、毎日、尚一郎は朋香のことを聞きたがった。
……自身のことは、なにも話さないのに。
「朋香、今日は後で業者の人たちが来るから」
「……?」
土曜日、朝食中になにを言われたのかわからなくて、もぐもぐと噛んでいたパンを飲み込んで首を傾げてしまう。
最初のうちこそ戸惑ったドイツ式の朝食だったが、すぐに慣れた。
ライ麦パンは朋香にあったらしく、いまではお気に入りだ。
それに一番問題のゆで卵は、エッグオープナーを準備してくれたおかげで簡単に解決したのもある。
「業者ってなんのですか?」
どこか、リフォームでもするのだろうか。
朋香がここで暮らすにあたって、一日であの部屋をリフォームして家具を揃えたと知ったときは、目眩がしたものだ。
「仕立屋とか宝石商とか。
朋香は僕の選んだ服が、気に入らないみたいだからね」
「……」
にっこりと笑われて、手にしていたパンを置いてしまった。
……怒っている。
怒っている、よね。
衣装部屋の、尚一郎が準備した服にはなにひとつ手をつけていない。
それに手をつけるのは尚一郎に〝買われた〟ことを認めるようで、朋香の小さな抵抗だった。
「買っていただいても私は着る気がないので」
「僕は朋香を可愛がりたいだけなんだけど、……ダメかい?」
……うっ。
上目遣いで、怒られたときのロッテと同じ顔で見られ、さすがに言葉に詰まる。
「……き、気に入ったのがあれば」
「よかった」
ぱっと顔を輝かせ、尚一郎はうきうきと残りのパンを食べはじめた。
わんこモードの尚一郎はたちが悪くて困る。
朝食が終わるとリビングに移動し、膝の上にのせられて一方的に尚一郎からいちゃいちゃされていたら、無表情に野々村がやってきた。
どんな表情をしてこられてもそれはそれで気まずいのだが、無表情なのは怖い。
「本邸から使いでございます。
今日の昼食、一緒にせよとのことです」
「Was!?」
尚一郎が勢いよく立ち上がりそうになり、膝の上の朋香は慌ててしがみついた。
それでようやく、朋香をのせたままだったことを思い出したのか、尚一郎はソファーに座り直す。
「このまま呼び出しがなければいいと思ってたけど、そう簡単にはいかないか」
なにが起こっているのかわからなくてきょとんとしている朋香の額に口付けし、尚一郎は朋香を膝の上から下ろした。
「野々村、すぐにスタイリストを呼んで。
……朋香、おいで」
尚一郎に手を引っ張られてきたのは自分の部屋。
入るなり、バスルームに押し込まれた。
「悪いんだけど、あたまのてっぺんからつま先まで、ぴかぴかに磨いてくれるかい?
許可してくれるんなら、僕がやるけど」
「自分でできます!」
ニヤリと笑った尚一郎にバスタオルを投げつけると、閉まったドアに当たって落ちた。
全く意味のわからないまま、シャワーを出して言われたとおりに身体を磨く。
……本邸からの使いって言っていたよね?
それって家族がお昼を一緒に食べようって言っているのと違うの?
なんであんなに、慌てている上に嫌そうなんだろう。
バスルームを出たら、部屋に尚一郎の姿はなかった。
開いている衣装部屋から声がするので覗くと、尚一郎ともうひとり、たぶん、スタイリストの女性が服を出したりしまったりを繰り返していた。
「朋香、もう決まるからちょっと待ってね。
……ああもう、なんで僕は、着物を作っておかなかったんだろうね!」
どうして尚一郎があんなに必死なのかわからない。
……いや、たがだか家族との食事に着物が必要だなんて、理解できないんですが。
セレブってそれが普通なの?
これを着て、差し出された服に躊躇したが、真剣な尚一郎に自分には拒否権はない気がして、小さなこだわりは捨ててそれを着る。
着替えているあいだに、尚一郎は後をスタイリストに託して部屋を出ていった。
されるがままに化粧を施され髪を結われ、鏡を見ると上流階級の若奥様ができあがっていた。
「馬子にも衣装ってこれを言うんだよね……」
自虐的に笑っていると、コンコンコンとノックの音がして飛び上がった。
「準備できたかい?
……うん、朋香によく似合ってる。
これなら文句ないだろう」
いつの間にか尚一郎はスーツに着替えている。
それにしても、……文句がないって?
なんか、面倒そうだな。
本邸に行く前から、朋香はうんざりしていた。
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