異世界を危機回避で生きていく。

白鷺(シラサギ)

本気

「大蛇〈ヨルムンガンド〉。」

S級冒険者はその怪物を知っている。

「超越種?」

「はい。ムツキさんもヨルムンガンドという怪物を知っていますね?」

「ああ。雷神トールと相討ちになった毒蛇だろ?」

「その通りです。」

シリウスはその後こう語った。

ヨルムンガンドは猛毒を吐く、体長約4万キロメートルの蛇です。勿論、神話の生物ですので、地上に顕現する際の大きさは伝説とは異なり、体長は10キロメートル程です。
この世界でヨルムンガンドは、同じく地上に顕現した雷神トールによって倒され、大海へ沈みました。ヨルムンガンドの死亡は確認され、同じく雷神トールも伝説通り、猛毒におかされ死亡しました。
そうヨルムンガンドは死んだのです。
ですがその怪物は、

「今僕たちの目の前にいると。」

「はい。その通りです。」

ヨルムンガンドは神ですら相討ちで倒すしかない敵。

「人間が勝てるのか?」

ムツキは人類の滅亡は近づいていると確信した。

「へぇ。でかいですね。」

「ソウジは超越種初めてか。」

「はい。ですが、俺の剣が通じない相手じゃない。」

「アーサラ。この討伐ソウジに任せてくれないか?」

「何を言っている。コウドウ殿ならまだしも、まだ経験の浅いオキタ殿に一騎討ちをさせるなど!」

「ラスレイト。黙りなさい。」

「いいんだな。」

「ソウジ。本気でやる事だ。死ぬぞ。」

「わかってますよ。」

ソウジが走り始め青い羽織を靡く。

「(速い!?)」

ソウジの動きにS級冒険者は驚く。

ソウジの速度は他のS級を超える速さだ。

そして、ソウジはヨルムンガンドに近づくと、跳躍、1キロメートルほど高さに位置する顔に飛び乗り、

「さて、どこまで通用するかな。」

ソウジは刀を抜刀し剣先で顔の中央を突いた。

「案外軽いなぁ。」

ヨルムンガンドの顔はその強力な突きで地中にある体と共に、後方へ吹き飛ぶ。

「顔を潰すつもりで突いたんだけど。」

その猛攻を見上げながらイサミは言う。

「今のを真似れる奴はこの中にいるか?」

一同、黙り込む。

今、ソウジがやってのけた御技。その場の誰もが見えなかった、ほぼ同時。いや、同時に行われた三度の突き。

「ソウジがあの技を使う時に言っていた言葉だ。」

イサミは数秒目瞑り、その言葉を思い出すように言う。

「ただ3回突いただけ。と。」

一同、固唾を飲む。

1年前にA級から昇格したソウジ=オキタ。彼は十分過ぎるほどの化け物であった。

「12回目。鱗が硬いなぁ。まだ貫通しないよ。」

12回目。つまり、36回突いた。しかし、ヨルムンガンドに傷一つ付かない。

「体も温まってきたし。そろそろ本気ガチで行きますか。なぁ〈則宗ノリムネ〉。」

ソウジの愛刀。妖刀〈則宗〉。四力の1つ妖力を纏う刀。

「新撰組一番隊組長。沖田総司。参る!」

総司は東語でそう名乗ると、ヨルムンガンドの頭の上で則宗を構えた。

「何語だ?」

「東語だ。」

「成る程。君達は東国アズマノクニの出身だったな。」

アーサラの質問にイサミは静かに答えた。

「これは耐えれるかい?」

則宗の刃に刀身に宿った妖力と、総司自身の妖力が纏う。

と、同時にヨルムンガンドの頭が地面に叩きつけられる。

「ん?少し傷をつけられたか。」

総司は則宗に付いた血を飛ばしてそう言う。

「まだ、ただ突いてるだけだよ。」

総司は空中で無邪気に笑いながら、倒れるヨルムンガンドの頭に着地する。

「そろそろ、俺の技が通用するか試そうか。」

総司は先程とは違い、則宗だけでなく自身も妖力を纏う。

次の瞬間、文字通り刹那の如き、言うなれば、0秒のタイムラグすらない突きが、三度、ヨルムンガンドの頭を貫く。

「天然理心流。奥義〈三段突き〉。それがこの技の名前だ。」

総司の必殺技、奥義〈三段突き〉。一箇所、もしくは複数の箇所を0秒のタイムラグ。つまりは同時に三度つく技。一突きすら致命傷となる総司の突きを同時に三度受ける。文字通り必ず殺す技。

「おっかしいなぁ。頭を...脳を貫いた筈なんだが。」

頭を貫かれたヨルムンガンドは尚をも動き始める。

「そっかぁ。君、ゾンビか。」

そう、ヨルムンガンドは既に死んでいる。つまりは、

「どうやって殺せばいいんだ?」

死んだ相手を殺す。そんな不可能を可能にするのが、S級冒険者だ。

「殺された奴を2度殺す。やってみますか。」

その後は消耗戦。総司は幾度も幾度も、ヨルムンガンドを突いた。否、殺した。

ゾンビは頭を潰せば死ぬ。しかしヨルムンガンドは頭を潰されても死なない。

「なんでだ?普通死ぬよなぁ。」

総司は100回殺した所で切り上げた。

「俺には無理です。皆さんご協力お願いします。」

総司はS級冒険者達に頭を下げる。

「頭を上げろソウジ。よく頑張った。だが相手が悪かったな。あれを倒せるのは、アーサラかラスレイトぐらいだ。」

「成る程ねぇ。」

「ラスレイト。任せた。」

「承知しました。」

ソウジはイサミの言葉に納得すると、その場に座り込んだ。

それを見たアーサラはラスレイトに討伐を任せた。

「聖剣。解放。」

ラスレイトの持つ、聖剣〈アロンダイト〉に眩い光が集まる。

「へぇ。聖力。初めて見た。」

四力の1つ聖力は亡者を滅する力を持つ。

ラスレイトはゆっくり歩きながら、ヨルムンガンドに近づく。

「オキタ殿のおかげでヨルムンガンドは瀕死。ただ斬るだけで大丈夫ですね。」

ラスレイトはアロンダイトを振り上げる、次の瞬間、ヨルムンガンドの胴体が断たれ、同時に聖力によって消滅を始める。

「(あの巨体が湖乙女の聖力で忽ち消滅を始めた。少なくとも湖乙女の聖力は10キロの範囲に及ぶ。これがS級冒険者の強さか。)」

ソウジは満面の笑みを浮かべ、ラスレイトの強さを称賛する。

「終わりました。ついでに残りのアンデットも浄化しました。」

ラスレイトはアロンダイトを収めると、振り返りアーサラに報告した。

ヨルムンガンドの消滅を以って、事件は収束した。

しかし、彼らには1つ気がかりがあった。

「で。ヒョーカは?」

そう、S級冒険者集結時にはいたはずのヒョウカ。その彼女が今はいないのだ。

アーサラが辺りを見渡していると、洞窟の方向からヒョウカが歩いてくる。

「すまない。今戻った。」

「何をしてたんだ?」

アーサラはヒョウカに付いた鮮血をみて、そう問う。

「これ。」

ヒョウカが手に持つ何かを投げる。

「この首...強欲か。」

「ああ。七魔人は殺しても死なない。多分、頭があれば復活させれる能力を持った奴が敵にいる。だから胴体は潰して頭部はソラモンにあげる。」

「感謝しよう。七魔人の研究材料は欲しくて手に入る物じゃないからね。」

ヒョウカは無表情で淡々と語ると、ムツキのいる崖の方を横目に見る。

「観客が気になるかい?」

「いや。」

ヒョウカはムツキの存在に気づいたが、変わらぬ無表情でその場を去った。

「一先ず解散。」

アーサラの言葉と同時に、皆、その場を後にした。

その一部始終を目撃していたムツキとシリウスは、心中穏やかでいられない。

「これがS級冒険者の実力...」

ムツキはその強大な力にただ驚愕するしかなかった。

「あれが、最強と謳われる力の一部ですか。(僕程度ではまだあのレベルに達せない。)」

シリウスは自分の力不足に歯噛みする。

「(僕は少し慢心してたみたいだ。)」

シリウスは自分の未熟さを認め、更なる力を手にする事を心に誓った。

しかし、この時の彼らは知らなかった。

この日が死神が生まれた日と呼ばれる理由は、同日の夜に起こった。

この日、サウェルス王国で100万人の死亡者が出た。その全てが眠るように亡くなっていたという。

そして、死亡者の首筋には髑髏のマークが描かれていたそうだ。

まさに、死神に命を刈り取られたと思えるほど、この事件から証拠は愚か、手がかりすら見つからなかった。

それこそが、この日が死神が生まれた日と呼ばれる理由である。

この時は知る由もなかった。その事件を起こした人物が、あのヨルムンガンドをゾンビにした死霊魔法士だという事を。

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