異世界を危機回避で生きていく。

白鷺(シラサギ)

危機回避

「(ムツキさんは気付きませんね。自分が持つスキルが、固有スキルだと。)」

そう、ムツキは自分が持つスキルを固有の物だと気づいていない。理由は、聞き覚えのないスキルだったからだ。

固有スキルの名前は基本有名であり、最強と謳われるスキル。それらが固有スキルである。

つまり、50個しかないのだ。

その内、45個が判明しており、まさかその残り5個の1つを自分が持っていると誰が思うだろうか。

「相変わらず、危機回避ランク表示されないな。」

固有スキルは一概にランクS以上のためランクが表示されない。ムツキはそれをバグの様な物だと思っていた。

「スキルも鑑定以来1つも会得できないし。」

スキルは基本的に生涯に5つ会得できるのが普通だ。

S級冒険者の様な例外を除けば、人間がどう努力しても、その人生で5つしか会得できない。この世界に転移して1ヶ月でスキルを会得したムツキは、当然異常である。

「努力でどうこうできない。それがスキル。強力なスキルを持っていれば、努力しなくともA級になれる。それがこの世界だ。」

ムツキは未だ、攻撃系のスキルを持っていない。

ヒョウカの十戒やアーサラの勇者は、身体強化系のスキルであり、攻撃力に直結する強力なスキルだ。

それに対して、ムツキが戦闘で使用を可能とするのは、危機回避のみ。ただ、危機を回避するだけのスキルだ。

ムツキが弱音を吐くのも無理はない。

「考えても無駄か。」

ムツキはそう呟き、今までの疲れを癒すかの様に、深い深い眠りについた。


「ムツキ=ヨルノの暗殺をお願い。」

セルディ伯爵の配慮。その為、帝都に文書を送った。

シリウス=シルバー、ムツキ=ヨルノ、ゲイル=ウィースクの3名に通行許可証を発行してくれ。

その文書に書かれたムツキ=ヨルノの名前。

ムツキ達の担任であった山中の持っていた名簿に目を通したルイスは、クラス全員の名前を覚えており、無論、見捨てたステータスの低い者たちに名前も把握していた。

「まさか生きていたのね。今冒険者をしているようだけど、あの召喚儀式を口外されては困るの。」

ルイスは殺し屋に暗殺を頼み、1人部屋の中でワインを飲みながら、そう呟いた。


同日、ムツキの寝込みに暗殺は決行された。

殺し屋は手に持つ短剣をムツキの首元に運ぶ。

気づかれぬよう慎重に。勿論、深い眠りについているムツキが気づくはずもなく。

短剣はムツキの首を掻き切る。筈だった。

「!?」

殺し屋は次の瞬間ムツキに抑えを込まれる。

「...」

その時、ムツキは起きていない。未だ眠っている状態だ。では何故、ムツキは殺し屋を抑え込んでいるのか。それは、この行動起こしたのが、危機回避だ。

「(聞いてないぞ。こんな化け物って。)」

殺し屋はステータスには自信があった。今までもA級冒険者すら暗殺する実力があった。

D級に不覚を取るはずがない。そう思っていた。しかし、結果は失敗に終わった。

ムツキは無言のまま、殺し屋の首を折り殺害した。

「(やるね。ムツキさん。)」

空間操作でムツキの部屋を覗いていたシリウスはそう思う。

シリウスは危機回避が再び眠りにつくのを待ち、部屋に入る。

「(この死体どうするつもりだったんだろ。)」

シリウスはそう思いながら、殺し屋を黒重力で消滅させる。


「今日は何する?」

ムツキは依頼を見ながら、そう言う。

「そうですね。」

シリウスは依頼版を眺めていると、ある1つの依頼書が目に入る。

「通常種(上位)。スケルトンロード。飛竜よりも強力な魔物。」

シリウスは知りたかった、今のムツキの実力を。

単独で飛竜を倒したのが偶然ではないことをシリウスは知っていた。ムツキは異常な速度で成長していることシリウスは知っていた。

それ故、知らなかった。ムツキの強さを。

「これをやりましょう。」

スケルトンロードが支配する洞窟の制圧。それが今回の依頼だ。

今回の依頼は少し特殊であり、数個のパーティーで受注する。

理由はスケルトンロードの能力にある。

スケルトンロードの能力は数千を超えるスケルトンの支配。つまりは、今から彼らが向かう洞窟は、数千を超えるスケルトンが巣食う場所だ。

到底、一個パーティーが制圧できる筈もない。

今回の編成は、E級10人、D級6人、C級6人、B級4人、A級1人。

「今回の依頼は落ち着けば問題なく制圧できる。皆、焦らぬよう冷静に判断してくれ。」

唯一A級冒険者である〈ビール〉という男は、今回隊長を務めている。

「防御班を先頭に、軽攻撃班、魔法班、重攻撃班の順に、隊列は乱さぬように。」

基本的な隊列を組み洞窟に突入する。

「魔法班は弓を持つスケルトンを優先的に狙え、軽攻撃班は防御班の盾に動けなくなったスケルトンを倒してくれ、重攻撃班は後ろに注意してくれ。」

効率的なスケルトン狩りが始まる。

魔法班の負担が少し大きくなるが、軽攻撃班の負担が少なくなり、また、スケルトンロード戦の鍵となる重攻撃班の体力を温存することができる。

スケルトンは極論はただの骨であり、防御班は未だ疲れを感じていないだろう。

しかし油断はない。毎年、最弱種(下位)である、スケルトンやゴブリン。更にはスライムに襲われて死亡することもある。

魔物を前に油断は禁物。冒険者として当然のことである。

「87、88、89...」

ビールは倒したスケルトンの数を数える。

「よし100体倒したな。一旦休憩だ。魔法班は結界を張って安全確保、他の班は魔法班を護衛しろ。」

優秀だ。ムツキの率直な評価だ。ビールは無理に討伐しようとはしない。それだけで、優秀と言えるだろう。

A級冒険者には慢心する者も多く、自分の身の程を弁えず死んでいく。しかし、彼は仲間のことを考え行動している。

万が一もないだろう。普通であれば。


ムツキ達がいる洞窟の最奥。

「クッハッハ。本当に現れるとは。」

〈強欲〉マモンはスケルトンロードの後ろに座り、ムツキが来たことにほくそ笑む。

「弟を殺したらどんな顔するのか。」

マモンはヒョウカに勝てないことに気づき、標的をムツキに変えた。

ムツキを殺した時、恐らくヒョウカは暴走するだろう。

「十戒の十の掟。」


我が主人あるじは1人のみ。他は許さず。主人の名を呼ばず。休息をとり。家族を敬い。同族を殺さず。一途であり。盗まず。偽らず。貪らず。

ヒョウカはムツキが死んだ場合、同族、つまり人間を殺してしまうだろう。その瞬間、十戒はその力が発揮され、ヒョウカは悪魔へと堕落するだろう。

「私の望みはただ1つ。ムツキ=ヨルノを殺すことです。」

「わかっています。マモン様。私は仲間が増やせればそれで良いです。」

マモンはスケルトンロードの肩に乗る男とそう言葉を交わす。

「(死霊魔法士。恐らくこの世で1人の使い手でしょう。)」

死霊魔法は禁忌魔法に指定される魔法で、今から200年前に途絶えた筈の、消失魔法でもあった。しかし、その男は紛れもなく死霊魔法士。謎は多いが協力するに越したことはない。

「(利用させてもらいましょう。)」

マモンは不敵な笑みを浮かべた。


「よし。そろそろ行こうか。」

スケルトンは知能が低く、簡単な罠に引っかかる。結界を張った外側に、魔法班が堀を作った。その堀にスケルトン達は嵌っている。

後は楽だ。嵌ったスケルトンを倒すだけ。それだけで23体倒せている。

「少しペースを上げよう。」

ビールはそう言うと、部隊を2つに分けた。

ビール隊とシリウス隊。シリウスが隊長に選ばれた理由は、以前に大規模の依頼を受けたことがあるかららしい。ビールはそれを知っていたためシリウスを選んだそうだ。

「1時間後にここに集合しよう。」

この時、ビールは知らなかった。その判断が間違えだった事を。

全てがシリウスの想定通りだった事を。

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