異世界を危機回避で生きていく。

白鷺(シラサギ)

絶望

「あ...」

フィリアはその場に座り込む。

「(聖女様はもうダメみたいだが...)」

ムツキは3名を見捨てて逃げれば、ハイオークから逃げ切れる事を知っていた。しかし、

「(一般人を犠牲にするのは良いが、聖女様を殺すわけにはいかない。さて。どうするか。)」

聖女は皇帝と同等の地位である。聖女の命はそれだけ重いのだ。もし、ムツキだけ生き残ったとして、今後この国で生きる事は不可能になる。故に、

「(他2人を犠牲にしてでも聖女を生かす。)」

ムツキはスキルを「故意」に発動した。

危機回避は自分だけの危機が対象だが、使い用によればもう1人を生かすこともできる。

「3人共。もう戦うしかない、クレイ。ハイオークの攻撃なら何回防げる。」

「3回が限度だ。」

「上出来だ。シーフ。霊弓ならハイオークにダメージを与えられるな?」

「!?気づいてたの。ええ。殺せはしないけどね。」

「そっちも上出来だ。聖女様はその場でハイオークに拘束魔法を。」

ムツキは指示を終えると、ハイオークに突撃する。

勿論ハイオークは攻撃をしてくる、しかし、棍棒での大振り。危機回避を発動するムツキには、当たらない。

「クレイ今だ!」

ムツキが避けた事により、棍棒は壁にぶつかる。その瞬間、ムツキの指示により、クレイが大剣で棍棒を壁に抑える。

そして隙ができたハイオークの肩に、霊弓から放たれた矢が刺さる。

その激痛に暴れたハイオークの、腕の力でクレイが吹き飛ばされ、石の壁の尖った突起に突き刺さり、腹に風穴が開いた状態で地面に倒れる。

そして、同じようにムツキも、乱雑に振り回される棍棒により、危機回避が追いつかず、地面に叩きつけられる。

「(まずい...クレイは死んだ。僕も体が痺れて動けない。2人を犠牲にハイオークを殺そうと思ったが、全滅か。)」

ムツキが2名の方に顔を向けると、ソフィアを庇ったシーフが、ハイオークに顔を掴まれ、足が浮いている。

グチャ。そんな、形容し難い頭が潰れる音が、少し離れたムツキの耳にも届く。

「あぁ...」

顔が潰れたシーフを目の前に、フィリアは絶望に満ちた顔で失禁する。

フィリアが動けない事を理解した、ハイオークは棍棒を大きく振りかぶり、

肉の潰れる音がダンジョンに反響した。


「生存者は2名。1人は聖女様。もう1人は私の弟です。」

「分かった。ヨルノは引き続き、生存者の捜索を。2名は安全地帯のテントに。私のクランから救助隊を送る。」

報告を終えたムツキの姉は、安全地帯を後にすると、捜索を再開した。


「今回は災難だったな。」

黄金の長い髪の少女の屋敷に、ムツキとフィリアは招待された。

「それで、勇者様が僕達に何用でしょうか。災難というだけで招待した訳ではないでしょう?」

「君は賢いね。その通りだよ。君達に僕の権限で冒険者免許を与える。今回の様な異常事態で、ムツキ君の判断は正しかった。聖女殿もムツキ君の治療の精度は高かった。よって、君達には冒険者になる資格があると、僕が判断した。異議は認めないよ。」

「わかりました。ありがとうございます。」

ムツキは勇者の言った言葉を理解する。

「ムツキ君の判断は正しかった。」というのは、2人を犠牲にしてでも、聖女を守ったのは正しかった。という意味だ。

「...」

フィリアは2日前のハイオーク事件から、一言も喋っていないらしい。

理由は言わずもがな。自分を庇った人が目の前で顔を潰されたのだ。当然の結果であろう。

その後もフィリアは一言はその後も喋らず、ただ俯いていた。

2名はその後、冒険者免許を貰い、勇者の屋敷を後にした。

「———ムツキ様。」

ムツキはフィリアに呼び止められる。

「助けて頂き。ありがとうございます。貴方があの時指示を出していなければ、私も今頃この世にいなかった思います。」

フィリアはムツキの判断が正しかったと肯定する様に感謝を述べた。

「どうも。」

ムツキはそう一言返し、ギルドの宿舎に向かった。

「あー。(これ以上聖女に関わる訳にはいかない。今回の事件で繋がりを持ったが、恐らく聖女は冒険者として活動する事はないだろう。)」

ムツキは目を瞑り、眠りについた。

次の日、驚愕の記事がムツキの目に留める。

「(聖女様が死んだ!?)」

フィリアが自殺したのだ。遺書にはこう書かれいた。

私は私を庇った方を助ける事ができませんでした。私はこれ以上、生きていく事ができない。勝手ながら申し訳ございません。最後に、私は〈聖女〉ではありません。妹のスフィが本当の聖女です。今までありがとうございました。

この遺書は事実であった。後々判明したが、先代聖女の加護は、2つに分かれた様で、3割がフィリアに、7割が妹であるスフィに与えられていたらしく、その後スフィが聖女の座についた。

そんな事に興味のなかったムツキは、聖女が死んだ事だけを記憶していた。

※ムツキは数日後の聖教会の式典で、妹が聖女になった事を普通に知ります。

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