異世界を危機回避で生きていく。

白鷺(シラサギ)

処刑

ムツキは老人の言葉に甘え、貸してくれた空き倉庫で横になっていた。

「(あの人には感謝しても仕切れない。冒険者になったとして、どう金を稼ぐか。)」

ムツキは目を瞑って今日の昼間の事を回想する。


「お主のスキルは〈危機回避〉じゃ。」

危機回避。それが神がムツキに与えたスキルである。老人の説明によれば、危機回避とは、危機に陥った時、冷静に対処できる。というスキルらしい。一見、使えそうなスキルだが、デメリットが勿論存在する。

1つ。自分の危機だけが回避できる。

2つ。危機回避の為に他を犠牲にする場合がある。


「(危機回避。あの時何も感じずに、僕達を虐めてた奴らを犠牲にできたのは、このスキルのお陰か。)」

普段のムツキであれば、命令を素直に承諾し囮になっていただろう。

「(僕は本当に奴らを...)」

冷静になり、自分が行った事の卑劣さに自己嫌悪に陥ったムツキだったが、思考途中で深い眠りについた。

次の日、目を覚ますと老人が食事を振る舞ってくれた。

「食事が終わってすぐで悪いが、ちょっと良いかの。」

老人はそう言うと、ムツキに新聞を渡した。

「!?」

新聞の記事にムツキは驚愕する。

「(あの委員長が毒殺?)」

ムツキは草野の殺人の疑いが信じられない様子だ。

「今日がその子の処刑の日じゃ。どうするかはお主が決めたら良い。」

老人の言葉にムツキは食事の礼を良い、飛び出して行った。

「昨日と同じじゃのぉ。」

老人は1人、食器を片付けながらそう呟いた。


ムツキは走った。広場に向かって。

助けようとか、自分を見捨てた恨みとかではなく、ただ知りたかった。

本当に草野が毒殺したのかを。


そしてムツキが老人の家から飛び出したのと同時刻。

広場の処刑台では処刑の準備が完了していた。

草野に下された刑罰は、斬首刑だった。

斬首刑といえば、まずギロチンが出てくるが、この世界にはそんな物は存在せず、わざと錆びた斧で雑に首を切断する。という方法だ。

錆びた斧で斬るのだから勿論、何度も打ち付ける事になり、首が斬れる頃にはその痛みに絶命していることが大半である。

それを、17の歳で味わうのだ。気の毒としか言いようが無い。

死刑執行。固定された首目掛けて斧が振り下ろされようとした時だった。

「ちょっと待ってくれ!」

処刑を見に来た民達がその漢の方を見る。

「ゲオラ。どうしたのかしら。」

処刑を執り行っていた皇女ルイスは、ゲオラの待ったに処刑を止めた。

「ちょっと伝えたい事があってな。」

「後にしてくれるかしら。処刑が先よ。」

ルイスがゲオラを見下ろしながら、そう強く言うと。

ゲオラは処刑台に登り、

「ゲオラさん...?」

ムツキが路地裏から広場に出た瞬間に目に入ったのは、草野がゲオラの槍によって首を跳ねられる光景だった。

「これで良いか。」

「良いでしょう。話しなさい。」

ゲオラはルイスの許可を得て、民達に伝える。

「先日、暗黒の森で暴食が目撃された。」

「!?(ゲオラ...助かったわ。)」

ゲオラの言葉にルイスは笑みを浮かべる。

暗黒の森はルーメン帝国の領土ではなく、隣国である、サウェルス王国の領土である為だ。

更に、皇帝家が嫌いなゲオラの言葉、つまり嘘では無い。

本当に冒険者の誰かが暗黒の森で目撃したのだろう。ルーメン帝国に侵攻する前に。

「現在S級冒険者2名が交戦中。戦況は優勢だが、2名にはすぐにでも帰還して貰う。戦争する気はない。伝える事は以上、暴食の蝿が数匹領内に侵入してるかも知れん。皆外出は控えるように。」

ゲオラは言い終わると、処刑台から飛び降り、どこかへ去って行った。

「(何故か知らないけど、今、暴食は暗黒の森にいる様ですね。)」

ルイスは知る由もないが、暴食は現在暗黒の森をゆっくりと歩いて、自分の国に帰っている途中だったのだ。結果的にサウェルス王国が、暴食の侵攻を許したという事実しか残らない。

ルイスは大いに歓喜しただろう。しかし、一方ムツキは座り込み、絶望していた。

自分の恩人であるゲオラが、クラスメイトを殺した瞬間を目の当たりにしたのだ。

ムツキにとっては無関係であった、草野であったが、それよりも、恩人が人を殺した瞬間を目のあたりにした事が、ムツキの心に大きな絶望感を与えた。

そんな時、ムツキの丁度隣で人が止まった。

「睦月。ゲオラに感謝なさい。もしゲオラが彼女を殺さなかったら、彼女は苦痛の中、絶望に満ちて死んでいたでしょうね。」

ムツキはその女性の言葉の意味を理解し、ゲオラの優しさに気づく。

しかしそれよりも、その女性の声の懐かしさに、ムツキは困惑していた。

「貴女は。」

ムツキが顔を上げ、質問をしようとした時には、その女性はいなくなっていたが、確かな確証があった。

自分の事を睦月と呼ぶ女性は、この世で2人しかいない。

夕陽と、

「姉さん。」

その声は紛れもなく、姉の声であった。

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