カラード
キュビーとダン(9)
「―なんでそう思うんだ?」
毎週この部屋にわざわざ足を運ぶ、キュビーを馬鹿呼ばわりしたダンに尋ねる。
ダンは、フン、と嘲笑する。
「こんなとこ来る時間あったらもっと働いた方がいいんじゃない。お前、あいつより金持ってないんでしょ」
「…そうだな」
キュビーはダンを見下ろしたまま頷く。
唇の端では笑うけれど、彼の心は冷めている。そういう寂しい笑い方をする、まだ齢十一の少年をじっと見詰める。
「けど、足りてるよ」
キュビーが言うと、ダンはほんの束の間、画面上で新しい武具を精製していた指をとめた。
けれどすぐに再開し、「じゃあくれよ」と笑った。「おれが使ってやる」
「やだよ」
「余ってんでしょ」
「余ってるとは言ってねえ」
「…じゃあ、ハイ。入室料」
ダンは画面を見たまま、右手を広げてキュビーに差し向ける。意図が分からずキュビーが怪訝に眉を顰めていると、
「滞在時間一分につき百ドルね。いまもう十分だから、千ドル。払えよ」
「何言ってんだお前」
「ここおれの部屋だし。勝手に入ってきてるお前がおかしいだろ。払えねぇなら出てけよ」
「むしろお前が、ここまで来てやって時間を割いてやってるおれに払えよ。時給ぷらす交通費な」
「はあああ?」
ダンがキュビーを見上げ、思い切り顔を顰める。
「てめぇが勝手に来てんだろ! ふざけんなよッ」
「でも会いたかっただろ?」
「会 い た く ねーーよお前なんか! バッカじゃねーの?!」
ゲーム画面そっちのけで激昂するダンに、キュビーはほんの少し〝してやったり〟と思いながら、ふーん、と流す。
「会いたいわけねぇだろ! 気持ちわりー勘違いしてんじゃねーよぶぁーーか!」
「どうでもいいけど、死んでるぞ。いいのか?」
画面の中のフィールドで彼の操作する剣士が倒れているのを見付け、キュビーが指摘すると、
「~~っうぅるっせぇ! てめぇのせいだろ! まじで帰れ!」
右拳が飛んでくる。それを軽くいなして、キュビーはベッドに上半身を倒し、顔にキャップをのせて目を伏せた。
広いベッドとはいえさすがに、こつ、と頭がダンの腕に触れる。
「うぉい、帰れって言ってんだよおれは…」
「眠ぃから寝る」
「邪魔! まじで金取るぞこのクソオヤジ! おれのベッドで寝るな!」
「うるせぇ。もう寝た」
「起きてんだろぉがぁぁ」
ぐぐぐ、とダンは力尽くでキュビーの身体を移動させようとして失敗する。子供の片腕の力で押し退けられるほど、成人男性の身体は軽くない。
ダンは即行で諦めてゲーム画面に戻る。キュビーはそれをなんとなく気配で確認しながら、日々の業務で疲労の溜まった身体を休めた。
明るい黄緑色の頭を見下ろす。
帽子で隠れているからどんな顔で寝ているのかは分からない。寝息も聞こえないほど静かで、本当に寝ているのか、それとも起きているのか、生きているのか死んでいるのか、それすらもよく分からない。
わざわざこんなところまで来て寝なくても、疲れているなら自分の部屋で休めばいいのに。
「……」
わざわざ、他人の家の子供のことに首を突っ込まなくたっていいのに。
―迷惑なやつ。
ダンは操作せずとも自動的に狩りを続ける画面の中の剣士を放置して、ちょっと身じろぎすれば肘や腕がぶつかりそうな距離で眠りこけているキュビーを眺めた。
インターフォンの音が扉越しに小さく聞こえた。ピザの配達業者が一階に到着したのだろう。ダンが応答しなくても、ヘルパーの女性か誰かが対応してくれる。
ダンはそっと起き上がり、スマートフォンと充電ケーブルを持って、キュビーに触れないように彼の居場所を避けてベッドを下りた。別に彼の眠りを妨げるのが憚られたわけではない。単純に彼が起きてまたいろいろと言われるのが面倒だっただけだ。
そのままキュビーを放置して部屋を出る。案の定ヘルパーのフィリピン人女性、マリーがダンに気付いて近付いてきた。
「ピザが届いたようですよ。すぐここへ来ると思います」
「うん」
ダンは分かっている、というふうに頷いて、ソファに座った。
「受け取って持ってきて。あとオレンジジュース飲みたい」
「承知しました」
マリーは首肯してすぐにキッチンへ向かう。
彼女は、マイクがダンのために最近雇ったヘルパーだ。華奢な体つき、薄い小麦色の肌の若い女性で、緩いウェーブのかかった黒髪を頭の低い位置でひとつに結わえている。正確な年齢は知らない。
むしろ、ダンが彼女について知っていることと言えば、フィリピンから出稼ぎに来てここの隅の部屋に住み込みで働いていること、英語で喋れること、名前と性別くらいのものだ。あと、日曜日は休みで使えない。
ダンがリビングルームに現れても、マイクは無反応だ。彼はリビングの窓際に設えられたデスクでパソコンと向き合って、たぶん仕事をしている。そのそばで、確か先日キャンディと名乗っていた女性が、部屋のグリーンの位置をまた別のヘルパーと相談しながら模様替えしていた。
心底どうでもいい、と思いながら、ダンはマリーが開けてくれたピザを口に放り込んだ。ジュースをごくごくと飲み、スマートフォンの地図アプリでこの前行ったネットカフェの場所を確認した。
三切れ、四切れ、食べて腹が膨れたので、残りは捨てて、とマリーに言い置き、ダンは誰にも告げずに『3225号室』を出た。
毎週この部屋にわざわざ足を運ぶ、キュビーを馬鹿呼ばわりしたダンに尋ねる。
ダンは、フン、と嘲笑する。
「こんなとこ来る時間あったらもっと働いた方がいいんじゃない。お前、あいつより金持ってないんでしょ」
「…そうだな」
キュビーはダンを見下ろしたまま頷く。
唇の端では笑うけれど、彼の心は冷めている。そういう寂しい笑い方をする、まだ齢十一の少年をじっと見詰める。
「けど、足りてるよ」
キュビーが言うと、ダンはほんの束の間、画面上で新しい武具を精製していた指をとめた。
けれどすぐに再開し、「じゃあくれよ」と笑った。「おれが使ってやる」
「やだよ」
「余ってんでしょ」
「余ってるとは言ってねえ」
「…じゃあ、ハイ。入室料」
ダンは画面を見たまま、右手を広げてキュビーに差し向ける。意図が分からずキュビーが怪訝に眉を顰めていると、
「滞在時間一分につき百ドルね。いまもう十分だから、千ドル。払えよ」
「何言ってんだお前」
「ここおれの部屋だし。勝手に入ってきてるお前がおかしいだろ。払えねぇなら出てけよ」
「むしろお前が、ここまで来てやって時間を割いてやってるおれに払えよ。時給ぷらす交通費な」
「はあああ?」
ダンがキュビーを見上げ、思い切り顔を顰める。
「てめぇが勝手に来てんだろ! ふざけんなよッ」
「でも会いたかっただろ?」
「会 い た く ねーーよお前なんか! バッカじゃねーの?!」
ゲーム画面そっちのけで激昂するダンに、キュビーはほんの少し〝してやったり〟と思いながら、ふーん、と流す。
「会いたいわけねぇだろ! 気持ちわりー勘違いしてんじゃねーよぶぁーーか!」
「どうでもいいけど、死んでるぞ。いいのか?」
画面の中のフィールドで彼の操作する剣士が倒れているのを見付け、キュビーが指摘すると、
「~~っうぅるっせぇ! てめぇのせいだろ! まじで帰れ!」
右拳が飛んでくる。それを軽くいなして、キュビーはベッドに上半身を倒し、顔にキャップをのせて目を伏せた。
広いベッドとはいえさすがに、こつ、と頭がダンの腕に触れる。
「うぉい、帰れって言ってんだよおれは…」
「眠ぃから寝る」
「邪魔! まじで金取るぞこのクソオヤジ! おれのベッドで寝るな!」
「うるせぇ。もう寝た」
「起きてんだろぉがぁぁ」
ぐぐぐ、とダンは力尽くでキュビーの身体を移動させようとして失敗する。子供の片腕の力で押し退けられるほど、成人男性の身体は軽くない。
ダンは即行で諦めてゲーム画面に戻る。キュビーはそれをなんとなく気配で確認しながら、日々の業務で疲労の溜まった身体を休めた。
明るい黄緑色の頭を見下ろす。
帽子で隠れているからどんな顔で寝ているのかは分からない。寝息も聞こえないほど静かで、本当に寝ているのか、それとも起きているのか、生きているのか死んでいるのか、それすらもよく分からない。
わざわざこんなところまで来て寝なくても、疲れているなら自分の部屋で休めばいいのに。
「……」
わざわざ、他人の家の子供のことに首を突っ込まなくたっていいのに。
―迷惑なやつ。
ダンは操作せずとも自動的に狩りを続ける画面の中の剣士を放置して、ちょっと身じろぎすれば肘や腕がぶつかりそうな距離で眠りこけているキュビーを眺めた。
インターフォンの音が扉越しに小さく聞こえた。ピザの配達業者が一階に到着したのだろう。ダンが応答しなくても、ヘルパーの女性か誰かが対応してくれる。
ダンはそっと起き上がり、スマートフォンと充電ケーブルを持って、キュビーに触れないように彼の居場所を避けてベッドを下りた。別に彼の眠りを妨げるのが憚られたわけではない。単純に彼が起きてまたいろいろと言われるのが面倒だっただけだ。
そのままキュビーを放置して部屋を出る。案の定ヘルパーのフィリピン人女性、マリーがダンに気付いて近付いてきた。
「ピザが届いたようですよ。すぐここへ来ると思います」
「うん」
ダンは分かっている、というふうに頷いて、ソファに座った。
「受け取って持ってきて。あとオレンジジュース飲みたい」
「承知しました」
マリーは首肯してすぐにキッチンへ向かう。
彼女は、マイクがダンのために最近雇ったヘルパーだ。華奢な体つき、薄い小麦色の肌の若い女性で、緩いウェーブのかかった黒髪を頭の低い位置でひとつに結わえている。正確な年齢は知らない。
むしろ、ダンが彼女について知っていることと言えば、フィリピンから出稼ぎに来てここの隅の部屋に住み込みで働いていること、英語で喋れること、名前と性別くらいのものだ。あと、日曜日は休みで使えない。
ダンがリビングルームに現れても、マイクは無反応だ。彼はリビングの窓際に設えられたデスクでパソコンと向き合って、たぶん仕事をしている。そのそばで、確か先日キャンディと名乗っていた女性が、部屋のグリーンの位置をまた別のヘルパーと相談しながら模様替えしていた。
心底どうでもいい、と思いながら、ダンはマリーが開けてくれたピザを口に放り込んだ。ジュースをごくごくと飲み、スマートフォンの地図アプリでこの前行ったネットカフェの場所を確認した。
三切れ、四切れ、食べて腹が膨れたので、残りは捨てて、とマリーに言い置き、ダンは誰にも告げずに『3225号室』を出た。
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