カラード

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キュビーとダン(1)

 腹立たしい。と思いつつ、ダンは狭い階段を下り、見知らぬ掃除機女が言っていた下の広間に向かった。

 部屋に入ると、中央に置かれたコの字型の巨大なソファの真ん中に、大鵬ダー・フォンが座している。それ以外にも昨夜見かけただけの大人が大勢。李舜鳴リ・シュンメイの姿を探すが、見当たらない。

 間をおかずすぐに、嫌だな、と感じる。

 ―あいつと同じ。

 彼らは楽しげに会話していてダンの存在になど気付かない。

 と油断していたら不意に声をかけられた。

「お前が、ダンか?」

 また心臓が跳ねる。ダンは瞬時にその人物に目をやった。

 ―誰だ、こいつ。

 背の高いその男は、これもまたダンの見たことのない明るい黄緑色の髪をしていた。そして右目にはなぜか顕微鏡のようなレンズを装着している。それのせいでまるで得体の知れないアンドロイドにでも話しかけられた気分になる。

 声の出ないダンの様子に、彼は見えている左の淡いブラウンの瞳を困ったように細めて、「驚かせてわりぃ、大丈夫か」などと言う。

「、うるせえ」

 ふいと顔を背けると、彼は片手のビール缶に口を付けてから、

「―おれはキュビー。お前、腹空いてるか?」

「…喉渇いた」

「おー。何飲む? あっちに取りに行こうぜ」

 つま先をドリンクの並ぶカウンターへ向けるキュビーに従い、ダンはついて歩いた。

 カウンターには、ウォーターサーバーや、様々なジュース、アルコールの入ったボトルが並べられている。

「届くか?」

 大人向けに設計された台の高さを心配して、キュビーがダンにグラスを渡した。

「、…」

「どれがいい?」

「…オレンジ」

 選んで言うと、キュビーがボトルを傾けて、ダンの持つグラスに注いでくれた。すぐに口を付けようとすると、コツ、と彼がビールの缶を軽くあててくる。

 Cheers、と呟いて、彼は缶の中身を呷った。

 なんだかその所作に知らず心惹かれて、ダンはキュビーを見上げる。食事時にマイクが他人とそうしているのは何度も見たことがあったけれど、自分のグラスに合わせてもらったのは初めてだった。

 ダンの視線に気付いてキュビーが首を傾げる。

「―どうした? 飲まないのか?」

「、飲むよっ」

 言われてやっと彼を見詰めていたことに自分でも思い至る。ダンは慌ててオレンジジュースを喉に流し込んだ。

 キュビーは飲み終えてしまった缶を潰して、新しいビールの缶をプシュ、と開ける。

 ひと口飲んでから、彼は、

「あっちでなんか食おう」

 言って、歩き出す。ダンはまだ半分以上オレンジジュースの入っているグラスを持って、彼に続いた。

 キュビーに連れられ、巨大なソファの前を通り過ぎる。ラタンの間仕切りが並べられたその反対側に回ると、そこにも人がたくさんいた。

「あ、ダン、起きたんだね。気分はどう?」

 李舜鳴もそこにいて声をかけられるが、ダンはなんとなく気恥ずかしくてふいっと目を逸らす。

 ダンの態度にキュビーも李舜鳴もぴく、と小さく眉を吊る。トン、とキュビーは軽く肘をダンの肩にあて、

「―挨拶」

「…まぁまぁ。お前は」

 促され、渋々ダンは言葉を返す。

「ありがと。どうぞ、ふたりとも。キュビーさんも掛けて食べてください」

 彼女に勧められるまま、キュビーとダンは並んでソファに腰掛けた。目の前のローテーブルにはチキンやポテトのフライ、サラダ、ピザなど様々な料理が並ぶ。

 キュビーはサラミのピザに齧りつく。ダンは取り皿にポテトを取ってフォークでつついた。食べながら自然左手でスマートフォンのロックを解除すると、

「何してんの?」

 キュビーに尋ねられる。

「ゲーム」

「何の?」

 マイクを取り巻く女性にも、よく興味本位で訊かれた。面倒なのでダンは適当に、「人殺しのゲーム」と答える。そうすると、その物騒なワードに彼女らは大抵「えー」と引いてそれ以上つっこんで聞こうとはしない。

 同じように答えると、キュビーに「見せて」と言われた。

「え、やだ」

「あっそ。つまんねーの」

 彼は大人げなく頬を膨らませてみせる。ダンは何かもやっとしたまま、キュビーを放置して画面とにらめっこした。




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