カラード
クリスマス・キッドナップ(2)
李舜鳴はコートのポケットからスマートフォンを取り出し、マイケル・アシュレイに電話をかける。いましがた出てきたばかりのマンションを見上げ、応答を待つ。彼はクリスマスパーティをお楽しみの真っ最中だから、反応には時間がかかるだろう。
彼女が電話をかけるのを横目に、大鵬はまた英語で少年に尋ねた。
「―戻らないのか?」
大鵬の質問に、彼は伏し目がちに、スマートフォンの画面を操作しながら答える。
「戻んねえよ。このあともずっとうるせえし。ひと晩中」
ふむ、と大鵬は頷く。
その後、数十秒のコールの末、李舜鳴の電話が相手と繋がった。
「―もしもし、李舜鳴です。先程はありがとうございました」
さらりと英語で告げるのに、電話の向こうからは「メイー! どうしたんだよ、もう帰っちゃってたのかぁ?!」と大音声が返ってくる。
「はい、大鵬に代わります」
分かっていたことだが、通話相手のマイケル・アシュレイ―マイクは、かなり酒が入っていてテンションが高い。李舜鳴が端末を大鵬に渡すと、彼もまた電話の相手の声量に少々顔を顰めた。耳に当てずとも声が漏れ聞こえてくる。
「―お前、子供がいるな?」
「んぁ?! フォンか? メイちゃんじゃないのかよ」
「質問に答えろ。子供がいるだろう?」
「え? あぁ、子供? ダンのことか?」
大鵬はちらりとベンチの少年を一瞥する。
「ダンというのか? この子は」
「ダニエル。この子?」
「外にいるぞ」
「そうか。ふらふらしてっからなぁ。いちいちどこいるか知らねえんだよ」
「もう夜遅いから、おれの家に連れて帰るぞ。いいな?」
「うん。いいよ」
案の定、あっさりと、彼は承諾する。
別れの挨拶をして通話を終了し、大鵬は端末を李舜鳴に返した。コートのポケットで、大鵬のスマートフォンが震えだす。どうやらタクシーも丁度到着したようだ。
大鵬は念のため、「お前、名前は?」と確認する。
彼は相変わらず不審げに大鵬を見ながら、ぼそっと答えた。
「、…ダニエル」
電話伝いに聞いた名前と合致する。彼の受け答えからしても、マイクの子供と断じて間違いないだろう。
大鵬は、その少年と李舜鳴に、
「行くぞ」
と告げて踵を返した。すぐに従う李舜鳴とは相反し、少年ダンは「は?」と声を上げる。
「行くわけねぇだろ。なんでおれがてめぇらと一緒に行かなきゃいけねぇんだよ」
「お前はもう寝る時間だ。来い」
「えっ、うわ?!」
面倒なので、大鵬は一向に動き出そうとしないダンを担ぎ上げる。小さな少年の身体は簡単に肩の上に持ち上がった。
じたばた、暴れるダンの子供っぽい仕種に、李舜鳴が思わずふふっ、と笑みを溢す。
「おいこんなん誘拐じゃねえか! 犯罪だろ! 下ろせ!」
「お前の父親の許可を取った」
「ふっっっざけんなあんなの父親でもなんでもねぇーー!!」
ぽこぽこ背中を殴られるのも構わず大鵬は通りに停車しているタクシーに直進する。
嫌がるダンを強制的にタクシーの後部座席に押し込み、続いてその隣へ李舜鳴が座る。
「おいっ! 行かねぇって言ってんだろ!」
「夜分にすまない。BOAT INNまで」
後部座席で叫ぶダンを無視して、助手席に乗り込んだ大鵬は運転手に英語で告げる。彼は生粋の香港生まれ香港育ちで、標準語はあまり得意ではない。
「了解。―彼は?」
「気にするな」
後ろで騒いでいるダンを一応気にかけてくれる運転手に大鵬が即答して、タクシーは発進する。後方へ流れ出す窓の外の景色に焦ってか、ダンがスマートフォンを片手に喚く。
「待てよ、おい! 警察呼ぶぞ!」
「警察の人がきみのパパと話しても、結果は変わらないと思うよ」
諭すように、李舜鳴が落ち着いた口調で言う。
「うるせえ! お前らが勝手に決めんなよ!」
大声で怒鳴り続けるダンを、李舜鳴は冷めた目で見据える。するとダンは、なんだよ、と極まりが悪そうに李舜鳴の黒い目を見返した。
助手席から、大鵬が告げる。
「ひと晩よく寝たら、お前の好きにしたらいい。あの部屋に戻りたければ戻ればいい」
「、……」
ダンは大鵬の方を見て黙る。そして一度窓の外を見る。
市街はきらめく明かりでいつまでも眩い。眠りに就くことなく、きっと何か楽しいような時間が、ダンの関知しないところで廻っているのだろう。
それを、羨ましいとは思わなかった。羨ましいと思えるほど、近付いたことはない。ただ疎ましく思っているだけ。
窓ガラスに映る自分の容姿が、酷く醜く思えて、ダンはスマートフォンの画面に目を戻す。暗い車内で画面だけがくっきりと浮かび上がる。
李舜鳴は、まるで諦めたように大人しく画面の中に沈む、ダンの小さな頭を見ていた。
彼女が電話をかけるのを横目に、大鵬はまた英語で少年に尋ねた。
「―戻らないのか?」
大鵬の質問に、彼は伏し目がちに、スマートフォンの画面を操作しながら答える。
「戻んねえよ。このあともずっとうるせえし。ひと晩中」
ふむ、と大鵬は頷く。
その後、数十秒のコールの末、李舜鳴の電話が相手と繋がった。
「―もしもし、李舜鳴です。先程はありがとうございました」
さらりと英語で告げるのに、電話の向こうからは「メイー! どうしたんだよ、もう帰っちゃってたのかぁ?!」と大音声が返ってくる。
「はい、大鵬に代わります」
分かっていたことだが、通話相手のマイケル・アシュレイ―マイクは、かなり酒が入っていてテンションが高い。李舜鳴が端末を大鵬に渡すと、彼もまた電話の相手の声量に少々顔を顰めた。耳に当てずとも声が漏れ聞こえてくる。
「―お前、子供がいるな?」
「んぁ?! フォンか? メイちゃんじゃないのかよ」
「質問に答えろ。子供がいるだろう?」
「え? あぁ、子供? ダンのことか?」
大鵬はちらりとベンチの少年を一瞥する。
「ダンというのか? この子は」
「ダニエル。この子?」
「外にいるぞ」
「そうか。ふらふらしてっからなぁ。いちいちどこいるか知らねえんだよ」
「もう夜遅いから、おれの家に連れて帰るぞ。いいな?」
「うん。いいよ」
案の定、あっさりと、彼は承諾する。
別れの挨拶をして通話を終了し、大鵬は端末を李舜鳴に返した。コートのポケットで、大鵬のスマートフォンが震えだす。どうやらタクシーも丁度到着したようだ。
大鵬は念のため、「お前、名前は?」と確認する。
彼は相変わらず不審げに大鵬を見ながら、ぼそっと答えた。
「、…ダニエル」
電話伝いに聞いた名前と合致する。彼の受け答えからしても、マイクの子供と断じて間違いないだろう。
大鵬は、その少年と李舜鳴に、
「行くぞ」
と告げて踵を返した。すぐに従う李舜鳴とは相反し、少年ダンは「は?」と声を上げる。
「行くわけねぇだろ。なんでおれがてめぇらと一緒に行かなきゃいけねぇんだよ」
「お前はもう寝る時間だ。来い」
「えっ、うわ?!」
面倒なので、大鵬は一向に動き出そうとしないダンを担ぎ上げる。小さな少年の身体は簡単に肩の上に持ち上がった。
じたばた、暴れるダンの子供っぽい仕種に、李舜鳴が思わずふふっ、と笑みを溢す。
「おいこんなん誘拐じゃねえか! 犯罪だろ! 下ろせ!」
「お前の父親の許可を取った」
「ふっっっざけんなあんなの父親でもなんでもねぇーー!!」
ぽこぽこ背中を殴られるのも構わず大鵬は通りに停車しているタクシーに直進する。
嫌がるダンを強制的にタクシーの後部座席に押し込み、続いてその隣へ李舜鳴が座る。
「おいっ! 行かねぇって言ってんだろ!」
「夜分にすまない。BOAT INNまで」
後部座席で叫ぶダンを無視して、助手席に乗り込んだ大鵬は運転手に英語で告げる。彼は生粋の香港生まれ香港育ちで、標準語はあまり得意ではない。
「了解。―彼は?」
「気にするな」
後ろで騒いでいるダンを一応気にかけてくれる運転手に大鵬が即答して、タクシーは発進する。後方へ流れ出す窓の外の景色に焦ってか、ダンがスマートフォンを片手に喚く。
「待てよ、おい! 警察呼ぶぞ!」
「警察の人がきみのパパと話しても、結果は変わらないと思うよ」
諭すように、李舜鳴が落ち着いた口調で言う。
「うるせえ! お前らが勝手に決めんなよ!」
大声で怒鳴り続けるダンを、李舜鳴は冷めた目で見据える。するとダンは、なんだよ、と極まりが悪そうに李舜鳴の黒い目を見返した。
助手席から、大鵬が告げる。
「ひと晩よく寝たら、お前の好きにしたらいい。あの部屋に戻りたければ戻ればいい」
「、……」
ダンは大鵬の方を見て黙る。そして一度窓の外を見る。
市街はきらめく明かりでいつまでも眩い。眠りに就くことなく、きっと何か楽しいような時間が、ダンの関知しないところで廻っているのだろう。
それを、羨ましいとは思わなかった。羨ましいと思えるほど、近付いたことはない。ただ疎ましく思っているだけ。
窓ガラスに映る自分の容姿が、酷く醜く思えて、ダンはスマートフォンの画面に目を戻す。暗い車内で画面だけがくっきりと浮かび上がる。
李舜鳴は、まるで諦めたように大人しく画面の中に沈む、ダンの小さな頭を見ていた。
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