カラード

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クリスマス・キッドナップ(3)

 仲間内でBOAT INNボート・イン、もしくは単にthe INNザ・インと呼ばれるそのハウスボートの船上には、既に出来上がった成人男女がたくさんいた。クリスマスパーティの会場として飾り付けられた広間は、食べ物の匂いで溢れている。

 大鵬ダー・フォン李舜鳴リ・シュンメイの帰還に気付くと、彼らは手近に余っていたクラッカーを持ってはしゃぎだす。

「お帰りなさ―」

「寝ろおおおーーーー!! お前ら寝ろー! 静かに寝ろ!」

「ええええええええ?!」

 帰るなり大声で指示を飛ばす大鵬に、その場にいた全員が反発の声を上げる。

 李舜鳴はダンを先に通しつつ、大鵬の何倍もの勢いで返ってくるブーイングに苦笑を禁じ得ない。

「なんでだよ、鵬さん帰ってきてこれからだってのに!」

「そうだぜ鵬、夜はまだこれからだろ」

「今日は朝までオールでカラオケ大会するって言ってたじゃないですかぁ」

「いや、今日は寝る。適当に片付けて寝ろ」

 断言して大鵬はくるっと踵を返し、自室へ向かう。

 その場に取り残された数十名は、えええ…と不服を残しながらも、仕方なしに食べかけの飯を急いで平らげたり、飲みさしの酒を呷ったり、手付かずの料理にラップをかけたり、すぐに行動に転じ始める。

 その人数と、それを上回る大鵬の圧倒的な統率力に、ダンは束の間唖然とする。

「―驚いた?」

「、別に」

 李舜鳴が尋ねると、彼の鮮やかな青の瞳がふいっと逸らされる。

 彼女はふふと笑い、「こっちだよ」とダンを二階の部屋に案内した。来客用の客室の扉を開け、ダンを招き入れる。

「ちょっと狭いだろうけど、自由に使って。シャワーとトイレは一階だよ」

「ちょっとってか…すげえ狭いじゃん」

「そりゃあ、きみの住んでるところと比べたらねぇ」

 李舜鳴は苦笑いする。マイクの部屋はあのマンションの中でもかなりいい部類で、リビングルームだけでも百平米ある。

 不満げに、しかしダンは「まぁいいや」と呟く。―狭いが、あのマンションの部屋とは違って、隣室の喧騒を気にすることはない。

 ぼすんとベッドに寝転ぶ。早速、ジャンパーのポケットから充電コードを取り出しベッド脇のコンセントに繋ぐ。

「ゲームはほどほどにね。おやすみ」

 李舜鳴がそう言って、扉の外へ消える。なんでお前にそんなこと言われないといけないんだ、と思うが面倒臭いので口には出さず、ダンは寝返りをうってスマートフォンの操作を再開した。




 翌朝、というか時刻を確認すると昼過ぎだったが、ダンは掃除機の音で目が覚めた。

 見慣れぬ部屋。昨夜、確か知らない男女に攫われて、この狭い居室に泊まることになった。

 目線の先では、またもや見知らぬ女性がせっせと床に掃除機をかけている。褐色の肌に、クリーム色というかベージュというか、あまり見たことのない珍しい色の髪だった。染めているのだろうか。

 ダンが起きたのを見つけてその女性はきょとんと瞳を瞬いた。柑橘のジュースのようなくっきりとした黄色の瞳で、ダンはまた、珍しいと思う。

「やっと起きたね。何か食べたかったら下の広間に行って、いる人に声かけて」

 彼女は一度掃除機のスイッチを切り、ぺらぺらと英語で喋る。

 起き抜け半分くらいしか働いていない頭で、食べ物もあるのか、と考えながら、ダンは自分の恰好を見てジャンパーを着たまま寝落ちしたことに気付いた。ぼりぼり頭を掻いて、シャワーを浴びたい気がするが、とりあえずSNSチェックのためにスマートフォンを触る。

 すると、

「そこはどいてね。シーツ替えるから」

 掃除を再開した褐色の女性から空かさず横槍が入る。

 ヘルパーだろうか。マンションのあの部屋にも住み込みで働いている女性がいる。それはマイクを取り巻く女性どもとは違った種類の人間で、大抵少し日に焼けたような肌の色をしていた。何回か人が替わったから名前まではいちいち覚えていないが、あの広い部屋の家事労働を一手に担っていて、たぶん、賃金はそれなりにもらっているのだと思う。

 どっちにしろ、ヘルパーでもマイクの愛人でも、およそあの部屋にいる女性は、マイクの言うことにもダンの言うことにも従順だ。

 だからダンは当然のように言った。

「ねぇ、ジュース飲みたい」

「は?」

 彼女は掃除機のスイッチを切って、「なんて?」と聞き返してきた。

「喉渇いた。ジュース飲みたい」

 きょとん、と彼女はまた鮮やかな黄色の瞳を瞬かせ、それからアハハと声を立てて笑いだした。

「メイが言ってたとおりだ。カワイイ坊やだね。そんなことも自分でできないの?」

「、は? できるに決まってるだろっ」

 急に馬鹿にされて、ダンは憤りをあらわにする。

「残念だろうけど、わたしはあなたの小間使いじゃないの。自分でできることは自分でやってね」

 クスリ、彼女が笑うので、なんだか恥ずかしくなる。ダンは充電コードごとぶち抜いて、スマートフォンを持ってベッドを下り、一目散に部屋を飛び出した。




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