ワガママ彼女に愛想尽かしてざまぁしてやろうと思ったけどやっぱり好き過ぎてざまぁできなかった話

豚骨ラーメン太郎

ワガママ彼女に愛想尽かしてざまぁしてやろうと思ったけどやっぱり好き過ぎてざまぁできなかった話

「ちょっとユウ!何よこの卵焼き!」

「え、どうしたのユイ?」

「焦げちゃってるじゃない!ほらここ!」

「……どこ?」

「ここ!」

僕の作った卵焼きを指差して端正な顔を怒りに染めている彼女は、僕が付き合っているユイだ。
身長こそやや低いが均整の取れた細身にモデルのような小顔。
そのスタイルのバランスを崩さない程度に主張している形の良い胸。
肩下まで伸ばされた鮮やかな茶髪はゆるふわのウェーブを描いている。
昔から可愛かったユイは大学生になってからますます綺麗になっていった。

「ちょっと焼き目がついてるだけじゃんか。」

「私はもっと綺麗でふんわりしてるのが良いの!何回も言ってるじゃない!」

そして、ますますワガママになっていった。

「それくらい許してくれよ。味はそう変わらないでしょ?」

「ふんっ!大した味じゃないくせに偉そうなこと言わないでよね!」

「っ……なら食べないで良いよ。僕が食べるから。」

「はぁ!?何よそれ!私に口答えする気なの!?」

「いや、口答えとかじゃなくて……」

「ユウのくせに!私と一緒にご飯食べられるんだからこれくらいちゃんとしなさいよ!」

「……はぁ…わかったよ。僕が悪かった。」

「当たり前じゃない!あんまり調子に乗らないでよね!」

「はいはい。」

怒ったユイに言い返しても時間の無駄なのは長年の経験で知ってる。
これ以上怒らせて面倒な事にならないように、僕はいつものようにユイの理不尽さを受け入れた。



ーーーーーーーーーーーーーーー


僕とユイは幼稚園からの幼馴染だ。
親同士が仲が良く、家が隣り合わせだった事もあり、小学生の頃はほぼ毎日どちらかの家で遊んでいた。
高学年になると僕らの仲を囃し立てる同級生なんかも出てきたが、僕は他人の言葉を気にするタイプじゃないし、ユイは昔から気が強かったから男子相手にもむしろ食ってかかるようなタイプだった。

中学生に上がると互いに違う部活に入った為、以前ほど頻繁に遊ぶ事はなくなった。
それでも週に一度は遊んだし、そもそも一緒に登校していたから毎日顔は合わせていた。
中学校でも僕らの仲は良いままだったが、周りからの接し方が変化した。
この頃になるとユイは明らかに美少女の部類に入っていたし、思春期の男子達にとっては眩しい存在だっただろう。

ずっとユイを揶揄っていた男子達がそわそわして彼女の気を引こうとしだしたのには笑いを通り越して呆れたものだ。
そして、そんなユイの人気は高校に上がると更に強くなっていった。
周りの女子と比べて明らかに可愛いユイに近寄る男はかなりの数だったと記憶してる。

僕は、男子達にちやほやされ、煽てられているユイを見て、焦りを覚えた。
中学では結局一度も彼氏を作らなかったユイだが、高校では違うかもしれない。
彼女を盗られてしまうかもしれないという焦りが胸中を支配した時、僕は初めてユイをただの幼馴染以上として見ている事に気付いた。
そして、それに気付いてからは早かった。

高校一年の秋、ユイの誕生日にプレゼントを渡し、告白したのだ。
夏休みにバイトをして貯めた金で買ったプレゼント。
ユイは僕でもなかなか見たことのない笑顔で喜んで、そして告白を了承してくれたのだ。

それから5年が経ち、僕達はいま大学3年生になっている。
高校3年で一緒に受験勉強をして同じ大学に合格し、大学2年で20歳になってからは同棲をするようになった。

だが、順調に思える僕らの仲は、今では冷えきったものになっている。
ある意味では逆に燃えているとも言えるかもしれない。
ユイの自制心と僕の我慢が炎上的な意味で。

ユイは元々気の強い娘だったけど、僕と付き合ってからワガママな面が表に出るようになった。
大学に入ってからは特に、そして同棲をしてからはよりその傾向が顕著になり、今では僕を召使いのように扱っている。
家事は基本的に全て僕の仕事。
お互いにバイトはしているが、家賃や光熱費、食費なんかは全て僕が負担している。
ユイは僕と違って友達が多い為、プライベートでの出費が多い。
だから家賃等の出費は僕が負担すべきだ、とユイは言った。

僕に友達が少なくユイには多いというのは紛れもない事実だったし、同棲が原因でそこに亀裂が生じるのは僕としても不本意だった為、その提案を受け入れてしまった。
僕は、なんだかんだユイも少しは負担してくれるはず、と楽観的に考えていた。
でも、その希望的観測はあまりにもあっけなく砕け散った。
たまには少しくらい負担してくれても良いんじゃないか、と一度だけ言ったことがある。
しかし、約束が違うと烈火の如く怒り狂ったユイを前に、二度とそのことは言うまいと思った。

どうして僕はこんな理不尽を甘んじて受け入れているのだろう。
何度もそう自問した。
答えはいつも同じ、ユイの事が好きだからだ。
まるで召使いのように扱われようとも、一年以上彼女からの愛の囁きを聞いていなくても、ベッドの上で行為をする時にしか僕に触れてくれなくても、僕はユイが好きだ。
だから我慢できる。
仕方ないなと思える。
いつかわかってくれると願う事ができる。


しかし、そんな僕の愚かな願いが叶う前に、僕の心が限界を迎えてしまった。



ーーーーーーーーーーーーーーー


「……ユウさ、最近バイト多くない?」

「そう?」

「休みの日も全然家にいないじゃない。」

「まぁそれは……でも仕方ないじゃん。」

「何で急に増やしたのよ。」

ユイの不機嫌そうな顔に冷や汗をかく。

「んー……ちょっと欲しいものがあって。」

「何よ欲しいものって?」

「えーっと……秘密。」

「は?」

ユイの顔が怒りに歪む。

「なにそれ、ユウのくせに、私に隠し事?」

「そういう訳じゃないけど……買ったら教えるよ。」

「いま教えなさいよ!」

「……ごめん。それは無理かな。」

「はぁ?意味わかんないんだけど!」

そんな事を言われても、と首を振る。

「僕にだって言いたくない事くらいあるさ。別にずっと秘密だっていうんじゃない。買ったら教えるって言ってるじゃないか。」

「後で言うならいま言っても変わんないでしょ!」

「変わるから秘密だって言ってるんだよ。」

しつこいユイに僕も多少イラつく。

「なによそれ!………ユウ、まさかあんた、やましい事でもしてるんじゃないでしょうね!」

「やましい事って何さ?」

「浮気とか!」

「何言ってるんだよ!してる訳ないじゃないか!」

とんでもない誤解だ。
あまりにも酷い誤解に憤慨した。

「ふーん、どうだか!……ユウなんて信用できないし……ほんっと頼りになんないっていうか………コウキ君とはまるで違うわね。」

ユイの口からボソッと出た呟き。
耳をすませていなければ聞こえなかったかもしれないその言葉を、運の良い事に……あるいは悪い事に、僕は聞き逃さなかった。


「……コウキ君って誰さ?」

不安と怒り、そして緊張が僕の胸に募る。

「は、はぁ?」

あからさまに慌てた様子のユイ。

「だから、コウキ君って誰だよ?いま言ってたでしょ!」

「し、知らないわよ!」

「知らないで済ませられないよ!僕は確かに聞いたんだ!」

しらを切ろうとするユイに詰め寄った。

「な、なによ!ユウには関係ないでしょ!」

その瞬間、僕の頭の中に確かに存在していた、細い細い、けれども頑丈で張り詰めていた糸が、ぷっつりと切れた音が聞こえた気がした。


「関係ないだって!?ふざけるな!!」

僕が普段絶対に出さないような怒声に、ユイが思わず身を竦める。

「彼女の口から知らない男の名前が出てきて、しかも僕と比較するような言い方をされて、それで関係ない!?意味がわからないよ!!」

「な、なによ……」

いつもは釣り上がっている目が潤み、その瞳には恐怖の色が浮かんでいる。

「僕に関係ないとしたら誰に関係があるって言うんだ!僕はユイの彼氏じゃないのか!ユイは彼女じゃないのかよ!!」

「ちょ、ユウ、何でそんな……」

「何でだって!?そんな事もわかんないのかよ!!」

「え……え………?」

泣きながら狼狽えているユイを見て、息を整えて心を落ち着かせようとする。
しかし、それはとても難しい事だった。


「はぁ…はぁ……ふぅ………ユイ、もう一度聞くよ。コウキ君ってのは誰なんだい?」

暴れる獣を抑えるように自らの心を律し、質問をする。
ユイは怯えるように震えながらも口を開いた。

「こ、コウキ君は…お、同じゼミの人で……ただ、それだけなの。」

「そのコウキ君は僕と違って頼りになるんだね。」

「い、いや、それは!」

「好きなのかい?」

僕の言葉にユイが動きを止める。
潤んだ瞳が大きく開かれた。
しかし図星を突かれた、という感じではない。
ただ単純に驚いたという感じだろう。
長年一緒にいるユイの事は、僕が誰よりも理解している。

「なっ、ちがっ!違うわよ!そんなんじゃない!」

「でも、僕よりその人の方が信用できるんだろう?なら、行けば良いじゃん。」

「な、なに言ってるのユウ…?それ、どういう…意味?」

顔を青くしたユイが恐る恐る僕を見た。
僕はそんなユイを前に、深く呼吸をする。
もう、いいよね……そんな言葉が頭に浮かんだ。
そして、意を決して口を開く。



「ユイ……僕達、別れよう。もう君とはやっていけないよ。」



ーーーーーーーーーーーーーーー


「………はぁ」

夜のコンビニ前で、僕は缶コーヒーを片手に深く溜息をついた。

「……これから、どうしよう。」

誰にでもなく呟く。
ユイに別れを告げて1時間。
僕は必要最低限の物を持って、大学近くのコンビニへとやってきていた。

あの後、激しく抵抗して別れたくないと喚き散らすユイを無視して、僕は勝手に話を進めた。
僕は実家に帰るからユイは好きにしろ。
もし一人暮らしをするならあと2ヶ月くらいは家賃も僕が払うから、それからは自分でどうにかしてくれ。
ユイが何を言おうと、これから僕達はただの知り合いだ。
そんな事を言った。
そして、縋り付こうとするユイを強引に振り払い、走って大学の方まで来たのだ。

「今から実家に帰ると親がうるさそうだし……まぁ、急でも泊めてくれる奴は何人かいるよね。」

楽観的に考えスマホを取り出す。
ユイからの電話着信やメッセージの受信が相当数あった。
それを無視して操作している間にも着信が入り、何度キャンセルしてもかけてくる。
僕はユイを着信拒否にした。

「あ、もしもし、僕だけど…………うん、うん……そっか…わかったよ。」

大学の知り合いに電話をして交渉する。
2人に断られて3人目にかけようとした時、実家から着信が入った。

「こんな時間に?………嫌な予感がする。」

そう思いつつも出ない訳にはいかない。
渋々電話をとった僕の耳に、母さんの声が聞こえた。


「ちょっとユウ?あんたいまどこにいるの?」

「どこって……外だけど?」

「いまユイちゃんから急に電話かかってきたのよ?泣きながらあんたがどこにいるか知らないかって。何かあったの?」

「そっか………僕、ユイと別れたんだよ。」

「え!?」

母さんが電話越しに驚愕しているのがわかった。

「心配させたくなかったから母さん達には何も言ってなかったけど……実は最近、ユイのワガママがあまりにも酷くなってきてね。……正直、限界だった。」

「んー………そう。そうなのね………」

「……うん。」

母さんが深く溜息をこぼしたのが聞こえた。

「はぁ………まぁ、あんた達の事はあんた達で決めれば良いわ。でも、ちゃんと二人で話し合ったの?」

「それは………」

冷静さが十分にあったかといえば嘘になる。

「あたしはあんた達がどんな決断をしても、それが真っ当なものであれば否定はしないわ。けど、きちんと話し合ってないなら、それはあんたの独り善がりよ。」

厳しくも正しい母さんの言葉に、僕は何も言えなくなった。

「とにかく今すぐにユイちゃんに会いに行きなさい。それか今日話したくないなら、後日話し合うことを伝えなさい。それが誠意というものよ。」

「……そう、だね。母さんの言う通りだ。」

ユイの傲慢さが原因とはいえ、それで僕まで勝手に振る舞ってどうする。
別れるなら別れるで、しっかり決着をつけないと。

「僕、帰るよ。」

「そうしなさい。でも先に電話しなさいよ。ユイちゃん、あんたを探して回ってるみたいだから。」

「うん、わかった。」


電話を切ってユイの着信拒否を解除する。
そして折り返しで電話をかけた。
しかしユイは電話に出なかった。
いや、出られなかったんだ。
無機質な電子音声によると、電源が入っていないか電波の届かないところにいるらしい。
ここらへんに電波の届かないところなんてない。
なら電源が入っていないんだ。
でもこれだけ電話やメッセージを飛ばしてきていたユイがわざわざ電源を切るだろうか。

そこで僕は思い至る。
ユイはいつも友達と連絡を取ったりゲームをしたりでスマホをピコピコしている。
今日、彼女はスマホを充電していただろうか。
少なくとも僕はそんなところを見ていない。
充電切れ…可能性はある。

僕は走って家に帰った。
15分程で到着し、鍵も掛かっていない部屋へ入る。
ユイはいなかった。
こんな時間にスマホも使えず一人で歩いているかもしれない。
そう考えた瞬間、僕は家を飛び出した。


「っ……ぐすっ…うっ……うぅ………」

「はぁ…はぁ……はぁ………見つ…けた………」

家から歩いて10分ほどの所にある公園で、ユイはベンチに座って泣いていた。
僕は公園の入り口から彼女を見つけ、息を整えつつ近づいて行く。

「ユウ……ユウぅ……うぁ…っ……うぅぅ………」

ユイは僕に気付く様子もなく、俯いて嗚咽を漏らしている。
そんな彼女の前まで歩み寄り、ゆっくりと話しかけた。

「ユイ、こんな時間にこんな所で泣いていると、変な人に連れて行かれちゃうよ。」

「うっ…ぐすっ………ふぇ?」

彼女は真っ白な手で涙を拭いながら上を向き、真っ赤な目で僕を見た。

「やぁ、ユイ。」

「…………ユウ?」

「そうだよ。」

「………ユウ……ユウッ!!」

佇む僕に勢いよく抱きつく。
こんな風に彼女に抱き締められたのはいつ以来の事だろうか。

「ぐすっ……うぅ……ユウ……ユウぅ………」

「さっきはごめん。僕も冷静じゃなかった。もっと、ちゃんと話し合うべきだったんだ。」

謝りつつも、ユイを抱きしめ返す事はしない。
まだ僕の気持ちにも整理はついていないから。
でも、冷えてしまったと思っていた僕の心にも、未だ熱は灯っていたようだった。
それを、自覚してしまった。

「ユウ…ごめん……ごめんなさいぃ……」

「……ユイの謝罪なんて、いつ以来だろうね。」

彼女の涙に釣られるように、目頭が熱くなるのを感じた。
しかし、こんなところで二人して泣く訳にもいかない。

「ユイ、ひとまず帰ろう。ここじゃ話せるものも話せない。」

ユイを促し、僕達は帰路についた。



ーーーーーーーーーーーーーーー


二人で家に戻り、熱いコーヒーを入れる。
ソファに座り込んでいる彼女の前のテーブルにそれを置き、向かい側に自分のを置いて僕はカーペットの上に座った。
まだ熱いコーヒーに息を吹きかけ冷まし、ずずっと一口含んだ。
心持ち冷まされた、けれどまだ熱を持つコーヒーが喉を通り、自然と溜息が零れる。
目の前のユイは何も言わず、俯いていた。

「………さて、ユイ。」

ユイの体がびくっと震える。

「僕がこうして帰ってきたのは、ユイともう一度話し合う為だ。わかるね?」

「………うん。」

小さく頷く。

「……単刀直入にいこうか。ユイ、さっきも言ったけど、僕達、別れた方が良いと思う。」

「私は嫌だ。ユウと別れたくない……別れたくないよ……。」

「……正直言うとね。ユイがそんな反応をするのは、ちょっと意外だった。」

「え……どういう事?」

「ユイは、もう僕の事なんて好きじゃないと思っていたから。」

「なっ!そ、そんな事ない!私はユウが好き!大好きなの!ずっと一緒にいたいの!!」

「だったら、何でそれを伝えてくれなかったの?いや、伝えなくても態度に出してくれたら伝わってたよ。でも、ユイはいつもワガママばかりで、僕を召使いのように扱っていたじゃないか。」

「そ、それは………ユウが、なんでも許してくれるから……だから………」

「僕が悪いっていうの?」

「ち、違うの!違う…けど………」


僕は一度目を閉じて考える。
僕はユイを甘やかせ過ぎたのだろうか。
いや、それはきっとそうだろう。
確かに僕はユイに甘過ぎた。
彼女の全てを許してきた。
その寛容さが、平凡な僕が彼女に捧げられる唯一のものだと心のどこかで思っていたのではないか。
だとしたら、ユイの傲慢さを助長した一因は僕にあったのだろう。

「……そうだね。ユイの理不尽を全て受け入れず、無理なことは無理とはっきり言ってあげるのが、君の為だったのかもしれない。でもね、今回の一件に君の責任がないとは言わせないよ。」

「っ……そ、それは……それは…わかってる。私が悪かったの。私が馬鹿だった。ユウなら私の全てを許してくれる。許してくれる事が、ユウの愛なんだって……身勝手にそう思ってしまったの………」

「そっか……ユイの言うことはわかるよ。理解もできる。確かに、僕はそうする事で君に愛を示してきた。だからこそ思うんだ。僕達は、一緒にいない方が良いって。」

「そ、そんな!!」

顔を歪めて涙を流すユイ。

「私、変わるから!これからはワガママ言わない!ユウの為ならなんでもする!だから!!」

「無理だよ。」

僕はきっぱりとそう言った。

「それは無理だよ、ユイ。例えそうしたところで、僕はもう君を愛せない。一度完全に消えた炎は、いくら風を送ったところで灯りはしないんだ。」

「そんな……そんなのって……」

涙の滴がポロポロと流れ、彼女の頬を濡らす。



「だから、ね。ユイ」


「いや、いやだ……」


「僕達、もう」


「いや、聞きたくない。言わないで!」




「別れよう」

僕は嘆き悲しむユイにはっきりと………









「………って、そう言おうと思ってたんだけど…ね。」

僕は、苦笑しつつそう言った。

「…………ふぇ?」

公園で僕を見上げた時のように、ユイは呆けた顔で僕を見る。

「さっき、公園で君を見つけた時、思っちゃったんだ。抱き締めたいって…やっぱり好きだって……」

「で、でも……」

「一度消えた炎は、風を送っても再び燃えたりしない。それは間違いないと思うよ。だからたぶん、僕の気持ちは消えちゃいなかったんだ。すっかり冷めちゃったとしても、自分でさえ消えたと思っていても、心のどっかで燻ってたんだよ。」

「ユウ……それって………」

「僕達は一緒にいない方が良い。そう思ったのは嘘じゃない。僕達は互いを成長させるような尊い関係にはなれない。でもね、そんなのどうでも良くなるくらいに、僕はユイの事が大好きみたいなんだ。」

「ゆ、ユウ……ユウ………」

「だから、ね。ユイ」



「これからも、僕と一緒にいてくれるかい?」


僕は久し振りに浮かべる心からの笑顔で、そう言った。

「……ほんと?ほんとにほんと?ユウは、私と一緒にいてくれるの?」

ユイが涙を流しながら問う。

「本当さ。でも、これまで通りにはいかないよ。また同じ事があったら、たぶんその時は……本当に火が消えてしまうから。」

それは予想よりも確かで、確信よりも直感的なものだった。

「うん……うんっ……私、絶対に変わる……これからは、ユウの為に頑張るからぁ………」

「……ふふっ、それは期待しておこうかな。でも、今は二人で反省しよう。僕も、変わらないといけないからね。」

滂沱の如く泣きじゃくるユイを見て思わず笑ってしまった僕は、ユイの隣に座り直し、彼女を優しく抱き寄せた。
もう二度と離さないとばかりにしがみつくユイの頭を、彼女が泣き止むまでずっと、撫で続けていた。



ーーーーーーーーーーーーーーー


「ユウ!今日のはどうかな?」

「うん、とても美味しいよ。」

「ほんと!?それなら良かっ………あっ!」

「え、なに、どうしたの?」

「ここ!焦げついちゃってる!」

「え、どこ?」

「ほらここ!」

ユイはふんわり焼いた美味しそうな卵焼きを指さしている。

「………いや、これくらい良いじゃん。」

「だ、だって、折角ユウが食べてくれてるのに!!」

「僕はむしろちょっとくらい焼き目があった方が家庭っぽくて好きだけど。」

「そ、そうなの!?わかった、焦がしてくるから待ってて!」

「いや、そこまでしなくて良い。ていうか頼むから焦がさないで!」

折角作った卵焼きを再度キッチンへ持って行こうとするユイを全力で止めつつ、僕はこの1ヶ月間のことを思い返していた。


僕が我慢の限界を迎えたあの日から早1ヶ月。
あれから、ユイのワガママはすっかりナリを潜めた。
いや、むしろ逆方向に突き抜けてしまった。
家事は全部ユイがする、家賃等も全て払う、僕は何もせず自由に過ごしてくれ、そう主張してきたのだ。
生活の中で僕が不快な思いをしないようにと常に気を張り、最近では僕が求めるものを先回りして与えてくれるようになった。

ちなみに家事は交代制もしくは二人で、そして家賃等はきっちり折半にした。
二人の為を思えばこそ、片方に負担が偏るのは良くないと数時間かけて説得したのだ。
傲慢なワガママ女だったユイは、とにかく尽くしたがるメンヘラ女へとクラスチェンジしていた。
僕の世話をする時に本当に楽しそうにするから、なかなかやめろとも言えないので困っている。
でも、こんな生活を楽しく感じている自分も確かにいるのだ。
僕はやっぱり、ユイの事が好きなんだなぁと実感する毎日であった。


「それにしても、ユイは元々料理が下手ではなかったけど……たった1ヶ月でここまで成長するなんて凄いよね。」

「えへへ、そうかなぁ……」

「うん。ユイは良いお嫁さんになるよ。」

「ゆ、ユウったらそんな事言っちゃって!恥ずかしいじゃない!」

「まぁ、ユイを貰うのは僕なんだけどね。」

「ユウ……!!も、もうそれ以上は駄目だよ!まったくもう!まったくもう!」

体をくねらせて悶えているユイ。
ちょっと気持ち悪い……のに可愛く見えてしまうのが惚れた弱みというやつなのか。
ちょっと意味が違う気がするが、それだけ僕にとってユイが魅力的な彼女だということだ。


「あっ、そういえばユウ?」

「ん?」

「結局、バイト増やして何が買いたかったの?あ、いや!言いたくないなら良いんだけど!!」

「あぁ、それね。うーん……」

「ご、ごめん!言いたくないなら無理に聞かないから!だから嫌いにならないで!!」

渋る僕を見て過剰に反応したユイが涙を流す。
こういう事がこの1ヶ月で何度かあった。

「いや、嫌いにならないから。超好きだから。」

「え、あ…そ、そっか。え、えへへ……」

「可愛い……じゃなくて!」

いかんいかん、これでは僕までただのアホになってしまう。

「……うん、やっぱり今はまだ秘密かな。でも、いつか必ず話すから、安心して。」

「……わかった!私、待ってるね!」

具体的には、2週間後のユイの誕生日に見せられるだろう。
バイトを増やしてまで貯めた金。
何に使うのかなんて、ユイ大好き星人の僕なら決まってる。

「指輪はまだ早いよね……でもやっぱりアクセサリー類が良いんだよなぁ……」

「ユウ?何か言った?」

思わず口から出た呟きにユイが反応する。
僕は慌てて話を逸らした。

「い、いや、何でもないよ!……あっ、そういえば僕も改めて聞きたかったんだけどさ。同じゼミのコウキ君とはどんな関係なの?」

どうしても気になるんだ。

「あ、コウキ君ね。私の友達の彼氏君だよ。その友達も同じゼミなの。」

「あ、そう。」

事実なんて案外ちっぽけなもんだよね。
そう思った秋の日でした。


「ごめんね、ユウ。私、今度から他の男の話なんてしないから。」

「いや、それは別に良いよ。ユイにはユイの交友関係があるんだし。僕が過剰に反応しちゃったんだ。」

「ううん、ユウに疑わせるのが嫌なの!だから、男の子はみんな着信拒否にする!むしろ電話帳から消す!ユウの為に!!」

「ちょっと待った、それは駄目だ。そんな話が広まったら彼氏である僕が束縛男みたいになるでしょ。」

「ゆ、ユウに束縛されるんだったら…私は全然嫌じゃないっていうか……むしろ縛って欲しいっていうか……心も身体も……」

「ちょっと何言ってるわからない。もうこの話はやめにしよう。食後に甘いものでも食べたくない?」

「食べたい!私買ってくるよ!何が良い?」

「いや、一緒に行こうよ。奢るよ。」

「駄目!私に奢らせて!ユウの為にお金出したいの!」

「その言葉は色々とまずいからやめてくれるかな。…………ていうか、さ。」

僕は溜息を零し、意を決して口を開いた。




「頼むから、もうちょっとワガママを言ってくれない?」

何事もちょうど良いのが大事だと思うんだ。

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