最後のラブレター ~現代版『椿姫』~

のんにゃん

宗教:自分自身

12月23日。

修吾とマリは、パリにいた。


到着したのは前日の深夜。

海外旅行に慣れていないマリは、ホテルにチェックインするや、ばったりとベッドに倒れ込みそのまま眠り込んでしまった。

飛行機は修吾の計らいでビジネスシートだったのだが、時差ボケの影響がかなりあった。


修吾は仮眠を取ると、日本でいつもそうしているように、早朝からホテルのジムで汗を流していた。


*


「おはよう」

修吾がマリに声をかけたのは、昼近くだった。

「う~ん、もうお昼?」

ゆっくり起き上がったマリを見てちょっと笑うと、修吾が観光の提案をした。

「これからレストランで食事してから、ノートルダム教会へ行かない?
パリの観光名所ってことで、有名なんだよ!」



ノートルダム教会は、マリも名前を聞いたことがある有名な教会だ。

1830年、パリの愛徳姉妹修道会のカタリナラブレという一人のシスターの前に、聖母マリアが出現したという。

 聖母マリアはカタリナに、自分の姿をかたどった楕円形のメダルを作って配るようにと告げた。
 

驚くべき早さで多くの人々の間に広まったそのメダルは、現在も
「不思議のメダイ」
などと呼ばれている。

ノートルダム教会には、聖母の出現を目の当たりにしたカタリナ・ラブレの遺体が、100年以上経過した現在でも腐ることなく、そのままの姿で安置されている。



マリもこの話は知っていたが、ずっと

「どこか遠い国のおとぎ話」

のように思っていた。


そんな場所へ行けるなんて!
嬉しかった。


「ええ、もちろん!」

すぐに身支度を始めた。


*


「パリ不思議のメダイ教会」とも呼ばれるノートルダム教会は、地下鉄のセーブルバビロン駅を降りてすぐの場所にあった。

教会のあるパック通りは、クリスマス前ということもあり、多くの観光客で賑わっている。


その中には、日本人と思われる集団もかなりの数いた。


「日本人、やっぱり多いなぁ」

修吾がそう言いながら、マリに日本語のパンフレットを手渡す。

「どうして日本人がこんなに多いのかしら?」

マリは修吾に聞いた。

「それはね、」

修吾は説明した。

「数年前に『不思議のメダイが』日本で大ブームになったんだよ。
『芸能人がつけている』とか
『恋が叶う』とか言われて。
日本人って、ただでさえそういう『縁起物』的なものが好きだからな」

「でも、聖母マリア様はカタリナに、別にそんなことは言っていなかったのよね?」

「うん。
『メダイの周りにある短い祈りを唱え、信頼を持って身につける人には特別に豊かな恵みが与えられるでしょう』
と言われたと、パンフレットにも書いてある。
多くの人をカトリックの信仰へ導くのが、本来の目的かな」

「なるほど…」

マリはパンフレットを見た。


マリは一般的な日本人と同じように、宗教を特に持ってはいなかった。

でも事業の「商売繁盛」を願い、神社やお寺を参拝することはあった、


一方修吾はというと…マリが初めて彼のSNSのプロフィールを見たとき、彼の「宗教」のところに

「自分自身」

と書いてあって、驚いたことがある。

「修吾さんは、神様は信じないの?」

マリは以前聞いてみたことがある。


その時、修吾は即答した。

「うん。なんだかんだ言っても、最終的に信じられるのは自分自身だけなんだ。
恩師でも仲間でも、アドバイスはくれても、代わりに行動や努力をしてはくれない。
結局『自分自身』なんだよ。
ましてや神様を信じて努力を放棄してしまうなんて、それこそ後悔しか残らないからね」


「無宗教」の理由を聞かれて、ここまで明快に即答できる日本人、そうはいないだろう。

彼が大学院留学していた海外で「無宗教」を貫いて生活するには、これくらい明確な理由が
「あって当たり前」
なのかもしれない。



それでも、2人はノートルダム寺院の荘厳さに圧倒された。

それは、無宗教の2人でも、思わずひざまついてお祈りを捧げたくなるほどの神々しさだった。


お土産を扱うコーナーも、観光客でいっぱいだった。

「せっかくだから、俺たちも何か買う?」

「そうね…」

マリはアルミ製の小さな楕円形のメダルを二つ手にした。

「じゃあこれをお揃いで!」

「もっと良い素材で、長く使えるのを買ってあげるのに…」

「いいのよ。初めての2人での旅行の記念に、お揃いでつけたいんだもの」

「そっか」


修吾は笑いながらマリからメダルを受け取ると、それを通すためのチェーンを2本追加で手に取った。

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