【完結】私の赤点恋愛~スパダリ部長は恋愛ベタでした~
7-1.佑司が好きです。……でも
お昼前になって、ようやく佑司は帰ってきた。
「なんだ、まだいたのか」
それって、私に出ていってほしいってことなのかな……。
それ以上なにも言わずにキッチンに行き、冷蔵庫からビールの瓶を出した。
蓋を開け、瓶から直接ごくごくと、勢いよく飲んでいる。
「なあ。
なんでまだ、いるの?」
ソファーの後ろに立った佑司が、ぷはぁと酒臭い息を吐きかける。
彼からはお酒と汗と――知らない香水のにおいがした。
その鈍器のようなにおいに後頭部を殴られ、目の前が真っ暗になる。
「私はっ」
振り返ったら、佑司と目があった。
いつも私ばかり映していた瞳にはもう、私の姿は映っていない。
「……出ていく、から」
寝ていないせいでがんがん痛むあたまをこらえ、寝室へ向かう。
スーツケースに荷物を詰める私を、佑司は黙って見ていた。
「……お世話に、なりました」
ソファーに座ったまま、佑司はこちらを振り返らない。
「あのね。
最後に、聞いてほしいの。
私は佑司が好きです。
愛しています。
これまでも、……きっと、これからも」
佑司からの返事はない。
気持ちと同じくらい、重いスーツケースを引きずってマンションを出た。
タクシーを拾いかけて、やめる。
そのまま駅に向かい、電車に乗った。
行く当てなんてない。
転がり込む友達さえいない。
適当に大きな駅で電車を降りた。
ネカフェを探して彷徨ったが、幸いすぐに見つかった。
狭いブースの、床の上で、膝を抱えて丸くなる。
佑司はきっと、私が嫌いになったんだろう。
きっとだから、ほかの女の人と。
「うっ、ふぇっ」
今頃になって涙が出てくる。
……これから、どうしよっかな。
もう会社には行きたくない。
佑司に顔をあわせたくない。
いっそ……実家に帰ろうかな。
うつらうつらとするものの当然、熟睡などできない。
それでも少しだけ眠って明日の朝、北九州行きの飛行機を予約した。
「とりあえず、一護に会いに行こう」
あの日、佑司の顔が一護と重なって見えたから付き合うことになったのだ。
だから一護の仏壇に参れば、なにか見えてくるんじゃないかと思った。
「帰ってくるなら連絡くらいしっちゃ」
突然帰ってきた私を、食べようとしていたおまんじゅうを慌てておいて母は迎えてくれた。
「うん、ごめん。
父さんは?」
「ちょうどあんたと入れ違いで東京出張」
「そうなん」
いなくてちょうどよかったかも。
こんなふうに帰ってきたら、なんで帰ってきたってうるさいだろうから。
「それでなんで、こんな急に帰ってきたん?
今日は泊まっていくと?
その大荷物はなんね?」
矢継ぎ早に訊いてきながらも、母は私に麦茶を入れてくれた。
「休み取ったけん、しばらく泊まるわ」
「そうね」
もう関心はないみたいで、母はそれ以上なにも訊いてこなくなった。
そういうところがいまは助かる。
「姉ちゃん、元気しとーと?
唯花ちゃんは三つだっけ?」
「唯花はもうすぐ四つよ。
この春から幼稚園通っちょるわ」
「へー、そうなん」
出してくれたおまんじゅうを食べながらどうでもいい話をする。
なんだかそういうのがほっとした。
晩ごはんは回転寿司だけど食べに連れていってくれた。
父さんには内緒よって。
今日はちゃんと布団に入ったけれど眠れない。
――ピコン。
携帯が通知音を立て、慌てて画面を確認する。
「……だよね」
【今週のクーポン!
見せるだけで新製品がお得に食べられるチャンス!】
通知音が鳴るたびに、もしかしたら、きっとそうかもと期待して見るも、毎回これ。
いっそ、企業アカウント全部消してしまいたいくらいだ。
「やっぱり私なんて、嫌いになったんだ……」
こぼれ落ちる涙はいくら拭っても止まらなかった。
月曜日、母は仕事へ出ていった。
無断欠勤するわけにもいかず、会社へ連絡を入れる。
電話には丸島係長が出た。
『今日は京屋部長と一緒じゃないけど、どうした?』
「あの、えーっと。
……母が、入院しまして。
父ひとりだと慣れるまで大変なので、二、三日休ませてほしいのですが」
すまん母。
そして父よ。
『わざわざ連絡してこなくても、京屋部長は知ってるんだろ』
「あのー、えっと。
その……」
『なんだ、喧嘩でもしたのか?
ちょっと待ってろ、京屋部長と代わってやるから』
「えっ、ちょっ」
丸島係長としては気を回してくれたんだろうけど、余計なお世話だ。
すぐに保留の音楽が鳴りだす。
どくん、どくんと心臓が妙に自己主張して苦しい。
『実家に帰る?
はいはい、そうですか。
好きにしたらいいんじゃないですか』
いきなり出たかと思ったら、それだけ言って唐突に切れた。
いまだにきっと、怒っている。
これでますます、会社に行きづらくなった。
重い気持ちのまま近所のスーパーへ行き、適当にセットになった花を買う。
家に帰って組み直して、花束にした。
それを持って隣の家に行く。
「こんにちはー」
「はーい。
ちょっと待ってねー」
すぐに、おばあちゃんが玄関を開けてくれた。
「あら千重ちゃん、いつ帰ってきたとね」
「はははっ、昨日です。
あの、一護の仏壇、お参りさせてもらっていいですか」
「千重ちゃんに参ってもらったら、一護も喜ぶやろーけん」
おばあちゃんに案内されて仏壇の前に座る。
正確には一護の仏壇ではなく隣の家の仏壇だ。
人間と動物と一緒の仏壇に入れていいのか非常に気になるところだが、おじさん曰く家族なんだからいいらしい。
家族が納得しているのなら、本来ならダメだったとしてもいいことにする。
「一護、久しぶり」
隣の犬ながら、一護は私によく懐いていた。
ときどき、散歩に行かせてもらったりしていたし。
おじさんもおばさんも、うちの両親だってまるで彼氏だって言っていたし、私もそうだと思っていた。
「一護さ、あんたもしかして、佑司の中に入ったりしとらん?」
我ながら、ばかばかしい問いだと思う。
でも何度も何度も、佑司と一護が重なって見えたのだ。
「佑司の中におるんやったら、どうしたらいいか教えてよ……」
遺影の一護はなにも答えてくれない。
ただ、なにも考えていない、幸せそうな顔で笑っている。
そうだよ、一護はお莫迦で、怒られてもおやつをもらった瞬間、忘れるような奴だった。
あとヤキモチ妬きで私がほかの犬と仲良くしているとすぐに上に乗っかってきた。
まるで佑司と一緒。
拗ねた一護に私はどうした?
何度も何度も、一護が納得するまで一護が一番だと伝えた。
佑司にだってそうすればいい。
きっとこれが――正解。
「ありがと、一護」
そうと決めたならじっとしていられない。
「おばあちゃん、ありがとうございました!
またきます!」
「なんね、千重ちゃん。
いまお茶淹れたんに」
「すみません!」
大急ぎで家に戻り、荷物をまとめる。
空港に向かいながら母に詫びの電話を入れたが出ない。
仕事中なら仕方ないか。
メールを入れておこう。
今日は焼き肉食べに行くって張り切っていたけど、申し訳ない。
「なんだ、まだいたのか」
それって、私に出ていってほしいってことなのかな……。
それ以上なにも言わずにキッチンに行き、冷蔵庫からビールの瓶を出した。
蓋を開け、瓶から直接ごくごくと、勢いよく飲んでいる。
「なあ。
なんでまだ、いるの?」
ソファーの後ろに立った佑司が、ぷはぁと酒臭い息を吐きかける。
彼からはお酒と汗と――知らない香水のにおいがした。
その鈍器のようなにおいに後頭部を殴られ、目の前が真っ暗になる。
「私はっ」
振り返ったら、佑司と目があった。
いつも私ばかり映していた瞳にはもう、私の姿は映っていない。
「……出ていく、から」
寝ていないせいでがんがん痛むあたまをこらえ、寝室へ向かう。
スーツケースに荷物を詰める私を、佑司は黙って見ていた。
「……お世話に、なりました」
ソファーに座ったまま、佑司はこちらを振り返らない。
「あのね。
最後に、聞いてほしいの。
私は佑司が好きです。
愛しています。
これまでも、……きっと、これからも」
佑司からの返事はない。
気持ちと同じくらい、重いスーツケースを引きずってマンションを出た。
タクシーを拾いかけて、やめる。
そのまま駅に向かい、電車に乗った。
行く当てなんてない。
転がり込む友達さえいない。
適当に大きな駅で電車を降りた。
ネカフェを探して彷徨ったが、幸いすぐに見つかった。
狭いブースの、床の上で、膝を抱えて丸くなる。
佑司はきっと、私が嫌いになったんだろう。
きっとだから、ほかの女の人と。
「うっ、ふぇっ」
今頃になって涙が出てくる。
……これから、どうしよっかな。
もう会社には行きたくない。
佑司に顔をあわせたくない。
いっそ……実家に帰ろうかな。
うつらうつらとするものの当然、熟睡などできない。
それでも少しだけ眠って明日の朝、北九州行きの飛行機を予約した。
「とりあえず、一護に会いに行こう」
あの日、佑司の顔が一護と重なって見えたから付き合うことになったのだ。
だから一護の仏壇に参れば、なにか見えてくるんじゃないかと思った。
「帰ってくるなら連絡くらいしっちゃ」
突然帰ってきた私を、食べようとしていたおまんじゅうを慌てておいて母は迎えてくれた。
「うん、ごめん。
父さんは?」
「ちょうどあんたと入れ違いで東京出張」
「そうなん」
いなくてちょうどよかったかも。
こんなふうに帰ってきたら、なんで帰ってきたってうるさいだろうから。
「それでなんで、こんな急に帰ってきたん?
今日は泊まっていくと?
その大荷物はなんね?」
矢継ぎ早に訊いてきながらも、母は私に麦茶を入れてくれた。
「休み取ったけん、しばらく泊まるわ」
「そうね」
もう関心はないみたいで、母はそれ以上なにも訊いてこなくなった。
そういうところがいまは助かる。
「姉ちゃん、元気しとーと?
唯花ちゃんは三つだっけ?」
「唯花はもうすぐ四つよ。
この春から幼稚園通っちょるわ」
「へー、そうなん」
出してくれたおまんじゅうを食べながらどうでもいい話をする。
なんだかそういうのがほっとした。
晩ごはんは回転寿司だけど食べに連れていってくれた。
父さんには内緒よって。
今日はちゃんと布団に入ったけれど眠れない。
――ピコン。
携帯が通知音を立て、慌てて画面を確認する。
「……だよね」
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いっそ、企業アカウント全部消してしまいたいくらいだ。
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こぼれ落ちる涙はいくら拭っても止まらなかった。
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無断欠勤するわけにもいかず、会社へ連絡を入れる。
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『今日は京屋部長と一緒じゃないけど、どうした?』
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……母が、入院しまして。
父ひとりだと慣れるまで大変なので、二、三日休ませてほしいのですが」
すまん母。
そして父よ。
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いまだにきっと、怒っている。
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それを持って隣の家に行く。
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「はーい。
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すぐに、おばあちゃんが玄関を開けてくれた。
「あら千重ちゃん、いつ帰ってきたとね」
「はははっ、昨日です。
あの、一護の仏壇、お参りさせてもらっていいですか」
「千重ちゃんに参ってもらったら、一護も喜ぶやろーけん」
おばあちゃんに案内されて仏壇の前に座る。
正確には一護の仏壇ではなく隣の家の仏壇だ。
人間と動物と一緒の仏壇に入れていいのか非常に気になるところだが、おじさん曰く家族なんだからいいらしい。
家族が納得しているのなら、本来ならダメだったとしてもいいことにする。
「一護、久しぶり」
隣の犬ながら、一護は私によく懐いていた。
ときどき、散歩に行かせてもらったりしていたし。
おじさんもおばさんも、うちの両親だってまるで彼氏だって言っていたし、私もそうだと思っていた。
「一護さ、あんたもしかして、佑司の中に入ったりしとらん?」
我ながら、ばかばかしい問いだと思う。
でも何度も何度も、佑司と一護が重なって見えたのだ。
「佑司の中におるんやったら、どうしたらいいか教えてよ……」
遺影の一護はなにも答えてくれない。
ただ、なにも考えていない、幸せそうな顔で笑っている。
そうだよ、一護はお莫迦で、怒られてもおやつをもらった瞬間、忘れるような奴だった。
あとヤキモチ妬きで私がほかの犬と仲良くしているとすぐに上に乗っかってきた。
まるで佑司と一緒。
拗ねた一護に私はどうした?
何度も何度も、一護が納得するまで一護が一番だと伝えた。
佑司にだってそうすればいい。
きっとこれが――正解。
「ありがと、一護」
そうと決めたならじっとしていられない。
「おばあちゃん、ありがとうございました!
またきます!」
「なんね、千重ちゃん。
いまお茶淹れたんに」
「すみません!」
大急ぎで家に戻り、荷物をまとめる。
空港に向かいながら母に詫びの電話を入れたが出ない。
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