私の赤点恋愛~スパダリ部長は恋愛ベタでした~

霧内杳

3-6.伝言係?

佑司との関係に悩みながら、日々は過ぎていく。
彼の溺愛にも次第に慣れていったし、彼も私の話をちゃんと聞いてくれた。


――ポン!

ポップアップが上がり、社内メールの到着を告げる。

【八木原様

京屋部長へ例のレモンリキュール、やはり厳しそうですとお伝えいただけますでしょうか。

仕入部 品川しながわ

例のレモンリキュールとは、ニャーソンさんの商品に使う予定の奴だ。
なのでこのメール自体はおかしくない。

が、なぜに私へ送ってくる?
直接佑司へ送ればいいと思うし、それに。
前方の席をちらり。
そこでは佑司が両方の耳にひとつずつ受話器を当てそうな勢いで仕事をしていた。

そう、いないのならまだわかるのだ。
でも今日は一日、在社予定になっている。
なのになんで、私に言ってくる?
わからないが伝えてほしいと言われれば、伝えるしかないだろう。

「京屋部長」

「……佑司って呼ばなきゃ返事しない」

視線はパソコン画面に向いたまま、それでもそんなことを行ってくる佑司に一瞬、パンチをお見舞いしたくなったが我慢我慢。

「……仕入部の品川さんから例のレモンリキュール、やはり厳しそうだと連絡が」

「なんで直接、俺に言ってこないんだろうな」

「さあ」

だから。
私だってわからないんだって。

「まあいいや、直接俺が交渉するし。
わかったって連絡しといて」

佑司の手が受話器を掴み、すでに番号を押しはじめている。
私も席に戻り、言われたとおりに品川さんへ京屋部長に伝え、わかったと返事をもらったことを返信した。

その後も。

【京屋部長へ試作品の製作、あと一日待ってくださいとお伝えください】

【京屋部長へ容器の件、ロットをご再考くださいとお伝えください】

【京屋部長へレモンコンポートの件、他社へ変更できないか検討をお願いしますとお伝えください】

「私は京屋部長の、伝言係じゃなーい!」

瞬間、キーを打つ、カタカタという音がしなくなる。
受話器を握る人すら言葉を途切れさせ、相手の声で慌てて返事をしていた。

「チー、どうした?」

忙しいはずなのに仕事の手を止め、佑司が私の席までやってくる。

「あ、いえ……。
なにも」

いくらなんでも、こんなことでキレた自分が恥ずかしくて頬が熱くなった。

「また俺宛の伝言か」

左手を腰に、右手でマウスを操作して勝手に私宛の社内メールを彼はチェックしている。

「なんでチーに言ってくるんだろうな。
俺に直接言えばいいのに」

「……さあ」

わかれば苦労しないし、こんなふうにキレたりしなかった。

「んー、一度みんなには言った方がいいかな。
あー、でも、そうしたらチーの可愛い声が聞ける機会が減るのか……」

「は?」

なんでそんなに残念がっているのか、全くもってわからん。

「チーには悪いけど、もうちょっと伝言係やって?
んでメールじゃなくて直接俺に言って?
忙しくてもチーの声聞いたら癒やされるから」

「はぁ……」

いいのか?
忙しい佑司がそれで少しくらい助けになるというのなら、……まあいいか。


それからも伝言係を続けた、ある日の会議。

「京屋部長!」

会議のさなか、ひとりの男が立ち上がった。
彼は確か、仕入部の……庄司しょうじさん。
隣で上役の品川さんが座れとシャツを引っ張っているが、彼は毅然として立っていた。

「何度も言っているとおり『瀬戸せとレモン』さんだとこの量の生産は追いつかないんですよ!
瀬戸さんもこれだけにかかりっきりになるわけにはいかないんですし。
ご再考をお願いします!」

勢いよく庄司さんがあたまを下げ、会議室の中は物音ひとつしなくなった。

「……だから。
どうしても瀬戸レモンさんのレモンコンポートがいいって何度言ったらわかるんだ?
品質は最高級、話題性もある。
多少高くても他で調整するからなんとしてでもお願いしろって言ってるだろ」

低い、佑司の声が響き渡る。
身動ぎどころか呼吸さえも憚れる空気。
佑司が書類を机の上へ投げ捨てた、バサッという音が妙に大きく響いた。

「これには社運がかかってるんだ。
瀬戸レモンさんの命運も責任持つくらいの覚悟で交渉しろ」

肘をついて両手の指を組み、眼光鋭く庄司さんを睨みあげる。
悪いが、完全に役者が負けていた。
この佑司に勝とうだなんて誰だって、無理。

「は、はいぃっ!」

可哀想なことに庄司さんの目には、うっすらと涙が浮いていた。

会議が終わり、緊張が続いた空気もさすがに緩む。

「チーちゃんにお願いしないで直接京屋部長に意見を言うなんて、無謀なんだよ」

ちらりと聞こえてきた言葉。
その方向を見たら、品川さんが庄司さんを慰めていた。

「そうそう。
怒られそうなのはチーちゃん経由にしないと。
そしたらあの人、あんまり怒んないからさ」

さらに開発部の山西やまにしさんが庄司さんを慰めているけど……それっていったい?

「チーちゃん様々だよなー。
初日の会議で『八木原は俺のもの』とか言いだしたときは、あたまでもおかしくなったかと思ったけど」

「ほんとになー。
でもチーちゃんのおかげであの厳しい京屋部長が、ちょっとマイルドになったもんな」

「チーちゃんには感謝しかないな、ほんと」

私が聞いているなんて気づくことなく、品川さんたちは会議室を出ていった。

陰でチーちゃんなんて呼ばれていたなんて知らなかった。
それに少しでも怒られないために伝言が係にされていたのも。

佑司ってそんなに怖いのかな?

私が知っている佑司は話が通じない、おかしな人だ。
あ、でも、確かに仕事に対する姿勢は厳しいと思う。
自分にも、他人にも。

だから、怖がられているのかな。

それからも伝言係にされたけど、そこはあまり気にしないことにした。
それでスムーズに仕事ができるならその方がいいもんね。



六月に入り、ニャーソンさんの企画も大詰めだ。

「チー、応接室、準備しといて。
ニャーソンの新しい広告担当が挨拶に来るって」

「はい」

指示されたとおり応接室の中を確認し、お茶の準備をする。
普通は途中で担当が代わったりなんてことはないのだろうが、前の担当は階段から落ちて足を骨折。
現在は入院中だから仕方ない。

「京屋部長。
新しい方はまだ、試作品召し上がってないですよね?
準備した方が?」

「あー、チーは気が利くなー。
開発部にあるんだったらお出ししろ」

「はい」

昨日、社内試食会をしたばかりだから、もしかしたら残っているかもしれない。
大急ぎで向かった開発部には思った通り試作品が残っていた。
今日のおやつのはずだったのに、って恨まれちゃったけど。

営業部に戻ると、ちょうど先方が到着したところだった。
お茶と一緒に試作品もお盆にのせて、応接室に行く。

「失礼します」

中に入って顔を上げた途端、固まった。

「……チー?」

懐かしい声が、私を呼ぶ。

「……駿しゅん

そこにいたのは、私が昔――付き合っていた男、だった。

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