私の赤点恋愛~スパダリ部長は恋愛ベタでした~

霧内杳

2-2.同意は当然、必要です

タクシーが停まったのは、郊外のマンションの前だった。

「さっさと来い」

「は、はい」

携帯をかざすだけでエントランスのドアが開く。
そういうところはいかにも高級っぽい。

エレベーターは最上階のひとつ下、五階で止まった。

「もう遅いんだからさっさとする」

「はい」

エレベーターホールから渡り廊下を渡った先にはドアがひとつ。
もしかして、占有部屋なんですか?

「どうぞ」

「お、おじゃましまーす」

勧められたふかふかのスリッパを履いて中に入る。
通されたリビングダイニングは、私の安アパートとは比べものにならないくらい広かった。

「なんか飲むか?」

「あ、いえ……」

バッグを抱いて、そーっとソファーへ腰を下ろす。
白の革張りソファーにガラステーブル、さらに下にひかれたブルーと白のラグの組み合わせはとても清潔そうに見えた。
けれど同時に、汚したらどうしようとドキドキする。

グリーンの瓶ビールとグラスを手に京屋部長が隣に座り、思わず隅に逃げてしまう。

「なんで逃げるんだ?」

テーブルの上にビールとグラスを置き、ぐいっと彼は私の腰を抱き寄せた。

「ひっ」

もう、それだけで悲鳴が漏れる。
ドキドキ、ドキドキ、心臓は妙に速い鼓動を刻んでいるし、全くもって落ち着かない。

「なあ。
……さっきからなに、考えてんの?」

「ひぃっ」

ぼそっと、耳に熱い吐息がかかり、また悲鳴が漏れた。

「そんなにシてほしいんだったら……お望み通りにしてやるよ」

「えっ、あっ、降ろせー!」

京屋部長にお姫様抱っこで抱きかかえられた。
じたばた暴れてみたって、ニヤニヤ笑うばかりで降ろしてくれない。
私を抱えたまま器用にドアを開け、寝室らしき部屋に入っていく。

「きゃっ」

中央に置かれた、広いベッドの上にいきなり落とされた。

「チー」

私の上から、京屋部長が見下ろしてくる。
しゅるりとネクタイが緩められるのを、間抜けにもぼーっと見ていた。

「好きだ」

レンズの向こうから熱を孕んだ瞳が私を見ている。
そっと彼の手が私の頬に触れ、唇が重なった。
ちろりと唇を舐められ……さすがに、現状把握した。

「ごふっ」

「同意も無しになにするんじゃー!」

京屋部長は私に殴られたお腹を押さえて悶絶しているけど、知ったこっちゃない。
こっちの意思も確認しないで、無理矢理しようとしやがって。

「だ、だってこの流れだったら当然、そうなるだろ!?」

「はぁっ?」

じろっと睨むと、彼はびくんと身体を震わせて小さく縮こまった。

「流れってなんですか、流れって!
同意が必要に決まってんでしょう!?」

「でもいままで、これでよかったぞ?」

いやいや、意味がわからん。
あ、いや、TL的展開ならこれで正解なのか?
しかしいかんせん、これはTLじゃないのだ。

「同意は絶対、必要です。
わかりましたか?」

「……わかった」

シュンと萎れて、上目でうかがってくるその姿は、うわっ、一護そっくりだよー。

「じゃ、じゃあ。
抱いていいか」

「は?」

えーっと。
同意がもらえればいい、と。
いや、そうなんだけど。

「嫌です」

「なんでー」

どうでもいいですが、枕を抱いて拗ねないでください。
全くもって可愛くないです。

「俺はチーを抱きたいのにー。
なんでダメなんだよー」

すみません、京屋部長って三十過ぎですよね?
なのになんですか、子供みたいにだだこねて。

「俺は、チーを、抱きたい。
だから、抱かせて?」

ううっ、そんな、目をキラキラさせて言わないでー!
つい、うんって言っちゃいそうになるから!

「あのですね。
……ほら、今日はもう、遅いじゃないですか。
明日はデートに連れていってくれるんでしょう?
早く寝ないと明日に響きますよ」

「それはそうだよな。
よし、寝よう。
すぐに寝よう」

きょ、京屋部長が阿呆でよかった……。
とりあえず、身の危険は回避、かな。

「ちょ、スーツのまま寝たらしわくちゃになりますって!」

私を強引に抱きしめて、京屋部長はごそごそと布団の中へ潜っていく。

「着替えるの、面倒くさい」

「着替えろ!
そして私にもなんか服、貸してください!」

なぜかぴたっと、彼の動きが止まる。

「……チーの着替え」

なんか企んでいるのか口もとが愉しそうに緩んでいて、もう悪い予感しかしない。

「チーの服、チーの服」

なんだか半ば歌いながら、京屋部長はクローゼットを開けてごそごそしはじめた。
それをいやーな気分でただただ眺める。

「これ着とけ!」

少しして彼が私へと差し出したのは――ワイシャツ、だった。

「……はい?」

なんだかあたまが痛いんだけど、気のせいじゃないよね?

「ほら、さっさと着替える」

京屋部長は私にかまうことなく自分のシャツのボタンを外しはじめたので、慌てて背を向ける。
鼻歌なんか出ちゃってますけど、これを私にどうしろと?

「チー、着替えろって。
それとも、着替えさせてほしい?」

反射的に出した拳は、ひょいっとよけられた。
京屋部長はすでに、シルクらしい黒のパジャマに着替えている。

「えーっとですね……」

「なに?」

きっと、にこにこ笑ってみているこの顔は、悪気がないのだろう。
わかる、けれど。

「……はぁーっ。
洗面所、お借りしてもいいですか」

「なんで?」

かくん、と京屋課長の首が横に倒れる。
なんでって、あんた。

「恥ずかしい、ですし」

「恥ずかしい?」

かくん、と今度は、反対側へ首が倒れた。

「なんで?」

わけがわからん、そんな顔で私を見ていますが。
私はさっきから、頭痛が酷いですよ。

「あのですね、普通、人前、しかも男性の前で着替えるとか、恥ずかしいんですよ」

「恋人同士なんだから、問題ないだろ?」

ああ、そういう。
付き合うって言ったから、京屋部長の中ではすでに恋人にカテゴライズされているんだ。
でもあの付き合う、は好きじゃないけどとりあえず付き合ってみる、の付き合うなわけで。

「まだ、恋人ではないですよ」

「えー、付き合うって言ったから恋人だろ」

うっ、安易に返事をしすぎた。
私としてはお試しで、って気持ちだったのに。

「えっと。
その、私はまだ、京屋部長が好き、などということは言ってないわけで」

「……佑司」

「はい?」

「佑司って呼ばなきゃ、返事しない」

ぶーっと唇を尖らせ、京屋部長がふて腐れる。
いや、可愛くないから、全然。

「……佑司、さん」

「佑司」

ぷいっと、京屋部長顔がよそを向く。
だいたい、自分よりかなり年上の、しかも上司を呼び捨てにしろなんて無理があると察してくれ。
でも呼ばなきゃ、返事をしてくれそうにはない。
面倒、ひっじょーに、面倒だ。

「……佑司」

「うん」

ぱーっと佑司が満面の笑みになり、幻の尻尾が盛大に振られる。
うん、もういいよ。

「私はまだ、佑司……が好き、などと言ってないわけで。
だいたい、嫌いじゃないなら付き合ってほしい、損はさせない、でしたっけ?
それってとりあえず、お試しってことじゃないんですか」

「うっ」

みるみるうちに京屋部長――佑司が萎れていく。
ちょっと言い過ぎた?
でも、事実だし。

「……洗面所は出てすぐ右のドア」

がっくりと項垂れて眼鏡をサイドテーブルへ置き、もそもそと布団へ潜っていく。
はぁーっ、でっかいため息が私の口から落ちたけど、仕方ないよね。

洗面所で借りたワイシャツに着替える。
当然ながら、大きい。
おかげで膝上五センチくらいにはなったが、足が丸見えなのが嫌。
だけど我慢するしかないんだろうな……。

ついでに化粧も落としておこうと思ったけれど、クレンジングなんて当然、あるわけがない。
途中でせめて、コンビニによってもらうべきだった。

「ダブル洗顔でなんとかなる?
でも顔ががびがびになりそう……」

男はいいかもしれないが、女にはいろいろ都合があるのだ。
なのにいきなり、お持ち帰りだとか。

寝室ではすでに、佑司がベッドの中に潜り込んで丸くなっていた。
はぁーっ、再び私の口から大きなため息が落ちる。

「佑司」

呼ぶと、びくんと布団が震えた。

「ほら、着替えてきましたよ」

おそるおそる、掛け布団から佑司の顔が出てくる。

「……見えない」

佑司はまだ落ち込んでいて、はぁっとさらにため息が出る。

「眼鏡。
かけたらどうなんですか」

「……」

眼鏡をかけた佑司が、私の方へ向かって手を広げてくる。
これっていったい、なにがしたんですか。

「……ハグしたい」

「……はぁーっ」

もう数えるのも面倒くさくなったため息をつき佑司の前に立った途端、ぎゅっと抱きしめられた。

「……俺はチーが好きなんだ」

「はい」

眼鏡が汚れるなんてかまわずに、彼は私の身体に顔をうずめてくる。

「だからチーに、俺を好きになってほしい」

「……努力、します」

そっと、髪に触れてみる。
少しだけ硬い髪はやはり、一護を思い出した。
ゆっくりゆっくりと髪を撫でながら、私はこの人が好きになれるんだろうかと不安になってくる。

ううん、佑司だけじゃない。
人を好きになれるんだろうか。

――人を好きなる資格があるんだろうか。

「チー?」

髪を撫でる手が止まったからか、心配そうに佑司が私の顔を見上げてくる。

「なんでもないですよ。
もう寝ましょう」

笑ってみせながら、いま不安に思ったことを忘れたフリをした。

「そうだな」

一緒のベッドに入ると、後ろから抱き枕よろしく抱きしめてくる。

「ちょ、佑司!?」

「チーは温かいな……」

私が抵抗する間もなく、すぐに佑司はすーすーと気持ちよさそうに寝息を立てだした。
それを聞いていると私も眠くなってくる。
これからのことは明日考えよう。
今日はもう、眠い……。

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