【完結】私の赤点恋愛~スパダリ部長は恋愛ベタでした~

霧内杳

1-2.京屋部長と私

私が京屋部長の補佐を命じられたのは……この春のこと。

新年度になり、いままでいた深澤ふかざわ部長が退職して、新しく京屋部長が就任した。

順当にいけば竹村たけむら課長が昇進するんだろうけどこっちはそのままで、営業戦略部の京屋課長が営業部長になってやってきた。

ちょっとした騒ぎにはなっていたけれど、私は部長が替わったんだ、くらいにしか思えなくて。
なにが変わるのかピンとこなかったし。
それよりも新入社員なんか入ってきた方が重要。

初めてできた後輩にドキドキしていた頃、その知らせは舞い込んできた。
コンビニ大手ニャーソンからの依頼。
チルドデザートで全国展開しているうちとしては、絶対成功させたい契約に決まっている。
のちのちにも繋がってくるし。

チームリーダーは京屋部長に決まり、各部署へ参加者募集の通達が下った。
ほとんどが立候補した人だったし、入社二年目、ようやく初心者マークのとれた私なんて関係ないとスルーしていたんだけど。

八木原やぎはらもあれ、立候補してたのか?
でも凄いな、京屋部長の補佐なんて」

「……はい?」

食堂で同期から声をかけられ、箸に掴んだたくわんがぽろりと落ちる。

……あれ、ってニャーソンさんのあれ、だよね?
私、立候補なんてしていないし。
それに京屋部長の補佐ってなに?

彼は俺も参加したかったのにとかしきりに悔しがっているが、いまはどうでもいい。

――ガタッ!

勢いよく、立ち上がる。
そのせいで椅子が大きな音を立てて注目を集めたが、些細な問題だ。

「八木原?」

怪訝そうに彼が私を見上げた。

「あ、うん。
教えてくれてありがとう。
じゃ」

ダッシュで食べかけのメンチカツ定食を片付け、自分の席へ戻る。
パソコンのスリープを解除してつい一時間前に出た通達を確認した。
そこには紛れもなく私の名前が載っていたし、仕事も京屋部長の補佐になっている。

……いやいやいや。
なにかの間違いでは?

部屋の主を探すけれど、いない。
行動予定を確認したら、外出になっていた。
しかも戻りは夕方だ。

……どういうことなんですかね、これ。

確認しようにも当人がいなければどうにもできない。
昼食を残したせいでお腹が空いて、さらにイライラしながら仕事をこなす。
しかも、もうみんな通達を見たのか、なんでとかどうしてとかひそひそ声がうっとうしい。

「あのですね!
言いたいことがあるならはっきり言ったらいいんじゃないですかね!」

言い切った途端、辺りがしーんと静まりかえった。
しまった、なんて後悔したってもう遅い。

「そうだぞ。
言いたいことははっきり言え。
陰口叩く奴は俺のところにはいらん」

バン!と扉が開いて、ナイスタイミングで京屋部長が登場した。
おかげでみんな、こそこそとなんでもないフリをして仕事を再開している。

「ん?
もういいのか」

くいっ、その大きな手で覆うように京屋部長は眼鏡を上げ、自分の席へと歩いていった。

「京屋部長!」

我に返って、彼の席に駆け寄る。

「ん?
礼ならコーヒー淹れてきて」

私と目をあわせずに、京屋部長はてきぱきとパソコンを立ち上げはじめた。

「そうじゃなくてですね!
あ、いや、……先ほどはありがとうございました」

「ん」

パスワードを打ち込んでタン!とエンターキーを叩き、彼が私を見上げる。
目があって、にやっと意地悪く口もとを歪ませて笑われた。

「それで、なんだって?」

ニヤニヤ、ニヤニヤ。
愉しそうに笑っている京屋部長は、私がなにを言いたいのか知っている。

「なんで私が、チームに入ってるんですか?
しかも、京屋部長の補佐、とか」

「んー?
俺が、お前がいいと思ったから」

「……はい?」

いやいや、それって答えになっていないですって。

「反対されたよ?
専務とか本部長とか。
でもお前が補佐につかないのならこの仕事やらない、って言ったらいいって」

「はい?」

京屋部長はなんでか、嬉しそうににこにこ笑っているけれど。
どうしてそんな、一個人のわがままを上層部は許すんだ?
大丈夫か、うちの会社?

「俺はお前がいいんだから、間違いないの。
それでなんか文句ある?」

文句なんてあるに決まっている。
が、聞いてもらえるとは思えなかった。
なんていったって役員にわがままを通させる、俺様京屋様なんだから。

「……もういいです」

「あ、明日、顔合わせだからな。
楽しみだなー」

なにがどうしてそんなに楽しみなのかこのときはわからなかったけれど。

……翌日、私は地獄をみることになる。



次の日はチームの顔合わせだった。
開発部の神様だの、広告宣伝部のエースだの、そんな中でちみっと私がいるのはやっぱり浮く。
しかも末席だと思ったのに、お前はここって京屋部長の隣に座らせられるし。
社内で無名の私が、注目を集めまくりですよ。

今日は自己紹介だけだって、挨拶がはじまった。

「俺がチームリーダーの京屋佑司ゆうじだ。
ビシバシいくからな、よろしく頼む」

ピシッと姿勢を正して挨拶する京屋部長は珍しく、凜々しく見えた。

そもそも、背が高くて三つ揃えのピンストライプスーツがよく似合い、しかも眼鏡のせいで顔面偏差値が上がっているんだから、格好良く見えない方がおかしい。

なのに、俺様で言葉が通じないという残念な性格なので、私はこの人が格好良く見えることなんて滅多になかったりする。
でもそれはどうも、私に限ったことらしい。
現にいま、盛大な拍手が送られているしね。

挨拶はそのまま続いていき、最後は私だった。

「営業部の八木原です。
京屋部長の補佐を命じられました。
よろしくお願いします」

当たり障りのない挨拶をして座ろうとしたら、隣の京屋部長がいきなりガタッと勢いよく立ち上がった。

「ちなみに、八木原は俺のものだから。
以上」

「……は?」

見上げると、レンズ越しに目があった。
にやり、右頬だけを歪めて笑う。
座った彼とは反対に今度は私が、反射的に立ち上がっていた。

「なんじゃそりゃー!」

「俺の補佐なんだから俺のものだろ」

頬杖をついて私を見上げ、ニヤニヤ京屋部長は愉しそうに笑っていて、その笑顔に頭痛がしてくる。

「ご、誤解を招くようなこと、言わないでください!」

「だって、誤解を招くように言ったんだもん」

もん、って!
もん、って全然可愛くないから!

「なにを考えてるんですかー!」

「んー?
どうでもいいんだけどさ。
一応、会議の最中なんだけど?」

「あ……」

一気に、冷静になった。
誰ひとり口を開かず、じっと私に注目している。

「……すみません、でした」

おとなしく、椅子に座り直す。
京屋部長は何事もなかったかのように、会議の進行を再開した。

……また、やってしまった。

感情的になってつい、食ってかかってしまう。
だから、空気が読めないだのなんだのって、敬遠されているのも知っている。
直したいけど、直せない自分の性格が嫌になる。

「じゃ、今日はこれで」

周囲がざわざわしはじめても、私は自己嫌悪で俯いたままじっと座っていた。

「チー、会議終わったぞ」

京屋部長にのぞき込まれ、ようやくのろのろと顔を上げる。
もう誰も残っていなくて、私と京屋部長のふたりだけになっていた。

「反省は終わったか?」

ニヤッ、右の唇の端だけ少し上げて笑われ、頬にかっと熱が走った。

「それはっ」

そこまで言って、あとは飲み込んだ。
このまま感情にまかせて言ったら、さっきの二の舞だ。

「チーはちーっと、感情を抑える癖をつけろ?
おっ、俺、上手いこと言った?
チーがちーっと」

なにが面白いのか知らないけれど、京屋部長は身体を二つ折りにするほどゲラゲラ笑っている。
おかげで、反省なんて気分は吹っ飛んだ。

「……ところで。
さっきからチーってなんですか」

「千重でチビだからチーだろ」

笑いすぎて出た涙を、人差し指の背でレンズを押し上げるようにして拭っていますが……。
意味がわかりません。

「俺がチーって呼びたいんだからいいだろ」

「……よくないです」

じろっと睨みつけたけれど、なぜか京屋部長は愉しそうに笑っている。

「さっさと仕事へ戻れ?
これから忙しくなるんだから」

ぽんぽん、京屋部長の手が私のあたまに触れた。

「セクハラです」

「そうなんだ?」

ひらひら手を振って、先に京屋部長は出ていった。
なんかああいうのは、子供扱いされているみたいでいい気はしない。
しかも私のことをチーとか呼んで。

私をチーと呼ぶのは京屋部長で――二人目だ。

「絶対、目にもの見せてやる」

なんに対してかよくわからないけれど、復讐を誓ってしまう。
こうして私が、京屋部長に振り回される日々がはじまった。

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