The hater

とある学園の教師

クローヴェルの場合

とある男が居た。
不老不死だ。
人の理を超えた、即ち全てを乗り越える事に成功した唯一の人間。
無論、代償もあった。
これから話すのは、その男の繰り返される一生である。




  



俺は金持ちに拾われた。
スラム街で死に絶えるかと思われた時、偶然奇々怪々な事に。
俺には姉が居て。
彼女も共に拾われた。
幼かった俺にとって、これは僥倖だと思ったのだ。
人生の転換期にしては早かったが、やはり価値は変わらない。
俺は健やかに育った。
学業に励み、周りから羨まれる存在となった。
やがて、双子の姉妹が生まれて大所帯になる。
元より姉は俺を酷く好き、その真似で俺は双子を溺愛した。
連鎖する愛情は、歪む。
妹は姉弟を拒んだ。
執拗い、その愛情表現を疎んだ。
属性を選り好みすることなく、全てを拒絶した。
俺にはそれが、理解できなかった。
自分は姉の愛を享受してきたし、拒むつもりも無かったから。
愛を忌避する事を知らなかった彼は、更に愛情をエスカレートさせる。
酷く過保護で、杞憂に塗れる。
痛みを教えず、ただ優美を求めて。
純粋な愛情が、姉妹の理性を軋ませることになるとは知らずに。
そして、訪れた。
訪れてしまった。




魔女という概念がある。
女とあるが、男も含まれる。
魔術を悪用する腫瘍。
社会から省かれた哀れな群れである。
何より、無辜の民に対しても憎しみを抱く程に痛めつけられたのだから。
誰も彼らを責めることは出来ない。
悪を悪だと言って、許容出来ているのなら彼らのような悪性は生まれ落ちていない。
憎悪の体現者と言っても、過言では無かった。




よって、魔女が関係するのは察する通りだ。
俺の場合、使用人がそうだった。
オルトルーゼという名の少女。
目は暗く澱んで、虚空よりも黒い瞳だった。
口数は少ないものの、俺に忠誠を誓う姿は酷く感情的である。
とある魔女が、彼女に目をつけた。
4月の31日の事である。
洗濯物を1人で干している所を、浸け入った。
姿形を揃えたまま、体を意のままに操って。
家族を皆殺しにした。
当たり前のように、彼の目の前で。
グチャグチャと、臓物を散らしながら。
四肢を切り落とされ、動けない彼はただ傍観するしかない。
およそ少女の膂力では叶わない力で、妹達の体を抉りとっていく。
どうですか、とオルトルーゼは言った。


貴方の大切なものを奪われる、その気持ちはどうですか。
死ぬかもしれない恐怖はありますか。
絶望して死ね。羨望の眼差しで死ね。恨めしく思うなら死ね。不死身でないのなら死ね。
黄昏てもなお死ね。死んでも死ね。死ぬのなら死ね。血に塗れて死ね。くたばって死ね。童貞のまま死ね。
破瓜の痛みも知らないくせに。貴方は好き勝手に犯そうとした。
獣のように私に劣情を抱いては、そのおぞましいものを扱いていたのでしょう。


憶測だった。
魔女の苦しい言い訳だった。
俺には性欲が無かった。とうの昔に枯れ果てていた。
だから齢17にして、女に情欲を抱くことは無かった。
何故か?
元から無いからだ。
何故か?
三大欲求など存在しないからだ。
何故か?
彼は人間では無いからだ。
では何か?
それは誰も知らない。
それは彼も知らない。


元より、誰も俺の出生を知らない。
姉も、幼児期健忘によって完全に記憶から払われている。
だから、神なのかもしれないし悪魔なのかもしれなかった。


そうしている間にも、俺は死ぬ。



次に目覚めたのは、ベッドの上だった。
何が何だかよく分からない。
死の目覚め?
否、違う。
回生でも無い。
死に戻ったのだ。
時を巻き戻って、死ぬ前へと。
時間は4月の30日。
死の一日前だ。
痛みは無い。記憶に残ったあの冷酷な現実が、彼に吐き気を催させる。
嗚咽。
泣きじゃくった。
こんなに大泣きしたのは初めてだった。
家族を失う悲しさも、初めてだった。



次の日は、昨日の夢と同じ事が起きた。
やはり現実だった。
四肢を切り落とされ、再び意識は沈んだ。



再び目覚めた。
小さな憎悪を抱き始めた。
大きなストレスが彼に負荷を掛ける。
精神が軋み始める。
彼は少しずつ、対抗する為の知識をつけ始めた。



長い道のりなのは知っている。
だが、やるしかない。
憎悪を燃料にして、時間を費やす。
死んで、死んで、死んで、死んで、死んで。
幾万、幾億の死を越えても足りない時間に半ば絶望した。
己が意思に不信も抱いた。
とてつもない不幸のせいで、人生を滅茶苦茶にされたのだ。
許せるわけがない。
知識を付け、復讐の時を待つ。
オルトルーゼを正気に戻す為に、魔術を学んだ。
でも、無理だった。
ただ、憎しみだけが積もる。
俺の中で、黒い何かが出来上がっていく。
それはやがて、声になった。


貴方の憎悪は素晴らしい。
貴方は神だ。
概念に命を与えた。
私は四葉の王。
復讐、反逆も担うもの。
不幸、憎悪、背徳、絶望の化身。
貴方の感情が、強すぎる悪心が、私達を作り上げた。
花蘇芳、鬼灯、金盞花、黒薔薇。
四つの花言葉から、私達は成っている。
彼らは全て、己が司る感情に関する苦痛を味わっている。
そして、『自分よりも辛い目に遭っている人間を許容できない』という狭量の共通点を持っている。
だから、貴方を憎んでいる。
貴方も魔女を憎んでいる。
似ているとは思わないか?
そうだ、まるで、魔女のようだ。
そう、そう。そうやって憎悪を練る。
粘土のように、ただ只管捏ねればいい。
まるで、泥団子のように。
そう、憎悪とは泥だ。
その身を泥にして、立ち上がるのだ。
目を覚ませば、貴方は晴れて不老不死だ。



俺は目覚める。見知った天井、変わらない空間。
時は変わらず4月の30日。
特に変化は無い。
彼は机に向かった。


いつも通り、家族を見殺しにした。
これで死んで、もう一度やり直す。
惰性だった。
諦めていたから。
最早心は死んでいる。
繰り返す余力は、もう無い。
しかし、死ねない。
いつまで経っても。
臓物を抉られても、脳を啜られても。
痛みを感じないし、気持ち悪くもない。
無心でも無いのに。
本当に、あの夢が本当ならばこの身は泥になって全てを溶かしてしまえばいいのに。
そう思った瞬間、血が、肉が、オルトルーゼを包む。
そして、溶けてしまった。
本当に。
何も残らない。
骨も、肉も。
血痕1つ残さず。
彼は嘆いた。
己の不信の招いた事態に。
嘆いている間にも、泥は体を補っていく。
彼は、目の前で倒れている家族を目の前に、ただ立ち尽くすしか無かった。









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