界外の契約者(コール)

鬼怒川 ますず

69話 Electric train@始まりはヒッソリと

6月初頭。
雨の湿り気を肌で感じつつも若干の涼しさを感じ、過ごしやすい気候を作るこの時期に、埼玉の蕨市の人通りのない狭い小道で三名の男女が対峙していた。

「クソっ! なんなんだよテメーらは!! 」

背丈は小さく短パンを履いたメガネの一件大人しそうに見えるはずの子供が毒吐くように目の前にいる男女に叫ぶ。

「なんなんだよじゃない、私は界外を悪用する奴を懲らしめに来ただけ」

「まったく、界外した呪神ツキモノで同級生を病気にしている子供を止めない年上がいないだろう。ほら、さっさと諦めてアリアに身を任せろ」

二人の男女、下田アリアと神宮寺孝作は小学生に説得するように話しかける。しかし、少年は二人に指を突きつけ命令する。

「コイツラを殺せぇぇぇェェェェーー!!!」

子供の声とは思えない怨念のような迫力で叫ぶと、少年の背後の空間から大きな藁人形が突如として姿を現した。

藁人形は右手に鎌を持ち、左手は全体が注射針のようになって中の液体が紫色に不気味にうごめく。

付喪神つくもがみ

藁人形などの物を媒介とし、辺りに漂う感情に応じて界外できる神。
それらは殆どが善意を持って生まれたり、悪さをする者を懲らしめる為に古来より信じられている神。

しかし、その藁人形は違う。

呪神ツキモノ

辺りに漂う憎悪や悪意の感情を介し、物に取り込ませる界外で現れては害をなす神。

呪はもちろん、物理的な干渉もしてくる事から厄介な神でもあった。

「よし、行け!」

さて、そんな長々と紹介している間にも下田アリアの号令が掛かる。

呪神ツクモノ)を界外し、学校で虐めてくる同級生を危篤させる程の原因不明の病気に掛からせた少年には、目の前の年上らしき女の子の発言に眉をひそめたが。

その瞬間には少年の背後にいたはずの呪神ツキモノが肢体炸裂しバラバラになっていた。

「…………え?」

少年は唖然としながら未だに指を突きつけている目の前を確認した。
そこには年上の女の子しかおらず、さっきまで横にいた高校生くらいの男がいなかった。

「イジメってのは確かにムカつく、お前に危害を加えて笑うんだもんな。そりゃ誰だって嫌になるさ」

少年はハッと頭だけ後ろに振り返る。
そこにはバラバラとなった藁人形の体が徐々に空気に消えていくのと同時に、目の前にいたはずの男もいた。

「でもよ、こんな方法じゃ仕返しにはならない。むしろ、真面目なお前が罪の意識による背徳感で辛くなるだけだ。イジメる連中も悪いが、それでも苦しめて殺していい理由にはなんねーだろ」

男は少年の方に手を伸ばす。
何かされると思い少年はキッと目を瞑ったが、その予感は外れて逆に頭を撫でられる。
呆気にとられてしまい目を開ける少年の前に、神宮寺孝作は微笑んだ。

「なんかあったら今度は俺に言ってこい、相談に乗るし、なんなら協力できる事もするから……。一人で暴走すんなよ」

そんな神宮寺の言葉にしばらく止まっていた少年の目から、涙が溢れた。






「これで28人目……、まさか界外の才能がある小学生に意図的に界外術を教えてる奴が現れるとかマジありえない」

「まぁ、全員元々が大人しくて良い子だから大事にならなくていいだろ。それにみんな反省してるんだから」

「…………ふん、あんたが妙に女子小学生に好意を持たれているって現状は反省しているからなのかしら?」

「毎日メールくんだよなこれが、なんかあったときの為に連絡先交換したから余計に返答が重い」

「メールの内容はおおかた『年齢差があっても問題ないですか?』……ってそんなこt「おお、よく分かったな。なんだエスパーか?」うるさいロリコン黙ってお願い」

京浜東北線けいひんとうほくせんで南浦和に向かう最中の空いている電車内でひそひそ話をし始めるアリアと神宮寺。そしていつも通りアリアの機嫌が悪くなる。


アイドルの東條や『魔法師』のデルモンドの騒動が終わってからすぐの事だった。
突如として東京を中心とした関東圏内で謎の奇病や通り魔、集団昏睡が起こった。
それらには特徴があり、何れも小学校を中心として広がっており、NEWSや新聞では大々的にこの不可解な事件を報道していた。

それを見たアリアが一人で事件が起こった小学校に行くと、案の定神を界外した小学生がいた。
呪を振り撒く神を難なく倒したアリアはその小学生に事情を聞くと、次の日には霧島やヨグに頼んで遠くにいる小学生の界外術師を倒すのと同時に、出来る限り近くにある事件を解決するべく動き出していた。
そして、いつもだったらゲームをプレイする事に勤しんでいた神宮寺を連れ出して周っていた。
神格者としての体質を元々嫌い。今回も神を身体に入れるのを嫌がっていたが、3人目からは彼らの心境や待遇を知り、できる限り一人でもこの件から離れてもらうために奔走した。

そして、2週間が過ぎた頃には神宮寺とアリアだけで28人。空間を移動できるヨグと霧島で80人近くの子供の暴走を止めることに成功した。


「…………それよりも、今回のこの事件の犯人って何者なんだ? 子供に界外術を、しかも憎しみや恨みなんかを抱く子供だけをターゲットにして教えて周り、なんの証拠も残らない」

「後々に教えられた子供から聞いた話だと、前の子供がやった事件を楽しそうに語っていたってね」

「けど女なのは確かだろ」

「若くて髪を後ろで縛った女…………、顔は優しそうだったそうで」

言いつつも電車が止まり、南浦和駅に留まる。
電車のドアが開き、一旦会話を終えてすぐに降りる2人。

しかし、そんな電車を降りて向かい側のホームに向かう彼らを、車内で座っていたフードを被った女(•)が見送っていた。

「まだまだ、スタートじゃないし。本当の悲劇はここからだし」

うっすらと口元で微笑みながら、これからあの2人、いやそれ以上の人間を巻き込む惨劇のシナリオを脳裏で思い起こしながら。それでもあの2人に対して言う。




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