界外の契約者(コール)

鬼怒川 ますず

77話 while@ウォーミングアップ

アリア達が異変に気がついたのは放課後、赤羽駅の改札口の待ち合わせば場所でみんなが来るのを待っている時だった。

「な、何これ……」

「……ぅ、これって……」

突如として頭を抑えるアリアと、同じく胸元を抑える神宮寺。
彼らはこの時、何か嫌なものを感じていた。
まるで、禍々しい何かが、全ての方向から見ているかのような感覚と、その真っ黒な感情が注ぎ込まれているかのような感じを。

「まさか、敵の界外術師がこの中に? でも、そうだとしても、なんで全方向から感じるのよ……」

そう、全方向からだ。
それが指すのは、周りの人間全員が的だという事に他ならない。しかし、改札口を出たり入ったりする通行人はみなそのような様子がない。
では違う、だったらなぜ?

とにかく、この嫌悪感には耐えられないのでアリアはスマートフォンを取り出すと番号を打ち込み耳元に近づける。

二回のコール音で出た。

「あぁ霧島? 悪いんだけどちょっと緊急事態だから場所を変える『よぉ』……誰よあんた」

アリアは向こうにいる相手の声に対してすぐに声音を変え、通話口の先から聞こえた年上の男の声に耳を澄ます。

『俺の名は天海、お前らが知っている《約束された盤上》の1人であって、この前あのビルで会ったナイスガイだよ』

「……あ、あのヒゲボーボーの気持ち悪いやつか!」

『おいおい『天才界外術師プリンセス』さんよぉ、少しは言葉を選んだらどうだ。じゃねーとその場にいる全員殺しちゃうよ?』

相手の出方を見るためにアリアはわざと相手を挑発する事を言ったが、返ってきた言葉に内心動揺する。

「……で、どうして霧島の携帯にあんたが出るわけ。まさかとは思うけど、襲撃したのかしら?」

『ハハハ、そいつは面白い発想だ。普通すぎて笑わせてもらうぜ。俺たちがどうしてリスクを負ってまであの主神ヨグが護っている男を襲わなくちゃなんねーんだよ!』

「分かった、ようはアンタはこの携帯の電波になんかしたわけね。それだったら説明がつくでしょう?」

『ご名答』

携帯の向こうから聞こえる天海の声に、アリアは「やっぱり」と言って続ける。

「あんた達、本当にめんどくさいことやるわね。まさかインターネットに神を入れるとか誰もが考えそうで単純な事を、平気でやっちゃうなんてさ、それで、どこまでが許容範囲なの?」

『許容範囲か、神様の移動制限の事を聞いてんだとしたらそいつは野暮だな。俺が界外した邪神様は、人を贄にして界外してんだ。それの意味がわかるだろ?』

人を贄にしたという発言にアリアは少しばかり戸惑う。
界外術には生贄が必要だが、その為の生贄は知性があるもののほうが強い神を界外できると言ったものだ。
そしてこの天海と名乗る男が言った「人を贄に」
は、彼が殺人を犯したと言っているのだから戸惑うのも当然だ。

イかれている。

界外術師で、そこまでして神の力を使いたがる連中の思考もそうだが、ここまでする意図がわからない。

「……ようはこのあたりのWiFiを通じて神……あんたが私達を監視しているってこと?」

『その通り、今日うちの朱雀があのガキに頼むようお願いしたのもすべて計画のうち。俺はその審判兼助言者ってところか、お前らの位置をあの女に教えて捕まるのを回避させるっていうな』

「その為だけに人をひとり殺したと? だとしたら、本当に狂ってるよあんた達」

『ほざいてろ、ほらそんなことよりもうすぐゲームが開始されるぜ、俺たち、『邪神チーム』がテメーら全員ぶっ殺すから覚悟しとけ』

「だったら、こっちだって本気でいくから、あんたたちを二度と界外術が使えなくなるようにしてやる。覚悟しとくのね」

『死ね』

ブツリ、と通話を切られ、スマホに画面が元の画面に戻る。
二人の会話を隣で聞いていた神宮寺は、持っていたカバンから今日のおやつにと取っておいたジャムパンを取り出してアリアに差し出す。

「もう戦いは始まってんだろ?人がいないところでさっさと出して俺に取り憑かせろよ」

神格者である神宮寺は、普通の界外で3割ほどの力しか出せない神でもその身に宿せば100パーセントの力を出すことができる。
だが、彼自身その行為は嫌っているのだが、今回の件といい子供達の件といい、もう頭にきていた。

「舐めてるよな本当に、自分たちは傷つかないで他人を傷つけるその性根が本当に許せねぇ……」

「孝作……」

「絶対に倒すぞ、そんであいつらの企みもぶっ潰す」

「……当たり前じゃない、あんたの目の前にいる『天才界外術師』は最初からそのつもりなんだし、その気になるのが少し遅いんじゃない?」

「そうだった、悪ぃな貧乳アリア

「おいちょっと待てよ、今この場面でとんでもない殺意を抱いたんだけどどういう事かな?あ"?」

さっきまでの空気は何だったのか、赤羽駅の改札前で今にも掴みかかりそうなアリアと、その頭を片手で押さえて平謝りする神宮寺の光景があった。
周りの利用客はそれを珍しげに、また訝しげに見ていた。


「だー!ここでボコすのは禁止だからおまわりさん来るから!!」

「だったら、私のお尻を触ってきたって痴漢容疑で連れてっても構わないけど」

「それやられると、今からあいつら倒しに行けなくなるじゃん! つーかそれ以前に、務所行きじゃん!」

「安心してよ、もしその前科で働けなくなっても……わ、私が扶養してあげるからさ……」

「え? フヨウってなに?」

「漢字どころか意味も知らないのかよ!アーーークッソ恥ずかしい!!」

「うぶぁ!?」


顔を真っ赤にして神宮寺の腹にストレートを決めるアリア。そのまま前かがみにお腹を押さえて倒れる神宮寺に周りの人たちも気遣おうとするが、アリアが大丈夫です、といった笑顔で手を振って平気とジェスチャーを送る。それを見て、なぜかホッとする利用客。


「〜〜〜〜〜いやおかしくね!? 俺腹抱えてんのに!?」

「ふん、これが私の美貌の力よ!」

「クッソ、やはり島国はガラパゴスの美貌がわかるっていうのか〜」

「おいいい加減にしろよ、テメー今度はその顔を目も当てられない顔にしてやろうか?」


今度はジャブをお見舞いしようと軽く拳を握ってウォーミングアップし始めるアリアに、さっきの真面目空気を忘れてどう避けようか頭を回らせる神宮寺。

と、ここで不意に肩に手を置かれ神宮寺は振り返る。
そこには前回のメンバーである霧島とヨグ、新しく人気アイドルの東條絵里はもちろん、彼女の保護者とマネージャーを勤める女神のへべ。
そして霧島の舎弟(?)になった社会人の渡と浅倉だ。

肩を叩いた霧島は呆れたように神宮寺に尋ねる。


「……お前らっていっつもこんなことしてるよな……」

「いや、それが聞いてくれよ! この貧乳アリアてば俺のこどぎゅゔら!?」

「なんで私の名前の前に『この』なんてつけたか説明しろゴラァ!」


まずい気づかれたと殴られる際に悟が、それも遅く。ボコボコに殴られてしまった神宮寺。
手をパンパンと払いながら、殴っていたアリアにドン引きする仲間たち。


「……あ、アリアさんって強いよね。憧れちゃうな」

「絵里、あの娘の野蛮性に憧れてはいけませんよ。憧れたら絶対に注目されません」

「つーか神宮寺大丈夫かよ」


霧島が倒れてケツを出す神宮寺に近づき引っ張って起き上がらせる。HPバーがあれば赤に染まってほんの少ししかないであろうその体力の男が、ふらつきながら宣言する。

「よっしゃ〜、倒すぞ〜」

それを見ていた全員が「今回はダメかもしれない」と思い始めたのは言うまでもなかった。




そんな彼らを、赤羽駅の改札出口付近から目撃しているサングラスのオールバックの男がいた。
男はメガネをクイっと直すと、人混みに紛れ込んで消える。

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