界外の契約者(コール)
73話提案(後編)
その次の日から彼ら【フラッグ】は女に言われた通りのことを始めた。
まず、下っ端全員にこの事を伝えてやらせた。
はならかもう信用していない下っ端の多くは行動に移さなかったが、テツロウを慕う敬虔な下っ端は実行した。
近くの小学校の児童、主にガキ大将と呼ばれるものに指示を出す。その際に簡単に済むお菓子や物で釣る。
そうして言われた通り行動を起こした小学生たちに、今度は近隣の他校の児童にも教えるように指示。
不満や勉強でのストレスがあったのか、それは面白いように広まった。
そして、女が店に来てから2日後の夜に再度訪れたのだ。
大きめのバックを片手に、あの日見せてはいなかった良い笑顔で。
ドスン、とカウンターのテーブルの上に置く女。
それをグラスを拭きつつ、横目で見る【フラッグ】のボスのテツロウ。
「約束通り、いやそれ以上に成果があるから色もつけといてあげたし」
女はそう言ってファスナーを開けバックの中身をテツロウに見せる。
札束、札束、札束……。
それしか入っていなかった。
「……マジかよ、上納金以上の額じゃねーか」
テツロウはゴクリと喉を鳴らしつつ、目の前にある札束から目が離せなかった。
それもそのはず、この量の札束はテツロウ自身も初めてお目にするのだ。上納金と言ってもせいぜい150万からそこそこの額しか入ってこない。
だが、目の前にあるそれは桁も額も違う。
しかし、疑問もある。
「どうしてこんな事だけでこんなに金が貰えるんだ?あんた政府の調査員とかじゃないだろうな」
テツロウはそこまで言って思い出した。
彼女が持っていた、根付の中にある何かの存在に。
それは良く言っても、政府の人間ではない気がしたからだ。
無粋な質問だった。そう思いつつ黙っている女の目の前にあるバックを取って後ろに下がろうとした。
「……少しだけ、教えてあげる」
ピタリと、女の言葉に止まるテツロウ。持っていたバックを一旦地面に置き、もう一度女と向かい合う。
「言え、こっちはそれだけでもビクビクして生きてるってんだから、スッキリしねーと割にあわねぇ」
「知ったら後に引けないよ? 今この場にいるお客さんも他言したら死ぬかもだし」
ゾワリ
肌を舐めて嫌な目で見られたような殺気が女の身から漏れ出した。
この場には、もしもの時の為にテツロウの護衛者が6名ほど閉店まで居座ることがある。
それ以外のお客の姿はいない。いるのはここにいる8名のみだった。
まるでそれを見計らったかのように、彼女は大きな声で言ったのだ。
「……あんなかには現役の高校生もいるが、まさか殺すのか?」
「うん、つーか私は人を差別しないし」
そう言いながら、女は一人淡々と語りだす。
「子供のイジメが伝播すればするほど、それに伴う恨み辛みが広がる。もし、その感情の幅が大きければ大きいほど、それは一種の災厄にまで上り詰めることだってできる」
「何を……」
何を言っているんだ。とテツロウが言う前に女は右手を掲げる。
テツロウの目には掲げた右手のあたりが、若干だがブレているように見えた。
「元々虐められている子に教えるのは簡単でも、いじめを作る環境が全ての学校に整ってなければいじめは作れない。そこは私の専門外だし、こっちにそんな自然発生が得意な人員はいないしで困ってた。だからこそこの仕事が大切なんだよ」
言いながらも、女の掲げている右手では異変が生じていた。
空間が割れる。まるで窓ガラスを割るように。
信じられないものを見るテツロウとその護衛の6人。
右手の周り、ブレて歪みが生じたそこから茶色い木片と見覚えのある根付が顔を出す。
「1から始まれば10にたどり着き、やがて100にもなる。良いよねー、いじめも発生すればするほど、数もいじめの質も大きく変わっていく! 少しのいじめで登校拒否! 激しいいじめで自殺とかさ! まるでコツコツと努力すれば成果が実るって感じで本ッ当に最高だし!」
さっきまでの綺麗な顔話はどこへいったのか、今女の顔に浮かぶ表情には、まるで本当に楽しそうな笑顔とシワが張り付いていた。
「私たち《約束された盤上》が今度こそ盤上で優位な位置に立つ駒になるためにも、あなた達の協力がスッゲェ助かるんだし! 次は成功させる! 敗れたニア様には悪いけど、私たちが達成させるし!」
「お、おい落ち着け! 何言ってるか全然わかんねーよ!」
止めるテツロウの声も無視し、女は木刀を手にした。
そして……。
「ねぇ、界外術って知ってる?」
そのつぶやきに、全員の頭に疑問符が浮かぶが、そんな時間など無かった。
もう、発動されていたからだ。
「贄は私の血、感情は苦しみ……さぁ、みんな苦しんでぇぇぇぇぇぇ!!!」
女は椅子の上に立つと狂ったように叫び、目を見開かせたまま天井を仰ぐ。
不気味すぎるその姿にあとずさるも、目に前でとんでもない事が起きたためにその足すら止める。
右手で掲げる木刀から幾つもの阿鼻叫喚の悲鳴が轟いたと思うと、何やら黒いモノが出てきたのだ。
それだけなら煙幕と同じだが、問題はそれが人の形錬成されることだ。
やがて姿が露わになり、人形…いやそれすらも言えないような不気味で大きな藁人形がその場に現れた。
唖然とするテツロウ達。そんな彼らに女は妖しく、そして引き込むように言った。
「お礼と言っちゃなんだけど、界外術を教えてあげるし」
「か、界外?」
「そ、よくあるファンタジー漫画やメルヘンちっくなお話にある召喚魔法とかと一緒で、周囲の人間の感情の波や質と食べ物で呼べるやつ」
椅子に立っているのでテツロウを見下す姿勢なのだが、テツロウはそれすらも当然だとすら思えた。
禍々しい人形の出現の恐怖で動けない護衛者達も、その言葉に引き込まれた。
「【フラッグ】にも新しい力が必要だよねぇ。圧倒的かつ、敵対するグループに舐められない力がさぁ……」
「……あんたは一体何者なんだ?」
質問に対する解ではないが、テツロウは聞かずにはいられなかった。
「……南條朱雀」
女の顔からはもう何もない。ただの無感情で言い放ったその名に、【フラッグ】のボスはもう恐怖を感じずに、さっきまでの朱雀と同じく、狂気を帯びた笑顔で応える。
「いいぜぇ、俺の【フラッグ】が無くならないのならそいつは願ったり叶ったりだ!! 俺の下っ端達がその界外術ってので強化された日にゃ、【フラッグ】は関東どころか日本中を余すことなく支配できる!! 最強のグループが堕ちた、弱体化……そんなん言ってたクソッタレ共にひと泡吹かせられるぜ……クヒャヒャヒャ!」
その姿に、さらに後ずさる護衛者とは反対に、朱雀は空いている左手を差し伸べた。
「それじゃ、教えてあげる。運がいいことに貴方は私が見てきた一般人の中でも界外に対して特に高い素質を持っているし、これは最強の界外術師にもなれるかもだし」
それに躊躇なく握り返して見上げるテツロウは、それはそれは楽しそうに笑う。
「クヒャヒャヒャ……こいつで【フラッグ】は安泰だな」
「良い顔出来んじゃん、気に入ったし……ウフフ」
互いに何かを認め合う姿を、護衛者達……圍礼二は恐ろしく感じた。
そして、【フラッグ】の資金のためにと誰よりも子供達にイジメを広めさせた男は、自分がとんでもない事をしたのだと改めて後悔した。
まず、下っ端全員にこの事を伝えてやらせた。
はならかもう信用していない下っ端の多くは行動に移さなかったが、テツロウを慕う敬虔な下っ端は実行した。
近くの小学校の児童、主にガキ大将と呼ばれるものに指示を出す。その際に簡単に済むお菓子や物で釣る。
そうして言われた通り行動を起こした小学生たちに、今度は近隣の他校の児童にも教えるように指示。
不満や勉強でのストレスがあったのか、それは面白いように広まった。
そして、女が店に来てから2日後の夜に再度訪れたのだ。
大きめのバックを片手に、あの日見せてはいなかった良い笑顔で。
ドスン、とカウンターのテーブルの上に置く女。
それをグラスを拭きつつ、横目で見る【フラッグ】のボスのテツロウ。
「約束通り、いやそれ以上に成果があるから色もつけといてあげたし」
女はそう言ってファスナーを開けバックの中身をテツロウに見せる。
札束、札束、札束……。
それしか入っていなかった。
「……マジかよ、上納金以上の額じゃねーか」
テツロウはゴクリと喉を鳴らしつつ、目の前にある札束から目が離せなかった。
それもそのはず、この量の札束はテツロウ自身も初めてお目にするのだ。上納金と言ってもせいぜい150万からそこそこの額しか入ってこない。
だが、目の前にあるそれは桁も額も違う。
しかし、疑問もある。
「どうしてこんな事だけでこんなに金が貰えるんだ?あんた政府の調査員とかじゃないだろうな」
テツロウはそこまで言って思い出した。
彼女が持っていた、根付の中にある何かの存在に。
それは良く言っても、政府の人間ではない気がしたからだ。
無粋な質問だった。そう思いつつ黙っている女の目の前にあるバックを取って後ろに下がろうとした。
「……少しだけ、教えてあげる」
ピタリと、女の言葉に止まるテツロウ。持っていたバックを一旦地面に置き、もう一度女と向かい合う。
「言え、こっちはそれだけでもビクビクして生きてるってんだから、スッキリしねーと割にあわねぇ」
「知ったら後に引けないよ? 今この場にいるお客さんも他言したら死ぬかもだし」
ゾワリ
肌を舐めて嫌な目で見られたような殺気が女の身から漏れ出した。
この場には、もしもの時の為にテツロウの護衛者が6名ほど閉店まで居座ることがある。
それ以外のお客の姿はいない。いるのはここにいる8名のみだった。
まるでそれを見計らったかのように、彼女は大きな声で言ったのだ。
「……あんなかには現役の高校生もいるが、まさか殺すのか?」
「うん、つーか私は人を差別しないし」
そう言いながら、女は一人淡々と語りだす。
「子供のイジメが伝播すればするほど、それに伴う恨み辛みが広がる。もし、その感情の幅が大きければ大きいほど、それは一種の災厄にまで上り詰めることだってできる」
「何を……」
何を言っているんだ。とテツロウが言う前に女は右手を掲げる。
テツロウの目には掲げた右手のあたりが、若干だがブレているように見えた。
「元々虐められている子に教えるのは簡単でも、いじめを作る環境が全ての学校に整ってなければいじめは作れない。そこは私の専門外だし、こっちにそんな自然発生が得意な人員はいないしで困ってた。だからこそこの仕事が大切なんだよ」
言いながらも、女の掲げている右手では異変が生じていた。
空間が割れる。まるで窓ガラスを割るように。
信じられないものを見るテツロウとその護衛の6人。
右手の周り、ブレて歪みが生じたそこから茶色い木片と見覚えのある根付が顔を出す。
「1から始まれば10にたどり着き、やがて100にもなる。良いよねー、いじめも発生すればするほど、数もいじめの質も大きく変わっていく! 少しのいじめで登校拒否! 激しいいじめで自殺とかさ! まるでコツコツと努力すれば成果が実るって感じで本ッ当に最高だし!」
さっきまでの綺麗な顔話はどこへいったのか、今女の顔に浮かぶ表情には、まるで本当に楽しそうな笑顔とシワが張り付いていた。
「私たち《約束された盤上》が今度こそ盤上で優位な位置に立つ駒になるためにも、あなた達の協力がスッゲェ助かるんだし! 次は成功させる! 敗れたニア様には悪いけど、私たちが達成させるし!」
「お、おい落ち着け! 何言ってるか全然わかんねーよ!」
止めるテツロウの声も無視し、女は木刀を手にした。
そして……。
「ねぇ、界外術って知ってる?」
そのつぶやきに、全員の頭に疑問符が浮かぶが、そんな時間など無かった。
もう、発動されていたからだ。
「贄は私の血、感情は苦しみ……さぁ、みんな苦しんでぇぇぇぇぇぇ!!!」
女は椅子の上に立つと狂ったように叫び、目を見開かせたまま天井を仰ぐ。
不気味すぎるその姿にあとずさるも、目に前でとんでもない事が起きたためにその足すら止める。
右手で掲げる木刀から幾つもの阿鼻叫喚の悲鳴が轟いたと思うと、何やら黒いモノが出てきたのだ。
それだけなら煙幕と同じだが、問題はそれが人の形錬成されることだ。
やがて姿が露わになり、人形…いやそれすらも言えないような不気味で大きな藁人形がその場に現れた。
唖然とするテツロウ達。そんな彼らに女は妖しく、そして引き込むように言った。
「お礼と言っちゃなんだけど、界外術を教えてあげるし」
「か、界外?」
「そ、よくあるファンタジー漫画やメルヘンちっくなお話にある召喚魔法とかと一緒で、周囲の人間の感情の波や質と食べ物で呼べるやつ」
椅子に立っているのでテツロウを見下す姿勢なのだが、テツロウはそれすらも当然だとすら思えた。
禍々しい人形の出現の恐怖で動けない護衛者達も、その言葉に引き込まれた。
「【フラッグ】にも新しい力が必要だよねぇ。圧倒的かつ、敵対するグループに舐められない力がさぁ……」
「……あんたは一体何者なんだ?」
質問に対する解ではないが、テツロウは聞かずにはいられなかった。
「……南條朱雀」
女の顔からはもう何もない。ただの無感情で言い放ったその名に、【フラッグ】のボスはもう恐怖を感じずに、さっきまでの朱雀と同じく、狂気を帯びた笑顔で応える。
「いいぜぇ、俺の【フラッグ】が無くならないのならそいつは願ったり叶ったりだ!! 俺の下っ端達がその界外術ってので強化された日にゃ、【フラッグ】は関東どころか日本中を余すことなく支配できる!! 最強のグループが堕ちた、弱体化……そんなん言ってたクソッタレ共にひと泡吹かせられるぜ……クヒャヒャヒャ!」
その姿に、さらに後ずさる護衛者とは反対に、朱雀は空いている左手を差し伸べた。
「それじゃ、教えてあげる。運がいいことに貴方は私が見てきた一般人の中でも界外に対して特に高い素質を持っているし、これは最強の界外術師にもなれるかもだし」
それに躊躇なく握り返して見上げるテツロウは、それはそれは楽しそうに笑う。
「クヒャヒャヒャ……こいつで【フラッグ】は安泰だな」
「良い顔出来んじゃん、気に入ったし……ウフフ」
互いに何かを認め合う姿を、護衛者達……圍礼二は恐ろしく感じた。
そして、【フラッグ】の資金のためにと誰よりも子供達にイジメを広めさせた男は、自分がとんでもない事をしたのだと改めて後悔した。
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