界外の契約者(コール)
8話 天才と神の遭遇
アリア達は埼玉から東京に移動するためにわざわざ最寄りの駅に向かい、京浜東北線に乗って移動していた。
あの後、アリアから女子高生が襲われたと聞いた神宮寺は「またそれかよ……」と言い、こっくりさんの憑依を享受した。
そして神の力を100%引き出したこっくりさんは、相手の界外術師、霧島弾がどこにいるか探し出し、数分で見つけたのだ。
あとは絶対に逃れようもないこっくりさんの『索敵』の力で追いかければ良い。
そして、捕まえて理由を吐かせた後に記憶を消す。
それが、下田アリアと神宮寺 孝作がこの一年、高校生になってからずっとやってきたことだ。
しかし、そのはずだったが……。
『あれ? おかしいですぅね……。なんか霧島って男がこの世界から消えちゃってるぅんですけど』
「……はぁ?」
混み合ってる車内で憑依している神宮寺の身体を使って吊り革に掴まりながらボソッと喋るこっくりさん。
それに不満げに受け応える一人だけ座ったマリア。
しかし、アリアは混み合っている車内で界外絡みについて話すのは出来ないので短絡的に聞く。
「……相手はどこかトンネルみたいな所に入ったのかしら。それとも日本を出た?」
目の前で吊り革に掴まっている神宮寺、こっくりさんに原因をそれとなく尋ねてみる。
こっくりさんもアリアの意図を汲み取ったのか、ボソボソと答える。
「いいえ、電波が途絶えたとかじゃなくて、存在がいなくなってるぅんです。しかも急にぃ」
アリアは、霧島が消えた、そう言ったこっくりさんの顔を見る。
今は憑依されてる神宮寺の顔だが、さっきまでの臆病な顔ではなく、真面目で信憑性のある表情だ。
これは何聞いても無理かな。
そう思い、アリアは自分の両手を弄る。
何か良い案が無いか……。例えば生存確認などが。
そしてやっと、ある単純なことに気がつく。
「なら、霧島が呼んだ奴を探しなさい」
こっくりさんは、憑依主の神宮寺の顔で、なるほどっ!!!と手を打った。
霧島が呼んだ奴を探せ。
それは率直に言えば、こっくりさんに「神様」を探せということだ。
しかし、何故これで生存確認が取れるというと。
「界外術師が死ねば神は元の場所に戻る。それが界外された神を唯一強制的に戻す手段なんだから、そっちはすぐ見つけられるわよね」
そう言ってアリアは、ポケットからスマホを取り出し地図アプリを開く。
「それじゃ始めて」
アリアがそう言うと、こっくりさんは静かに瞼を閉じる。それから数秒で開ける。
「えぇとぉ………」
なぜか気まずそうな、難しい表情を神宮寺の顔で表し口を紡ぐこっくりさん。
怪訝に思ったアリアはこっくりさんの脛を蹴る。
「痛っ!」と小さな悲鳴をあげるこっくりさん。そんなの御構い無しに座席に座りながら睨むアリア。
周りにいた乗客も何事かと思って一瞬だけ視線をこちらに向けるが、興味がすぐ失せたのかすぐに視線を外す。
「早く言いなさい」
乗客の視線も気にせず、小さな声で怒ったように言うアリア。
そして涙目で立っているこっくりさん。
「い、言いにくいんですぅけどぉ……」
オドオドしながら、座っているアリアに今にも泣きそうな顔で告げる。
「つ、次の上野駅で私たちを待ってるんですぅ……」
『まもなく、上野、上野です』
車内に次の停車駅の名前が告げられる。
不良を何人も病院送りにした神。
その理由も不明。
消えた界外術師。
こちらも不明。
そして、自らこちらに来た素性の分からない神。
どれもこれも不確定すぎる相手。
アリアは自身の選択が間違っていたのではないかと、今さらながら冷や汗を流しながらもこの後の行動を決める。
「上等じゃない。駅で待つとか、よっぽど余裕があるやつねそいつ」
アリアはすぐに席を立つ神宮寺の手を取り、混み合う車内に混ざりこむ。
そして、電車が上野駅に留まる。
プシューッと電車のドアが開き、乗っていた乗客のほとんどが降り始める。
アリア達もその流れに乗り、上野駅のホームに降りる。
降りる際に人の波が一気に押し寄せるため、駅の自販機の側まで行って混雑が解消されるのを待つ。
降りた乗客と乗る乗客。
その二つがともに上野駅のホームから改札へ、電車へと向かい消えていく。
やがてアリア達の乗っていた電車が駅を出発し、人がほとんどいなくなったホームにはアリアとこっくりさんが憑依した神宮寺。他の数名の中に奴はいた。
「あれですぅね……。あれが私たちが5日間探すぅことも追いかけるぅことも出来なかった神ですぅ」
駅に置いてある自販機の隣で立っているこっくりさんは、時刻表に寄り掛かりながらこちらを見ている奴を見据える。
それは少女だ。
ダボダボのパーカーを羽織り、ジーパンのルーズな格好のいたって普通の少女。
だが、その身に纏う雰囲気が駅のホームという場とは合わない。
あえていうなら殺意。それもネットリとした気味の悪くなる感情が、少女の身体からドロッと漏れている。
「あははは、あんた達しつこすぎ。いい加減に諦めてくんない。力が違うんだぜ?」
「そっちこそ、そろそろ諦めて元の世界に帰りな。目的もわけわかんないのに暴れてんじゃないっての」
そんな殺意満々の神の言葉にも一切顔色を変えず、逆に殺意を含んだ語気で話すアリア。
一方の神であるこっくりさんですら怯えているというのにだ。
そんなアリアの態度に不思議と首を傾げる少女。
やがて時刻表から離れアリア達のいる方に近づいてくる。
こっくりさんは怯えて二、三歩後ろに後ずさるがアリアは違った。
向かってくる少女に向かって歩く。
「あ、アリアさんんんん!!!!???」
ビックリするように絶叫するこっくりさん。
そんなの御構い無しに進むアリア。
お互いに前に進む少女達。
そして、お互いの間に二メートルの間隔を空けて向かい合う。
「あんたちょー面白いじゃん。いい度胸だねー」
「そうでもないわよ。ところでそんなのよりさ、ちょっと私達とお茶でもしないかしら?」
「へー!そんな度胸もあるんだ。あんたら眷属以下の猿が、唯一神のあたしに向かってお茶とか……。なんかあの人間を思い出すわね」
お互いニコリと会話をする。それははたから見たら『駅で久しぶりに友人と会ったのでお茶しましょうか』と言う気軽さにも見える。
だが、こっくりさんにはそんな風には見えなかった。
この駅で他のお客さんが小銭を一枚でも落としたら死闘が始まってしまう。
そんなとんでもない雰囲気にこっくりさんは見えていた。
「先に自己紹介しておきましょうかアホ神。私は下野アリア、あの男に憑依している神の界外術師をやってる」
「あー、あの低俗のね。あ!あたしも名乗っておきましょうかね?」
「早く名乗れよ」
すぐさまタメ口で返したアリアを睨みながらも、しぶしぶといった感じで名乗る。
「……ヨグ=ソトース。他の普通の神とは違う一つの世界や宇宙の主神ですがなにか?」
そう言ってヨグは右腕のダボダボのパーカーの裾をアリアに差し出し握手を求める。
対するアリアも右手を差し出す。
ガッチリとお互いの拳を握り合う。
「よろしくねヨグさん。絶対に送り返すから」
「えぇ、その前にこの世界めちゃくちゃにしてあげる」
この時、上野駅では小さいながらも神と対等に相手する女子高生がいたことに、世界はまだ気づかない。
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